今回の試聴は富士通テンの試聴室で行った。かなり広い部屋で前方には広いステージがある。当日のスピーカー配置は、5本のTD712zMK2がステージ前のスペースに円周配置してあった。

5本のTD712zML2は、標準スタンド付きで上部までの高さは989mmだ。試聴位置から各スピーカーまでの距離は均等で十分にとれている。スタンドも球面波が拡がっていく時の音の波形を崩さぬスリムな形状と素材は前作と変わらない。剛性が高く、内部損失が大きい同じアルミが採用されている。ポールの中には、乾燥させた川砂を充填し不要振動の排除に役立てている。スパイクとインシュレーターを組み合わせた点接触4点支持のベース部はTD712zから踏襲している。スピーカーをセットした状態で床を移動しても傷が付かぬ優れたスタンドだ。

 
試聴は富士通テンの試聴室で行った。厳密に円周配置した5本のTD712zMK2で、2ch/マルチchソースを聴き込んだ   スパイクとインシュレーターを組み合わせた点接触4点支持のベース部はTD712zから踏襲

再生システムは、SACD/CDプレーヤーがデノン。アンプはいずれもアキュフェーズで、サブウーファーはもちろんTD725swである。

試聴は、まずCDのステレオ再生から初めた。『マリア・ジョアン・ピリス/ショパン後期作品集』(グラモフォン盤)が流れ出した時に驚いたのは、中央に浮かび上がったピアノを取り囲む音像の濃密さである。「まるで眼前にある」という表現は、よく使われる批評用語だが、まさにそれが現出したのだ。そしてわたしはその中にいる。ピアノの音はスピーカーに張りつかず、中央の音場から飛んでくる。凄い臨場感だ!

この日の白眉は、ソプラノのアンナ・ネトレプコが、クラウディオ・アバド指揮のマーラー室内オーケストラをバックに歌った歌劇のアリア集『花から花へ/sempre libera』(グラモフォン輸入盤)だった。

このディスクは、TD712zの試聴を自宅で行った時にも再生している。聴いたのはチャプター9〜12、歌劇《ランメルモールのルチア》の「狂乱の場」のアリアだ。ここではフルートの代わりにGH(はグラスハーモニカ)が用いられているが、ソプラノがGHと相和して歌う箇所が数多くある。GHの透明な倍音とネトレプコの歌唱が響き合う時、そこではえも言われぬ透明な音の世界が現出する。やがてソプラノの高音域のスキャットが空間を切り裂くように響くが、その響きを聴いた瞬間、私は思わず手を叩いた。

そのフレーズでは、ソプラノは上昇を繰り返し、最後には、最高域のフォルテの絶唱で締めくくるが、これはほとんどのスピーカーで歪みを感じる箇所である。しかし、TD712zMK2による再生では、歪みが生ぜず、クリアさを保ったままで一気に歌い終える。いままで、この箇所をここまでクリアなサウンドで乗り切ったスピーカーはなかった!

試聴が終わった後、このことを同社の小脇氏に指摘すると、それがシングルコーンの最大のメリットなのだという答えが返ってきた。ウーファーとトゥイーター、あるいは、スコーカーとトゥイーターをクロスさせるネットワークは、どんなタイプのものでも、入力と同じ(時間)波形は得られないのだという。ここで登場するのが〈インパルス応答〉という指標だ。それはなにか?

ホールで手を叩くと、バーンという響きが残る。この時、手を叩いた音がインパルスで、パーンという響きが〈インパルス応答〉だ。理想的には、インパルスとインパルス応答が一致することだが、信号の経路にネットワークがあくると、それが乱れ、酷いときにはそれが歪となって検知されてしまうのだ。シングルコーンのスピーカーならその心配はない。

富士通テン本社には無響室も完備。ここで試作機のテストが日夜行われている
オーケストラで聴いたのは、ヤルヴィ指揮ドイツカンマーフィルの『ベートーヴェン/交響曲第4番』と、イヴァン・フィッシャー指揮、ブダペスト祝祭管弦楽団の『マーラー/交響曲第2番』だ。前者では贅肉のないきりっと締まったアタックの響きが印象的で、第一楽章でのシャープな切れ込みが快適である。全体のクリアネスは高く維持され、中・高域のヌケが非常にいい。後者は第2、第4楽章を聴いたが、前奏時でも混濁の少ないクリアな響きが印象的だった。

しかし、この2枚のディスクの再生では、このスピーカーの課題も見えてきた。それは低音域の再現性である。低音域の再生でも十分なスピード感を保ち、充分な分解能と引き締まった音像表現ができることは、小口径(12cm)のシングルコーンユニットを使用した本機の優れた部分だ。また、TD712zと比較すれば、低音の再生限界は数値以上にずっと伸びている。これはマーラーの交響曲、第2楽章冒頭のグランカッサ(大太鼓)の響きを聴くとよくわかる。量感は少ないが、音としては出ている。しかし、それだからこそ、なお低音のエネルギーが欲しくなる。低音はよく建物の土台に例えられる。つまり、「音楽の土台」というわけだ。土台であるならしっかりと地についていたほうがいい。

そんなことを考えながら試聴室を見回した時、あることに気づいた。今回の試聴では、スピーカーは背後の壁面から遠く離れた位置に設置してある。試しに、フロントのスピーカーのみを前方のステージに上げ、背後の壁に近づけたセッティングを行い、ステレオで再生してみた。このセッティングでは、中低音の量感はかなり増して、納得できるレベルに近づいた。

この点に関しては、さらなるテストが必要だ。つまり、ごく普通の部屋で試聴することだ。低音域のスケールと表情は、試聴する部屋によって大きく異なる。聴き慣れた場所で確認するのが筋というものだ。これだけ素性のいいスピーカーをテストするには、こちらも万全を期して望むべきなのだ。いずれその機会が得られたら、その結果を詳しくレポートしたいと思っている。