藤岡氏 先ほどのお話ですが、エソテリックがDAコンバーター「D-05」を発表した際に、Audio 4 Proのデバイス「AK4397」を高く評価し、自社の報道発表でもきちんと名前を挙げて採用を謳っていますよね。これは旭化成エレクトロニクスの方々にとっても大変うれしいことであっただろうし、またエソテリックにしても、ある種“おきまり”になりつつあったDAコンバーターのチップの選択を、自らの意思でブレークスルーしてきたことで、エソテリックのエンジニアの心意気みたいなものを伝えることができたのだろうと思います。私も実際に、「ああ、これはなかなかいい度胸をしているな」と思ったわけです。なぜかと言うと、あるデバイスを初めて使う怖さが、やっぱりメーカーのエンジニアにはあると思うからです。質が良いのは分かっているけれど、使い慣れていないし、使いこなしもわからない。この辺もたぶん複雑な気持ちであるはずなんですよ、絶対に。けれども、エソテリックの「D-05」の発表文の中からAK4397に対するコメントを読むと、「いや、あれは良いデバイスだ」という、ある種の信念みたいなものがきちんと定まっていますよね。 「エソテリックがAudio 4 Proのデバイスを使った」こともきっかけになって、国内のセットメーカーの間ではAK4397の性能の高さに注目が集まってきています。だが一方で、この価格では高すぎて採用しづらいという面もあるようです。今後の展開としてはおそらく、性能のみならずいろいろな機能であるとか、あるいは使い勝手の良さも含めて「AK4397を超えるハイエンドモデル」というアプローチが一つ展開としてあり、AKEMDでは既に取り組まれているだろうと想像します。片方では「4397の性能を維持したまま低価格化されれば、ぜひ使いたい」というターゲットも広まりつつあるわけです。そこに旭化成がどう応えていくのかというところを、今回はズバリお聞きしたいと思うのですが、いかがでしょうか。 佐藤氏 AK4397の築いてきた実績から、「AKEMDならできるんじゃないか」という期待感が、おそらく市場にだんだん出てきていると感じています。またそこに対して私たちも当然応えていきたいと思いますので、今回はトップエンドから、順繰りに普及モデルへ広げていく方向で、"3つの新しいDAコンバーター"を展開していこうという戦略を立てています。藤岡氏 やっぱり出すんですね。 佐藤氏 最上位のモデルはAK4397とほぼ同等の価格帯を想定しています。一方で3つのうち、最普及価格帯のモデルはその半値ぐらいで、ロット数が多い場合は価格も勉強させていただきます。
藤岡氏 では各製品について、少し具体的に掘り下げて教えていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。 佐藤氏 それぞれ現時点ではプロジェクトネームでのご紹介となりますが、「Celesta C1」「Celesta C2」「Celesta C3」という、全て32bit対応のDAコンバーターを年内に出荷いたします。 藤岡氏 全てが32bit対応とは、すごいことですね! 佐藤氏 私たちとしては、ここで「32ビットのAKEMD」というポジションを何としても確立したいと考えています。トップモデルの「Celesta C1」は、SNが123dBとAK397よりも特性を上げています。「Celesta C2」についてはSNが120dBとAK4397にほぼ特性を揃えたモデルで、残る「Celesta C3」が最も低価格帯のモデルとなります。C1」と「C2」ではSNが3デシベル異なりますが、これは中の回路を変更することによって特性差をつけています。 藤岡氏 「C1」という、最新のトップエンドモデルについては、SNの数字上は“3”しか違わないけれども、3デシベル上げるというのは、設計上はすごく大変なことじゃないんですか。電力比で2倍ですからね。 野木氏 内部のアナログアンプのアーキテクチャーは、AK4397のものからごっそりと入れ替えて、新しいタイプに交換しています。 藤岡氏 去年発表されたAK4397が、ものすごい能力を持つ32bitのプレミアムなDAコンバーターとして注目を浴びていますが、それを飛び越えた「C1」は、どこが初めて採用するんでしょうね。感触としては、もう既にありますか。 佐藤氏 実はもうお客様がついており量産のめども立っています。 藤岡氏 3つのラインアップが全て32bit対応というのも素晴らしいことです。32bitに対応して悪いことは1つもないですからね。 佐藤氏 そうですね。最近のDSPの多くが32bitの能力を持っていますので、私たちが自社のデバイスを訴求していく上でのポイントも実はそこにあって、「32bitの演算をして、データをそのまま受けられるDACです」という利点をアピールしています。 |
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藤岡氏 トップモデルの「Celesta C1」について、技術面からもっと深くうかがってみたいと思います。まずはデジタルの部分から。工夫というか、もちろんAK4397の延長線上にあるものだと思いますが、何か新しいアイデアなどが組み込まれているのでしょうか。 杉本氏 今回は新しいものを組み込んでいます。まずはデジタルフィルターの部分ですが、今まではずっと直線位相という、波形の歪みが起こらない手法を採用してきましたが、今回はショートディレイという、プリエコーがないデジタルフィルターを組み込んでいます。これを実際に聴いてみたところ、ひじょうに音が良く、メーカーの方々にも評判が良かったため、採用を決定しました。実は今回製品化する「Celesta C1」の実験段階で、一度テストチップというのをつくってみたことがあります。取りあえずパスバンドの20キロの中ではできるだけ位相特性がフラットで、20キロを過ぎたらもう急に悪くなる、というような試作品でしたが、期待したほど音は良くありませんでした。そこで今回、思い切ってプリエコーを全くなくしてみることにしました。 藤岡氏 今回のデジタルフィルターはAK4397にも入っている回路を改良したということですか、それとも全く新しいものを搭載しているんでしょうか。 杉本氏 AK4397には入っていないものです。 藤岡氏 そうですか、それであれば、例えばメーカーが自社のプレーヤーをつくる時にも、デジタルフィルターが入っていれば楽ですよね。そのメーカーがどう使いこなすかは分からないし、メーカーの設計思想というものもありますが、AKEMDとしてはメーカーにひとつの選択肢を提供できるということは素晴らしいことだと思います。他には何かありますか。これは当然PCM、DSDの両方に対応していますよね。 杉本氏 はい、対応しています。
藤岡氏 新機軸は採り入れていますか。 杉本氏 今回のシリーズにもΔΣ(デルタシグマ)という技術を使っておりますが、AK4397と同じものになります。AK4397の時から帯域外の"折り返しノイズ"みたいなものを極力落とすように工夫をしています。例えば、2倍、4倍、8倍などの動作やクロックノイズのポイントでゼロ点を入れて帯域外ノイズを落とすなど、折り返して戻って来た際にもノイズが非常に少なくなるような設計をしています。 藤岡氏 なるほど。つまり、戻りの影響を少なくするということですね。それは根本的な部分ですね。折り返しノイズが当然のように理論的にも出てしまうわけですが、それで出た部分を全て戻して、その後に処理するという手法ではなく、帯域外の部分を最初からきれいにしておこうという考え方ですね。 杉本氏 そうですね、全てを取り除くことはできませんので。 藤岡氏 なるほど、それは正攻法と言えるでしょうね。 杉本氏 後は、これはAK4397よりも前のAK4396から採用していますが、デジタルフィルターはCDのフルスケールデータに対応できるよう、マージンを「+6dB」まで取るよう設計しています。 藤岡氏 それでは、アナログ部分での革新についてはいかがでしょうか。 野木氏 アナログは、SNのスペックを向上させたことに合わせて、アーキテクチャーを変更しました。また、AK4397より以前のモデルではLRを共通のブロックとしていますが、今回の「Celesta C1」では、これを完全にセパレートな構造としています。 藤岡氏 そうですか。私はAK4397の頃からアナログの部分については特に、他のデバイスと比べてもオーディオ的にかなり高いレベルに到達していると感じていましたが、野木さんの心の中ではまだやり残した部分があったんですね。それを今回の「Celesta C1」では思い通りに実現できたということですか。 野木氏 そうですね、完全に果たすことができました。LRのチャンネルを独立させることができたので、パターンのレイアウトをAK4397からさらに発展させて、その延長線上で見直しもかけています。 藤岡氏 LR独立の仕様については、今回トップエンドの「C1」だけですか?「C2」「C3」の方はいかがでしょうか? 野木氏 現在開発中の「Celesta 」シリーズに関しては全てLR独立の仕様としています。 藤岡氏 それはすごい!ハイエンドモデルの思想を、一貫してシリーズの他のモデルに活かせる開発体制が実現できているというわけだ。 野木氏 はい、新シリーズのこだわりを全部のラインナップに活かすことができました。 藤岡氏 前モデルのAK4397を取材させていただいた時もそうでしたが、今回も最新の「Celesta」シリーズの開発背景など色々うかがっていると、AKEMDの皆さんが、本当にオーディオであるとか音楽に強い関心を持っていることが伝わってきます。何かAKEMDの開発現場でのオーディオファイル的なエピソードがあれば、少し聞かせていただけませんか。 佐藤氏 これは当社の開発グループならではのエピソードかもしれませんが、“AK4397”であるとかデバイスナンバーが製品に付く前に、その製品の設計を取りまとめるプロジェクトリーダーが、その「プロジェクトの名前」を決められるんです。そして、これはおそらく杉本が統括するDAコンバーターの開発チームの伝統だと思うのですが、プロジェクトネームが実は全て「音楽」にかかわる名前で付けられてきました。 杉本氏 例えばAK4397は“Cembalo”で、今回の「プロジェクト」には“Celesta”というネームが付けられています。 藤岡氏 音楽に関わる名前ですか。オーディオの世界でも製品に作曲家の名前を付けるのがとてもはやっているようですが。 野木氏 ネームもあまり長くすると今度はログインするときに大変ですからね。 藤岡氏 なるほど。面倒くさいですよね(笑)。
杉本氏 短くて音楽に関わる言葉を選んでいます。 佐藤氏 他のチームの場合は“楽譜”だったり、プロジェクトネームでは“アルペジオ”と名付けている所もあります。そういった意味でも、やはりAKEMDの開発スタッフには音楽に興味があるスタッフが集まっているように思います。実は前モデルのAK4397、そして今回の「Celesta C1」のプロジェクトリーダーを担当しているスタッフは女性なのですが、彼女の母が音楽の先生なのだそうです。彼女はやはり“音を聴く”という能力にも秀でているようで、例えばデバイスの試作品をつくった後、評価ボードで音質をテストするときに、彼女が他の設計スタッフと技術営業である私の間に入って「ここをこうすると、音がこういった具合に変わるでしょう?だからこう変更して欲しい」という私のリクエストを、設計の現場に反映させる役割を担ってくれています。 藤岡氏 とかく半導体という、いわばイメージ的には冷たい感じを持ってしまうデバイスをつくっている人たちが、音楽用語をプロジェクトの名前に決めたり、その他もろもろの音楽的な要素に触れながら開発しているというのは、これはいい話ですね。他のデバイスメーカーには多分ない世界だろうね。 佐藤氏 そうですね。また、AKEMDでは音質評価の際に評価ボードをつくるというアプローチを採用していますが、ここでも「AK4396」の開発時からボード自体にコードネームである“Koto”であるとか、“Ongaku”といった、音楽に関連する名前を付けて、現在の製品開発用のボードでもこのネーミングを使い続けています。ボード自体については、実は大幅には変えていませんが、音質を高めるためのブラッシュアップを細かく随時加えて、少しずつ進化させてきました。基板の色が白という仕様は継承して来ましたが、DAコンバーター以外に使っている部品は少しずつブラッシュアップしています。レイアウトの大幅な変更は今までほとんどありませんが、ボード自体の完成度は新しいデバイスをつくる度にどんどん高まってきていると思います。 開発スタッフや私の所属する技術営業スタッフの中では、“旭化成の音”という共通のイメージが固まりつつあるように思います。これまでのようにその製品ごとに結果が変わってしまうのではなく、AK4396のスタートから現在までの間に「旭化成の音ってこんな感じだよね」という認識を共有しながら、スタッフも開発できているのではないのかなと感じています。おそらく私たちがこのように、ブランドの音に対する意識を徐々に高めていくことで、お客様に対する信頼感を提供して行きたいと考えています。
藤岡氏 新しい「Celesta」シリーズの感触はいかがですか。もう何度かセットメーカーの方々にもプレゼンテーションを行われていると思いますが。 佐藤氏 音質に関しては非常に好評をいただいています。あとは、各メーカーの皆様がいま開発されているモデルごとに、「Celesta」シリーズからベストなモデルを、性能や価格帯に合わせて選んでいただけるよう、お勧めして行きたいと考えています。 藤岡氏 なるほど。後はAK4397の頃からAKEMDが取り組んでいる「32bitフル対応」の魅力を徹底的にアピールして欲しいなと思います。このプレミアムなDAコンバーターが多くのオーディオ製品に搭載されれば、引いてはオーディオファンにとっても大変幸せなことでしょうから。「Celesta」シリーズを実装した製品の登場が楽しみですね。本日はありがとうございました。 |
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