公開日 2024/06/15 13:00
「DC-Elite」はiBasso Audioのフラグシップとなるスティック型DACだ。入力はケーブル着脱式のUSB-C端子、出力は4.4mmバランス端子と3.5mm端子を備えるシンプルな構成だが、その大きな特徴はスティック型DACにもかかわらずiBassoの誇る「MAXシリーズ」の技術を継承しているという点にある。
iBassoのMAXシリーズはデジタルオーディオプレーヤーの最高峰に付けられた名前で、MAXの名の通りに最大限の音質を求めたものだ。MAXシリーズにおいては、2022年に発売した「DX320MAX」からFPGAと組み合わせたローム社製のDACチップ、そしてDAPには珍しいステップアッテネーターを高音質技術の中核として採用している。そしてそれがさらに小さなDC-Eliteにも引き継がれているのだ。
この中でもiBassoが音質向上のキーとして採用しているのが、よく知られたAKMでもESSでもないローム社製のDACチップ「BD34301EKV」である。そこでまずこのあまり知られていないローム社製のDACチップについて紹介をする。
この「BD34301EKV」はオーディオ出力の出音の良さにこだわったというDACチップである。「BD34301EKV」はローム社の「MUS-IC」シリーズのIC製品で、これは同社の音質を極めたフラグシップにのみ冠されるブランドだ。ローム社によると「BD34301EKV」は、「空間の響き」「静寂性」「スケール感」という、クラシック音楽の鑑賞で重要な3要素を表現することに重きを置いて開発したということだ。
出音の良さということについては「BD34301EKV」は32bitの解像度、THDは-115dB、SN比は130dBと高性能DACチップとしての数値性能も高いが、単にスペックに振ったICではないという点にポイントがある。DACチップはデジタルとアナログの両面を兼ね備えるICだが、「BD34301EKV」ではアナログとデジタルの両方で特にオーディオ的なこだわりが設計に込められている。
まずアナログ面で言うと、DAC ICの中にデジタル信号を電流値に変換する電流セグメントと呼ばれる工程がある。これは多数の電流のオンオフ源の塊だが「BD34301EKV」ではそれぞれの配線インピーダンスの低減にこだわり、また配線間のマッチングにも努めている。
さらにそれぞれのクロックスキュー(ずれ・歪み)にも最適化を図り、配線接合の材質やチップの応力分散にも配慮している。これは言い換えるとハイエンドオーディオ機器の設計の際に線材の材質やハンダの質、シャーシ強度、信号経路の長さに配慮しているのと同じであり、それと同じことを小さなICの中でやっているのだ。
またデジタル面においてはデジタル信号処理回路を微小信号に着目して設計、微細な音楽信号の忠実な再現を目指している。デジタルフィルターにおいては機種に合わせて容易にカスタマイズ可能とし、メーカー独自の音質チューニングを容易に実現可能としている。
このようにアナログとデジタルの両面で音にこだわった設計がなされたのが「BD34301EKV」である。これを可能にしたのはローム社の一貫した垂直統合生産プロセスによる面も大きいと言える。ローム社では「BD34301EKV」を設計する際に回路設計、ウエハー製造、アセンブリーなど自社で抱える全ての工程から音に関係する要素を28箇所特定して聴感テストで音質を確認したということだ。
オーディオ機器を買う際にスペックだけで買うユーザーはあまりいないだろう。オーディオ機器は数値に表れないような各メーカーの音のこだわりの設計が音質を左右するものであり、「BD34301EKV」はそうしたオーディオ機器のように設計された「IC」なのである。
この辺で話をDC-Eliteに戻そう。「BD34301EKV」は電流出力タイプのDACチップだが、オーディオ機器では最終的に電圧が必要になるため、電流出力タイプではI/V変換と呼ばれる電流を電圧に変換する別回路が必要となる。I/V回路の設計も音質に影響するため手を抜くことはできない。このため小型のポータブルオーディオ機器ではESS社製DACのような直接電圧が出力されるタイプが普通は好まれるのだが、あえてDC-Eliteでは音質重視のために電流出力タイプにこだわったわけだ。
また前段にFPGAが組み合わされている点もDX320MAXを踏襲している。FPGAのクロックソースにはNDK製フェムトクロックが採用されている。ちなみにDC-EliteではS/PDIFモードにすると3.5mm端子からデジタル出力することも可能だ。
次にDC-Eliteで注目すべき点はとても小さなオーディオ機器なのにステップアッテネーターを搭載していることだ。ボリュームとは通常は可変式の抵抗のことだが、ステップアッテネーターでは固定抵抗を重ねて音量を変更する。そのため音質は可変抵抗よりも良いとされるが、段階ごとにしか音量調整はできない。またかなり嵩張るパーツとなる。DX320MAXのようなデジタルプレーヤーに搭載しただけでも注目すべき特徴だが、さらにスティックDACに搭載したという点に音質へのマニアックなこだわりを感じることができる。
DC-EliteのステップアッテネーターはDX320MAXに搭載されたもので24段4セクションのものだ。4セクションということは4chのバランス接続方式に対応しているということだ。この他に別の機能として-1dB単位で音量を調整できるデジタルボリュームも搭載されている。
またDC-Eliteは電源系にも凝っていて、RICOH社製 DC/DCコンバーターチップによる高効率電源回路、Linear Technology社製のリニアレギュレータなどを採用して低ノイズ設計を実現させている。またこれはUSBバスパワー駆動という制限の中でも高出力を出すことに貢献している。
DC-Eliteを実際に手に取ってみると、少し大きめのサイズだが意外と軽く感じられる。筐体は航空機グレードのチタニウム合金の削り出しだが、意外な軽さはチタン筐体によるメリットだろう。外観的にもヒートシンクをデザインに取り入れたチタン削り出しのボディは高級感がある。ちなみにスティックDACをスマホに固定するためにルピークのDAC Pocketに入れてみたがかなり無理をしてようやく入るという感じなので、スティックDACとしてはやはり大きい方ではある。
ボリュームにはガードが付いているが、それなりに固いのでそう簡単につまみが回ることはないだろう。ボリュームを回すとカチカチと機械音がして回転し、ステップアッテネータらしい使い勝手だ。ステップは24段階と荒いが、iPhoneの音量ボタンによるボリュームのステップ数は16段階なので、24段階はそう荒くはない。
もっと細かく調整できる仕組みもあるがデジタルボリュームになるので、できる限りステップアッテネータで使いたいところだ。DC-Eliteは音質のために割り切った設計がなされているが、使う方もある程度の割り切りが必要なマニアックな製品とは言える。
試聴はまずqdcの「WHITE TIGER」を使用した。マルチBAドライバーのハイエンドIEMだ。iPhone 15 Pro MAXのUSB-C端子に接続して使用した。
DC-Eliteの音質は端的にいうと力強さと繊細さ、透明感を兼ね備えたサウンドでハイエンドIEMにふさわしい高い再現性を有している。音の厚みや重さはとてもスティックDACから出ているとは思えないほどで、本格的なオーディオ機器を感じさせる音質だ。背景ノイズが低く、漆黒の静かな背景の中で細かい音がよく聴こえる。
高音は鮮明でとても伸びやか、歪み感が少なく瑞々しい音に感じられる。中音域ではジャズヴォーカルの声質がとても艶っぽく肉質的で、生々しいリアル感が感じられる。女性ヴォーカルの声が掠れていくような細かな音がよく再現されている。
低音はパンチが強くロックやポップで楽しんでも気持ちが良い。ベースサウンドのずしりと深く沈むような重みもスティックDACとは思えないレベルだ。S/N感も優秀でウッドベースのピチカートが極めて歯切れよくシャープに感じられる。
ジャンルとしては良録音のジャズやクラシックだけではなく、例えばYOASOBIのアイドルを聴いても声が鮮明で歌詞が明瞭に分かり、同時に力強いパンチのある躍動感が楽しめることで、ある意味ハイエンド機でアニソンを楽しむ新鮮な体験ができる。
イヤホンの相性としては低ノイズということもあり、やはりハイエンドのマルチBA機によく合う。他方でダイナミックイヤホンでは最近出たiBassoの「3T-154」と組み合わせると破壊力と言えるほどの迫力サウンドが楽しめる。3T-154はパワーが必要なイヤホンなのでDC Eliteのパワーがよく合う。音質のレベルは極めて高く、10万円前後のデジタルプレーヤーよりも高くハイエンドのプレーヤーに肉薄するほどだろう。
スペック通りの性能の高さも感じられるが、もう一つ気がつくのは音がとても聴きやすく疲れが少ないということだ。全体的にはニュートラルだが適度な温かみがあるのも特徴で、いわゆるハイファイな高再現性ではあるが音にキツさが少ないという側面がある。またサウンドの厚みや重みなど、デジタルプレーヤーというよりも据え置き機器に近づいた音のようにも思う。
これはもちろん機器として全体的な低ノイズ化設計などが徹底されているのも大きいだろうが、おそらくはこうした感性的な音の良さという点にローム社DACの高音質への取り組みが生かされているように感じられる。
DC-Eliteはハイエンドイヤホンをスマホでも使いたいというユーザーに向いたハイエンドのスティック型DAC製品であると言えるだろう。
ローム製DACチップのハイスペックを使いこなす
“スティック型”でハイエンド並の音質!? スマホの音質をグッと深めるiBasso Audioの「DC-Elite」
佐々木喜洋アナログ・デジタルの両面から音質を追求したロームのDACチップ
「DC-Elite」はiBasso Audioのフラグシップとなるスティック型DACだ。入力はケーブル着脱式のUSB-C端子、出力は4.4mmバランス端子と3.5mm端子を備えるシンプルな構成だが、その大きな特徴はスティック型DACにもかかわらずiBassoの誇る「MAXシリーズ」の技術を継承しているという点にある。
iBassoのMAXシリーズはデジタルオーディオプレーヤーの最高峰に付けられた名前で、MAXの名の通りに最大限の音質を求めたものだ。MAXシリーズにおいては、2022年に発売した「DX320MAX」からFPGAと組み合わせたローム社製のDACチップ、そしてDAPには珍しいステップアッテネーターを高音質技術の中核として採用している。そしてそれがさらに小さなDC-Eliteにも引き継がれているのだ。
この中でもiBassoが音質向上のキーとして採用しているのが、よく知られたAKMでもESSでもないローム社製のDACチップ「BD34301EKV」である。そこでまずこのあまり知られていないローム社製のDACチップについて紹介をする。
この「BD34301EKV」はオーディオ出力の出音の良さにこだわったというDACチップである。「BD34301EKV」はローム社の「MUS-IC」シリーズのIC製品で、これは同社の音質を極めたフラグシップにのみ冠されるブランドだ。ローム社によると「BD34301EKV」は、「空間の響き」「静寂性」「スケール感」という、クラシック音楽の鑑賞で重要な3要素を表現することに重きを置いて開発したということだ。
出音の良さということについては「BD34301EKV」は32bitの解像度、THDは-115dB、SN比は130dBと高性能DACチップとしての数値性能も高いが、単にスペックに振ったICではないという点にポイントがある。DACチップはデジタルとアナログの両面を兼ね備えるICだが、「BD34301EKV」ではアナログとデジタルの両方で特にオーディオ的なこだわりが設計に込められている。
まずアナログ面で言うと、DAC ICの中にデジタル信号を電流値に変換する電流セグメントと呼ばれる工程がある。これは多数の電流のオンオフ源の塊だが「BD34301EKV」ではそれぞれの配線インピーダンスの低減にこだわり、また配線間のマッチングにも努めている。
さらにそれぞれのクロックスキュー(ずれ・歪み)にも最適化を図り、配線接合の材質やチップの応力分散にも配慮している。これは言い換えるとハイエンドオーディオ機器の設計の際に線材の材質やハンダの質、シャーシ強度、信号経路の長さに配慮しているのと同じであり、それと同じことを小さなICの中でやっているのだ。
またデジタル面においてはデジタル信号処理回路を微小信号に着目して設計、微細な音楽信号の忠実な再現を目指している。デジタルフィルターにおいては機種に合わせて容易にカスタマイズ可能とし、メーカー独自の音質チューニングを容易に実現可能としている。
このようにアナログとデジタルの両面で音にこだわった設計がなされたのが「BD34301EKV」である。これを可能にしたのはローム社の一貫した垂直統合生産プロセスによる面も大きいと言える。ローム社では「BD34301EKV」を設計する際に回路設計、ウエハー製造、アセンブリーなど自社で抱える全ての工程から音に関係する要素を28箇所特定して聴感テストで音質を確認したということだ。
オーディオ機器を買う際にスペックだけで買うユーザーはあまりいないだろう。オーディオ機器は数値に表れないような各メーカーの音のこだわりの設計が音質を左右するものであり、「BD34301EKV」はそうしたオーディオ機器のように設計された「IC」なのである。
クロックやボリューム回路も音質重視で設計
この辺で話をDC-Eliteに戻そう。「BD34301EKV」は電流出力タイプのDACチップだが、オーディオ機器では最終的に電圧が必要になるため、電流出力タイプではI/V変換と呼ばれる電流を電圧に変換する別回路が必要となる。I/V回路の設計も音質に影響するため手を抜くことはできない。このため小型のポータブルオーディオ機器ではESS社製DACのような直接電圧が出力されるタイプが普通は好まれるのだが、あえてDC-Eliteでは音質重視のために電流出力タイプにこだわったわけだ。
また前段にFPGAが組み合わされている点もDX320MAXを踏襲している。FPGAのクロックソースにはNDK製フェムトクロックが採用されている。ちなみにDC-EliteではS/PDIFモードにすると3.5mm端子からデジタル出力することも可能だ。
次にDC-Eliteで注目すべき点はとても小さなオーディオ機器なのにステップアッテネーターを搭載していることだ。ボリュームとは通常は可変式の抵抗のことだが、ステップアッテネーターでは固定抵抗を重ねて音量を変更する。そのため音質は可変抵抗よりも良いとされるが、段階ごとにしか音量調整はできない。またかなり嵩張るパーツとなる。DX320MAXのようなデジタルプレーヤーに搭載しただけでも注目すべき特徴だが、さらにスティックDACに搭載したという点に音質へのマニアックなこだわりを感じることができる。
DC-EliteのステップアッテネーターはDX320MAXに搭載されたもので24段4セクションのものだ。4セクションということは4chのバランス接続方式に対応しているということだ。この他に別の機能として-1dB単位で音量を調整できるデジタルボリュームも搭載されている。
またDC-Eliteは電源系にも凝っていて、RICOH社製 DC/DCコンバーターチップによる高効率電源回路、Linear Technology社製のリニアレギュレータなどを採用して低ノイズ設計を実現させている。またこれはUSBバスパワー駆動という制限の中でも高出力を出すことに貢献している。
高級感のあるチタンボディ採用
DC-Eliteを実際に手に取ってみると、少し大きめのサイズだが意外と軽く感じられる。筐体は航空機グレードのチタニウム合金の削り出しだが、意外な軽さはチタン筐体によるメリットだろう。外観的にもヒートシンクをデザインに取り入れたチタン削り出しのボディは高級感がある。ちなみにスティックDACをスマホに固定するためにルピークのDAC Pocketに入れてみたがかなり無理をしてようやく入るという感じなので、スティックDACとしてはやはり大きい方ではある。
ボリュームにはガードが付いているが、それなりに固いのでそう簡単につまみが回ることはないだろう。ボリュームを回すとカチカチと機械音がして回転し、ステップアッテネータらしい使い勝手だ。ステップは24段階と荒いが、iPhoneの音量ボタンによるボリュームのステップ数は16段階なので、24段階はそう荒くはない。
もっと細かく調整できる仕組みもあるがデジタルボリュームになるので、できる限りステップアッテネータで使いたいところだ。DC-Eliteは音質のために割り切った設計がなされているが、使う方もある程度の割り切りが必要なマニアックな製品とは言える。
力強さと繊細さ、透明感を兼ね備えた本格オーディオ仕様
試聴はまずqdcの「WHITE TIGER」を使用した。マルチBAドライバーのハイエンドIEMだ。iPhone 15 Pro MAXのUSB-C端子に接続して使用した。
DC-Eliteの音質は端的にいうと力強さと繊細さ、透明感を兼ね備えたサウンドでハイエンドIEMにふさわしい高い再現性を有している。音の厚みや重さはとてもスティックDACから出ているとは思えないほどで、本格的なオーディオ機器を感じさせる音質だ。背景ノイズが低く、漆黒の静かな背景の中で細かい音がよく聴こえる。
高音は鮮明でとても伸びやか、歪み感が少なく瑞々しい音に感じられる。中音域ではジャズヴォーカルの声質がとても艶っぽく肉質的で、生々しいリアル感が感じられる。女性ヴォーカルの声が掠れていくような細かな音がよく再現されている。
低音はパンチが強くロックやポップで楽しんでも気持ちが良い。ベースサウンドのずしりと深く沈むような重みもスティックDACとは思えないレベルだ。S/N感も優秀でウッドベースのピチカートが極めて歯切れよくシャープに感じられる。
ジャンルとしては良録音のジャズやクラシックだけではなく、例えばYOASOBIのアイドルを聴いても声が鮮明で歌詞が明瞭に分かり、同時に力強いパンチのある躍動感が楽しめることで、ある意味ハイエンド機でアニソンを楽しむ新鮮な体験ができる。
イヤホンの相性としては低ノイズということもあり、やはりハイエンドのマルチBA機によく合う。他方でダイナミックイヤホンでは最近出たiBassoの「3T-154」と組み合わせると破壊力と言えるほどの迫力サウンドが楽しめる。3T-154はパワーが必要なイヤホンなのでDC Eliteのパワーがよく合う。音質のレベルは極めて高く、10万円前後のデジタルプレーヤーよりも高くハイエンドのプレーヤーに肉薄するほどだろう。
スペック通りの性能の高さも感じられるが、もう一つ気がつくのは音がとても聴きやすく疲れが少ないということだ。全体的にはニュートラルだが適度な温かみがあるのも特徴で、いわゆるハイファイな高再現性ではあるが音にキツさが少ないという側面がある。またサウンドの厚みや重みなど、デジタルプレーヤーというよりも据え置き機器に近づいた音のようにも思う。
これはもちろん機器として全体的な低ノイズ化設計などが徹底されているのも大きいだろうが、おそらくはこうした感性的な音の良さという点にローム社DACの高音質への取り組みが生かされているように感じられる。
DC-Eliteはハイエンドイヤホンをスマホでも使いたいというユーザーに向いたハイエンドのスティック型DAC製品であると言えるだろう。