公開日 2024/06/17 15:30
エステロン、ソナス・ファベールなど毎年着実な進化を見せるブランドも
<HIGH END>山之内 正が聴いたミュンヘン・ハイエンド。“ここでしか聴けない”印象的なスピーカーをレポート
山之内 正
今年は東京インターナショナルオーディオショウが7月開催になったこともあり、国際的規模のオーディオイベントが春から夏に集中する形になった。毎年5月に開催される「ミュンヘン・ハイエンド」はそのなかでも重要な位置を占めており、ミュンヘンでの公開を目指して開発スケジュールを組むメーカーも少なくない。
会場で披露される新製品を体験するのも重要な目的の一つだが、ミュンヘン・ハイエンドに行かなければ聴けないブランドや製品と出会う楽しみも大きい。そして、同じブースの音が昨年に比べて進化していることに気付いたりすると、「今年も来て良かった」と強く実感するのだ。
今年は会期後半の週末にベルリンで別の予定を組んだ関係で駆け足気味の取材になってしまったが、それでも例年通り良い音にたくさん出会うことができた。まずはスピーカーを中心にその一部を紹介することにしよう。
1本に8つのウーファーを含む13個ものドライバーユニットを投入した話題のVIVID AUDIO(ビビッドオーディオ)「MOYA M1」は、中程度の広さのブースで鳴っていた。正面と側面、見る方向によって大きく印象が変わるスピーカーで、横から見るとマッシブな存在感に圧倒される。
誇張のない素直な音像と奥行きの深い空間描写はまさしくビビッドオーディオの独壇場だが、側面のウーファー群がどこでどんな役割を演じるのかは今回の試聴では分からずじまいだった。ただし、ピアノは底しれぬ深い低音の響きを垣間見せ、目の前でグランドピアノが鳴っていると錯覚するほどの臨場感を体験。オープンな低音に混濁はなく、高い次元で位相を制御していることをうかがわせる。ちなみに1本で350kg近くに及ぶ質量はグランドピアノ1台とほぼ同じだ。
MOYA M1は東京のインターナショナルオーディオショウにもお目見えする予定なので、そこでは低音の質感をじっくり確認してみたい。
SONUS FABER(ソナス・ファベール)の「Suprema」も超弩級フラグシップの代表格だ。ホテル・アンダーズの広大な展示会場ではEDM系の音源を大音量で鳴らすという意表を突くデモンストレーションで来場者を驚かせたが、このスピーカーの真価はそこではない。
ヴィチェンツァの本社を3月に訪れたとき、広めだが現実的なエアボリュームのリスニングルームでSupremaを聴く機会があったのだが、そこではサブウーファーの存在をほとんど意識することがなかった。サブウーファーとしては美しすぎるキャビネットを与えられた38cm口径のドライバーユニット4基は、独立したクロスオーバーネットワークで位相とレベルを精密に追い込むことで一瞬の遅れもなく開放的で質感の高い超低音を再現し、理想的なバランスでハーモニーを支える。
超低音まで質感を確保することがいかに重要か、十分に理解したうえで一気に頂点を極める。そして、その成果を下位モデルに惜しむことなく投入する。今回のハイエンドで初公開した「Sonetto G2」シリーズはその第1弾で、特に付帯音を極限まで抑えたミッドレンジの澄んだ音色はSuprema直系の長所として注目に値するものだ。Supremaも含め、東京のショウで体験できることを期待したい。
メイン会場であるMOCのブースではマッキントッシュのアンプで駆動した「Stradivari G2」の艷やかで芳醇な音にも強い印象を受けた。近年のソナス・ファベールは製品ラインナップの拡充と中核モデルの世代交代を精力的に進めており、開発を推進するモチベーションの高さをうかがわせる。
毎年着実な進化を遂げていると実感した具体例の一つがestelon(エステロン)だ。今回は「X DIAMOND Signature Edition」を披露、立体的なステージ再現力と繊細な音色表現が両立しているという点において、会場に並ぶ多数のブースのなかでトップ3に数えるべき完成度の高い音を再現していた。
ダイヤモンドトゥイーターならではのなめらかな質感に加えて、ミッドレンジが受け持つ旋律楽器の柔らかく透明な音色も絶品。共振を極限まで抑えた堅固なエンクロージャーが生む純度の高い低音がハーモニーを支えているので、ステージとホールの隅々まで見通しが利き、ステージの奥行きや楽器配置の立体感が際立つのだ。部品レベルで吟味し尽くしたクロスオーバーネットワークがもたらす緻密な音色の描き分けに着実な進化を聴き取ることができた。
今回の取材のなかでブース滞在時間が長かったブランドの一つはドイツのmblだ。「101 X-Treme MK II」を同社のアンプで鳴らしたサウンドは、他のどのメーカーの再生音とも異なり、オーディオシステムを聴くというより、ライヴのステージ体験から受ける印象に近い。
広大な部屋にはサービスエリアから外れた位置にもいくつか椅子が置いてあるのだが、不思議なことに正面ではなく真横に近い位置から聴いてもステージ上の楽器配置がよく見える。しかもそれぞれの楽器の音像がまるで実物の楽器のように立体的で、発音も素直でアタックが鮮明なのだ。
mblのブースでは実際に楽器を鳴らしながらシステムのデモンストレーションを行うこともあるのだが、ホログラフィックで生々しい音を聴いていると、その理由がよく分かる。発音や音の広がり方が実際の楽器に近く、再生システムと楽器の音を近くで聴き比べても違和感がないのだ。ここでしか聴けない音という視点から選ぶと上位にランクインするのは間違いない。
現実的な価格帯でも注目すべきスピーカーと出会うことができた。
2022年のミュンヘンでデビューしたEPOS(エポス)が今年はラインナップを拡大し、フロア型の「ES-28N」とコンパクトなブックシェルフ型の「ES-7N」を導入した。前者はミュンヘンのブースで初めて音を聴いたが、ひと足早く日本に導入されたES-7Nと同様に誇張のない素直なサウンドを実現しており、声や旋律楽器のフォーカスの良い音像表現に卓越したものがある。歌手や演奏家との距離の近さ、余分なものに遮られることのないダイレクトな伝達力に舌を巻く。
設計を主導したカールハインツ・フィンクはスピーカーの開発経験が豊富なことにかけて右に出る者がいないほどのベテランエンジニアであり、今回もその手腕を見事に発揮していると感じた。
筆者が初めて接したブランドの一つ、台湾の鹿港音響(ルーカン・オーディオ)を最後に紹介しておこう。台北でオーディオ製品の輸入と販売を手がけながら独自設計のスピーカーを完成させた注目のブランドで、フロア型の「Spoey 230FS」を中心にデモンストレーションを行っていた。
そのほか、ウーファーの口径が異なる2機種のブックシェルフ型スピーカーも手がけており、いずれもシンプルな2ウェイでクロスオーバーネットワークも6dB/octのスロープにこだわる。外観はクラシックな雰囲気だが、再生音はアグレッシブで芯があり、ヴォーカルの濃密な表情など聴きどころがたくさんある。日本市場への導入を進めているとのことなので、機会があればぜひ聴いてみていただきたい。
会場で披露される新製品を体験するのも重要な目的の一つだが、ミュンヘン・ハイエンドに行かなければ聴けないブランドや製品と出会う楽しみも大きい。そして、同じブースの音が昨年に比べて進化していることに気付いたりすると、「今年も来て良かった」と強く実感するのだ。
今年は会期後半の週末にベルリンで別の予定を組んだ関係で駆け足気味の取材になってしまったが、それでも例年通り良い音にたくさん出会うことができた。まずはスピーカーを中心にその一部を紹介することにしよう。
ビビッドオーディオ「MOYA M1」の深い低音と臨場感
1本に8つのウーファーを含む13個ものドライバーユニットを投入した話題のVIVID AUDIO(ビビッドオーディオ)「MOYA M1」は、中程度の広さのブースで鳴っていた。正面と側面、見る方向によって大きく印象が変わるスピーカーで、横から見るとマッシブな存在感に圧倒される。
誇張のない素直な音像と奥行きの深い空間描写はまさしくビビッドオーディオの独壇場だが、側面のウーファー群がどこでどんな役割を演じるのかは今回の試聴では分からずじまいだった。ただし、ピアノは底しれぬ深い低音の響きを垣間見せ、目の前でグランドピアノが鳴っていると錯覚するほどの臨場感を体験。オープンな低音に混濁はなく、高い次元で位相を制御していることをうかがわせる。ちなみに1本で350kg近くに及ぶ質量はグランドピアノ1台とほぼ同じだ。
MOYA M1は東京のインターナショナルオーディオショウにもお目見えする予定なので、そこでは低音の質感をじっくり確認してみたい。
ソナス・ファベール「Suprema」でEDMを大音量で再生
SONUS FABER(ソナス・ファベール)の「Suprema」も超弩級フラグシップの代表格だ。ホテル・アンダーズの広大な展示会場ではEDM系の音源を大音量で鳴らすという意表を突くデモンストレーションで来場者を驚かせたが、このスピーカーの真価はそこではない。
ヴィチェンツァの本社を3月に訪れたとき、広めだが現実的なエアボリュームのリスニングルームでSupremaを聴く機会があったのだが、そこではサブウーファーの存在をほとんど意識することがなかった。サブウーファーとしては美しすぎるキャビネットを与えられた38cm口径のドライバーユニット4基は、独立したクロスオーバーネットワークで位相とレベルを精密に追い込むことで一瞬の遅れもなく開放的で質感の高い超低音を再現し、理想的なバランスでハーモニーを支える。
超低音まで質感を確保することがいかに重要か、十分に理解したうえで一気に頂点を極める。そして、その成果を下位モデルに惜しむことなく投入する。今回のハイエンドで初公開した「Sonetto G2」シリーズはその第1弾で、特に付帯音を極限まで抑えたミッドレンジの澄んだ音色はSuprema直系の長所として注目に値するものだ。Supremaも含め、東京のショウで体験できることを期待したい。
メイン会場であるMOCのブースではマッキントッシュのアンプで駆動した「Stradivari G2」の艷やかで芳醇な音にも強い印象を受けた。近年のソナス・ファベールは製品ラインナップの拡充と中核モデルの世代交代を精力的に進めており、開発を推進するモチベーションの高さをうかがわせる。
毎年着実な進化を聴かせるエステロン
毎年着実な進化を遂げていると実感した具体例の一つがestelon(エステロン)だ。今回は「X DIAMOND Signature Edition」を披露、立体的なステージ再現力と繊細な音色表現が両立しているという点において、会場に並ぶ多数のブースのなかでトップ3に数えるべき完成度の高い音を再現していた。
ダイヤモンドトゥイーターならではのなめらかな質感に加えて、ミッドレンジが受け持つ旋律楽器の柔らかく透明な音色も絶品。共振を極限まで抑えた堅固なエンクロージャーが生む純度の高い低音がハーモニーを支えているので、ステージとホールの隅々まで見通しが利き、ステージの奥行きや楽器配置の立体感が際立つのだ。部品レベルで吟味し尽くしたクロスオーバーネットワークがもたらす緻密な音色の描き分けに着実な進化を聴き取ることができた。
楽器の音が立体的で鮮明。ライブのステージ体験に近いドイツ・mbl
今回の取材のなかでブース滞在時間が長かったブランドの一つはドイツのmblだ。「101 X-Treme MK II」を同社のアンプで鳴らしたサウンドは、他のどのメーカーの再生音とも異なり、オーディオシステムを聴くというより、ライヴのステージ体験から受ける印象に近い。
広大な部屋にはサービスエリアから外れた位置にもいくつか椅子が置いてあるのだが、不思議なことに正面ではなく真横に近い位置から聴いてもステージ上の楽器配置がよく見える。しかもそれぞれの楽器の音像がまるで実物の楽器のように立体的で、発音も素直でアタックが鮮明なのだ。
mblのブースでは実際に楽器を鳴らしながらシステムのデモンストレーションを行うこともあるのだが、ホログラフィックで生々しい音を聴いていると、その理由がよく分かる。発音や音の広がり方が実際の楽器に近く、再生システムと楽器の音を近くで聴き比べても違和感がないのだ。ここでしか聴けない音という視点から選ぶと上位にランクインするのは間違いない。
フィンク氏によるEPOSや台湾のルーカン・オーディオも注目
現実的な価格帯でも注目すべきスピーカーと出会うことができた。
2022年のミュンヘンでデビューしたEPOS(エポス)が今年はラインナップを拡大し、フロア型の「ES-28N」とコンパクトなブックシェルフ型の「ES-7N」を導入した。前者はミュンヘンのブースで初めて音を聴いたが、ひと足早く日本に導入されたES-7Nと同様に誇張のない素直なサウンドを実現しており、声や旋律楽器のフォーカスの良い音像表現に卓越したものがある。歌手や演奏家との距離の近さ、余分なものに遮られることのないダイレクトな伝達力に舌を巻く。
設計を主導したカールハインツ・フィンクはスピーカーの開発経験が豊富なことにかけて右に出る者がいないほどのベテランエンジニアであり、今回もその手腕を見事に発揮していると感じた。
筆者が初めて接したブランドの一つ、台湾の鹿港音響(ルーカン・オーディオ)を最後に紹介しておこう。台北でオーディオ製品の輸入と販売を手がけながら独自設計のスピーカーを完成させた注目のブランドで、フロア型の「Spoey 230FS」を中心にデモンストレーションを行っていた。
そのほか、ウーファーの口径が異なる2機種のブックシェルフ型スピーカーも手がけており、いずれもシンプルな2ウェイでクロスオーバーネットワークも6dB/octのスロープにこだわる。外観はクラシックな雰囲気だが、再生音はアグレッシブで芯があり、ヴォーカルの濃密な表情など聴きどころがたくさんある。日本市場への導入を進めているとのことなので、機会があればぜひ聴いてみていただきたい。