クリエイターの最前線を知る杉山氏が語る、銘機のクオリティ
ゼンハイザー「HD700」をデジタルハリウッド学長・杉山知之氏が聴く
ヘッドホンファンにとっておなじみのプレミアムブランド「ゼンハイザー」。ミュージシャン向けマイクロフォン開発の技術を土台に、1968年には世界初のオープン型ヘッドホン「HD414」を発表。オープンエア型ヘッドホンというカテゴリーを“発明”したブランドとしても有名だ。以来「常に“完璧な音"を目指す」という同社の姿勢に則り、歴史に残る銘機を数多く世に送り出し続けている。
なかでも記憶に新しいのが、オープンエアー型のフラグシップ「HD800」(2009年)、そしてその直系機「HD700」(2012年)だ。10年以上の年月をかけて開発されたHD800は、ヘッドホンサウンドのひとつの到達点を体現する銘機として、数あるハイエンドモデルのなかでも今なお別格の存在感を持つ。そしてHD700は、HD800の思想と技術をしっかりと受け継ぎつつ、価格を抑え、筐体もひとまわり小型化したモデルとして熱い注目を浴びている。
今回、デジタルハリウッド大学 学長の杉山知之氏が「HD700」を試聴した。杉山氏は日本大学理工学部建築学科助手、マサチューセッツ工科大学MITラボ客員研究員などを経て、1994年にクリエイター育成専門スクール「デジタルハリウッド」を設立。マルチメディア放送ビジネスフォーラム、コンテンツ学会などの会長を歴任し、著書も数多い。クリエイターの最前線を知り、オーディオにも造詣の深い同氏は「HD700」のクオリティをどう評価するのか。
ゼンハイザーと言えば、タイトな低域とシャープな高域
音源を正確に描き出す力を持つ
僕のなかでゼンハイザーと言えば、まずマイクロフォン。世界中のアーティストの信頼を勝ち取っている“プレミアムブランド”でした。ヘッドホンで初めて使ったのは、世界的大ヒットとなったモデル「HD414」。建築音響の研究用として研究室で購入したもので、実際に音を聴いたら、すぐに気に入ってしまい、自分でも購入したことを覚えています。その頃は、プロミュージシャンはもちろん、周りの友人たちもみんな「HD414」を持っていましたね。黄色いイヤーパッドが目を惹くインパクトあるデザインも格好良かったですし、ポップスに合う聴きやすい音が魅力的でした。
仕事柄、普段はジャンル問わず幅広く音楽を聴いています。そしていろいろな音を聴き、覚えるように意識してきました。クラシック好きの友人とともにヨーロッパの著名なホールで生演奏を聴き歩いたり、ライブに足を運んだり、スタジオでミキシングの場に立ち会って、CDになった音とどのように違うのかなどを探究してきました。
僕の好みの音は「空間の広がりがある音」。全ての音がクリアだけど深い響きもしっかり聞こえる……という相反する要素を両立するのは、再生するのがなかなかに難しいんです。
今回はまず、僕が長年リファレンスとして様々なシステムで聴いてきているマイケル・フランクスの「Sleeping Gypsy」というアルバムを。1曲目の「Lady Wants To Know」の冒頭のエレキギターのエコー成分をしっかり表現できているかがチェックポイントです。「HD700」で聴くと、余計な響きがつかない非常に繊細な印象で、リファレンスに近い感じがしますね。オープンエアー型ということもあり、抜けが良く軽やかで、空気感を味わえる音です。
そのほか、山下達郎の「OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜」や「由紀さおり&ピンク・マルティーニ 1969」、YUTAKA(横倉裕)、ユーミンの音源を聴いてみました。総じて低音がタイトで高域がシャープ。特に高域の描写力はすごくて、細かい音までよく聞こえてきて驚きました。小さなヘッドホンなどだと、高音ってキツく潰れたような音になりがちなんです。でも「HD700」を聴いてみて、澄んだ、金属を叩いた感じのする音にきちんとなっているなと感じましたね。解像度も高く細かい音の表現が得意で、ひとつひとつの楽器の音をしっかり描写してくれます。それに、エンジニアの指向性も伝わってきます。
ユーミンの音源では、初期の「ひこうき雲」と2012年録音の「青い影」を聴き比べると「30年で録音ってこんなに進化したんだな」と実感できます。音の厚みが全く違いますね。そして気付いたのは、昔のテープ録音のものだとヒスノイズがものすごく聞こえてきますね(笑)。他のヘッドホンを使ったときには、ここまで聞き取れませんでした。
参考のひとつに、圧縮音源のボーカル曲も聴いてみましょうか。……ああ、これは分かりやすい。こういう音で音楽を聴いてしまったら可哀想だなと思ってしまいます(笑)。声の表現がプアですし、高域がきれいじゃない。「HD700」が正確に描き分けられる力を持っている分、アラもダイレクトに伝わってきてしまうんですね。
デザインや質感も重要な要素
質感高く付け心地も素晴らしい
僕は普段、用途や季節によってヘッドホンを使い分けています。飛行機や新幹線での移動のときはノイズキャンセリングのものを、持ち運ぶにはインナーイヤータイプを、リファレンス的に使いたいときはオーバーヘッドタイプを…というように。オーバーヘッドタイプでも、密閉型はロックなどを大音量で聴くときに、対してオープンエアー型は、静かな環境でじっくりと音楽に向かい合いたいときに使いたいなと思っています。
そしてデザインや触ったときの感じも、ヘッドホンを選ぶときの大きな要素のひとつだと思います。今まで音中心にお話ししてきましたが、「HD700」はデザインもすごくいいですね。「HD800」は明るいシルバーでメカっぽい印象でしたが、こちらは落ち着いたダークトーンで、男性的すぎないので女性でも着けやすいんじゃないでしょうか。質感も高級感があります。そして、着け心地も非常にいいですね。厚いイヤーパッドは肌触りがいいですし、耳をすっぽりと覆うので圧迫感もありません。
今回聴いてみて、「HD800」はもちろんのこと、「HD700」もとても素晴らしいヘッドホンだと感じました。HD800は大人っぽいサウンドで、クラシックなどにも合う印象の音。対してHD700の方はジャズやポップス、洋楽好きの方にオススメしたい音です。
いまヘッドホンやイヤホンがとても注目を浴びています。若い人たちの音楽再生環境は、今やそちらが中心になっていると思いますが、付属のヘッドホンで聴いている方があまりにも多い。そういう方たちには是非「HD700」のようなヘッドホンの世界があることを知って欲しいですね。なんたって、全く違う次元の音がするんですから。
Photo:川村容一
なかでも記憶に新しいのが、オープンエアー型のフラグシップ「HD800」(2009年)、そしてその直系機「HD700」(2012年)だ。10年以上の年月をかけて開発されたHD800は、ヘッドホンサウンドのひとつの到達点を体現する銘機として、数あるハイエンドモデルのなかでも今なお別格の存在感を持つ。そしてHD700は、HD800の思想と技術をしっかりと受け継ぎつつ、価格を抑え、筐体もひとまわり小型化したモデルとして熱い注目を浴びている。
今回、デジタルハリウッド大学 学長の杉山知之氏が「HD700」を試聴した。杉山氏は日本大学理工学部建築学科助手、マサチューセッツ工科大学MITラボ客員研究員などを経て、1994年にクリエイター育成専門スクール「デジタルハリウッド」を設立。マルチメディア放送ビジネスフォーラム、コンテンツ学会などの会長を歴任し、著書も数多い。クリエイターの最前線を知り、オーディオにも造詣の深い同氏は「HD700」のクオリティをどう評価するのか。
ゼンハイザーと言えば、タイトな低域とシャープな高域
音源を正確に描き出す力を持つ
僕のなかでゼンハイザーと言えば、まずマイクロフォン。世界中のアーティストの信頼を勝ち取っている“プレミアムブランド”でした。ヘッドホンで初めて使ったのは、世界的大ヒットとなったモデル「HD414」。建築音響の研究用として研究室で購入したもので、実際に音を聴いたら、すぐに気に入ってしまい、自分でも購入したことを覚えています。その頃は、プロミュージシャンはもちろん、周りの友人たちもみんな「HD414」を持っていましたね。黄色いイヤーパッドが目を惹くインパクトあるデザインも格好良かったですし、ポップスに合う聴きやすい音が魅力的でした。
僕の好みの音は「空間の広がりがある音」。全ての音がクリアだけど深い響きもしっかり聞こえる……という相反する要素を両立するのは、再生するのがなかなかに難しいんです。
今回はまず、僕が長年リファレンスとして様々なシステムで聴いてきているマイケル・フランクスの「Sleeping Gypsy」というアルバムを。1曲目の「Lady Wants To Know」の冒頭のエレキギターのエコー成分をしっかり表現できているかがチェックポイントです。「HD700」で聴くと、余計な響きがつかない非常に繊細な印象で、リファレンスに近い感じがしますね。オープンエアー型ということもあり、抜けが良く軽やかで、空気感を味わえる音です。
そのほか、山下達郎の「OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜」や「由紀さおり&ピンク・マルティーニ 1969」、YUTAKA(横倉裕)、ユーミンの音源を聴いてみました。総じて低音がタイトで高域がシャープ。特に高域の描写力はすごくて、細かい音までよく聞こえてきて驚きました。小さなヘッドホンなどだと、高音ってキツく潰れたような音になりがちなんです。でも「HD700」を聴いてみて、澄んだ、金属を叩いた感じのする音にきちんとなっているなと感じましたね。解像度も高く細かい音の表現が得意で、ひとつひとつの楽器の音をしっかり描写してくれます。それに、エンジニアの指向性も伝わってきます。
ユーミンの音源では、初期の「ひこうき雲」と2012年録音の「青い影」を聴き比べると「30年で録音ってこんなに進化したんだな」と実感できます。音の厚みが全く違いますね。そして気付いたのは、昔のテープ録音のものだとヒスノイズがものすごく聞こえてきますね(笑)。他のヘッドホンを使ったときには、ここまで聞き取れませんでした。
参考のひとつに、圧縮音源のボーカル曲も聴いてみましょうか。……ああ、これは分かりやすい。こういう音で音楽を聴いてしまったら可哀想だなと思ってしまいます(笑)。声の表現がプアですし、高域がきれいじゃない。「HD700」が正確に描き分けられる力を持っている分、アラもダイレクトに伝わってきてしまうんですね。
デザインや質感も重要な要素
質感高く付け心地も素晴らしい
僕は普段、用途や季節によってヘッドホンを使い分けています。飛行機や新幹線での移動のときはノイズキャンセリングのものを、持ち運ぶにはインナーイヤータイプを、リファレンス的に使いたいときはオーバーヘッドタイプを…というように。オーバーヘッドタイプでも、密閉型はロックなどを大音量で聴くときに、対してオープンエアー型は、静かな環境でじっくりと音楽に向かい合いたいときに使いたいなと思っています。
そしてデザインや触ったときの感じも、ヘッドホンを選ぶときの大きな要素のひとつだと思います。今まで音中心にお話ししてきましたが、「HD700」はデザインもすごくいいですね。「HD800」は明るいシルバーでメカっぽい印象でしたが、こちらは落ち着いたダークトーンで、男性的すぎないので女性でも着けやすいんじゃないでしょうか。質感も高級感があります。そして、着け心地も非常にいいですね。厚いイヤーパッドは肌触りがいいですし、耳をすっぽりと覆うので圧迫感もありません。
今回聴いてみて、「HD800」はもちろんのこと、「HD700」もとても素晴らしいヘッドホンだと感じました。HD800は大人っぽいサウンドで、クラシックなどにも合う印象の音。対してHD700の方はジャズやポップス、洋楽好きの方にオススメしたい音です。
いまヘッドホンやイヤホンがとても注目を浴びています。若い人たちの音楽再生環境は、今やそちらが中心になっていると思いますが、付属のヘッドホンで聴いている方があまりにも多い。そういう方たちには是非「HD700」のようなヘッドホンの世界があることを知って欲しいですね。なんたって、全く違う次元の音がするんですから。
杉山知之 氏 Tomoyuki Sugiyama デジタルハリウッド大学 学長 杉山知之/工学博士 1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。福岡コンテンツ産業振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員を務め、また「新日本様式」協議会、CG-ARTS協会、デジタルコンテンツ協会など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。 著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。 |
Photo:川村容一