緊急対談
日本オーディオ協会 新旧会長バトンタッチ
校條亮治×小川理子
ここからが本当の正念場。新しい世代に向けて
オーディオや音楽の素晴らしさを伝承しなければ
一般社団法人日本オーディオ協会において、新たな会長が誕生する。現会長の校條亮治氏に代わって会長職への就任が予定されているのは、パナソニックでテクニクスブランド復活を成功させた、あの小川理子氏である。現在同社のアプライアンス社副社長を務め、さらにジャズピアニストとして音楽活動にいそしむ現役アーティストでもある。ライフスタイルやリスニングスタイルが大きく変化する中、オーディオの業界が取り組むべきこととは何か。日本オーディオ協会で10年間を駆け抜けてきた校條氏と、新たな時代にチャレンジする小川氏の、緊急対談をお贈りする。
進行と記事執筆/徳田ゆかり Senka21編集長 写真/福谷均
健全な発展のため
協会も転換が必要
日本オーディオ協会の会長職が、校條さんから小川さんにバトンタッチされるとお聞きしました。重要な節目に、お二人にご登場いただくことができました。
校條私は前会長の鹿井信雄さんの時代に副会長職を、そして縁あって10年前に会長職を仰せつかりました。10年の間皆様に助けていただき、至上命題であるオーディオの活性化はある程度できたかと思います。しかしここからが本当の正念場。新しい時代に向けて、新しい世代にオーディオや音楽の素晴らしさを伝承しなければなりません。それを遂行していくためにも、新たな会長職には小川さんがもっとも適任だと思っていました。
小川さんご自身が、アーティストでおられます。私はずっと感性価値の創造こそオーディオの世界と言い続けてきましたが、それを身をもって体現していただけると期待しています。しかも経営者で、技術者でもある。小川さんの一挙手一投足がそのまま、協会の新しい時代の創造につながると思っているのです。
一般社団法人 日本オーディオ協会 会長
校條亮治氏
小川さんの一挙手一投足がそのまま
オーディオ協会の新しい時代を創造し
お客様への強い発信力になると思います。
小川このお話を最初にいただいたのは、パナソニックのホームエンターテインメント事業部長の職にあった時です。オーディオのテクニクスを立ち上げ、ビジュアルやコミュニケーションの事業も担当しているところでしたから、これまでの道筋をつくって来られた校條さんのご期待にお応えするのはとても無理だと、何度かお断りしてきました。協会の役員推薦委員会からも何度か声が掛かりましたが、とてもやらせていただく自信はありませんでした。
転機は昨年です。私は副会長職に就いていますが、昨年の総会と理事会の後、他の企業の副会長の方々とコミュニケーションを持つ機会があって、これからの協会をどうすればいいのか、校條さんも10年間会長職をお務めになってバトンタッチも視野に入れる時期だという話題になって、皆さんが次は小川だとおっしゃったんです。私としてはちょっと待ってという感じでしたが、もう絶対にと言って皆さんから集中的に推されまして…。
今は、いろいろな意味で転換期だと思うのです。オーディオの文化そのものも、お客様もすごく多様になっている。けれども協会自体は従来のままです。協会の集まりにも女性は他にはいなくて、ここに多様性を加えるのが私の役割なのかなと思いました。オーディオ協会の健全な発展のためにも、転換が必要だと。
会長職を遂行するのは大変なことですけれど、自分に与えられた役割なのかとそこで心を決めました。でもそれを協会の推薦委員に伝えましたら「本当にいいんですか?」と逆に驚かれたりして。そんな経緯がありました。正式には6月の総会でご承認いただければということになります。
一般社団法人 日本オーディオ協会 副会長
小川理子氏
私たち自らがオーディオというものを
縛り付けているところがあると思います。
解き放たなくてはならないですね。
日本オーディオ協会にとっても、オーディオ業界全体にとっても、非常に喜ばしいことだと思います。
校條私は理想の形になると思っています。オーディオは感性価値の創造と言いましたが、生活の中の在り方としてどうか、音楽文化としてどうかと考えると、小川さんの視点が非常に重要だと思います。新しいオーディオの世界を体現してくださると。
新しいオーディオの世界について、どうお考えですか。
小川30 年以上前に新入社員だった時、オーディオの仕事に従事して感じたことがあって、それは未だに変わっていないなと思っているのです。校條さんがおっしゃるように音、音楽、オーディオの世界は、ふんだんに感性価値を必要として、それを重要だと認識しなければいけないものです。
一方でビジネスとして見ると、感性価値から距離を感じ、むしろ距離をおかなくてはいけないのかと思うこともあります。オーディオに関わるものはすべて数字で表さなければいけなくて、機能性能、技術の側面で価値が語られていた。新入社員の頃にすごく感じたのはそういうことですが、それがその時代に適応したオーディオだったということですね。
今は時代が変わり、お客様のライフスタイルやいろいろなことも変わっています。でもオーディオだけが従来のまま、変わっていないところがいっぱいあるんです。もちろん変わらないこと、変えてはいけないこともあると思います。変わらないものと変えるべきものを、次の世代にしっかり伝えていかなくてはいけないと思います。
アナログ全盛のオーディオから、ものすごい変化を乗り越えて、今はすごく多様な世界になっています。アナログもまた若い人がかっこいいといって聴いている。私はそのすべての過程を知る最後の世代ですから、奥深く間口の広い世界のすべてを、健全に次の世代に伝えたいと思っています。そういう面での使命感を持っています。
がんじがらめを解き
新しい体験を発信
変えてはいけないもの、変わるべきものとはなんでしょうか。
小川変えてはいけないのは、人間と音楽との関係性、と言いましょうか。人類が誕生する前から音は存在していますし、人は産まれる前からお母さんのお腹の中で音を聞いていて、産まれた後人生を終えるまで音の中で生きています。音から幸せをもらったり、元気になったり、快適にしてもらったり、音や音楽やオーディオから受ける恩恵はものすごくあるわけです。
それを何気なく、意識せず人は過ごしていますが、そういう中で音楽の芸術性を意識して欲しいのです。というとハードルが高いようですが、演奏者が一つの音を出すのに人生を賭けて何万時間・何十万時間と練習をしている事実があります。私自身も演奏家としてそこを伝えなくてはいけないですし、それを受け取って、解釈し、感動して、それを哲学として、次世代の子供達に意識して欲しいと思っているのです。
欧州などではそういうことが日常的に意識されて、社会の中に当たり前に組み込まれていますが、日本ではそれを簡単になくしてしまうところがあると思うのです。けれど日本もこれから、本当の成熟を迎える時期に来ていると思っています。逆にここで踏みとどまって成熟を迎えることができなければ、日本がこれからグローバルで生き残りリスペクトされることは、なくなっていくのではないかという気がしています。
では変えるべきものとはなんでしょうか。
小川まず、日本オーディオ協会が取り組んでいることが、もっともっと社会の人々に認知されないといけないと思います。「OTOTEN」というイベントを行っていますが、直近では会場も有楽町の国際フォーラムに移し、新しいお客様にも来ていただくよう、いろいろなチャレンジを行っています。それも変えるべくして変えたことの一つですね。
ライフスタイルも変わり、音楽がいつでもどこでも聴ける時代になったのに、オーディオはこだわりの要素もあってかすごくがんじがらめになっている気がします。従来にない新しい聴き方や新しい体験があることを、協会は多くの人にもっと広く発信しなければいけないと思っています。
校條まったく同感です。私たちが自らオーディオというものを縛り付けているところはあると思います。解き放たなくてはならないですね。そこは、小川さんの感性で切り込んでいただけると思います。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、綺麗なものは綺麗、ということがもっと表面に出てもいい。人間の感情ですから。もっとアーティスティックなものが表面に出ていいはずです。日本人にはもともとすぐれた感性がある。たとえば万葉の時代などは今のような利便性がなくても、風のそよぎや匂いを日常的に感じてきました。
小川なんでも手の届くところにあってバーチャルで体験できる状況にあると、自分自身が考えたり気づいたり学んだり、ということのダイナミックレンジがどんどん小さくなっていくような気がします。
校條そこを、小川さんの情報発信能力に期待して、影響力を発揮できるのではないでしょうか。
テクニクスの復活でも、小川さんの影響力の強さを目の当たりにしました。アーティストとして能動的に音楽に関わっておられるお立場でもあり、会長になられてからいろいろなことが変わりそうで楽しみですね。
小川コンサートやライブに行くのは好きだけれど、家では音楽を聴かなくなったという人はたくさんいらっしゃいます。生の音楽は素晴らしいと皆さん思っておられるはずですから、演奏会場に行かなくても音楽を堪能できることを、皆さんに気づいていただきたいですね。
入り口から出口まで
俯瞰できる強み
校條会長が携わってこられた10年間と、ここから先の10年間はオーディオを取り巻く状況が違ってきます。
校條これまでオーディオは、かくあるべしという形に捉われ過ぎて、呪縛の世界に入ってしまった。今は老若男女を問わずスマホを持って、多くの人がそれで音楽を聴いています。しかし10年前は、ヘッドホンやイヤホンで聴くことが、オーディオの邪道であるかのような捉えられ方でした。
そこで私は、そういうスタイルを認識した上で、さらにそこから音楽をもっといい音で聴いていただく、楽しんでいただくにはどうすればいいかに取り組んで来ました。ヘッドホンやイヤホンをオーディオの1ジャンルとして育てようと掛け声をあげ、ようやくそれも認められてきました。むしろこれがなかったらオーディオはどうなってしまったか。ただそこからもう少しステージを上げていくことに、メーカー側として真摯に提案すべきことがまだたくさんあるという思いです。スペック競争ではなくて。
ソニーさんがウォークマンを世に問われ、どこでも音楽が聴けるようになった、素晴らしいことです。我々も子供時代にゲルマニウムラジオやトランジスタラジオでいながらにして音楽を聴ける体験をして、その喜びはすごいものでした。ただそうした機能的な面と、音楽から与えられる感性がリンクしたかどうか。そこで、オーディオはスペックや形状に縛られ過ぎたのではと思うのです。
そういうことを打ち破りたい思いで、ひとつ風穴を開けられたかと思います。けれども音楽に対する感性価値の凄さを伝えるのは、アーティストである小川さん、本当に音楽をわかっている方にお任せしたいと思います。
アーティストの方は演奏している時に対して、演奏されたものが収録され再生される時には、どこまで音に注意を払っていらっしゃるんでしょうか。
小川私の場合は、音が出た瞬間から最後の再生系のところまでプロセスの全てを包括的に考えたり感じたりしながら、いろいろなことを判断しています。音はどんな風に出て、どう収録され、編集されるかを全部わかっていられるのは、私にとって自然にできることかなと思いますね。
いろいろな演奏家の方にオーディオを試聴していただきますが、皆さんご自分の出した音をリファレンスとして持っていらっしゃる。それとオーディオで出た音を比較するとこうだね、とコメントをいただきます。私はニュートラルなところにいて、そこから演奏する側も再生する側も見ている感じ。また聴く時は聴く側の立場に立つことができます。見晴らしのいい、すべてのプロセスを見渡せるところにいられるのかなと思います。
プロダクトやコンテンツをつくるとき、誰もが一番いい状態でお客様にお届けするよう考えます。一番いいところを探す作業をいつも行ってバランスをとる。そういう風に音楽にもオーディオにも関わっていると思います。
日本オーディオ協会のお仕事でも、見晴らしのいいところで手腕を発揮されることになりそうですね。
小川オーディオ協会には、レコード協会の方やコンテンツ業界の方も入っていらっしゃる。音の日のイベントなどでも、オーディオのコミュニティとコンテンツのコミュニティが一緒に交流しています。本当に、音の入り口から出口まで全体が見渡せる状況にはあって、その距離をさらに縮めていければいいのかなと思います。
校條これからの時代、オーディオ協会、音楽家協会、レコード協会と垣根をつくること自体、あまり意味がないと思います。そこからでしかものごとが見られなくなるからです。音楽は聴いて楽しくなったり、心を癒してくれたりします。そういう観点では、オーディオ業界とはそもそも何なのかとも思います。音楽がなければオーディオ機器はただの箱ですから。
行き着く先は
人間の豊かな感性
小川私は1986年に今の会社に入社しましたが、その頃すでにオーディオのデジタル化が進行し、次にはネットワーク化。アナログのいい世界がなくなってしまうのかなと一抹の寂しさもありながら、これからは未来の新しい世界が広がるとわくわくして仕事をしてきました。その時、このままデジタルネットワークの技術が進み10年20年後に、きっとまたルネッサンス(文化復興)がやってくると直感的に思いました。多分、それは今です。あの時の直感は外れていなかった気がしています。さらに今進んでいるAIやロボティクスで、この先本当に共存の時代がきた時また、ルネッサンスが来ますよね。
これから世の中はグローバルで変革し、どんどん成熟するでしょう。そんな社会の中で、最後に残るのは人間の豊かさ。豊かな感性というのがルネッサンスの行き着く先ではないかと思いますね。
校條オーディオや音楽は、豊かな感性に極めて近いところに位置付けられるでしょう。しかし形を追いかけているうちは、そこからいつまでも抜け出せない。人間の生活の中でいろいろなものが集約され、すべてがコネクトしていく。そこでの生活がいかに楽しいことか、それをどうやって表現していくか。そんな時代が来ています。転換期だと思います。
スマートフォンとイヤホンでしか音楽を聴いたことのない、デジタルの音楽しか聴いたことのない子供たちが育っていますが、感性に響く体験を彼らにしてもらうにはどうすればいいでしょうか。
小川味覚や聴覚は親から子へ、そしてそのまた子へ伝わるものと考えています。おばあちゃん、お母さん、娘に味を伝えていくのと同じように、私たちの親世代が音楽の素晴らしさを伝えてくれたと思います。私も音楽では父親の影響を受けました。今50代くらいの親世代から20代くらいの子世代に伝わって、いずれその子世代にいいものを残していく。日本ではそういうことを、絶対にやらないといけません。
日本では、本当に大切なことまでも省いてしまうところがあると思います。いろいろなルーツやヒストリー、意味やストーリーを社会全体が新しい世代に教えていかないと。親も学校もそして社会全体がやっていかなくてはいけないことです。
オーディオ協会は社会的な公正な立場で、皆が協力しあって次世代の育成支援ができると思います。それはすごく大切なこと。聴く人だけでなく、音楽の製作者も人材が少なくなっているので、校條さんはそういう観点で音の日の取り組みをしています。次世代への継承は、今の日本全体が抱えている課題だと思っています。
精神的な強さというのは、文化や教養から育まれるものです。日本の子供たちが世界に出て競争するときに、そういう強靭さを持たなければ簡単に折れてしまいます。世界中の人たちは皆、そういう強靭さを持って戦っているわけですから。そういう意味でも、オーディオの果たす役割は大変に大きいと思います。
オーディオに限らず、大きな意味で重要なことですね。まさに今、踏みとどまれるかどうかでこの先の10年20年が決まっていく。
校條私は音楽鑑賞教育財団とコンタクトをとっていますが、そこで聞いたところでは、今中学校の音楽の時間は年間17時間くらいしかないそうです。私の子供時代は音楽室にアンサンブルステレオがあって、よくクラシック音楽を聴かせてもらいました。感動しましたよ。今の中学校では、そんな風に聴かせる学校はないと思います。システムコンポが置かれていることもないようです。
ダンスの授業で音楽を聴く機会もあるでしょうが、音楽に関して今の子供たちの置かれた状況は不安ですね。本当にこのままでいいのかと思います。人が人たるゆえんを音楽は教えてくれます。音楽で学べることはたくさんあるのに、学校でそれを味わうことがないわけですから。
そしてこの曲の作曲者が誰ということよりももっと、自由に聴いたり歌ったり演奏したりということに取り組めばいいと思いますね。
学校はそういう状態で、家庭にも今やオーディオ装置はありません。
校條そこには、日本の住宅事情の問題もあります。それもあって一気にヘッドホンの普及が進んだわけですが。本当はそこに対して、ホームオーディオの普及が広がるように、メーカーや我々がもう少し努力をしなければならなかったかもしれません。
お客様との接点をどのように持つかが重要です。特にまだオーディオを触ったことのない方に対して。
校條たぶん、小川さんの一挙手一投足、一発言がそこに一番効果があると私は見ています。素直に語られる言葉、アーティストとしての感性を経た言葉は強いと思いますから。
小川さんに発言の機会をどんどん持っていただいて、どんどん発信していただきたいですね。我々も媒体として、さらにそれを広めていきたいと思います。それでは最後に、小川さんに意気込みをお聞きします。
小川6月に開催される協会の総会でのご承認を待って就任させていただくことになりますが、その直前に「OTOTEN」があります。まずそこで、これからのオーディオの在り方をどう発信していくか、そして新しいお客様にもカジュアルに入っていただけるようなものにするかに取り組んで参ります。
オープンなコミュニケーションができるオーディオのコミュニティ、オーディオの文化を形にしていきたいと思っています。精一杯やらせていただきますので、皆さまご指導のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
◆PROFILE◆
校條亮治
1947年11月22日生まれ。岐阜県出身。1966年 パイオニア株式会社入社後、パイオニア労働組合中央執行委員長。パイオニア株式会社CS経営推進室長を経て04年6月 パイオニア株式会社執行役員CS経営推進室室長に。05年7月 パイオニアマーケティング株式会社代表取締役社長に就任。2007年 社団法人日本オーディオ協会副会長を経て、2008年6月11日 現職に就任。協会の活性化とともに、昨今はハイレゾ推進・ライセンス化に取り組み大きな実績を上げる。
小川理子
1986年4月 松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社 音響研究所配属。ネットワークサービス事業、CSR・社会文化部門を経て、2014年5月よりテクニクスを率いる。2015年4月 同社役員就任。2015年11月 アプライアンス社常務 ホームエンターテインメント事業担当。2017年4月 アプライアンス社副社長 ホームエエンターテインメント・コミュニケーション事業担当。2018年1月 アプライアンス社副社長 技術担当(兼)技術本部長、テクニクス事業推進室長。ご父君の影響でジャズに目覚め、ジャズピアニストとして活動するアーティストの顔も持つ。2015年 一般社団法人日本オーディオ協会副会長就任。2018年6月 同協会会長に就任予定。