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公開日 2022/09/23 06:50
【連載】佐野正弘のITインサイト 第24回

5Gで海外狙う国内通信機器ベンダー、「3Gの悪夢」を払拭できるか

佐野 正弘
筆者が常日頃、動向を追いかけている携帯電話市場。世界的に見ると日本企業の存在感は、携帯電話会社を除くと、全くと言ってよいほど無い。

例としてスマートフォンを挙げると、日本国内ではシャープやソニーなどの国内メーカーが、一定のシェアを持つことから実感が湧かない人も多いかもしれない。だがそれら企業の世界シェアは、1%に満たない。世界的に見れば、韓国のサムスン電子と米アップル、そしてXiaomi(シャオミ)やOPPO(オッポ)など中国メーカーの独壇場なのである。

そしてもう1つ、携帯電話でより重要な存在でもある基地局やコアネットワークなどの通信設備に関しても、日本企業の存在感は無いに等しい。モバイル通信設備の市場は現状、スウェーデンのエリクソンとフィンランドのノキア、そして中国のファーウェイ・テクノロジーズの3社だけで7割を占めると言われる寡占状態となっており、日本のベンダーは国内のみで細々と事業を継続しているに過ぎない。

5Gを機に海外進出を目論む日本企業



だがここ最近、その国内企業が、5Gを機としてモバイル通信設備で海外進出を積極化させているようだ。実際に富士通は、米国の新規参入事業者であるDISH Networkの5G基地局ベンダーに選定されている。日本電気(NEC)も、スペインのテレフォニカや英国のボーダフォンなど欧州の大手携帯電話会社と、設備の導入に向けた実証を進めている。

2022年2月24日に実施された富士通の説明会資料より。同社は米国のDISH Networkの5G基地局ベンダーとして採用されるなど、ここ最近海外での導入実績を増やしている

しかしなぜ、これまで海外進出がうまくいっていなかった日本の通信機器ベンダーが、5Gで海外進出を推し進めるようになったのか。理由の1つは、米中対立の影響による安全保障の観点から、欧米を中心に中国製の通信設備からのリプレース需要が出てきていることが挙げられる。そしてもう1つ重要な要素として、通信機器市場全体で「仮想化」「オープン化」といった新しい潮流が起きていることに注目したい。

携帯電話の通信設備には高い性能が要求されることから、これまでは専用の機械が必要だった。そして、それらの機器を接続するためのインターフェースなどもベンダーによって仕様が異なっており、共通化もなされてこなかった。それゆえ携帯電話会社は、大手3社のうちいずれかの機器を1度導入し、以後はそれらベンダーが提供する専用機器を導入し続けなければならないという、非常に弱い立場にあったのだ。

だがここ最近、その流れが大きく変わろうとしている。その1つが「仮想化」技術の導入である。これは要するに、従来専用の機器が必要だったものを、汎用のサーバーとその機器の役割を果たすソフトウェアで代替することで自由度を高め、低コスト化を実現するというもの。新規参入の楽天モバイルが、自社ネットワークに仮想化技術を全面的に取り入れ、「完全仮想化」のネットワークを実現したことで注目されているものだ。

楽天モバイルは、ネットワークの機器を汎用のサーバーとソフトウェアで実現する仮想化技術を全面的に取り入れていることを広くアピール、その技術を海外の携帯電話会社に提供することにも力を入れている

そして、もう1つが「オープン化」である。これは先に触れた通り、機器同士を接続する部分をオープンなものにすることで、1つのネットワークに複数ベンダーの機器を導入できるようにするというものだ。とりわけ注目されているのが、無線通信を担う基地局など無線アクセスネットワーク「RAN」のオープン化(オープンRA)であり、オープン化が進めば、例えば都市部に強いA社の基地局や、郊外に強いB社の基地局など、携帯電話会社が用途に応じて異なるベンダーの基地局を、自由に選んで導入できるようになるわけだ。

現在、オープンRANを取り入れた機器の多くは、「O-RAN Alliance」による標準化仕様を取り入れている。これはNTTドコモなど、国内外の携帯電話会社が中心となって設立された標準化団体であり、こうした点からも携帯電話会社が、大手3社による寡占に不満を抱いていたことが見て取れる。

1つの携帯電話会社のネットワークに複数のベンダーのRANを接続して運用できるようにする、オープンRANの動きも携帯電話会社主導で進められている

仮想化・オープン化技術に力を注ぐ、日本の携帯電話会社



そして実は、そうした仮想化やオープン化の技術に最も力を入れているのが、日本の携帯電話会社なのである。先にも触れた通り、楽天モバイルは仮想化技術を全面的に導入しているし、NTTドコモはO-RAN Allianceの設立メンバーであるなど、RANのオープン化に非常に積極的な動きを見せている。

そうしたことから日本の通信機器ベンダーも、必然的に仮想化やオープン化といった新技術に積極的に取り組むようになったのだが、この潮流は今や日本に限らず、世界的なものとなっている。そのことが、日本企業にとって海外進出できる絶好の機会となり、再び海外にチャレンジする動きへとつながっているわけだ。

NECが昨日9月22日に実施した、海外での5G事業についての説明会の内容によれば、同社は現在、欧州を中心として、海外の通信事業者とオープンRANに対応した基地局の無線機導入に向けた実証を進めているとのこと。先に触れたテレフォニカやボーダフォンの事例も、オープンRANに対応した無線機の導入に向けた実証となっている。

2022年9月22日に実施されたNECの説明会資料より。同社も国内だけでなく、欧州の複数の大手携帯電話会社とオープンRAN対応無線機の実証を進め、本格導入に向け関係を深めている

同社としてはまず、オープンRANに積極的な事業者に無線機をいち早く提供することを目指している。それによって商用ネットワークでの実績を見せることで、市場全体でオープンRANに対する関心を高め、その販売を拡大するとともに、基地局のより深い部分やコアネットワークなどの海外展開も推し進めたい考えのようだ。

NECとしては、この事業で2025年度に売上1,900億円、営業利益率10%の達成を目指すなど、その成長に強い期待を抱いている様子が見て取れる。仮想化、オープン化といった業界の機運が、海外進出がうまくいっていない日本の通信機器ベンダーにとって、またとない好機であることは確か。そこに大きな勝負をかけるという選択は自然といえるだろう。

同じくNECの説明会資料より。オープンRANに対する関心は世界的に高まっており、その分商機はあると同社は見ているようだが、大手3社の寡占という現実があるだけに順調に導入が進むかどうかは未知数だ

新規参入事業者を阻む “大手3社” の存在



しかし、だからといって成功が約束されているわけではなく、当然のことながら現在市場を寡占している3社こそが、進出を阻む最大の障壁となってくる。

楽天モバイルや、DISH Networkなどのような新規参入事業者は、世界的にも数が少ない。多くの携帯電話会社には既に大手3社の機器が導入されている。そうした現状を考慮すると、3社の中に割って入り、機器導入にこぎつけるには、非常に多くのハードルがあることは容易に想像がつくだろう。

しかも、現状のネットワークは既存の顧客が利用しているだけに、新しい技術の導入には、慎重な姿勢を見せる携帯電話会社も多いようだ。実際にNECも、一部の顧客がオープンRANの導入に慎重になり検証が遅れたことなどから、2022年度の計画見直しを余儀なくされたという。

そうした慎重な姿勢が長く続いてしまうと、思い起こされるのが「3Gの悪夢」である。実は3Gの時代、日本は世界に大きく先行して3Gのネットワーク導入を進め、その技術を武器としてベンダーも海外進出を図ろうとしたのだが、当時は3Gに対する期待の高まりでいわゆる“バブル”が生じた。それが崩壊し、多くの携帯電話会社が資金不足となったことで、他国では3Gの導入が大幅に遅れてしまった。結果、日本企業は先行利益を全く得られず、海外進出も進められなかった。このような、非常に苦い経験があるのだ。

先の説明会で、NECの執行役員常務である河村厚男氏は、「オープンRANなどに対する携帯電話会社の需要は非常に旺盛なことから、現在の状況は3Gの時代とは異なる」と説明していたが、順調に機器導入が進むかどうかは、各国の携帯電話会社の新技術に対する意欲によるところも大きい。

それだけに、国内ベンダーの勝負どころは、海外でいかに多くの実績を積み上げ、仮想化やオープン化技術の導入に向けた機運を高められるかにかかってくるといえそうだ。

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