(株)オーディオテクニカ 代表取締役社長 松下 和雄氏
お客様の声を絶えず聞き 1962年にアナログレコードを再生するためのカートリッジメーカーとして産声を上げたオーディオテクニカ。同社は来年4月に創業45周年を迎える。アナログからデジタルへの移行など、幾多の荒波を乗り越え、時代の変化をビジネスチャンスとし、デジタル全盛の時代でもますます元気な姿を見せている。1993年に社長に就任し、同社の活動を意欲的に牽引する松下和雄社長に経営哲学を聞いた。 インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征 私が考える優れたデザインとは ―― オーディオテクニカは来年4月に創業45周年を迎えられます。この間を振り返られていかがでしょうか。 松下 当社が一番苦しかったのは、1982年から1992年くらいまでの10年間くらいでした。1982年にCDが出て、当時、当社の売上げの半分以上を占めていたアナログピックアップの売上げが毎年約10%づつ減少していました。これに代わる何かを開発しなければいけないという焦りもあって、いろいろなことに手を出しましたが、それらのほとんどがうまくいかずに開発費ばかりかかっていました。 私が1993年に社長に就任してからは、それまでいろいろ取り組んできたものの中で、可能性のありそうなものだけを残しました。それ以外の商品をすべて終息させて、当社の主力商品としてそれまでやってきたマイクロホンやヘッドホン、オーディオ関連のアクセサリーなどへの選択と集中を行いました。 その結果、社長に就任した当時50数億円あった銀行借り入れは、3年間ですべて返済し終え、利益もコンスタントに出るようになりました。苦しい時は何にでも手を出したくなりますが、自社が持っている技術力、販売力、生産力の3つの経営資源中、最低2つは利用しないとうまくいきません。そこでその条件に合った案件だけに特化することによって、経営状況を改善しました。 ―― その中のひとつに、今、御社の主力事業の一角を占めている光ピックアップがありますね。 松下 CDが出る以前から研究はしていました。ところが、なかなか技術的に難しく、作っても不良ばかりで大変なロスを出しました。最初のうちは、何が良くて良品ができて何が悪くて不良品になるのかがわからず、一度は止めようかと思ったこともあったほどです。直行率を97%くらいにしないと生産とは言えませんが、そこまで持っていくのに10数年かかりました。これを成功させるには大変苦労しましたしお金もかかりました。 ―― 御社は世の中の元気がなくなっている時期に、果敢な投資を決断されてきています。その中のひとつに2001年に東京・湯島のテクニカハウスを竣工されたことがありました。 松下 当社の投資に対する基本的な考え方は、必要に応じて行うということです。例えばこのテクニカハウスの場合は、それまで営業拠点を置いていた秋葉原の貸事務所が狭くなってきたことに加えて、OAフロアになっていなくて非常に使いにくくなっていました。その他にもいろいろ問題がありました。そこで、何とかしなければいけないということを考えていたちょうどその頃、各建設会社さんが手持ちの土地を手放し始めたので、現在の場所の土地を購入して建設しました。 ―― 今回、中国の杭州市に新鋭工場を竣工されました。これも必要に応じて作られたということだと思います。新工場の規模と位置付けを聞かせてください。 松下 新工場の敷地は4000坪で、フロア面積は5550坪です。従業員は約500名の規模でスタートしますが、将来的には、1200名程度まで増員することが可能です。インターネットが進んで、非常に便利になりました。図面や写真も簡単に送ることができる時代になりましたので、日本との連携も問題ありません。 当社では、新工場を作ると、それまで使ってきた工場を開発拠点として活用していくというパターンをとっています。杭州工場は当面、オーディオテクニカグループ全体の基幹工場としての位置付けで、町田や福井で開発したものを生産していく予定ですが、設計や生産技術面での力をつけてもらって、将来は開発・生産拠点としても活用していきたいと思っています。 ―― 次に商品についてのお話をうかがわせてください。御社の主力商品であるマイクロホンは、音楽現場で数多く使われています。その理由は何でしょうか。 松下 当社のマイクロホンはグラミー賞やサマーソニックなど世界的に著名なイベントでも多数用いられています。また、様々なミュージシャンや音楽関係者の方々に使っていただいています。 彼らがマイクロホンを選ぶ上で最も重視することは、信頼性といいますか、壊れないことです。もうひとつ大切なことは、音のばらつきがないということです。世界中の様々な会場で演奏をするミュージシャンにとって、同じ機種であれば、どのマイクを使っても同じ音がするということがとても重要だからです。 ―― 御社のマイクロホンは皇居内の公式行事でも使われているそうですね。 松下 それ以外にも総理大臣官邸や中国の人民会堂、国連本部など、様々なところで使っていただいています。内閣官房長官が毎日行っている記者会見でも使われています。スポーツイベントでもアトランタやシドニー、トリノ・オリンピックなどで、当社の製品が多数使われました。 ―― マイクロホン同様、主力商品のヘッドホンについてはいかがでしょうか。 松下 当社のヘッドホンは33年の歴史があります。この間、競争相手はしょっちゅう変わりましたが、われわれは一貫してヘッドホンを作り続けてきました。 当社では、ヘッドホンはオーディオの大切な一部であるという思想で作っています。以前は、ヘッドホンはスピーカーの付け足しのように見られていたところもあったように思います。でも、今では、テレビを見たり、スピーカーで音楽を聴く時間よりも、ヘッドホンで音楽を聴いている時間の方が長い方が多いように思います。今では、音を聴く道具としては、ヘッドホンが主役だと私は思っています。 ―― DAPの急速な伸びで、特にその傾向が強くなってきましたね。 松下 カセットやポータブルCDでは、どちらかというと若い方がお客様の主流でした。ところが、最近は客層がすごく拡がってきています。若い人だけでなく、ほとんどの方が鞄やポケットに、何か音楽を聴けるものを入れていらっしゃいます。CDが登場して、アナログからデジタルに変わった時は、デジタルはわれわれにとって非常に強いアゲインストとして働きました。それが今回はフォローになっています。 ―― 価格競争の激しいAVマーケットで、オーディオテクニカはあまり巻き込まれていないように見えます。 松下 まったく巻き込まれていないというわけではありませんが、オーディオ商品は、安いからということだけで売れるものではありません。お客様が使ってみたいという気持ちになるような商品を出していくことが、メーカーとしての使命だと思います。それには商品の個性が大切です。デザイン、音、信頼性、古くなってもサービスをするとか、それらのトータルでお客様に選んでいただくということだと思います。 ―― お客様が使いたくなるような商品を作るために、どのような方法をとられていますか。 松下 私達は特別なことをやっているつもりはありません。これをやればうまくいくというような手法があれば誰でもそれをやりますが、そうではないと思います。大事なことは当たり前なことを当たり前にやるということだと思います。 お客様の声を絶えず聞いて、良心的に作るということを、毎日、愚直に続けています。設計担当者や担当グループが自分が買いたくなるような商品を作るという気持ちを入れて作ることが、お客様の気持ちをつかむことになると思います。オーディオテクニカは音の会社ですから、モノ作りでは音に徹底的にこだわっています。当社の商品作りのポイントはそこに尽きます。 ―― 御社はデザインに対する一貫した哲学を強いこだわりを持たれています。企業活動全般におけるデザイン性の高さに対して、デザイン・エクセレント・カンパニー賞を昨年受賞されました。 松下 私が考えている優れたデザインとは、機能が高いことです。商品、カタログ、建物など、それぞれが果たすべき機能を高められるようなデザインであることが大切だと思っています。デザイン・エクセレント・カンパニー賞は、日本産業デザイン振興会を母体としたデザイン・フォーラムが主催しているもので、日本の企業の中でデザインに優れた会社を3年間で100社選ぼうという活動です。 その選定基準は商品の形だけではなく、広告や販促活動など企業活動のすべてにわたって、デザインを通じて質の高い商品やサービスを提供していることです。たとえば販売店であれば、お店のデザインやサービスの洗練度まで評価の対象に含まれます。その100社の中にわれわれが入れていただいたということで、非常に名誉なことだと思っています。 ―― 東京・湯島のテクニカハウスのデザインも非常に斬新ですね。テクニカハウスは多くの建築関係の賞を受賞されたと聞いていますが。 松下 テクニカハウスは効率の良さを設計思想の中心においてデザインしたもので、建築業界賞や東京都都知事賞など9つもの建築関係の賞をいただきました。その中の大きなものとして、建築業界賞があります。これは建物のデザイン性だけなく、機能、さらに使っている人たちが実際に使って見て、本当に良かったかどうかまで評価の対象にされるという点で非常に難しい賞です。 ―― 社長に就任されて以来、着実に事業を伸ばしてこられましたが、今後の事業環境をどのようにみていますか。 松下 ここ数年、DVDやカーナビのピックアップの需要が多くなってきています。さきほど話に出ましたように、DAPの伸びによってヘッドホンの需要が大きくなってきました。マイクロホンの分野でも、主流がワイヤードマイクからワイヤレスに移ったことで、新たな需要が生まれると同時に単価も上がりました。 これからも新たな分野が生まれたり、既存の商品でも使われ方が変わっていきます。そういうビジネスチャンスをしっかりと捉えていけば、事業を伸ばしていけるチャンスは十分あります。私が社長に就任した1993年に当社の売上げは130億円、銀行借り入れが50億円ありました。それから3年で銀行借り入れを完済し、売上面でも2006年3月期で241億円になりました。今後、さらに伸ばして2009年3月期には売上げを300億円にする計画を持っています。 ―― 今後の事業戦略とそれを実現していくための経営課題は何でしょうか。 松下 市場の変化と技術革新など、世の中の変化のスピードが、どんどん速くなってきています。われわれとしては、そこへの対応に遅れがないようにしないといけません。他社より一歩でも半歩でも先を行くような気持ちでやらないと、後手に回ってしまうのではないかと思います。 どんな企業でも、これをやれば絶対に成功するという決め手があるわけではありません。われわれが目標としていることは、お客様に信頼される企業、社会に貢献できる企業を目指して、良心的なモノ作り、良心的なサービスという当たり前なことに愚直に取り組んでいくことです。 十人十色という言葉がありますが、企業は一万社一万色という気がします。同じような業種でも、作っている商品や立地、経営者の経営理念、さらには自分ではどうにもならない運との巡り合わせもあります。以前、日本には数多くのオーディオメーカーがありました。それぞれの会社の盛衰をみているとそういう気がします。 ―― 具体的なテーマとしては、いかがでしょうか。 松下 各地域での既存商品のマーケットシェアの向上、中国、ロシア、インド、ブラジル、東欧地域など成長市場での販売強化、それから、新しい分野への進出です。そのための候補はいくつもありますが、まだ結論は出ていません。当社が持っている販売力、技術力、生産力を活かせる商品を考えています。 ―― 御社は、次々と新しい分野に進出して事業を伸ばしてきました。新しいことをやるには、それに詳しい人がいないと簡単にはできません。松下社長の経営手法の根幹は、それをこなせる人材を養成してきたことのように思います。 松下 「企業は人なりと言われます。企業を良くするのも悪くするのも人です。企業を成長させていく上で大切なことは、努力した人が努力にあった評価をもらえるような人事システムを構築することです。次に大事なことは教育システムです。それも会社で押し付けて勉強するということではなくて、自分からやりたくなるようなシステムが大事だと思います。 ―― そういう優秀な人たちが、新しい種を蒔いて育んでいかれると思います。今後の展開に大いに期待しています。 ◆PROFILE◆ Kazuo Matsushita ポータブルヘッドホンの最上位モデルとなる「ATH−OR7」を10月に新発売した。高い遮音性と耳への負担の軽減を実現し、アーム部にはマグネシウムを採用することで130gという軽量ボディを実現した。本体カラーはブラックとシルバーを用意する |