BZT9300とジブリ5作品が対応
パナソニック、12ビット収録のBD新技術「MGVC」を開発 − PHL柏木所長が語る開発背景【更新】
通常のBDは、Y/Cb/Crがそれぞれ8ビット(計24ビット)で記録されている。今回開発した新技術のMGVCでは、スタジオマスターと同様の各々12ビット(計36ビット)の映像をBDに記録することが可能。同社では「世界で初めてスタジオマスターと同等の36ビット高階調映像を実現した」としている。
米国・カリフォルニアにあるパナソニックハリウッド研究所(PHL)所長の柏木吉一郎氏が中心になって開発した技術。同氏はBlu-ray規格の策定に深く関わったほか、スタジオジブリ作品など、数々のBD/DVD作品のエンコードを担当していることでも知られる。柏木氏が担当したスタジオジブリ作品では、冒頭のクレジットに、鈴木敏夫プロデューサーなどと並んで「圧縮 柏木吉一郎」と表示されることは、AVファンには有名だ。
今回の発表に合わせ、柏木氏が当社視聴室を訪問。開発の背景や実際の効果などについて、デモを交えて語ってくれた。
■MGVCとは何か。その利点とは?
MGVCの映像の記録には、Blu-ray 3Dにも用いられているMPEG-4 MVCを活用する。MVCのメインストリームには、Y/Cb/Cr各々8ビットの、通常のBDと同じ映像データを収録。一方でサブストリームに独自のビット拡張データを追加記録し、再生時に加算、出力する仕組みだ。このため既存BD再生機器との互換性も確保されており、ディスクがMGVCで収録されていても、メインストリームのみを再生することで、通常のBDプレーヤーで問題なく再生できる。
柏木氏は「スタジオマスターでは、Y/Cb/Crが各々10〜12ビットあるのに対して、BDやデジタル放送では規格自体が各々8ビットのため、マスターとオーサリング後の画質のギャップを目の当たりにし、これが長年のフラストレーションとなっていました」と、今回MGVCの開発を行った動機について説明する。
具体的には、各々10〜12ビットのデータを8ビットに変換する過程で、階調性や色の再現性が劣化。また階調性が劣化することで、解像感も低く感じられてしまうという。「特に高画質なアニメなどでは、8ビットに圧縮した部分がバンディングとして現れるなど、アラが目立ってしまいます」(柏木氏)。ちなみに国内アニメのデジタル制作では、約8割のスタジオが各々10ビット以上の高階調レンダリングを実施している。ちなみにスタジオジブリでは、何と各々16ビットでレンダリングしているのだという。
MGVCは、メインストリームの8ビットに、単純に残り4ビットを足して12ビットにするわけではない。「メインストリームの8ビットのデータがそもそも圧縮で歪んでいるため、これにサブストリームを足しても映像がつながりません。MGVCではサブストリームの拡張データについても、各々8ビットで記録します。メインストリームの圧縮歪みは、よほどの場合を除き、おおむね下位4ビットに集中しており、2つのデータを足し上げることで、5ビット目から8ビット目まではサブストリームの1ビット目から4ビット目までがメインストリームの圧縮歪を補正する形で働き、メインストリームには存在しない9ビット目から12ビット目までにサブストリームの5ビット目から8ビット目までを使用することで、本来の12ビットの映像を再現します」(柏木氏)。
なお、MGVCで生成された各々12ビットの映像は、最大ビットレートが通常のBDの40Mbps程度から60Mbps程度に上がる。また、テレビがたとえ各々8ビット階調にしか対応しておらず、非DeepColorで伝送したとしても、入力される8ビット信号のうち下位4ビット分にサブストリームの良質なデータが使われ、歪みが少ないため、従来に比べて高画質な再生が期待されるという。
サブストリームのデータ量は「シーンやソフトによってまちまち」と柏木氏は説明。「10Mbps以上使う場合もあるし、シーンによっては3〜5Mbps程度で十分な場合もあります」という。なお柏木氏は「サブストリームのデータ量のぶん、メインストリームのビットレートが落ちるという懸念があるかもしれませんが、通常は、ビデオ+オーディオと字幕を合わせた総ビットレートが48Mbps以下という制限により、ビデオのメインストリームのビットレートが制限されディスク容量が余る場合が多く、サブストリームには、その余った容量に応じたビットレートを使用するため、メインストリームの画質を犠牲にすることはほとんどありません。仮にディスクの容量にほとんど余裕が無い場合であっても、サブストリームのビットレートはメインストリームのそれよりも遥かにダイナミックに変化させることができますので、必要最小限のビットレートで効果を得られます」と語る。
■MGVCの再生にはBZT9300が放送波アップデートで対応
MGVC対応のプレーヤーについては、同社のレコーダー“DIGA”最上位機「DMR-BZT9300」を6月中旬に放送波でアップデートし、再生を可能にさせる。当初MGVCに対応するのはBZT9300のみ。MGVCのサブストリームデータには特別な暗号化が施されており、これをデコードするためには、ハードウェア側にカギを仕込む必要がある。BZT9300はMGVCの実用化を見越し、あらかじめカギを仕込んでいたため再生が行える。
こういった仕組みのため、先日発表されたDIGAの春モデルも含め、現在までに発表・発売されたDIGAや同社製BDプレーヤーは、将来もMGVCの再生は行えない。ただし「もちろん、これから再生機器を増やしていきたいという考えはあります」(柏木氏)としている。
ディスプレイへの12ビットデータ伝送にはDeepColorを用い、HDMIケーブルを使う。ディスプレイ側に10ビット以上の表示能力があれば、これまで以上の階調再現性が期待できる。
なお同社では現在のところ、MGVC技術や規格を他社に開放したり、ライセンスする計画を持っていない。このため、MGVCに対応するBDソフトはパナソニックがオーサリングを担当するソフトに限定される。また再生対応ハードもパナソニック製品に限られる。
またBZT9300ではMGVC再生のオン/オフが可能。メニューの「再生設定」に「MASTER GRADE VIDEO CODING」という項目を新設。オン/オフすることで効果を確かめることが可能だ。
■ジブリの発売済タイトルがすでにMGVCに対応
■高画質テレビは10ビット対応製品が多いが注意点も
なおMGVCの12ビット映像を表示できるテレビについて柏木氏は、「各社とも公表はしていませんが、ある程度高画質を謳っているテレビであれば、その多くが10ビット以上の階調再現能力を備えていると考えています」と語る。なお同社として、VIERAのどのモデルが10ビット以上の表示に対応しているかを公表する計画は今のところ無いという。
また柏木氏は、「たとえ12ビットの信号入力に対応していても、入力したらばっさり下位4ビットの情報を取り去り、以降は8ビットで処理するといったテレビもあるかもしれません。また信号処理の段階で一度8ビットに落としたら10〜12ビットのデータは失われますし、最終的なパネル駆動の階調表現性能もまちまちです。MGVCの能力をフルに発揮するためには、入力からパネル駆動まで、すべての段階を10〜12ビットで処理する能力が求められます」とも説明。なおディスプレイを含め、「入力から出力までを12ビットで通して行えると公表しているモデルは、私の知る限りありません」とも付け加えた。
■MGVC実現に深く関わったジブリの鈴木敏夫プロデューサー
今回、パナソニックがMGVCの実用化にこぎつけた背景には、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの協力が大きかったと柏木氏は力説する。
「以前から12ビット映像をパッケージソフトに収録したいというアイデアはあったのですが、チップが高価になりすぎるので不可能でした。ところが、Blu-ray 3Dにあわせてチップの処理能力が高まり、2ストリームをデコードすることが可能になりました。これを使えば12ビット収録が実現できるということで、ハリウッドのスタジオなど色々なところに声を掛けさせていただきました。その中で快諾をいただいたのが鈴木プロデューサーでした」(柏木氏)。
また柏木氏は「対応するハードがまだ無い中、先行してMGVCに対応したソフトを作らせて欲しいと鈴木プロデューサーにお願いしました。通常のBlu-rayプレーヤーと再生互換性があると言っても、ふつうであれば本当に大丈夫か心配になるところでしょうが、鈴木プロデューサーにお話ししたところ、『良いんじゃないですか?』と一発で許可をいただきました」というエピソードも披露した。
さらにMGVCのロゴマークも、鈴木プロデューサー直筆のものであることを柏木氏は紹介。「ロゴマークをどうしようかと考えていると鈴木プロデューサーに話したら、その場で「こんなのはどうでしょう」と筆で書いて頂き、それがそのまま実際のロゴとして採用されました。筆で書いたロゴなんてパナソニックではこれまで無かったので、ロゴの仕様をどうするかなど、社内の関係者は苦労したようですが…(笑)」。
■MGVCの効果を実機で体感した
今回、MGVC機能を利用できるファームウェアを搭載したBZT9300を用い、『となりのトトロ』『火垂るの墓』『魔女の宅急便』『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』の5作品をMGVCオンとMGVCオフで比較視聴することができた。デモに使用したテレビは、パナソニックの最新プラズマテレビ「TH-P65VT60」だ。
『となりのトトロ』の、サツキとメイがススワタリを見つけるシーンでは、MGVCをオンにすると、階段の描写がよりくっきりと見え、鮮明さが増す。また二人が階段を上って暗い部屋に入ったところでは、画質差がさらに顕著に現れる。MGVCオフでは柱木の色合いの微妙な違いがわかりにくいが、MGVCオンでは青みがかった緑であることがはっきりと認識できる。
『紅の豚』の、若いヒロインのフィオ・ピッコロが主人公であるポルコ・ロッソの根城に泊まるシーンでは、MGVCがオンの場合、暗闇の暗部階調がより繊細に表現され、しかも黒がより締まったように感じられ、MGVCオフの場合との明らかな差を実感する。さらにMGVCは色ノイズの抑制にも高い効果を発揮。フィオの服の平坦な塗り部分にジラジラとした圧縮ノイズが出るシーンでも、MGVCをオンにするとノイズがスッキリと消え去り、ヌケが良い映像になる。
『火垂るの墓』の夕暮れのシーンでも、MGVCの表現力の高さははっきりとわかる。階調性能が高まったことで細部の表現能力が向上し、結果的に絵の奥行きがぐっと深くなり、遠近感がよりリアルに描き出される。
続いて『おもひでぽろぽろ』で、少女時代のタエ子が商店街を歩くシーンを再生。MGVCをオンにすると色数がぐっと増えた印象となり、画面全体の鮮やかさが向上。ぐっと華やかな映像になる。たとえば、MGVCオフではタエ子の洋服と靴が同じような赤色に見えたが、オンにすると、それがまったく違う赤であることに気づかされる。
これらのソフトはいずれも柏木氏がエンコードを担当し、画質の高さに定評があるが、それでも8ビットと12ビットの画質の差は明らか。12ビット映像を8ビットに圧縮する過程で、多くのディテールが失われてしまっていることがはっきりと実感できた。
4Kという画素数を高める技術が注目を集める一方、階調のデータ量を増やすことで高画質化を図る、独自の発想の技術を開発したパナソニック。BDのハードづくりとソフトのオーサリングを手掛け、さらにはBDの規格作りにも密接に関わる同社だからこそ実現した、ユニークな発想の技術と言えるだろう。実際に今回のデモで、その効果の高さを体験し、可能性の大きさを実感することができた。今後、対応ハードとソフトが充実することを期待したい。