ついにコンシューマ用の燃料電池が商品化された。東芝の“Dynario(ディナリオ)”は、持ち歩きが可能なモバイル機器向けの燃料電池だ。本体に燃料となるメタノールを補充するだけで、電源のないところで携帯電話や音楽プレーヤー、ゲーム機等を充電できる。日ごろから電池食いのスマートホンや、動画再生用にゲーム機を持ち歩いている筆者にはもってこいの製品だ。さっそく製品のテストを試み、同時に開発者インタビューにもうかがった。
本題に入る前に燃料電池についておさらいをしておこう。Dynarioは燃料電池にあるいくつかの方式から、メタノールを燃料にする『Direct Methanol Fuel Cell』方式を採用している。燃料を化学変化させて電気を発生させる仕組みなので、小型の発電機と考えた方がわかりやすいだろう。その詳しい原理については
東芝のサイトにわかりやすく説明されているので、こちらも参照してみて欲しい。
Dynario開発者に聞く、燃料電池新製品のコンセプト
━━Dynarioの商品としての特徴を教えてください。
上野氏:Dynarioは高濃度のメタノールを使った燃料電池です。リチウムイオン電池も内蔵することで安定した電源供給が可能です。燃料電池で発電した電力を、リチウムイオン電池に蓄えて使用します。燃料さえあれば電源のない場所でも、すぐに手持ちのモバイル機器を充電できるの点が最大のメリットです。
━━メインの電源にリチウムイオン電池を使って、燃料電池でこれをチャージするわけですね。二つの異なる方式を組み合わせたという意味では、ハイブリッドカーのようですね。開発で一番苦労した点はどちらでしょうか?
上野氏:やはり燃料カートリッジまわりのことですね。高濃度メタノールは可燃物ですから、これを安全に持ち運べるように設計することが大変でした。ボトル本体は二重構造になっていて、破損しづらくなっています。小さなお子さんが誤って飲んだりしないように、押しながら回さないと開かないロック式のキャップを採用しています。ノズルにはロック機構があり、Dynarioとボトルを直角にセットしないと、メタノール燃料液が出ない仕組みになっています。Dynarioは高濃度のメタノール専用液を使う仕様となっているので、誤って他のメタノールが入れられないように、専用ボトル以外では燃料を充填できない構造になっています。
━━出力はDC 5V 400mAのみですが、例えばノートパソコンまで充電できる燃料電池はラインアップに加えられないでしょうか?
上野氏:技術的には不可能ではありませんが、ノートパソコンの場合、製品によって必要な電力はまちまちです。汎用性を考えて、まずはUSB端子などで充電できるDC 5Vから製品化しました。将来はネットブックなど消費電力の少ない製品向けに展開を広げたいと思っています。
━━可燃物を使用していますが、飛行機への持ち込みはできますか?
上野氏:Dynario本体は国内外を問わず機内持ち込みが可能です。しかし預け入れ荷物にはできないので注意してください。それから燃料カートリッジは機内、預け入れ含めて持ち込みは禁止されています。
━━そうですか、海外出張などには不便ですね。現在、燃料カートリッジはShop1048でしか入手できませんが、例えば主要な空港に燃料カートリッジのチャージスタンドを置くなどのサービスは考えていますか?
上野氏:燃料カートリッジの販売方法などは今後の課題として検討しています。
━━今回販売台数は3,000個に限定されていますが、これからの予定をお聞かせください。
上野氏:まずは皆さんに使ってみていただきたいということで、今回はモニターを兼ねての販売となっています。多くの方々に使っていただいて、いただいたご意見・ご要望を今後の製品に活かして行きたいと思っています。携帯電話やモバイルプレーヤーをよくお使いの方で、いつも電源の心配をされている方に、一足早く使ってみて欲しいと思っています。
ケースイが実験!Dynarioの使い勝手を検証してみた
さて、いよいよDynarioを使ってみよう。まず本体に燃料を補充して、スタンドの下にあるメインスイッチを入れれば準備完了だ。次に電源ボタンを押せば充電がスタートする。本機の状態は2色のLEDランプで表示される。青色点灯中はモバイル機器へ充電中の状態であり、赤色が点灯すると燃料電池自体が発電中であることを示している。発電中は無音状態で、本体がほんのり温かくなるぐらいでほかに目立った変化は無かった。燃料漏れなどが心配になるが、本機は満タンになってもあふれない構造になっており、カバンなどに入れて持ち歩いて使うこともできる。
本体サイズは、SCEのゲーム機「PSP」とほぼ同じサイズだ。重さは燃料抜きで280gなので、ズッシリしている。充電は本機に付属しているメスのUSBケーブルにモバイル機器の充電ケーブルを接続して使用する。対応機種は
東芝のサイトにアップされており、これらの機種についてはサポートが受けられる。あくまでユーザーの自己責任の範疇だが、パソコンのUSB端子を使って充電できる製品なら問題なく使えるはずだ。
気になるスタミナだが、東芝の発表では1回の充電で、電池容量800mA程度の携帯電話を2回充電できるという。また1本の燃料カートリッジを使えば、携帯電話に7回の充電ができる仕様となっている。
かなり古い機種で恐縮だが、DoCoMoの「P903iTV」(3.7V、870mAh)でテストしたところ、2回充電して少し燃料が余る程度だった。初めての燃料電池製品なので、燃費が良いのか判断に困るが、筆者の感覚では1回の充填で携帯が4〜5回は充電できて欲しいと感じた。この燃料消費に関しては、ちょっとしたコツがあるので、後述したい。
P903iTVをフル充電するのに1時間18分、PSPを充電するのに2時間35分かかった。この充電時間は気温や内蔵バッテリーの充電状態によって変わるので注意したい。Dynarioはまず内蔵リチウムイオン電池から使い、これを使い切ると燃料電池が発電してリチウムイオン電池を充電する仕組みとなっている。リチウムイオン電池を充電しているときは赤と青のLEDが点滅し、その間、外部機器への電源供給は止まってしまう。筆者がテストしたときは約1時間半、充電ができないことがあった。
筆者のように携帯電話、PHS、ゲーム機などを同時に持ち歩いていると、常にバッテリーの残量を気にして行動しなければならない。一番厄介なのがウィルコムのスマートホン「WS011SH」で、仕事のメールをやりとりしているとすぐに電池が切れてしまう。ひと晩のあいだ確実に充電していれば、日中の仕事では差し支えないが、うっかり充電を忘れると使い物にならない。
あとは移動中に録画しておいたバラエティ番組など視聴するためのウォークマン「NW-A829」もバッテリーが弱く、長距離の出張だと途中で音を上げて見られなくなってしまう。さらにナップスターでダウンロードした音楽を楽しんでいるgigabeat「MEV801」はバッテリーが瀕死状態なので、フル充電でも2時間程度しか再生できない。
その他にもヘッドホンのテスト用に使うiPodや映画観賞用のPSP、ドラクエ用のニンテンドーDS Lite、取材に使うICレコーダーなど、バッテリー状況を気にしながら使っているモバイル機器は多い。Dynarioがあれば、これらのバッテリー問題は全て解決する。これまで充電式の単三電池(エネループ)を使う電源を持ち歩いていたが、これもエネループへの充電を忘れると使えないので、燃料と本体があればかなりの充電をこなすDynarioは頼もしい存在だ。
とても便利な製品だが、気になるのがランニングコストだ。燃料カートリッジは5本セットで3,150円。作りのしっかりしたカートリッジが送料込みでこの価格なのは安いと思う。しかし純粋にバッテリーのコストと考えるとちょっとビミョウだ。1本あたり630円なので、7回携帯電話に充電できたとして1回90円。緊急時に使うにはほどほどの価格だが、毎日使うにはエネループなどの充電池と比べると、ちょっと高い気がする。使うほど、作りのよいカートリッジのゴミが出るのもエコではないので気が引ける。
まだ商品化間もない製品なので仕方のないことだが、例えばコンビニに燃料電池スタンドを置き、1回の燃料補充が100円というような使い方はできないだろうか?ついでに燃料カートリッジへの補充もできればなお良いだろう。
筆者は貧乏性なので、燃料の消費を抑えられないか考えてみた。Dynarioは内蔵のリチウムイオン電池に蓄えられた電力を使い、これが無くなると燃料を使って発電する仕組みだ。この燃料発電をさせないようにコントロールして使えばいいのだ。
じつはDynarioは付属ケーブルでUSB端子から充電できる。リチウムイオン電池の容量がスッカラカンになってしまい、燃料電池での発電もできない状態の際に、種火となる電源を充電するためのものだ。このケーブルを使って、パソコンもしくは市販のUSB充電用アダプターでリチウムイオン電池を充電して使えば燃料の消費が節約できる。今回のテストではリチウムイオン電池だけで、PSPや携帯電話が半分から8割程度充電できた。もしそれでも足りない緊急事態には燃料を使って発電すれば良い。こんな使い方をしていたら「なんのために燃料電池を買ったの?」と言われそうだが、燃料の供給と価格が下がるまでは、こんな使い方でやりくりしたいと思っている。
Dynario自体はちょっと重たいが、電源を気にせずモバイル機器を使えるのはありがたい。燃料電池は本来外部バッテリーとして使うよりも、機器の内蔵バッテリーとしての使用がメインで開発されていると筆者は考えている。とはいえ、当分はDynarioのように汎用性のある外部バッテリーが主力になるのだろうし、今回の商品化が普及の第一歩を印した功績は大きい。3万円弱という本体価格は安くないかもしれないが、「カバンの中に燃料電池が入っている、俺は“燃料電池を持ち歩く男”さ、フッフッ…」と、ささやかだが未来を先取りした優越感も感じられる。商談の席や飲み会などに持ち出して、話題作りをすれば元は取れるように思う。明るい話題に乏しい昨今にあって、大人の道楽として魅力的な製品と言えるだろう。
(レポート/鈴木桂水)