蓄音器博物館から状態の良いカッティングマシンを発見

令和のSP盤復刻プロジェクト〈前篇〉 -78回転が切れる録音機を探せ!-

公開日 2024/08/15 07:00 ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
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日本コロムビアがSP盤の復刻プロジェクトをスタート



昨シーズンに放映された朝の連続テレビドラマ「ブギウギ」は、戦前戦後の流行歌手・笠置シヅ子の生涯を追ったものであった。彼女が生きた時代はまだLPレコードもテープも存在せず、今では「SP盤」と呼ばれている片面3分程度(78回転)収録できる盤に音楽は収録され、流通していた。再生機器はもちろん「蓄音器」である。

SP盤はLP盤の登場とともに市場から姿を消してしまったが、現代において改めてSP盤を復活できないか、という意欲的な(あるいはトチ狂った)取り組みを、日本コロムビアが着手している。(ちなみにLP=Long Playの頭文字をとったもの。SP盤に対して長く収録できるからこの名が付けられている)



「元々はウチでレコーディングしている若いアーティストさんに蓄音器の音を聴かせたら思いのほか喜んでくれて、“自分たちもこういうものを作れないか”という声をいただいたことが始まりでした」と語るのは、日本コロムビアでアーカイヴィング事業を手がける冬木真吾さん。

今回のSP盤復刻プロジェクトのキーメンバー。左から日本コロムビアの冬木真吾さん(左)とOBの山本 薫さん、テクノUMGの武内祐博さん

「とはいえ、いやいやSP盤はいくらなんでも…と思っていたところもあるのですが、昨今SDGsというテーマも盛り上がっていますし、“電気を使わないで再生ができる”ということにちょっと面白さを感じた、というのはあるんですね。2017年にプロジェクトが始動して、通常業務の間にちょこちょこと研究を進めてきました」

課題となったのは大きく2点。ひとつ目は「78回転をカットすることができるカッティングマシン」。もうひとつは「SP盤として活用できる“素材”」。当時のSP盤はシェラックと呼ばれる樹脂を使用してたが、現在はこの素材のレコード材料は世界中を探しても入手できないのだという。そのため、新たに素材を検討する必要もあった。

20世紀前半に流通していたSP盤。78回転で片面3分程度の収録しかできなかった。LPの登場により、1950年代以降に生産量は激減し消滅してしまったが、一部の好事家の間で現在も愛聴されている

蓄音器博物館に状態のよいカッティングマシンを発見



まずはカッティングマシンの課題から。「78回転をカットすることができるカッティングマシン」については、なんと石川県金沢市にある「金沢蓄音器館」に、デノン製の円盤録音機がかなり良い状態で残されていたのだという。これを日本コロムビアで借り出し、修復してカッティングができないか試みることになった。

修復されたデノン製の円盤録音機。「内側から外側に向かって」音溝が刻まれていく

この修復に尽力したのが、日本コロムビアOBの山本 薫さんである。山本さんは「日本コロムビアで最初期のデジタルレコーディング」(1970年代前半)を手がけたひとりであり、言うまでもなくアナログ録音やレコードカッティングにおける深い経験を持っている。

日本コロムビアOBの山本 薫さん

山本さんがカッティングマシンの状態を見てみると、モーターが問題なく動く、カッターヘッドがきちんと動作するなど比較的状態が良いことが確認された。「この円盤録音機は、おそらく1950年代に作られたものだと思われます。78回転と33回転が切り替えできるようになっているので、LPも登場し始めた頃でしょうね」。SP盤のカッティングマシンとしては技術的にこなれてきた頃、ということでもありそうだ。

デノン製のカッターヘッドも状態の良いものが発見された

SP盤のためのカッティング針だが、これも日本コロムビアの社内に残されていたものがあるそうだ。針先はルビーあるいはサファイアと想定されるもので、現在のLP用の針よりも少し太い。こういう“歴史的遺産”が発掘されるのも、アーカイブを大切にする日本コロムビアだからこそというべきか。

とはいえカッターヘッドに「どうやって」針先がついていたのかは資料がないので分からない。どうすれば問題なく装着しカッティングすることができるか、治具も含めて山本さんが試行錯誤しながら作成していったのだという。

「正直にいえば、そんなに特性がいいわけではないんです。おそらく当時はAMラジオ向けなどがメインだったのではないかと思いますが、高域も実質3kHzくらいまでしか伸びてないんじゃないかと思います」(山本さん)

内側から外側に向けてカッティングされる



実際にカッティングの様子をデモしてもらった。カッティングする盤は現代のラッカー盤である。カッターヘッドを持ち上げてラッカー盤に落とし、音楽データを送り込んで溝を刻んでいく、というのは現代と同じだが、この録音機では「内側から」音溝が刻まれていく。

「ラッカー盤を刻んでいくと、その削りカスが出ますよね。現在はそれをバキュームして吸い取ってますが、この頃はそんな技術はありません。なので、この内側の軸に絡めとらせるようにして、先にある削りたい盤面(外側)に絡まないようにしていたみたいです」(山本さん)

ラッカー盤で音溝を削った後の「削りカス」

ちなみにプラッターに盤を密着させるためにも、現代ではバキューム機能が使われているが、当時はそんな機能はもちろん存在しない。そのため、盤中央の穴以外にもうひとつ穴をあけて、盤の位置が動かないように固定している。なかなかとってもアナログ的。

今回は、朝ドラで趣里が歌った「ラッパと娘」をカッティングしてもらった。動画も合わせて見てもらいたいが、プラッターがぐるぐると周りながら、内側から外側に向けて溝が刻まれていく。曲が終わったら手動でアームを持ち上げ録音停止。

カッティングしたラッカー版を、こちらも日本コロムビアに残されているデノンのレコード&カセット一体型デッキ「G-P20」にて試聴する。趣里の歌声が、なんとも言えずレトロでノスタルジックで、でも不思議な色香をもって再生されてくる。

録音した「ラッカー盤」をデノンのレコード&カセット一体型デッキ「G-P20」にて試聴

ちなみにいうまでもなくモノラルなので、音溝の方向も横方向しか存在しない。現在のレコードカッティング(といっても原理は1960年代ごろに確立されたものだが)から考えても、かなり「原始的」な手法でなされていたことがよく分かる。

カッティングマシンが無事に動くことが確認できたところで、次は「SP盤」のマテリアルの問題である。こちらは明日の後篇にてお届けしよう。

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