岩井喬氏が詳細レポート
プロ機で培ったノウハウとこだわり満載の32bitDAC搭載ヘッドホンアンプ・フォステクス「HP-A7/A3」を聴く
プロ用オーディオやスピーカーユニット製作で高い実績とノウハウを持つフォステクスから、こだわりの詰まった本格的な32bitDAC内蔵ヘッドホンアンプ「HP-A3」「HP-A7」が登場した。ヘッドホンはもちろん、USB-DACやプリアンプなどさまざまな用途で活躍が期待できる両製品を、岩井 喬氏がレポートする。
■待望のヘッドホンアンプ「HP-A3」「HP-A7」がついに登場
コンシューマー・オーディオの世界でフォステクスといえば「G2000」を頂点とするスピーカー、若しくは歴史あるフルレンジユニットなど、自作派には馴染みの深いスピーカーユニットブランドである。一方、プロフェッショナル・オーディオにおいては、音質はもとより耐久力に優れたレコーダーやミキサー、パワードモニターなど、コンシューマー以上にその名が定着している感がある。フォステクス自身でもヘッドホンを手がけているが、ブランドの母体である「フォスター電機」ではOEM専業メーカーとして、ヘッドホンやスピーカー、マイクロフォンの製造で高いノウハウを持っている、高い信頼を置けるブランドだ。
そうした背景を持つ同社から、ヘッドホンアンプ「HP-A3」「HP-A7」が登場した。昨年の「秋のヘッドホン祭2009」やCEATEC、InterBEEで出展され、注目されている方も多いであろう。今回、プロ機からの流れも汲んだ妥協のない本格的な製品となっている2機を試聴した。両機とも、様々なヘッドホンでチューニングを実施したそうであるが、なかでも試作段階で繰り返し試聴を行ったというゼンハイザーのヘッドホン「HD650」をメインモニターとして、それぞれのヘッドホンアンプにおけるサウンドチェックを行った。
※なお試聴は音質最終調整モデルで行ったため、一部写真で製品の外観が量産機とは異なります。
【試聴ソフト】 |
■メリハリある快活な音を聴かせる入門機「HP-A3」
− 高品位な部品を詰め込んだハイCPモデル
まずヘッドホンアンプ入門機としても最適な「HP-A3」であるが、USBバスパワーで駆動できるコンパクトな筐体が特徴となっている。サウンド性としてはメリハリの効いた快活なもので、低域の重厚さと高域の華やかさが際立つ。全帯域明瞭でスカッとした音ヌケの良さも味わえる。「AP」ではむっちりとしたベースと、ハリ良く粒が細かい鮮やかなストリングスの対比、そして艶やかで潤いを感じるボーカルの程よい肉厚さのバランスが良い。音場はすっきりと澄みわたっており、「レヴァイン」でもスムースなホールトーンを味わえる。こちらは重厚なホーンの響き、ティンパニのアタックにおける皮のテンション感が鮮明に感じ取れた。
「オスカー」ではウッドベースの振幅感、弦のハリも充分。胴鳴りは量感良く膨らむ。ピアノは細やかに粒が転がるようなプレイ感で、タッチは鮮明だ。スネアのブラシは強めである。「TOTO」のボーカルはほのかな肉付きを感じるが、コーラスも含めクリアでスリムな描写。ギターは分離良くスカッと抜けきる。ドラムの押し出しはキレがあり、どっしりと響くローエンドとシンバルの煌びやかさのバランスが心地良い。「千葉」のボーカルはソリッドで、エレキのクリーントーンもエッジはクッキリと描く。コーラスも煌き、ピアノはハードな響きである。どんなジャンルでもそつなくこなす印象であるが、音場の広さは価格相応で、録音の悪いものであっても気持ち良い爽快なサウンドに変えてくれるようだ。コストパフォーマンスの高いサウンドであることには間違いない。
「HP-A3」のスペックについても細かく見ていこう。設計、製造は純国産であり、ほとんどの部品に国内生産品を使用している。USBバスパワー動作であるが、電源部は手を抜かず、再生成した電源を使用したことで「HD650」のようなハイインピーダンスのヘッドホンでも難なくドライブできるようになっている。また、PLL専用電源を使用している。心臓部のDACは旭化成エレクトロニクスの32bitチップ「AK4390」を採用している。ソースとなる音源の録音現場でも使われている「AK4390」は、色付けのないサウンド性を持ち、本機もピュアなヘッドホン・モニターアンプとしても機能するわけである。レシーバーにはシーラスロジック製のチップを使用してジッターを抑えるほか、このクラスではあまり使われないニチコン製ファインゴールド・コンデンサーを使用。バーブラウン製オペアンプやWIMA製フィルムコンデンサー、次世代の高音質なチップコンデンサーであるパナソニック製PPSフィルムコンデンサーも用いているという。
入力はUSBと光入力の各1系統を装備し、切り換えて使用する。今回はノートPCへCDをWAVファイルでリッピングし、USB接続状態で試聴を行った。USB接続時のケーブルについても、最近はグレードの高い製品が登場してきているので、こちらも良いものへ変更すればサウンドの鮮やかさなどに効果を発揮するであろう。
■まさにスタジオモニターというべきサウンドの上位機「HP-A7」
− 制動力の確かさと妥協のない描写を感じる
続いては上位機種となる「HP-A7」だ。こちらはUSB入力の他、同軸デジタル、光デジタル2系統と、豊富な入力を誇る。DAC付きプリアンプとしても機能するので、PS3などのゲーム機やプレーヤーをまとめて接続して活用する、DAC入門機として捕らえても良いだろう。
本機の一番の魅力となっているのが、AKM製の32bitDACチップ「AK4392」を積んでいることだ。「HP-A3」よりもグレードの高いチップで、最新の高精度製品であり、現在発売されている他社単品DACでも高級機にしか積んでいないものである。それがDAC入門機に搭載されている、ということを踏まえてもヘッドホンアンプだけの活用ではもったいない。実際に普及帯SACDプレーヤーのDACとして本機を使ったサウンドも確認してみたが、価格を大きく上回る、緻密な質感で奥行きのある音場を感じ取れた。
もちろんヘッドホンアンプとしても高い性能を誇る。ディスクリート・アンプ部に用いるトランジスタは電力を多く流せる大型パッケージ・タイプを使用。低ジッター設計を徹底し、DACの電源部はL/R別の電源回路を採用。本体そのものの電源はACアダプターからの供給となるが、こちらは高級プロオーディオ機器にも用いられているグレードのものを採用しているそうだ。
さらに“もしも”の際も安心な、DC検出による保護回路として、DCカット用のNEC製高品位リレーを搭載しているという。2口あるヘッドホン出力も、大きく異なるインピーダンスの製品にも対応し、快適に使用できるようゲイン差をつけてある。加えてボリュームを通らないダイレクト出力も用意されている。
また、各部パーツにもこだわっており、コンデンサーにはヘッドホンアンプ用に開発した、ニチコン製のオリジナル・カスタム品のほか、パナソニック製PPSフィルムコンデンサーやWIMA社製品も搭載。そしてオペアンプはリニアテクノロジー社製ハイスルーレート型、抵抗はタクマン電子社製オーディオ用金属皮膜抵抗を採用。ボディについても真鍮削り出しインシュレーターやタングステン配合ワッシャーによって振動対策を施している。
■音場再現力、空気感、奥行きの再現性の確かさはクラスを超えたものがある
ヘッドホンによる「HP-A7」のサウンドであるが、「HP-A3」よりもさらに広大な音場を感じ取れ、楽器の一つ一つがクッキリと浮かび上がってくる。アコースティックなソースではその生々しい、鮮やかな音色に驚かされる。「HP-A3」は細やかな音の粒立ちもはっきりと聴こえてくるので、見かけ上解像感が高いように思ってしまうが、「HP-A7」を聴いた後だと音場の厚みもやや平坦に感じられる。逆に録音状態の良くないものを「HP-A7」で聴くと、高解像度でソースに忠実がゆえに録音のウィークポイントばかりが目立ってしまう。もし両機を聴き較べて「HP-A7」のサウンドが地味に思えたり、良くないと感じられる場合は、試聴音源のクオリティを再検討した方が良いかもしれない。
「レヴァイン」では広大な音場が広がり、見通しも深い。自然なホールトーンでダイナミクスの取れたオーケストラサウンドである。丁寧な質感のストリングスの細やかな指使い、ティンパニのアタック、リリースの正確さ、いずれにしても音やせのない、音像の存在感を感じられる。「オスカー」でもスネアブラシのこすれる質感、ウッドベースの艶やかな弦の太さ、確かな描写力を聴き取れる。キックドラムのキレ良い胴鳴りの制動力やピアノのトーンを丁寧に重ねる様は、音伸びの素直さも伴う。「AP」のストリングスのハーモニーも誇張感なく、ローエンドまで豊かでスタジオの響きも感じ取れる。ベースも量感があるが、ドライで混濁感のない確かな描写だ。アコギやピアノは艶やかでリアルさが際立つ。艶やかなボーカルは肉厚で、ドライな録音状況が良く掴み取れる。
「TOTO」のエレキはキレ良く、かけられたエフェクト処理も見通せるほど空間は澄みわたっている。ドラムの生々しさ、ボーカルとコーラスのスムースさも白眉で、アコギのハーモニクスも美しい輝きに満ちている。多少録音の質が落ちる「千葉」であっても重心がしっかりと下がり、音像の太さが増す。存在感もあり、安定したバランスのサウンドとして聴かせてくれた。
最後に「HP-A7」と最新のハイエンドヘッドホン・ゼンハイザー「HD800」を接続し、どのようにサウンドが変化するのかも確認した。
まず音像の鮮度が格段に向上し、アンプやヘッドホンの分解能の高さを実感できる。楽器のエッジを克明に描写し、ソリッドでリアルな音像の定位を感じられた。ドラムはリリースの余韻まで鮮明で、スピード感ある押し出しも味わえる。ボーカルは細やかなニュアンスが浮き上がり、抑揚深く、歌う表情まで見えてくるかのようだ。何より音場の再現力の高さ、空気感、奥行きの再現性の確かさは、クラスを超えたものがあるように感じる。制動力の確かさと妥協のない描写は、まさにスタジオモニターというべきサウンドであった。
【執筆者プロフィール】
岩井 喬 Takashi,IWAI
1977年・長野県北佐久郡出身。東放学園音響専門学校卒業後、レコーディングスタジオ(アークギャレットスタジオ、サンライズスタジオ)で勤務。その後大手ゲームメーカーでの勤務を経て音響雑誌での執筆を開始。現在でも自主的な録音作業(主にトランスミュージックのマスタリング)に携わる。プロ・民生オーディオ、録音・SR、ゲーム・アニメ製作現場の取材も多数。小学生の頃から始めた電子工作からオーディオへの興味を抱き、管球アンプの自作も始める。 JOURNEY、TOTO、ASIA、Chicago、ビリー・ジョエルといった80年代ロック・ポップスをこよなく愛している。