いま明かされる“土下座発言の真相” − 東芝DM社藤井社長 単独インタビュー【後編】
HD DVDの商品化を実現しているのは今のところ東芝だけだが、一社でBD連合軍へ用船して勝ち目はあるのか、藤井氏に率直な疑問を投げかけてみた。
(インタビュー/鈴木桂水)
■HD DVDの製品開発を1社で行うメリット
藤井氏:意外に思われるかもしれませんが、実は一社体制の方が都合は良いのです。これからのデジタル機器はデジタルコンバージェンスが求められています。一つにはストレージどうしの連携、そしてもう一つはネットワーク利用を考えたシステムの構築です。BD規格はハイビジョン番組を録画するということを優先しすぎて、これら2点についての重要性が見えていないと私は考えています。
その一方で次世代DVDでは高いセキュリティ機能も求められています。多くの機器どうしが高いセキュリティを維持しながら機能を共有しようとすると、複数のメーカー機器どうしではすり合わせに苦労が要るはずです。すでにBlu-ray Disc規格のレコーダーは、HDDに録画したDVD画質の番組をBDメディアに記録するのに、メーカごとに異なる処理をしています。市販BDソフトの再生時にトラブルが発生した機器も出てきているようです。今後、薄型テレビやデジタルムービーなど、他のAV機器との連動を進めていく段階で、メーカー機器間の相性の問題などが発生しやすくなるのではないでしょうか。
HD DVD関連機器は社内で一貫した製品開発を行っています。自社内で連絡を密に取り合いながら開発が進められるので、複数機器接続時の検証や、HDMIやデジタル放送などの外部規格とのすり合わせも簡単に行えます。結果としてユーザーが迷わずに使えるデジタルコンバージェンスを効率良く構築できる体制が整っています。もちろん、他社が参入を申し込まれるのであれば歓迎したいと思います。東芝は誰でも簡単に便利な機能の恩恵に預かれるようなモノづくりを目指しています。メーカーの利害を超えて多くの機器が接続できる、そういった機能を構築することが私たちの理想です。
デジタルコンバージェンスとは、家電、パソコン、モバイル機器など、通信や放送という仕切りを超えて、様々な機能が機能を共有・融合し、新しい用途やビジネスを実現することだ。確かに東芝のラインアップを見ると、テレビ、レコーダー、パソコン、音楽(マルチメディア)プレーヤー、携帯電話については自社製品が揃っている。しかしハイビジョン映像を楽しむための機器として欠かせないムービーカメラが欠けていると筆者は感じている。ズバリ、HDDムービー“gigashot”のハイビジョン版は登場しないのか?藤井氏にうかがってみた。藤井氏の返答は「具体的には申し上げられませんが、東芝らしい機能を加えられた段階で市場に投入する可能性があります」とのことだった。時期は未定だが、REGZAやVARDIAと機能を共有できるハイビジョン対応のビデオカメラが発売される日はそう遠くないかもしれない。
■藤井氏が思わず明かした“土下座発言の真相”とは
藤井氏は「ユーザーにとっての便利性が高まるのであれば、本来メーカー間の敷居は関係なしに便利な機能を共有できるのが、デジタルAV機器の理想のかたちである」と言い切る。それならば、HD DVD規格とBlu-ray Disc規格の両方に対応する製品を出すべきではないだろうか。HD DVDとBDのどちらにも録画できるようなスーパーマシンを望むのではなく、せめて“BDも再生できるHD DVDレコーダー”あたりを製品化すれば、市場の注目を集めると筆者は考え、それについて質問した。
藤井氏の表情に大きな変化がうかがえたのは、その質問を投げかけた直後だった。いままで穏やかだった藤井氏の表情は瞬時に紅潮し、眼光はにわかに鋭くなった。そして語気を強め、藤井氏はこう語り始めた…。
藤井氏:それだけは絶対にあり得ません。そもそもDVDフォーラムという枠組みで、家電メーカーはまとまって次世代のDVDの在り方を模索していました。そのDVDフォーラムが承認した上位規格がHD DVDでした。しかし、BD陣営のメーカーは次世代DVDの規格を1本化するのではなく、別途Blu-ray Disc Associationを立ち上げて、強制的に規格を2分化したのです。BD陣営のトップには、旧知の仲で懇意にしてきた方もいらっしゃいました。しかし、このやり方はビジネスの道理から考えて、理にかなっていないと思っています。ユーザーのことを思えば、次世代DVDの規格は統一した方が良いに決まっているからです。そこで東芝は最後まで、規格の統一に向けて奔走しました。結果はご存じのように、BD陣営はHD DVD規格の優れた部分を汲むことはなく、BD規格ありきの交渉になり、両陣営は袂を分けたのです。
━それほどHD DVDの規格が有利ならBD陣営も歩み寄ったのではないでしょうか。
藤井氏:すでにお話ししましたが、BDとHD DVDでは根本的な思想が異なっています。BD規格が動き出した1999年頃はHDDなどの大容量ストレージが高価で、大容量のデジタル放送を記録するには25GB、50GBという大容量光ディスクの存在意義がありました。そのことは私も認めています。しかし、その後HDDの価格が下がり、時代の変化とともに光メディアが大容量である必要が薄れてしまったのです。HD DVDはBDのように記録容量だけに重きを置かず、開発・製造コストを重視しながら発展を続けてきた規格です。現時点でディスクの容量だけを見ればBDが有利でしょうが、HD DVDはディスクの容量だけでなく、ネットとの融合、DVD規格との互換性、そして他のストレージとの連携性の高さを同時に満たしています。新しい規格の投入は「ライトタイミング・ライトプライス・ライトスペック」で行うことが重要です。BDはディスクの録画機能を重視していますが、HD DVDは程よい容量、手ごろな価格、ネットワーク機能を兼ね備えています。
コンシューマーの皆様には、HD DVD規格の全体的なバランスの良さに注目していただきたいと思います。HD DVDはハイビジョン映像を記録する技術だけでなく、同時にプラスアルファも進化させている規格です。次世代DVDはハイビジョンをそのまま録画できて当たり前なのです。大事な点は、それ以上の機能が使いやすいもので、ユーザーの皆様が楽しめないと、次世代の規格として存在する意味がないということです。HD DVDは今選んでいただいて、決して損のない規格だという自信があります。以前、私はあるところで「もしHD DVDを選んだユーザーから将来、『BDよりもHD DVDを選んで失敗した』という声が高まってきたら、私は土下座をして謝る」と申し上げましたが、これだけ魅力的なHD DVDがユーザーの方々にご満足いただけないことはないと確信しております。それだけ私が強い自信を持っているのだということを、ぜひご理解いただければ幸いです。
藤井氏は2006年3月31日に開催されたHD DVDプレーヤー「HD-XA1」の発表会で、当時はまだ発表されていなかったBDプレーヤーに対して「BDの方が凄く良いという可能性はある。もし圧倒的にBDの方が良いとユーザーが評価する時が来たら、その時には土下座をして謝りますが、それはあり得ない」とコメントした(関連ニュース)。これが後に業界の記者やライターの間で語られる「藤井社長の土下座発言」だ。しかしこの発言の潔さと、藤井氏の規格に対する強い思い入れに、当時の発表会場で普段は静かなマスコミ陣から異例の拍手が沸いたことを筆者は記憶している。規格の優位性だけでなく、ユーザーの利便性を求めて東芝から歩み寄った上での交渉の決裂。デジタルエンターテインメントの新時代にかける藤井氏の強い思いと情熱が、土下座発言の背景にあったようだ。
藤井氏へのインタビューを終えて印象に残ったことは「HD DVDはディスクの容量だけでなく、ネットとの融合、DVD規格との共通化、そして他のストレージとの連携性の高さを同時に満たしている」という藤井氏の指摘だ。現在発売されているHD DVDレコーダー「RD-A600/A300」を見る限り、その片鱗は感じるものの、藤井氏が語る魅力をすべて満足させているとは言い難い。やはり東芝のAV機器は、今年の年末に大きな波がありそうだ。前回筆者が語ったように、キーワードは「REGZAとVARDIAの連携」であり、それが実現すればHD DVDの使い勝手はいま以上に向上する。さらにハイビジョン対応ムービーのgigashotが今後し、理想的なかたちでREGZAやVARDIAと連携できるなら、強固なHD DVDワールドが構築されるだろう。これから年末にかけて東芝の新製品には一層、目を光らせたいと感じている。
ケースイの取材メモ
・HD DVDはVRモードで録画したDVDビデオを無劣化で高速ダビングできるなどDVD規格との親和性が高い。
・将来大容量の2層30GBを超えるHD DVDメディアが登場する可能性は大いにあり得る。
・東芝は今後、テレビ、ムービーなどと連携した、新しいデジタルレコーダーの用途提案を検討している。
・年末にはHD DVDレコーダーのラインアップがさらに充実する。
鈴木桂水(Keisui Suzuki)
元産業用ロボットメーカーの開発、設計担当を経て、現在はAV機器とパソコン周辺機器を主に扱うフリーライター。テレビ番組表を日夜分析している自称「テレビ番組表アナリスト」でもある。ユーザーの視点と元エンジニアの直感を頼りに、日経BP社デジタルARENAにて「使って元取れ!ケースイのAV機器<極限>酷使生活」などで使いこなし系のコラムを連載。そのほかAV機器の情報雑誌などで執筆中。
>>鈴木桂水氏のブログはこちら
(インタビュー/鈴木桂水)
■HD DVDの製品開発を1社で行うメリット
藤井氏:意外に思われるかもしれませんが、実は一社体制の方が都合は良いのです。これからのデジタル機器はデジタルコンバージェンスが求められています。一つにはストレージどうしの連携、そしてもう一つはネットワーク利用を考えたシステムの構築です。BD規格はハイビジョン番組を録画するということを優先しすぎて、これら2点についての重要性が見えていないと私は考えています。
その一方で次世代DVDでは高いセキュリティ機能も求められています。多くの機器どうしが高いセキュリティを維持しながら機能を共有しようとすると、複数のメーカー機器どうしではすり合わせに苦労が要るはずです。すでにBlu-ray Disc規格のレコーダーは、HDDに録画したDVD画質の番組をBDメディアに記録するのに、メーカごとに異なる処理をしています。市販BDソフトの再生時にトラブルが発生した機器も出てきているようです。今後、薄型テレビやデジタルムービーなど、他のAV機器との連動を進めていく段階で、メーカー機器間の相性の問題などが発生しやすくなるのではないでしょうか。
HD DVD関連機器は社内で一貫した製品開発を行っています。自社内で連絡を密に取り合いながら開発が進められるので、複数機器接続時の検証や、HDMIやデジタル放送などの外部規格とのすり合わせも簡単に行えます。結果としてユーザーが迷わずに使えるデジタルコンバージェンスを効率良く構築できる体制が整っています。もちろん、他社が参入を申し込まれるのであれば歓迎したいと思います。東芝は誰でも簡単に便利な機能の恩恵に預かれるようなモノづくりを目指しています。メーカーの利害を超えて多くの機器が接続できる、そういった機能を構築することが私たちの理想です。
デジタルコンバージェンスとは、家電、パソコン、モバイル機器など、通信や放送という仕切りを超えて、様々な機能が機能を共有・融合し、新しい用途やビジネスを実現することだ。確かに東芝のラインアップを見ると、テレビ、レコーダー、パソコン、音楽(マルチメディア)プレーヤー、携帯電話については自社製品が揃っている。しかしハイビジョン映像を楽しむための機器として欠かせないムービーカメラが欠けていると筆者は感じている。ズバリ、HDDムービー“gigashot”のハイビジョン版は登場しないのか?藤井氏にうかがってみた。藤井氏の返答は「具体的には申し上げられませんが、東芝らしい機能を加えられた段階で市場に投入する可能性があります」とのことだった。時期は未定だが、REGZAやVARDIAと機能を共有できるハイビジョン対応のビデオカメラが発売される日はそう遠くないかもしれない。
■藤井氏が思わず明かした“土下座発言の真相”とは
藤井氏は「ユーザーにとっての便利性が高まるのであれば、本来メーカー間の敷居は関係なしに便利な機能を共有できるのが、デジタルAV機器の理想のかたちである」と言い切る。それならば、HD DVD規格とBlu-ray Disc規格の両方に対応する製品を出すべきではないだろうか。HD DVDとBDのどちらにも録画できるようなスーパーマシンを望むのではなく、せめて“BDも再生できるHD DVDレコーダー”あたりを製品化すれば、市場の注目を集めると筆者は考え、それについて質問した。
藤井氏の表情に大きな変化がうかがえたのは、その質問を投げかけた直後だった。いままで穏やかだった藤井氏の表情は瞬時に紅潮し、眼光はにわかに鋭くなった。そして語気を強め、藤井氏はこう語り始めた…。
藤井氏:それだけは絶対にあり得ません。そもそもDVDフォーラムという枠組みで、家電メーカーはまとまって次世代のDVDの在り方を模索していました。そのDVDフォーラムが承認した上位規格がHD DVDでした。しかし、BD陣営のメーカーは次世代DVDの規格を1本化するのではなく、別途Blu-ray Disc Associationを立ち上げて、強制的に規格を2分化したのです。BD陣営のトップには、旧知の仲で懇意にしてきた方もいらっしゃいました。しかし、このやり方はビジネスの道理から考えて、理にかなっていないと思っています。ユーザーのことを思えば、次世代DVDの規格は統一した方が良いに決まっているからです。そこで東芝は最後まで、規格の統一に向けて奔走しました。結果はご存じのように、BD陣営はHD DVD規格の優れた部分を汲むことはなく、BD規格ありきの交渉になり、両陣営は袂を分けたのです。
━それほどHD DVDの規格が有利ならBD陣営も歩み寄ったのではないでしょうか。
藤井氏:すでにお話ししましたが、BDとHD DVDでは根本的な思想が異なっています。BD規格が動き出した1999年頃はHDDなどの大容量ストレージが高価で、大容量のデジタル放送を記録するには25GB、50GBという大容量光ディスクの存在意義がありました。そのことは私も認めています。しかし、その後HDDの価格が下がり、時代の変化とともに光メディアが大容量である必要が薄れてしまったのです。HD DVDはBDのように記録容量だけに重きを置かず、開発・製造コストを重視しながら発展を続けてきた規格です。現時点でディスクの容量だけを見ればBDが有利でしょうが、HD DVDはディスクの容量だけでなく、ネットとの融合、DVD規格との互換性、そして他のストレージとの連携性の高さを同時に満たしています。新しい規格の投入は「ライトタイミング・ライトプライス・ライトスペック」で行うことが重要です。BDはディスクの録画機能を重視していますが、HD DVDは程よい容量、手ごろな価格、ネットワーク機能を兼ね備えています。
コンシューマーの皆様には、HD DVD規格の全体的なバランスの良さに注目していただきたいと思います。HD DVDはハイビジョン映像を記録する技術だけでなく、同時にプラスアルファも進化させている規格です。次世代DVDはハイビジョンをそのまま録画できて当たり前なのです。大事な点は、それ以上の機能が使いやすいもので、ユーザーの皆様が楽しめないと、次世代の規格として存在する意味がないということです。HD DVDは今選んでいただいて、決して損のない規格だという自信があります。以前、私はあるところで「もしHD DVDを選んだユーザーから将来、『BDよりもHD DVDを選んで失敗した』という声が高まってきたら、私は土下座をして謝る」と申し上げましたが、これだけ魅力的なHD DVDがユーザーの方々にご満足いただけないことはないと確信しております。それだけ私が強い自信を持っているのだということを、ぜひご理解いただければ幸いです。
藤井氏は2006年3月31日に開催されたHD DVDプレーヤー「HD-XA1」の発表会で、当時はまだ発表されていなかったBDプレーヤーに対して「BDの方が凄く良いという可能性はある。もし圧倒的にBDの方が良いとユーザーが評価する時が来たら、その時には土下座をして謝りますが、それはあり得ない」とコメントした(関連ニュース)。これが後に業界の記者やライターの間で語られる「藤井社長の土下座発言」だ。しかしこの発言の潔さと、藤井氏の規格に対する強い思い入れに、当時の発表会場で普段は静かなマスコミ陣から異例の拍手が沸いたことを筆者は記憶している。規格の優位性だけでなく、ユーザーの利便性を求めて東芝から歩み寄った上での交渉の決裂。デジタルエンターテインメントの新時代にかける藤井氏の強い思いと情熱が、土下座発言の背景にあったようだ。
藤井氏へのインタビューを終えて印象に残ったことは「HD DVDはディスクの容量だけでなく、ネットとの融合、DVD規格との共通化、そして他のストレージとの連携性の高さを同時に満たしている」という藤井氏の指摘だ。現在発売されているHD DVDレコーダー「RD-A600/A300」を見る限り、その片鱗は感じるものの、藤井氏が語る魅力をすべて満足させているとは言い難い。やはり東芝のAV機器は、今年の年末に大きな波がありそうだ。前回筆者が語ったように、キーワードは「REGZAとVARDIAの連携」であり、それが実現すればHD DVDの使い勝手はいま以上に向上する。さらにハイビジョン対応ムービーのgigashotが今後し、理想的なかたちでREGZAやVARDIAと連携できるなら、強固なHD DVDワールドが構築されるだろう。これから年末にかけて東芝の新製品には一層、目を光らせたいと感じている。
ケースイの取材メモ
・HD DVDはVRモードで録画したDVDビデオを無劣化で高速ダビングできるなどDVD規格との親和性が高い。
・将来大容量の2層30GBを超えるHD DVDメディアが登場する可能性は大いにあり得る。
・東芝は今後、テレビ、ムービーなどと連携した、新しいデジタルレコーダーの用途提案を検討している。
・年末にはHD DVDレコーダーのラインアップがさらに充実する。
鈴木桂水(Keisui Suzuki)
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