PCMにはないDSDの魅力をアピール
「DSD配信には明るい未来が待っている」 − DoPを開発、Playback DesignsのKoch氏に聞く
DSDによる音楽配信に注目が集まっている。依然として、ハイレゾ音楽配信サービスの中心はPCMやロスレスコーデックによるものだが、より高い音質を求める一部のユーザーがDSDフォーマットの優秀さに改めて着目。一部で配信サービスも始まるなど、同フォーマットに再び光が当たった格好だ。
だが、PCを使ってDSD音声をネイティブ出力し、コンポーネントに入力するためには、様々なハードルを越えなければならない。まず、再生するためのソフトがまだ限られている。またUSBで転送する場合、OSによって対応させるための方法がまちまちで、スタンダードというべき方法はまだ確立されていない。さらに、DSDネイティブ再生に対応する機器がまだ非常に少なく、加えて言うと高価なものに集中している。
このような環境を変えようと奔走しているのが、アメリカのハイエンドオーディオブランドのエンジニア有志からなるグループだ。そのうちの一人、米Playback DesignsのAndreas Koch(アンドレアス・コッチ)氏が音元出版を訪問。DSDの現状や今後、また自社製品の優位性について語った。なお今回の記事では、DSDに関する基礎的な説明は割愛する。
■USBでDSDを転送する「DoP」を開発
Koch氏はドルビーでキャリアをスタートし、その後ソニー米国法人に移籍。世界初のDSDレコーダー兼編集機「SONOMA」の開発も手掛けた。DSDに関しては世界的な第一人者と言って良い。
Koch氏の最近の仕事で話題を集めたのは、「DoP」というオーディオ転送方式の開発だ。なおDoPは「DSD Audio over PCM Frames」の略で、DoPの概要はこちらに掲載されている。
このDoPを簡単に説明すると、PCMを転送するファイルコンテナを用いて、USBでDSD信号を転送するというものだ。たとえばMac OS X Lionは、ネイティブUSBドライバーを使ったPCMの転送しか許されていないが、この方法であれば見かけ上はPCMのデータが通ることになり、これによってDSDの転送が可能になるのだ。
DoPのメインとなるターゲットはUSBだが、PCMを転送できるほかの伝送経路、S/PDIFやAES/EBU、FireWireなどにも拡張できる普遍性を備えている。
Koch氏は仕組みはこう解説する。「2.8224MHzのサンプリングレートのDSDは、ビットレートに直すと2.8224Mbitです。これはほぼ176.4kHz/16ビット PCM音源のビットレートに相当します。これを利用し、フレームとしては24ビットのPCMの枠組みを用い、このうち16ビット分にDSDデータを使用。残り8ビットはDSD信号に関する様々な情報を埋め込むマーカーとして使います」。
128FSのDSDの場合はどうするかというと、これもシンプルな発想でクリア。枠組みとして使用するPCMフレームのサンプリングレートを352.8kHzにすれば、128FSのDSDデータを格納できる。
あとは受け手となるDAC側で、ヘッダーとして流れてくるDSDのマーカー情報を判読し、音声データがDSDであると判断したら、モードをPCMからDSDに変更。するとDSDデータが再生される。Koch氏は「DSDデータをUSBで転送するには様々な方法が考えられますが、これが最も簡単で、機器側で対応させるのも早い方法だと思います」と語る。
■USBでDSDを転送する「DoP」を開発
このDoPによるDSD転送に対応したPlayback Designsの製品が、DAC「MPD-3」「MPD-5」だ。両機はデジタル回路に既存のDAC用ICを使わず、FPGA(Field Programable Gate Array)という、プログラムを書き換えられるディスクリート構成のデジタル回路を採用。これにより、FPGAの書換によって機能を高めることが可能になり、日進月歩で進化するPCオーディオに対応できるようになっている。
プロフィールの紹介が長くなったが、Koch氏が現在、DoPなどの開発を行い、DSDの啓蒙に努めているのは、いわゆる手弁当での活動であり、そこから彼が直接報酬を得ているわけではない。DSDの音に心底惚れ込んでいるからこそ、そのサウンドを多くの方に届けたいと、このような活動に深く携わっているのだ。
■DSDには明るい未来が待っている
今回、終始謙虚な態度で説明してくれたKoch氏が、珍しくハッキリと断言したのは「DSDによる音楽配信には、明るい未来が待っています」という一言だ。Koch氏は、その理由を以下のように説明してくれた。
「DSDのオーディオファンにとって一番大きなメリットは、その音質です。PCMでは、ナイキスト周波数にフィルターを設ける必要がありますが、ブリックウォールと呼ばれる急峻なフィルターを用いた場合、プリリンギングやポストリンギングなど、実際には存在しないノイズの発生が避けられません」。
「それに比べてDSDはこのようなフィルターを設ける必要がなく、高域に至るまでなだらかなスロープを描きます。このため、プリ/ポストリンギングは発生しません。ちなみに、このDSDのスロープはアナログレコードと同じような曲線ですので、自然界の音を耳で聴くのと同じ、ナチュラルな聴感が得られます」。
PCMに比べ、DSD音源の配信はまだまだ少ない。これについてもKoch氏は楽観的な見通しを示した。
「SACDの制作で作られた、7,000〜8,000タイトルにおよぶDSDのマスタリングデータがありますので、これを配信に使うことも可能でしょう。さらに、以前からDSDで録音を行っているテラークやチェスキー、モービル・フィデリティーといったレーベルが、DSD配信に乗り出す可能性も高いと考えています」。
配信時の使い勝手も、PCMよりDSDの方が上であるとKoch氏は強調する。「配信における効率の良さもDSDのメリットです。2.8224MHzのDSDデータは、おおむね96kHz/24ビットのPCM音声と同等のデータ量に収めることができます。ダウンロード配信にとっては、これは重要なポイントです」。
■DSDはSACDではなく音楽配信フォーマットとして輝く
さて、DSDと言えば、これまではSACDのフォーマットとしてもっぱら語られてきた。Koch氏はSACDの今後についてどう考えているのだろうか。
「SACDは現在、プレスできる工場が日本とオーストリアにしかありません。その工場も次々と閉鎖されているような状況です。このような状況でディスクを作り、さらに流通させるための費用もかかるとなると、大変ハイコストです。これでは、新しいアーティストがSACDで発売するということが非常に困難でしょう。それに対して配信であれば、基本的にサーバー代しか費用がかかりません。非常に低コストで運用できますので、新人アーティストの音源も積極的に配信できるはずです」。
Koch氏は「DSDには明るい未来が待っています。ただしそれはSACDとしてではなく、ダウンロード用のフォーマットとしてです」と、あえてSACDを否定することで、DSD配信のポテンシャルが相対的に高いことをアピール。DSDというフォーマットにとって、今後は配信が主戦場になることを強調した。
Koch氏が自信を示すように、今後DSD音楽配信がメジャーになることはあるのか。今後の動向に注目したい。
だが、PCを使ってDSD音声をネイティブ出力し、コンポーネントに入力するためには、様々なハードルを越えなければならない。まず、再生するためのソフトがまだ限られている。またUSBで転送する場合、OSによって対応させるための方法がまちまちで、スタンダードというべき方法はまだ確立されていない。さらに、DSDネイティブ再生に対応する機器がまだ非常に少なく、加えて言うと高価なものに集中している。
このような環境を変えようと奔走しているのが、アメリカのハイエンドオーディオブランドのエンジニア有志からなるグループだ。そのうちの一人、米Playback DesignsのAndreas Koch(アンドレアス・コッチ)氏が音元出版を訪問。DSDの現状や今後、また自社製品の優位性について語った。なお今回の記事では、DSDに関する基礎的な説明は割愛する。
■USBでDSDを転送する「DoP」を開発
Koch氏はドルビーでキャリアをスタートし、その後ソニー米国法人に移籍。世界初のDSDレコーダー兼編集機「SONOMA」の開発も手掛けた。DSDに関しては世界的な第一人者と言って良い。
Koch氏の最近の仕事で話題を集めたのは、「DoP」というオーディオ転送方式の開発だ。なおDoPは「DSD Audio over PCM Frames」の略で、DoPの概要はこちらに掲載されている。
このDoPを簡単に説明すると、PCMを転送するファイルコンテナを用いて、USBでDSD信号を転送するというものだ。たとえばMac OS X Lionは、ネイティブUSBドライバーを使ったPCMの転送しか許されていないが、この方法であれば見かけ上はPCMのデータが通ることになり、これによってDSDの転送が可能になるのだ。
DoPのメインとなるターゲットはUSBだが、PCMを転送できるほかの伝送経路、S/PDIFやAES/EBU、FireWireなどにも拡張できる普遍性を備えている。
Koch氏は仕組みはこう解説する。「2.8224MHzのサンプリングレートのDSDは、ビットレートに直すと2.8224Mbitです。これはほぼ176.4kHz/16ビット PCM音源のビットレートに相当します。これを利用し、フレームとしては24ビットのPCMの枠組みを用い、このうち16ビット分にDSDデータを使用。残り8ビットはDSD信号に関する様々な情報を埋め込むマーカーとして使います」。
128FSのDSDの場合はどうするかというと、これもシンプルな発想でクリア。枠組みとして使用するPCMフレームのサンプリングレートを352.8kHzにすれば、128FSのDSDデータを格納できる。
あとは受け手となるDAC側で、ヘッダーとして流れてくるDSDのマーカー情報を判読し、音声データがDSDであると判断したら、モードをPCMからDSDに変更。するとDSDデータが再生される。Koch氏は「DSDデータをUSBで転送するには様々な方法が考えられますが、これが最も簡単で、機器側で対応させるのも早い方法だと思います」と語る。
■USBでDSDを転送する「DoP」を開発
このDoPによるDSD転送に対応したPlayback Designsの製品が、DAC「MPD-3」「MPD-5」だ。両機はデジタル回路に既存のDAC用ICを使わず、FPGA(Field Programable Gate Array)という、プログラムを書き換えられるディスクリート構成のデジタル回路を採用。これにより、FPGAの書換によって機能を高めることが可能になり、日進月歩で進化するPCオーディオに対応できるようになっている。
プロフィールの紹介が長くなったが、Koch氏が現在、DoPなどの開発を行い、DSDの啓蒙に努めているのは、いわゆる手弁当での活動であり、そこから彼が直接報酬を得ているわけではない。DSDの音に心底惚れ込んでいるからこそ、そのサウンドを多くの方に届けたいと、このような活動に深く携わっているのだ。
■DSDには明るい未来が待っている
今回、終始謙虚な態度で説明してくれたKoch氏が、珍しくハッキリと断言したのは「DSDによる音楽配信には、明るい未来が待っています」という一言だ。Koch氏は、その理由を以下のように説明してくれた。
「DSDのオーディオファンにとって一番大きなメリットは、その音質です。PCMでは、ナイキスト周波数にフィルターを設ける必要がありますが、ブリックウォールと呼ばれる急峻なフィルターを用いた場合、プリリンギングやポストリンギングなど、実際には存在しないノイズの発生が避けられません」。
「それに比べてDSDはこのようなフィルターを設ける必要がなく、高域に至るまでなだらかなスロープを描きます。このため、プリ/ポストリンギングは発生しません。ちなみに、このDSDのスロープはアナログレコードと同じような曲線ですので、自然界の音を耳で聴くのと同じ、ナチュラルな聴感が得られます」。
PCMに比べ、DSD音源の配信はまだまだ少ない。これについてもKoch氏は楽観的な見通しを示した。
「SACDの制作で作られた、7,000〜8,000タイトルにおよぶDSDのマスタリングデータがありますので、これを配信に使うことも可能でしょう。さらに、以前からDSDで録音を行っているテラークやチェスキー、モービル・フィデリティーといったレーベルが、DSD配信に乗り出す可能性も高いと考えています」。
配信時の使い勝手も、PCMよりDSDの方が上であるとKoch氏は強調する。「配信における効率の良さもDSDのメリットです。2.8224MHzのDSDデータは、おおむね96kHz/24ビットのPCM音声と同等のデータ量に収めることができます。ダウンロード配信にとっては、これは重要なポイントです」。
■DSDはSACDではなく音楽配信フォーマットとして輝く
さて、DSDと言えば、これまではSACDのフォーマットとしてもっぱら語られてきた。Koch氏はSACDの今後についてどう考えているのだろうか。
「SACDは現在、プレスできる工場が日本とオーストリアにしかありません。その工場も次々と閉鎖されているような状況です。このような状況でディスクを作り、さらに流通させるための費用もかかるとなると、大変ハイコストです。これでは、新しいアーティストがSACDで発売するということが非常に困難でしょう。それに対して配信であれば、基本的にサーバー代しか費用がかかりません。非常に低コストで運用できますので、新人アーティストの音源も積極的に配信できるはずです」。
Koch氏は「DSDには明るい未来が待っています。ただしそれはSACDとしてではなく、ダウンロード用のフォーマットとしてです」と、あえてSACDを否定することで、DSD配信のポテンシャルが相対的に高いことをアピール。DSDというフォーマットにとって、今後は配信が主戦場になることを強調した。
Koch氏が自信を示すように、今後DSD音楽配信がメジャーになることはあるのか。今後の動向に注目したい。