話題の定額制音楽配信サービス
月額1,480円はおトク? ソニー「Music Unlimited」の価値を考える
■Music Unlimitedの事業的位置づけとは
今月3日にスタートした定額制音楽配信サービス「Music Unlimited」(関連ニュース)について語る前に、ソニーグループ内における位置づけの整理から始めてみたい。
まず、現在ソニーは「4スクリーン」と「ネットワーク」を世界共通の事業戦略として掲げている。4スクリーンとはすなわち、テレビとPC、スマートフォンとタブレット。それら端末が連携する手段を提供し、「Sony Entertainment Network」(SEN)を導線として用意することにより、SONYが思い描くエンターテインメントの世界へ誘うことができる、というわけだ。このあたりの戦略と行動は基本的に一貫しており、昨秋Sony EricssonのEricsson保有株式を買収、完全子会社化を果たしたことも、それを裏付ける行動といえる。
Music Unlimitedも、その戦略に沿って展開される。以前「Qriocity」と命名されていたサービスは整理され、Music Unlimitedと映像配信の「Video Unlimited」に名称変更された。いずれも利用にあたってSENのアカウントが必要となることからも、それらサービスを結びつける共通プラットフォームとしてのSENの重要性がうかがい知れる。
■Music Unlimitedのココに注目
Music Unlimitedは、有り体に言えば「クラウド型の定額制音楽配信サービス」だ。サービス開始は2010年2月、英国とアイルランドから欧州諸国・北米へと、順次サービスエリアを広げてきた。サービス内容および配信フォーマットは、スタートから約1年半を経た現在もほぼ変わらないことから、日本のサービス開始が世界で17番目となったことに特別な意味はない、あくまで世界戦略に沿った対応だと考えられる。
対応デバイスも先行する欧米諸国と同様で、パソコン(PC/MacのWebブラウザ、要Adobe Flash)、Android搭載ウォークマン(Z1000シリーズ)、Androidスマートフォン(v2.1以降)、Androidタブレット(v3.0以降)、PlayStation 3、PS Vitaがサービス開始当初から利用可能となっている。さらに7月中旬以降は、SONY製液晶テレビのBRAVIAシリーズ(2010年モデル以降)とBDプレーヤー(BDP-S380/S480)、AVアンプ(TA-DA700ES)、iPhone/iPod touch(iOS 4.3以降)へのサポート開始が明言されている。
気になる配信フォーマットは、不可逆圧縮のHE-AAC 48kbps。HE-AAC(High Efficiency Advanced Audio Coding)はMPEG-4 AACの拡張仕様であり、iTunesやiPod/iPhoneの標準オーディオフォーマットであるAAC-LC(Low Complexity)とコーデックとしての特性はほぼ同じだ。
ちなみにAAC-LCとHE-AACの音質差は、「Spectral Band Replication」(SBR)のサポートの有無によるところが大きい。SBRとは、音が持つ高周波数成分の情報を前処理により抽出し、AACストリームに多重化したうえで格納する技術のことで、低ビットレートAACの音質を30%程度改善する効果をもたらす。Music Unlimitedの配信ビットレートは48kbpsだが、人間の聴覚にはそれ以上の音質で聞こえるとされている。
ユーザインターフェイスは、端末間で一応の統一性はあるものの、別物という印象が強い。たとえばWindows/Macでは同じFlash Playerを利用するため、画面の構成も操作性もほぼ同じだが、独自のソフトウェアを使うPS3版は洗練度において頭一つ抜けた印象を受ける。Android版アプリは、プレイヤーとしてクセのない操作性を実現しているが、テスト機(Xperia acro/IS11S)ではたびたび異常終了に見舞われた。複数の異なるデバイスで同一のエクスペリエンスをというSONYの狙いは、まだ道半ばといった感があるのは否めない。
■品揃えに納得(ただし個人的には)
数日ほどサービスを利用したうえでの個人的な感想だが、「納得した」としか言いようがない。異論・反論はあるだろうが、筆者の音楽的趣向にマッチした品揃えが実際にあり、それを支払いを気にせず好きなだけ楽しめるのだから、他に言いようがないのだ。音質がHE-AAC 48kbpsで今ひとつとか、まだiOSデバイスがサポートされていないとか、気になる部分は当然あるが、それを差し置いても1,000万曲以上という圧倒的な"物量"の前に屈してしまった形だ。
私の音楽的趣向を明らかにしておこう。かんたんにいうと、70年代に全盛期を迎えたプログレッシブ・ロック(特にイギリスやイタリアなど欧州系)、80年代前半がピークだったAOR(Adult Oriented Rock)、ジャズ/フュージョン系といったあたりだ。
Music Unlimitedにサインインして真っ先に探したのは、それらの楽曲。プログレでいえば、Pink Floyd、Genesis、Yes、EL&Pは、すぐに見つかった(いわゆる五大バンドでKing Crimsonがないのはプログレファンなら誰でも知っている)。Soft MachineやCaravanといったカンタベリー系も存在を確認した。
イタリアものは、PFMにArea、Banco、Osanna、Latte e Miele、Il Voloなどなど。ジャーマンものも、CanやFaust、Guru Guru、Amon Duul IIなど、一通り押さえられている印象だ。プログレファンであれば、結構揃っているな、と同意していただけるに違いない。
AORのラインナップも、なかなかのもの。Steely DanにTOTO、Gino Vannelli、Ambrosia、Boz Scaggs、Ned Dohenyなど、メジャーどころは確認できた。iTunes Store(日本)もこれらアーティスト/楽曲の多くを品揃えしているが、Music Unlimitedは定額の聴き放題。しかも、以前日本でサービスインしていた「Napster」と比較しても、現時点でバリエーションの豊かさは同等以上だ(米英の楽曲が中心だったと記憶している)。
自分好みの音楽を、支払いを気にせず延々と再生し続けることができるということは、改めて考えるととても気楽だ。音楽のオンラインサービスにおいて「品揃え」はもっとも重要な意味を持つが、新しい曲を聴くつど支払うのか、どれだけ聴いても定額なのかでは、解釈はだいぶ変わってくる。クラウドが今後さらに普及すれば、楽曲データをクラウド上に持つことが当たり前になり、ポータブルオーディオとの同期も意識せずにすむ。そうなると、音楽を"所有する"という意味自体も変化するはずで、エンドユーザーも、より気楽なほうを志向するに違いない。
Music Unlimitedに課題があるとすれば、やはり「品揃え」の一語に尽きるのではないか。その意味では、現地向けの最適化、ここ日本でいえば「Jポップ」という言葉に代表される、邦楽アーティストの品揃えを拡充することが急務だろう。
音質については、オーディオファンには納得できる水準ではないにせよ、現時点で指摘すべきはそこではないはず。結局のところ、「いろいろな音楽を好きなだけ聴けるのは楽しい」「これだけの音楽を聴けるのだから月○○○円は惜しくない」とエンドユーザーに納得させるしかないのだ。ソニーにはそう思わせる仕掛け、ないしは取り組みに期待したいと考えている。
(海上忍)
今月3日にスタートした定額制音楽配信サービス「Music Unlimited」(関連ニュース)について語る前に、ソニーグループ内における位置づけの整理から始めてみたい。
まず、現在ソニーは「4スクリーン」と「ネットワーク」を世界共通の事業戦略として掲げている。4スクリーンとはすなわち、テレビとPC、スマートフォンとタブレット。それら端末が連携する手段を提供し、「Sony Entertainment Network」(SEN)を導線として用意することにより、SONYが思い描くエンターテインメントの世界へ誘うことができる、というわけだ。このあたりの戦略と行動は基本的に一貫しており、昨秋Sony EricssonのEricsson保有株式を買収、完全子会社化を果たしたことも、それを裏付ける行動といえる。
Music Unlimitedも、その戦略に沿って展開される。以前「Qriocity」と命名されていたサービスは整理され、Music Unlimitedと映像配信の「Video Unlimited」に名称変更された。いずれも利用にあたってSENのアカウントが必要となることからも、それらサービスを結びつける共通プラットフォームとしてのSENの重要性がうかがい知れる。
■Music Unlimitedのココに注目
Music Unlimitedは、有り体に言えば「クラウド型の定額制音楽配信サービス」だ。サービス開始は2010年2月、英国とアイルランドから欧州諸国・北米へと、順次サービスエリアを広げてきた。サービス内容および配信フォーマットは、スタートから約1年半を経た現在もほぼ変わらないことから、日本のサービス開始が世界で17番目となったことに特別な意味はない、あくまで世界戦略に沿った対応だと考えられる。
対応デバイスも先行する欧米諸国と同様で、パソコン(PC/MacのWebブラウザ、要Adobe Flash)、Android搭載ウォークマン(Z1000シリーズ)、Androidスマートフォン(v2.1以降)、Androidタブレット(v3.0以降)、PlayStation 3、PS Vitaがサービス開始当初から利用可能となっている。さらに7月中旬以降は、SONY製液晶テレビのBRAVIAシリーズ(2010年モデル以降)とBDプレーヤー(BDP-S380/S480)、AVアンプ(TA-DA700ES)、iPhone/iPod touch(iOS 4.3以降)へのサポート開始が明言されている。
気になる配信フォーマットは、不可逆圧縮のHE-AAC 48kbps。HE-AAC(High Efficiency Advanced Audio Coding)はMPEG-4 AACの拡張仕様であり、iTunesやiPod/iPhoneの標準オーディオフォーマットであるAAC-LC(Low Complexity)とコーデックとしての特性はほぼ同じだ。
ちなみにAAC-LCとHE-AACの音質差は、「Spectral Band Replication」(SBR)のサポートの有無によるところが大きい。SBRとは、音が持つ高周波数成分の情報を前処理により抽出し、AACストリームに多重化したうえで格納する技術のことで、低ビットレートAACの音質を30%程度改善する効果をもたらす。Music Unlimitedの配信ビットレートは48kbpsだが、人間の聴覚にはそれ以上の音質で聞こえるとされている。
ユーザインターフェイスは、端末間で一応の統一性はあるものの、別物という印象が強い。たとえばWindows/Macでは同じFlash Playerを利用するため、画面の構成も操作性もほぼ同じだが、独自のソフトウェアを使うPS3版は洗練度において頭一つ抜けた印象を受ける。Android版アプリは、プレイヤーとしてクセのない操作性を実現しているが、テスト機(Xperia acro/IS11S)ではたびたび異常終了に見舞われた。複数の異なるデバイスで同一のエクスペリエンスをというSONYの狙いは、まだ道半ばといった感があるのは否めない。
■品揃えに納得(ただし個人的には)
数日ほどサービスを利用したうえでの個人的な感想だが、「納得した」としか言いようがない。異論・反論はあるだろうが、筆者の音楽的趣向にマッチした品揃えが実際にあり、それを支払いを気にせず好きなだけ楽しめるのだから、他に言いようがないのだ。音質がHE-AAC 48kbpsで今ひとつとか、まだiOSデバイスがサポートされていないとか、気になる部分は当然あるが、それを差し置いても1,000万曲以上という圧倒的な"物量"の前に屈してしまった形だ。
私の音楽的趣向を明らかにしておこう。かんたんにいうと、70年代に全盛期を迎えたプログレッシブ・ロック(特にイギリスやイタリアなど欧州系)、80年代前半がピークだったAOR(Adult Oriented Rock)、ジャズ/フュージョン系といったあたりだ。
Music Unlimitedにサインインして真っ先に探したのは、それらの楽曲。プログレでいえば、Pink Floyd、Genesis、Yes、EL&Pは、すぐに見つかった(いわゆる五大バンドでKing Crimsonがないのはプログレファンなら誰でも知っている)。Soft MachineやCaravanといったカンタベリー系も存在を確認した。
イタリアものは、PFMにArea、Banco、Osanna、Latte e Miele、Il Voloなどなど。ジャーマンものも、CanやFaust、Guru Guru、Amon Duul IIなど、一通り押さえられている印象だ。プログレファンであれば、結構揃っているな、と同意していただけるに違いない。
AORのラインナップも、なかなかのもの。Steely DanにTOTO、Gino Vannelli、Ambrosia、Boz Scaggs、Ned Dohenyなど、メジャーどころは確認できた。iTunes Store(日本)もこれらアーティスト/楽曲の多くを品揃えしているが、Music Unlimitedは定額の聴き放題。しかも、以前日本でサービスインしていた「Napster」と比較しても、現時点でバリエーションの豊かさは同等以上だ(米英の楽曲が中心だったと記憶している)。
自分好みの音楽を、支払いを気にせず延々と再生し続けることができるということは、改めて考えるととても気楽だ。音楽のオンラインサービスにおいて「品揃え」はもっとも重要な意味を持つが、新しい曲を聴くつど支払うのか、どれだけ聴いても定額なのかでは、解釈はだいぶ変わってくる。クラウドが今後さらに普及すれば、楽曲データをクラウド上に持つことが当たり前になり、ポータブルオーディオとの同期も意識せずにすむ。そうなると、音楽を"所有する"という意味自体も変化するはずで、エンドユーザーも、より気楽なほうを志向するに違いない。
Music Unlimitedに課題があるとすれば、やはり「品揃え」の一語に尽きるのではないか。その意味では、現地向けの最適化、ここ日本でいえば「Jポップ」という言葉に代表される、邦楽アーティストの品揃えを拡充することが急務だろう。
音質については、オーディオファンには納得できる水準ではないにせよ、現時点で指摘すべきはそこではないはず。結局のところ、「いろいろな音楽を好きなだけ聴けるのは楽しい」「これだけの音楽を聴けるのだから月○○○円は惜しくない」とエンドユーザーに納得させるしかないのだ。ソニーにはそう思わせる仕掛け、ないしは取り組みに期待したいと考えている。
(海上忍)