トップインタビュー

ヤマハ(株)
常務取締役
AV・IT事業本部長

前嶋邦啓
Kunihiro Maejima

音と音楽へのこだわりを根底に
ユーザーベネフィットを追求する

ホームシアター市場をリードし続けるヤマハ。広がる裾野層へ対しても、需要を喚起できる提案型商品を率先して投入し、強さを見せつける。AV&ITの融合という市場背景も味方につけ、さらなるパワーアップを図る。同社の強さの源泉はどこにあるのか。同社常務取締役・前嶋邦啓氏に話を聞く。

インタビュー ●音元出版社長 和田光征

ヤマハがリード役となり、家庭の
中にホームエンターテインメントの
世界を創り上げていく

導入環境が急速に整い、より
身近になるホームシアター

―― プラズマテレビや液晶テレビの需要が急拡大している背景もあり、ホームシアターに対する期待感がますます高まっています。ニーズも多様化していく中で、そこにアピールできる売り場づくりや商品が求められてくると思います。ホームシアターのマーケットを、これまでずっとリードされてきているヤマハさんでは、この昨今の状況をどのように見ていますか。

前嶋 私どもならではの音場再生技術であるシネマDSPを武器にして、ヤマハは、ホームシアターの啓蒙を図りながら、市場を今日まで盛り上げてきました。もちろん、最初はこだわりを持った人々に向けて訴えてきたわけですが、ここに来ての市場の広がりから、AVアンプも昨年は国内市場で27万台にまで拡大し、世界市場では500〜600万台になっています。

今年度になって、DVD搭載型も急激にマーケットが拡大してきております。これは、商品が大衆化し、ホームシアターがより身近になってきたことを示唆していると思います。映画だけではなく、映像を軸として、そこにサラウンドシステムを導入する環境が急速に整いつつありますね。

―― 本当に、マニアだけの楽しみではなくなりました。ホームシアターという言葉そのものもより一般的なものになり、今ではファミリーこそが、メインターゲットですね。

前嶋 商品戦略としても、従来は高音質化がひとつのキーワードでしたが、それだけでは十分ではなくなりました。この年末商戦でも、ヤマハは、そうした拡大する裾野層へ向けた商品として、ホームシアターサウンドシステムシネマステーション≠フ充実を図ります。現在人気を集めているDVX │S100に、DVD別売型のS80と内蔵型のS60を新たに加え、3機種のラインナップで展開をしております。

ホームシアターに求められる
トータルソリューション

―― 日本のマーケットが一皮むけようかという気配ですが、その方向性を考える上でも、海外のホームシアター市場の動向も気になりますね。

前嶋 まず、欧米のマーケットについては、大型量販が中心的な役割を担っています。売り場は、1フロアで1万uあるところもあります。そこにあるのは、きちんと席に座って体験することができるシステムです。この傾向は、ホームシアター先進国と言われる米国の方が顕著ですね。

米国では、リビングルームの他に、ファミリールームがあり、各部屋で楽しめるマルチルームという展開もありますからね。それから、ひとつ言えることは、日本で売れる商品は、必ず欧米でも売れるということです。

―― 成長市場としては、やはり注目されるのが中国市場ですね。

前嶋 揚子江の流域に限っても2億人が暮らしています。平均的な生活シーンとしては、安い家賃の住宅で、夫婦に子供ひとりというのが標準家庭です。しかし、経済の発展は目覚しく、現在はマンションブームでもあります。日本ではようやく、80uが当たり前といった広さになってきましたが、中国ではすでに120〜150uの広さも売りだされております。価格は日本の1/5〜1/10で手に入る。そこで、30歳くらいの夫婦が安価なソフトとコンポタイプのシアターシステムを使っているというのが、一般的なホームシアターを楽しむ風景ですね。

―― お隣の韓国はいかがですか。

前嶋 韓国では人口の半分にあたる約50%の人がマンション住まいだといわれており、最近は、マンションの展示センターにも、必ずと言っていいほど、ホームシアターが導入されています。住宅ローンを組むときに、ホームシアターのシステムも一緒に入れて購入してしまうわけです。

―― 日本に限らず、世界的なブームと捉えることもできますね。

前嶋 ホームシアターはまさに文化ですね。メーカーとしても、トータルソリューションとして取り組んでいかなければならないと思います。

ホームシアターの普及が
オーディオ活性化の切り口に

―― 日本市場に話しを戻しますが、上昇基調にあるとは家、このホームシアター市場をさらに盛り上げていくためには、これからの課題を、どのようにお考えですか。

前嶋 冒頭にもお話しましたように、単純にホームシアターを楽しみたいという裾野の層が広がってきています。それだけに、まず大切なのは、きちんとユーザーを見ることだと思います。すなわち、セグメントして、ターゲットを明確に定め、そこに合った商品を投入していくことが重要です。

特に、最近ひとつの傾向として注意すべき点は、安かろう、悪かろうではまずお客様には認めてもらえないということです。求められているのは、質にこだわった商品です。ユーザーに対し、きちんとベネフィットを提供できる商品でなければなりません。

12月に、35mmフィルム映像に限りなく近い再生を家庭で実現するプロジェクターを発売しますが、シネマステーションからAVアンプ、スピーカー、さらにはプロジェクターまで、ヤマハはユーザーベネフィットにこだわった商品の市場導入を計画しております。

―― ホームシアターの普及がこのまま進んでいけば、その環境をベースとして、オーディオの再活性化も期待できるのではないかと思います。

前嶋 マルチチャンネルオーディオという、新しい世界がひとつの切り口になりますね。また、実際に、ホームシアターシステムで映画を楽しむ時間が、多くて週に1度くらいという方が少なくないのではないかと思います。一方、音楽は仕事をしながら、家事をしながらでも楽しく聞くことができます。ホームシアターは何も、映画を見るだけの装置ではありません。視野を広げれば、市場を活性化していける提案が、オーディオを含めて色々あるはずです。ホームシアター事業にとって、マルチチャンネルオーディオはまさに付加価値で注力していきたい領域です。

ヤマハのこだわりの中心は、音と音楽≠ナあることは終始一貫です。

―― ヤマハさんは、ブロードバンド時代の新しいコミュニケーションツールとして期待の高まるルーターをはじめとしたITにも強みがあります。AVとITの融合という面でも、そのリード役が期待されますね。

前嶋 ヤマハ全体としては、楽器という事業領域もあるわけですが、AVとITの融合は、まさにヤマハの大きなひとつのテーマでもあります。映像や音楽を家族で楽しめるホームエンターテインメントシステムを、ヤマハがリード役となって、ファミリールームの中心に、創り上げていきたいと思います。

―― 市場のリーダーとして、今後もその役割はさらに重いものになっていくと思いますが、今、どんなことがテーマになりますか。

前嶋 ヒット商品を出すとか、コストダウンを進めるということも大事ですが、今後継続的に勝ち続けていくためには、私が最も強調したいのは、ビジネスプロセス、つまり、事業基盤を強化し続けることを特に強調したいと思います。それが私の仕事だと思っています。それから、中長期的変化に対応していく力ですね。しかもそこで大事なのは、理念、事業の目的といった事業の軸は決して変えてはならないということです。

技術力と製造力に磨きをかけ
さらに質の高い商品を提供する

―― ヤマハがAV&IT事業で強みを発揮し続ける、その背景にあるのは何であるとお考えですか。

前嶋 私どものコアコンピタンスとなるのは、@1986年に発売したDSP―1に始まる音場創生のDSP技術 A世界の著名ホール等の1000余りの実測データ BLSIの設計、製造等IN HOUSE≠フ事業インフラです。

―― スピードの時代ともよく言われますが、常に半歩先を提案していける能力が必要になりますね。

前嶋 経営においては先見性が大変重要になります。私の海外駐在時代1970〜82年にヨーロッパで学んだ「現場主義」という言葉がありますが、今日でもこれは通用しております。まずは、現在の市場がどうあるのかを必ず見ていること。それから、大変参考になるのが異業種の状況ですね。そこには、事業を強化していく上でのヒントが必ず隠されています。

―― さきほど、AVとITの融合のお話がありましたが、急速に伸展するブロードバンド化を背景に、通信との融合についてはどのようにお考えですか。

前嶋 通信事業がホームシアター事業にどのように関わっていくのか。映像配信や音楽配信を含めて、とても大切なところになると思います。

私どもの業務用機器の開発・製造の実績は、将来のホームエンターテインメント機器を考えると、そこで培ったノウハウや経験は、今思うと大変重要な経験でした。今後の通信事業への取り組みにおいて、大きな武器になると考えています。

―― ホームシアター、ホームエンターテインメントの世界がさらに身近になりつつあることをアピールし、業界を活性化していく上で、御社のこれからの活躍がますます期待されますね。

前嶋 ヤマハの根底にあるのは、音の良さ、音へのこだわりです。そこへ、自前の技術力と製造力に磨きをかけ、流行に流されることのない、質の高い商品をお客様に提供していきたいと思います。これからも、人・金の投資を惜しまず、さらに強化していきます。

AV・ITはヤマハの中核事業。何と言っても、当社の成長と収益の担い手ですからね。

 

Kunihiro Maejima

1940年9月12日生まれ。65年4月日本楽器製造梶i現ヤマハ(株))入社。95年6月取締役、99年10月AV・IT事業本部長、2000年6月常務取締役、現在に至る。静岡県浜松市出身。趣味は音楽鑑賞、絵画鑑賞。