- “想い”を伝えるのは人対人
応戦と挑戦で新たな時代を創造する
-
オルトフォンジャパン株式会社
代表取締役社長
- 坂田 清史
Kiyoshi Sakata
1918年に創業した「オルトフォン」(デンマーク)が100周年を迎えるメモリアルイヤーに、オルトフォンジャパンの代表取締役社長に就任した坂田清史氏。市場を取り巻く環境が目まぐるしく変化していく中で、新生オルトフォンジャパンの舵取りを任された。市場創造へと意気込む坂田社長に話を聞く。
インタビュアー/本誌・竹内 純
世界中のユーザーに最高品質の製品を提供するために、革新的な技術を追求し続けること1世紀。1918年に創立したオルトフォンは今年、創立100周年を迎えた。二人の技術者が世界で初めて映画用トーキー・システムを開発したことを礎に、業務用音響機器の開発から歩みを始めたオルトフォン。アナログレコード用のカートリッジ、トーンアーム、トランス、そしてケーブルからイヤホンまで、技術を絶え間なく発展させ、多くの魅力的な製品を創造する。そこにある“原音を忠実かつ正確に再現する”という哲学はこれからも不変。究極のアナログサウンドを追求し続ける
ユーザー目線で考えれば
多くの課題が見えてくる
100周年というメモリアルイヤーに向け、2018年1月にオルトフォンジャパンの社長にご就任されました。はじめに、ご経歴をお聞かせください。
坂田オルトフォンジャパンに入社したのが15年前になります。それ以前は、大手家電量販店で家電全般を担当しました。商売としてオーディオに携わったのはそこからです。しかし、プライベートでの趣味としてのオーディオ歴の始まりは早く、兄弟の影響もあって10歳くらいからハイファイオーディオに触れあい、12歳で最初のターンテーブルを手に入れました。また通っていた床屋の主人がオーディオマニアでして、散髪のイスの正面にスピーカーがありました。アナログレコードの音色を聴きながら散髪してもらうんです。その床屋には自然とオーディオマニアが集まってきて、お客さん同士のつながりも生まれ、製品のやり取りもあり、おこぼれをもらうこともありました。当時から現在に至るまでずっとアナログレコードを買い続けています。
オルトフォンジャパンへは、まさに“天職”への転職とも言えたわけですね(笑)。38歳という年齢で社長にご就任され、会社の体制も一気に若返りが図られましたが、経営に対する信条をお聞かせいただけますか。
坂田まだ一年生ですから、社長としての確固たる信条や理念が固まっているわけではありませんが、とにかく変化に対応できるようにしていきたいと思っております。人間生活を営む上で、音楽は切り離すことができない存在です。そんな音楽と密接なブランドに携わって仕事ができることを大変幸せに感じています。人生に欠かせない“音楽”のために、「オルトフォン」というブランドが存在している。その立ち位置を貫き、アナログカルチャーの創造に貢献し、音楽のためにあり続けたい。我が社のカートリッジの種類はエントリーからハイエンドまで、アナログメーカーの中では一番多く、そうした強みもいかんなく発揮していきたいと考えています。
ハイファイオーディオ市場では、ファンの高齢化や専門店の承継問題が指摘されていますが、現在の市場をどのように見ていますか。
坂田大きな変革の時代にあると思います。時代の変化のスピードも速く、これは、オーディオ業界に限った話にとどまらず、物を売り買いする商売の形そのものが問われていると思います。私たちも何がベストなのかを捉え試行錯誤して挑戦しています。どう捉え、行動を起こすのか。その判断に大きく左右されると思います。
デンマーク本社には打合せのために何度も足を運んでいますが、そこで各国のディストリビューターや営業担当者とミーティングを重ねるたびに再認識させられるのは、日本をはじめとする東アジアのハイファイオーディオの商売が非常に特殊であることです。他よりも安く買いたい、安く売りたいというデフレになりやすい商習慣で、特に日本では販売店さんの利益がヨーロッパのそれと比べると少なくなります。今はインターネットで他国の販売店さんからも購入できるので大きな課題の一つとなっています。
どのようにすれば適正化を図れるのか。もちろん業界をあげての課題となりますが、御社なりの取り組みはございますか。
坂田WEB販売などお客様にとって購入の仕方が多様化しておりますのでアフターサービスをいかに充実させるかが課題です。またアフターサービスに加え、購入前の相談なども含めてお客様にとってのベストな環境作りに取り組んでいます。弊社としてはその中で適正化が図れると考えております。また、オルトフォンの製品には開発者や関わるスタッフの熱い“想い”が詰まっていますので多くの方々にその想いや製品の良さが伝わるようにイベントなどを通じて努めております。「楽しい」「感動する」「心が安らぐ」など音楽はさまざまなメリットをもたらします。オーディオを通じてそのことをどう広められるか、高められるか、さらに挑戦していこうと思っております。
地域や販売店に合わせ
顧客接点を徹底強化
若い人を中心とした新規層の掘り起こしが大きな課題のひとつとして指摘される中で、一方では、イヤホン・ヘッドホン市場が活発な動きを見せています。
坂田マグネットやコイル、小さなドライバーなど微細パーツの技術力はオルトフォンの強みであり、得意分野ですから、純銀線を使用したコイルを採用したイヤホンなどのチャレンジもそこでは行っています。しかし、なかなかそのスピード感についていけないのが実情です。
ただし、自分たちの信じる音のよさを根幹に考えるのであれば、闇雲に流行に乗って仕様を変えていったり、早さに負けじとスピードに乗っていったりすることは自分たちの目指すところとは一致しません。アナログカートリッジのブランドとしての立ち位置が揺らいでしまったのでは本末転倒で、いいものが作れなくなってしまいます。
ただ、ヘッドホン・イヤホンの大きなムーブメントをうまく活かして、フェアやイベントの会場にターンテーブルを持ち込み、ソースとしてのアナログレコードの音をヘッドホンやイヤホンで聴いてもらうアプローチを、ここ3、4年にわたって継続して行っています。「オルトフォン」というブランドを若い世代に知ってもらう上では大いに効果を実感しています。
決して遠くにある存在ではなく、少しでも親近感を持ってほしいですね。
坂田A何よりも“体験”していただくことが重要ですから、販売店さんが週末に開催するイベントにも積極的にご協力させていただく方針です。お客様に直に接する機会を創ることは非常に大切ですから、それは私が入社以来、強化している取り組みのひとつです。イベントの現場には、カートリッジのラインナップを全て持っていって、リクエストに応えてお聴かせしたり、40万と50万と70万円のものがどう違うのか聴き比べを行ったり、レコードを多く演奏することも心がけております。
知らないこと、知りたいことがまだまだあるということですね。
坂田ここはさらに力を入れていきます。それぞれの地域による温度差がありますから、どのように関わっていけばイベントがいい形になるのかを常に熟考して臨みます。
本社との意思疎通を改善
シナジーに新たな手応え
オルトフォン100周年の記念事業第1弾として、DJカートリッジ「コンコルド」をフルモデルチェンジ。1月25日から米国アナハイムで開催される「The NAMMショー」が初お披露目となる
現在、主力として展開されているカートリッジでは、今年は創業100周年の記念モデルもご用意されているそうですね。
坂田昨今のアナログブームの中でも、特に米国とドイツが売上げの数字を見ても抜けた存在です。両国では若い人たちの間でアナログが再び盛り上がりを見せ始めていて、そうした最新のニーズを汲み上げて開発を行い、フルモデルチェンジを行った「コンコルド」を1月25日に発表しました。
今まで小さかったフィンガーや針先のデザインを変えて一新しています。また、フィンガーが替えられる機構を新しくつけたり、大きく切り込みを入れてスタイラスが見えやすくしたり、さまざまなアイデアが満載です。これがオルトフォン100周年の記念事業第1弾となり、1月25日から米国アナハイムで開催される世界最大規模の楽器展示会「The NAMMショー」が初お披露目の場となり、全世界同時に展開して参ります。
カートリッジでは、新製品の「SPU Wood A」「MC Windfeld Ti」が昨年から大きな話題を提供していますね。
坂田「SPU Wood A」は久しぶりのAタイプとして反響が大きく、大きな手応えを実感しています。ハイファイカートリッジのSPUでは、2016年にエントリークラスの「SPU♯1S」「SPU♯1E」を発売して大変好評を博しました。これを機に、SPUの限定モデルを発売していく計画をスタートさせ、昨年が前述の「SPU Wood A」となり、そして今年が100周年記念モデルとなります。
100周年記念モデルとしては、まずMCの100周年記念モデルを5月にミュンヘンで開催される「HIGH END 2018」で発表を行う予定です。その後、SPU、DJカートリッジ「コンコルド」の100周年記念モデルと続き、これが限定記念モデルの三本柱となります。「100周年」というまたとない好機を最大限に活かして市場を盛り上げて参ります。
ユーザーイベントでも関心の高い「SPU Wood A」「MC Windfeld Ti」。それぞれ100周年を記念した限定モデルが用意されており、MCが一足早く、5月にミュンヘンで開催される「HIGH END 2018」で発表される予定だ
オルトフォンジャパンとしての独自の企画はございますか。
坂田オルトフォンジャパンもウェブサイトやSNSで随時情報を発信していきます。企画ではありませんが、新体制の下、進めたいことがあります。その中のひとつが、直近の最大のテーマのひとつとして考えている、デンマーク本社との風通しをよくすることです。
これまでは本社は本社、支社は支社という考え方が強く、日本独自の開発を押し付けているような面も否定できませんでした。同じゴールを見ていなかったと言えばわかりやすいでしょうか。しかし、市場環境も大きく変化し、かつてのように日本市場だけでは成り立たなくなっているのも事実です。
感じていたのは、オルトフォンジャパンの考えを一方的に押し付けるのではなく、その後ろに広がる背景まできちんとわかるように伝えなければならないということ。本社の開発部門に対し、こまめに説明を行っていくことにより、本社と日本支社の間にこれまでなかったよい関係が構築されつつあります。世界的な視野でマーケットを見て、デンマークと日本、それぞれのメリットを活かしながら、本社と一緒にものづくりを行う流れができつつあります。
若さを大いに生かして
時代の変化に訴える
100周年というメモリアルイヤーに、まさに「新生・オルトフォンジャパン」が立ち上がったと言えますね。
坂田時代の変化が大きいですから、それをどう捉えていくか。何が起きているのかを俯瞰して、見極めていきたいと考えています。“応戦”と“挑戦”がとても大切になります。勇気を出して取り組んでいかなければならないテーマもありますので、そこは“若さ”を前面に押し出し、大いに挑戦していこうと思います。
オーディオ業界がどのようにして生き残り、文化を残していくのか。音楽は日々の生活とは切っても切れない関係にあります。そこで、「生きていく上で、いつもそばにある音楽のためにオーディオはある」という立ち位置を貫き、日々の生活に貢献していく存在となることをきちんと示すことができれば、活路は見いだせるのではないかと思います。
若者をはじめとする新規層の掘り起こしは重要なテーマとなりますが、「車」「酒」「テレビ」「スキー」など若者の○○離れという言葉には枚挙にいとまがありません。
坂田やること、楽しいことが増え過ぎてしまいました。それでもそこへ“体験”という場を提供できればオーディオに興味を持ってもらえるはずです。その人の大好きな音楽を使って体験してもらうことが大前提になります。われわれの最大のテーマですがものすごく難しく、メーカーの力だけでは到底及ばないところもあり、ご販売店さんと力を合わせて取り組んで参ります。
従来の手法だけではアプローチできるターゲットが限られてしまうという面も見受けられます。
坂田オーディオ市場に活気を取り戻すためにも、従来の概念に縛られることなく、これからはいろいろなことを考え、いろいろなチャレンジをしていこうと思います。
ここ数年、安価なターンテーブルが多く売れ始めて、それを持ってアナログと言われてしまう悲しい事態もあります。数十万円出して機器を手に入れる価値があることをきちんと理解、実感していただく活動も、もっと積極的に行っていく必要があります。そこで伝えなければならないのは“想い”、そしてその背景に広がっているもの。それらはやはり、人対人でなくては伝えることはできません。
“人対人”とは対極の立場とも言えるWEB販売が台頭していますが、どのように見ていますか。
坂田WEB販売は時代の主流になりつつあると思います。しかしお客様にとっては非常に便利な反面、過度な価格競争が起こりやすく、業界全体を一方では伸ばしますが、一方では縮小しているように見えます。弊社としては市場にとってベストな形になるように関わって参ります。
それでは最後に、ご販売店の皆様へのメッセージをお願いします。
坂田販売店の皆さまをはじめ、多くの方々に支えられ、お陰様でオルトフォンは100周年を迎えさせていただくことができました。オルトフォンジャパンは新たな体制を敷き、今まで以上にエンドユーザー、関係各社の皆様、そしてアナログカルチャーの創造に貢献できるよう精一杯取り組んで参ります。
◆PROFILE◆
坂田 清史 Kiyoshi Sakata
1979年生まれ、東京都出身。2003年 オルトフォンジャパン株式会社入社、2018年1月 代表取締役社長に就任。好きな言葉は「信念」「努力」「忍耐」。