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公開日 2023/05/18 10:37
【連載】佐野正弘のITインサイト 第58回

危機的状況の楽天モバイルが「Rakuten最強プラン」で得た3年の猶予

佐野正弘
先日5月12日、楽天モバイルが新たな料金プラン「Rakuten最強プラン」を発表したことが大きな話題となった。

楽天モバイルが新たに発表した「Rakuten最強プラン」。2023年6月1日より開始予定だが、「Rakuten UN-LIMIT VII」を継承しながらも一部大きく変化した点がある

このプランは、現行の「Rakuten UN-LIMIT VII」と比べると、通信量に応じて料金が変化する段階制を引き続き採用し、月当たり3GBまでなら月額1,078円、どれだけ使っても上限は月額3,278円という点は従来と変わっていない。だが、「パートナー回線エリア」と呼ばれる、KDDIとのローミングで賄っているエリアの扱いが、かなり大きく変わっている。

Rakuten UN-LIMIT VIIでは、パートナー回線エリアで通信した場合、データ通信が使い放題にならず高速通信ができるのは5GBまでとなり、それ以降は最大1Mbpsに制限されてしまう。だが、Rakuten最強プランではその制限がなくなり、パートナー回線エリアでデータ通信をした場合も、月額3,278円で使い放題になる。

Rakuten最強プランはローミングをフル活用する仕組みで、従来通信量の制限があったローミングエリアでもデータ通信が使い放題になる

そして楽天モバイルは、この発表の前日となる5月11日に、KDDIと新しいローミング協定の締結を発表している。そもそもKDDIとのローミングは、基本的に楽天モバイルが全国のエリア整備を完了させるまでの“つなぎ”であったことから、基地局整備に時間のかかる地方や、地下鉄や商業施設などの屋内に限られていた。

だが新たな協定によると、2026年3月で終了予定だったローミングを2026年9月にまで半年間延長するとともに、従来のローミング対象エリアに加え、新たに東京23区や名古屋市、大阪市など都市部の繁華街の一部も対象に加えるとされている。そして、最も利用者が多い大都市圏を対象に加えたことは、ローミングの位置付けが“つなぎ”ではなく、“メイン”へと大きく変わることを意味している。

つまり、新たな協定と新料金プランによって、楽天モバイルは少なくとも2026年9月までの間はKDDIとのローミングを積極活用する方向へと舵を切ったわけだ。従来同社は、ローミング費用を削減するため基地局整備を大幅に前倒ししていただけに、このことは非常に大きな戦略転換といえるだろう。

Rakuten最強プランの発表イベントに登壇する楽天モバイルの三木谷氏。これまでローミングをいち早く終了させることを重視してきたが、一転してフル活用へと舵を切るに至っている

■ローミング積極活用への戦略転換



なぜ、ローミング排除からフル活用へと真逆の戦略に転換したのかといえば、楽天モバイルが今後も事業を継続する上で、現状“お金”と“時間”が明らかに足りていないからだ。

楽天モバイルは、基地局整備の大幅な前倒しなどで、楽天グループ全体の経営を揺るがす赤字を記録しており、Rakuten最強プランを発表した同日に公表された楽天グループの2023年度第1四半期決算は、前年同期と比べれば赤字幅が減少しているとはいえ、それでも3カ月で762億円もの営業損益を計上している。

楽天グループの2023年度第1四半期決算説明会資料より。楽天モバイルを含む「モバイルセグメント」の四半期業績推移を見ると、営業損失が減少傾向にあるとはいえ、依然大幅な赤字が続いている

しかも楽天モバイルは、かねて2023年中の単月黒字化を目指すとしており、それが実現できないとなれば投資家からの信頼が大きく落ち、携帯電話事業からの撤退や売却を求められる可能性が高まってくる。そのような状況を避けるため楽天モバイルは、2023年に入ってコスト削減に全力を注いでいるようで、2023年4月末までには郵便局内の簡易店舗の大半を閉店して、テレビCMも大幅に減らす一方、コストがかからないオンライン・口コミ重視のマーケティングに重心を置くようになっている。

何よりコスト削減する必要があったのが、基地局などのインフラ整備にかかる設備投資費用なのだが、基地局整備が進まなければ楽天モバイルの大きな課題となっているエリアや、通信品質の改善も進まないので、容易に削るわけにはいかない。とはいえ人口が少ない地方や、都市部の入り組んだ繁華街などを低コストで整備できるプラチナバンドの免許割り当てはまだ正式に決まっておらず、少なくとも2023年内に自社単独で品質向上させるのは困難だ。

そこで、設備投資を大幅に減らしながらも、通信品質を改善する策として浮上したのが、他社のネットワークに頼ること、つまりローミングのフル活用だったわけだ。ローミングは確かにKDDIに支払う費用がかかるものの、基地局を整備するよりは安く済む。加えて地方だけでなく、都市部でもローミングを活用できれば、プラチナバンドの割り当てを受けて整備を進めるまでの時間稼ぎもできることから、非常に厳しい状況にある楽天モバイルには、うってつけの選択肢だったといえよう。

同じく楽天グループの2023年度第1四半期決算説明会資料より。新しいローミング協定によって設備投資は年間で約1,000億円、3年間で3,000億円削減できるとしている

■プラスに働いたKDDIの協力



もう1つ、この新たな協定はKDDIの協力がなければ実現しないものだけに、KDDIがローミングの活用に前向きだったことも、楽天モバイルにとってはプラスに働いたといえる。

実際、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2022年のプラチナバンド再割り当て論争がなされていた頃の決算説明会で、楽天モバイルがプラチナバンドの再割り当てを受けて単独でエリア整備を進めるよりも、KDDIのローミングを活用してもらうことを提案していた。

KDDIの高橋氏は以前、楽天モバイルに対して広域のエリアカバーにローミングの継続を提案するなど、ローミングの活用には前向きな様子だった

加えてKDDIの経営的にも、楽天モバイルからのローミング収入が短期間で大幅に減ってしまうと、経営に与えるダメージが大きい。ローミングをできるだけ長く利用してもらい、費用を徐々に減らした方がダメージが小さいことから、新たなローミング契約に前向きだったようだ。

今回の新協定と新プランによって、楽天モバイルは少なくとも当面の危機を乗り越えられる可能性が、いくらか高まってきたといえる。ただ楽天モバイルが解消すべき課題は他にもあり、中でも最大の課題となるのが契約数の拡大だ。

携帯電話事業の売上は、基本的に契約回線数とARPU(月当たりの平均売上)によって決まるが、ARPUは月額0円施策の終了によって急速に高まっており、2023年度の第1四半期は1,959円と、2,000円に迫る水準にまで達している。

一方で契約回線数は、こちらも月額0円施策の終了による離脱が落ち着いたことで、解約が底を打ち解約率は低下傾向にある。それゆえ2023年度の第1四半期には454万と、再び450万を超える水準に回復しているものの、前四半期からの増加はおよそ8万と、勢いはまだ弱い。

加えて先にも触れた通り、楽天モバイルはコスト削減のため大規模なプロモーションや実店舗での販売を縮小しており、なおさら契約数を大きく伸ばしにくい状況にある。楽天モバイル自身も、法人プランの開始により法人契約の開拓を進めているのに加え、楽天会員であればワンクリックで回線の契約・開通ができる「ワンクリック開通」など、オンラインで契約しやすい環境整備に力を注いではいるのだが、やはり起爆剤に欠けるというのが正直なところだ。

楽天モバイルは契約拡大に向けた新たな策として、楽天会員であればワンクリックで契約や開通ができる「ワンクリック開通」を導入するとしている

ローミングの積極活用に舵を切ったことで、楽天モバイルには約3年の猶予ができたものの、課題は山積しており、3年で状況を大きく変えられるかどうかは依然予断を許さない。携帯電話事業をギブアップしないためにも、3年という時間をどう使うかが、楽天モバイルには大きく問われることになるだろう。

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