この日の白眉は、ソプラノのアンナ・ネトレプコが、クラウディオ・アバド指揮のマーラー室内オーケストラをバックに歌った歌劇のアリア集『花から花へ/sempre libera』(グラモフォン輸入盤)だった。
このディスクは、TD712zの試聴を自宅で行った時にも再生している。聴いたのはチャプター9〜12、歌劇《ランメルモールのルチア》の「狂乱の場」のアリアだ。ここではフルートの代わりにGH(はグラスハーモニカ)が用いられているが、ソプラノがGHと相和して歌う箇所が数多くある。GHの透明な倍音とネトレプコの歌唱が響き合う時、そこではえも言われぬ透明な音の世界が現出する。やがてソプラノの高音域のスキャットが空間を切り裂くように響くが、その響きを聴いた瞬間、私は思わず手を叩いた。
そのフレーズでは、ソプラノは上昇を繰り返し、最後には、最高域のフォルテの絶唱で締めくくるが、これはほとんどのスピーカーで歪みを感じる箇所である。しかし、TD712zMK2による再生では、歪みが生ぜず、クリアさを保ったままで一気に歌い終える。いままで、この箇所をここまでクリアなサウンドで乗り切ったスピーカーはなかった!
試聴が終わった後、このことを同社の小脇氏に指摘すると、それがシングルコーンの最大のメリットなのだという答えが返ってきた。ウーファーとトゥイーター、あるいは、スコーカーとトゥイーターをクロスさせるネットワークは、どんなタイプのものでも、入力と同じ(時間)波形は得られないのだという。ここで登場するのが〈インパルス応答〉という指標だ。それはなにか?
ホールで手を叩くと、バーンという響きが残る。この時、手を叩いた音がインパルスで、パーンという響きが〈インパルス応答〉だ。理想的には、インパルスとインパルス応答が一致することだが、信号の経路にネットワークがあくると、それが乱れ、酷いときにはそれが歪となって検知されてしまうのだ。シングルコーンのスピーカーならその心配はない。
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富士通テン本社には無響室も完備。ここで試作機のテストが日夜行われている |
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