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取材・執筆/
大橋伸太郎 |
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B&Wからデスクトップ・スピーカーシステムM-1が発売された。世に沢山出回っているパソコンの音楽データを再生するための簡便なスピーカーとは一線を画している。また、オーディオ各社の従来からのコンパクトな汎用スピーカーシステムとも別物である。なぜなら、B&Wなら性能が実証済みの構成部品はいくらでもあるはずだ。ところが、このM-1は既存ユニットからの流用がいっさいない「ネジ一本まで新しい」製品である。新しいジャンルのスピーカーとして白紙から設計されている。B&Wがどのような背景からこのM-1を開発したかはいったん措いて、現代という時代の音楽再生をめぐる環境について考えてみよう。
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この二十年間、映像を含むオーディオビジュアル(AV)が音だけのメディアをリードしてきたことは、産業的にもユーザーの参加という面でも否定できず、それは、1080pの映像とHDオーディオでひとつの達成をみた。しかし、大画面高精細の映像と巧みにデザインされたサラウンドが掛け算となって情報の波が押し寄せる現代のオーディオビジュアルに、少々疲れを感じたりすることはないだろうか。そんな時に私たちの選択肢には何があるだろう。パーソナルでシンプルなAVシステムに回帰することだろうか。いや、映像をきっぱりと拒否する時間を持つことだと筆者は思う。
情報が掛け算されるAVに比較して、音だけのメディアは、絶対的な情報量は少ない。しかし、それが人間のイマジネーションに訴え、眠っていた知覚を目覚めさせる。AVの主役である映画は、人間を描いた、ある意味で俗な芸術である。対照的に音楽は感情の抽象だ。ピュア(純)という言葉がすんなりと似合うのは音だけのメディア、そう、オーディオなのである。そこには孤独が似合う。感じて考えることが好きな人間にとって孤独がどれだけ大切なものかはいうまでもない。M-1は、時代の「声なき声」が求めた、単にコンパクトでシンプルなだけでなく、“ピュア”であることを追求した新しいパーソナルオーディオに思えてならない。
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M-1は、デスクトップの精密機械“precision instrument”をテーマに、アビーロードスタジオを始めとする世界のスタジオモニターの覇者、B&Wが持てるテクノロジーを駆使してまとめあげたスピーカーシステムだ。小なりとも同社のスピーカーテクノロジーが凝縮した本物のB&Wである。ドライバーから見ていくと、トゥイーターは、Nautilus
25mm口径チューブローデッド・アルミドーム、ミッドレンジ&バスは100mmウォーブン・グラスファイバーコーンである。老婆心ながらノーチラス・ドームについて紹介すると、オリジナルノーチラスで創案された、先端に行くほど細くなり、トゥイータ振動板の背後から出る音を緩やかに減衰させる音響管で、B&Wの多くの製品に応用されている。
M-1の最大の特徴は初めて試みられた2ピース一体構造のキャビネットにある。側面と背面を構成するアルミダイキャストパネルとABS樹脂性のフロントバッフルが一つのジョイントで、貝殻のようにぴったりと合わさり、高い強度と異なる物性の和によって優れた音響特性を得ている。貝殻の内部を開けてみると、強固なサブフレームが二つのドライバーをフロントバッフルに固定し、さらにサブフレームがアルミダイキャストのメインキャビネットの背面にリジッドに固定され、構造全体に強度と気密性を生み出している。いったん組み立てられると一つのユニットとして全体が機械的に機能し、クロスオーバーネットワークは非常にシンプルなものになっている。
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M-1の構造図 |
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本機に搭載されたノーチラス・トゥイーター |
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クロスオーバーネットワーク |
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スタンドの内部にスピーカーターミナルを装備する |
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M-1には主に二つのセッティングが考慮され、そのためのアダプターが用意されている。テーブルスタンドと壁掛けブラケットで、そのためのケーブル収納システムまで新規開発である。シンプルなターミナルは、ケーブルを差し込み、底面カバーに付属の小径六角レンチで締めるという方式だ。テーブルスタンドの場合、接続したケーブルは、スタンド内の溝を通してマウントの後ろから目立たないように取り回すことができる。
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ブラックのほか2色を用意。写真はシルバー |
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同じくホワイト |
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M-1を筆者がいつも原稿を執筆する仕事場に持ち込み、その音の表現を確かめてみよう。筆者宅二階にあるこの仕事場では、一階にある設けたホームシアターとは用途を別にした、映像作品のをプラズマテレビを使って確認しながら原稿を執筆する場所である。デスクの奥の出窓に、普段はラックスの管球式アンプ「SQ-38FDII」とCDプレーヤーのミリヤード「Z110」、ヤマハ「NS-10M」をセットしてBGMを再生しているが、本機のために、SQ-38FDIIを片付けてアンプにソニーTA-DA3200ES、その左右にM-1をセットした。さらにCDだけでなくSACDを試聴するため、PS3をHDMIで接続した。HDMIケーブルはキャメロットテクノロジーのHPE-1である。M-1からリスニングポイントへの距離は約1m、M-1のLR間とほぼ同じの正三角形を形成する。もう少し離れたくてもこれがセッティング上の限界である。
サイモン・ラトル指揮、ベルリンフィル演奏のブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」で驚いたのは、上下方向の音場が広く豊かであること。コンパクトなサイズから低音が不足するのではないかと心配したが、ベルリンフィルの低弦セクション、ベースのオブリガートやティンパニー連打が実に明瞭に描写される。もちろん、轟き空気を震わすような重心の下がった低音ではないが、音楽を構成する要素としての低音情報が何も欠落せずにそこにある。弦楽パートの音は惚れ惚れするほど美しく、たなびくような音の流れがデスク上の中空に表現される。
ふだんから聴きなれたこのCDをM-1で聴いて非常に感心したことがある。それは、弦楽パートがボーイングを止めた時の音の切れがいいことである。余分な響きがまったく付かない。こうしたニアフィールドリスニング(スピーカーシステムに近接して聴く試聴方法)の場合、部屋の音響環境と伝送特性に左右されにくいのだが、それ以前に“precision
instrument”を目指したM-1の明瞭なコンセプトが、高い剛性、減衰特性を持つインテグレートされたシステム設計を得て正しく機能し、独自の明瞭さを生み出しているのである。これは大小を問わず、スピーカーシステムで初めて聴いた音の世界である。
B&Wのスピーカーシステムというと、誰もがスピーカーの背後に深々と現れる音場の引きを期待するのではないか。今回の筆者のセッティングの場合、出窓上のM-1から背後のサッシまで30cmほどの引きしかなく、リスニングポイントも1m弱の距離であるため、CM1のような深い音場感がやすやすと生まれるわけではない。しかし、先に書いたようにFレンジが整い、楽音に忠実なM-1の再生音は、小音量で再生した場合でも聴き手の注意をそらさず再生音に引き込み、聴き手自身が感覚の内部で積極的に音場を広げていく。
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冒頭に書いたように、M-1はイマジネーションに訴え、知覚を鋭利に目覚めさせる。ピュアオーディオの現代的な基準のひとつに「等身大表現」があると思う。M-1が再生する音は、例えば、歌っている歌手のつま先まで感じられたり、オペラが上演されているザルツブルグ祝祭大劇場の舞台の幅や高さまで描き出す、現代のハイエンドとは別の世界なのだが、その対抗軸にもなりそうな音楽と人間の感覚のストレートで親密な対峙がある。M-1は音場を探りあて引き寄せる俊敏なエクスプローラー(探索機)なのである。
こう表現していくと、聴き手に集中を強いるオーディオのように思われるかもしれないが、M-1はさまざまな表情と表現の可能性を見せる。今回ブルックナーの第4交響曲を聴きながら、背後のガラスサッシを開け音楽も開け放ってみた。するとM-1の再生音場に変化が生まれ、M-1の背後と前、外から聴こえる小鳥のさえずりと幻想的な田園での彷徨を描いたブルックナーの音楽が大きく豊かに溶け合って、いままで聴いたことのない音楽の体験を味わうことができた。「ピュアなデスクトップオーディオ」というコンセプトを実現したM-1がオーディオに付け加えた新しい音の楽しみ方である。
筆者は深夜、音楽を流しながら原稿を書くことが多いが、十代から愛好し続けたプログレッシブロックやオペラはアグレッシブ過ぎて執筆の友には向かず、バッハを聴くことが多い。クレーメルの「無伴奏パルティータ」や「無伴奏ソナタ」、グールドの「平均律クラヴィーア曲集」を再生すると仕事が捗るのである。つい先だってNHK
BSで放送されたNHKアーカイブの吉田秀和氏へのインタビューで氏が次のようなことを語っておられた。いわく、「古今東西の人間が為してきたことは、すべて虚妄だったのかと思ったりもする。しかし、バッハを聴いているとそんな世界にも秩序のあるように思えてくる」。
書斎が知的生活の牙城であるならば、そこにある音楽は知的生産の助けにもなりうる。M-1の開発者はきっとそこまで考えていたのに違いない。M-1はリスナーを目覚めさせ飛びすまし音楽再生を通じて創造的な思考へと帰る。デスクトップにあるM-1がこれから筆者に、そしてまたすべての音楽愛好家にもたらしてくれるものが楽しみである。
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スピーカーを横向きにしてセンタースピーカーとして使用することも可能 |
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サブウーファーPV1と組み合わせてサラウンドシステムを構築することもできる |
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●ユニット:1×φ25mm
Nautilus チューブローデッド・アルミドーム・トゥイーター、1×φ100mm ウォーブン・グラスファイバー・コーンウーファー
●再生周波数帯域:72Hz〜50kHz(-6dB)
●出力音圧レベル:85dB ●クロスオーバー周波数:4kHz
●インピーダンス:8Ω ●カラーバリエーション:ホワイト、シルバー、ブラック
●外形寸法:114W×243H×172Dmm(スタンド含む)
●質量:2.7kg
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・B&W
オフィシャルウェブサイト
・Phile-webニュース【B&WからNautilusトゥイーター搭載のデスクトップスピーカー「M-1」登場】
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大橋伸太郎 Shintaro
Ohashi
1956年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループで美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV
REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。2006年に評論家に転身。西洋美術、クラシックからロック、ジャズにいたる音楽、近・現代文学、高校時代からの趣味であるオーディオといった多分野にわたる知識を生かした評論を展開している。 |
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