(株)ケンウッド 塩畑 一男氏
カーとホームと無線で カーオーディオ、ホーム・ポータブルオーディオと、オーディオ専業メーカーとして揺るぎないブランド力を誇るケンウッド。苦戦を強いられた時代を経て今、新たなる道を進む同社について、社長である塩畑氏にお話を伺った。銀行員としてケンウッドを担当されていたという経歴をもつ同氏。2002年の着任から、昨年大きなニュースとなった日本ビクターとの提携について、またオーディオ専業メーカーとしての今後の戦略など、興味深いいくつものテーマが明らかになる。 ハイファイとDAPの架け橋となる
―― まずは、塩畑社長のご経歴につきましてお聞かせください。 塩畑 私が当社に来たのは2002年6月で、現在会長をしております河原が当社の社長に就任し、体制を立て直そうとしていたときのことです。それ以前は30数年間、銀行におりました。 どうして当社に来る縁があったのかと言いますと、当社は1986年にトリオからケンウッドに社名が変わったのですが、私自身はその前後4年近く銀行の営業担当としてひんぱんに出入りしていたのです。銀行は大手町でしたが、当時当社の本社があった渋谷まで通いました。当時の銀行は担当者がクライアントのあらゆるニーズに一人で対応するという体制をとっていたため、私も入り浸りの状態で、銀行員というよりケンウッドの社員の一人のような感じでいました。 銀行から来てオーディオの会社の社長になるというケースはあまりないのではないかと思いますが、私の場合、そういうつながりもあって当社に来ることになり、昨年の6月から今の体制になったということです。 ―― オーディオ業界は1988年頃にピークを迎えるまでずっと右肩上がりでしたが、90年頃からマーケットは変わっていきました。塩畑さんが着任された2002年頃というのは、業界にとって大変な時期だったわけですが、当時はいかがでしたか。 塩畑 当時私は財務担当で、ある日突然銀行にいた頃の貸す立場から、借りる立場になったということが言えると思います。 ―― 河原さんが来られて、事業内容についてはいい形で動き始めておられた頃だと思います。 塩畑 河原は私と同じ時期に代表取締役社長として着任して、再建に取り組んでいました。当時手がけていた携帯電話機の開発・生産から撤退したことから、雇用を調整せざるを得ない局面もありました。金融機関や投資家の力もお借りしながら、そうして何とか3年目くらいでめどがついたということです。 ―― 河原さんの体制になられた頃、御社はホームオーディオについて苦戦を強いられていたという時期かと思いますが、カーオーディオやコミュニケーション関連商品において揺るぎないポジションにおられました。再建については、好調分野をより一層伸ばしていこうという方針でしたが、その後御社は利益体質になりましたね。 塩畑 振り返りますと、当社は2002年3月期決算で債務超過となりました。この直後に河原が就任し、再建に取り組んだわけですが、構造改革を行ったその年に最高益を記録し、また翌年にはそれを更新するというかたちで劇的な回復をとげることができました。 ―― この延長線上で、07年度の通期はどのような見通しになりますか。 塩畑 ご存じのように当社は、カーエレクトロニクスのウエートが高くなっておりますが、その収益が一番上がるのが第4四半期です。1月のCESで各社一斉に新製品を発表し商戦がスタートするのですが、この1月から3月がどうなるかで年間の勝敗の行方が決まると言っても過言ではありません。そういう意味で、通期についてはまだはっきりと申し上げることができませんが、第3四半期までは、だいたい想定の範囲で推移したと言えるでしょう。 ―― カーナビゲーションも順調ですね。 塩畑 海外向けのカーナビでは、PND(ポータブルナビゲーションデバイス)分野で高いシェアをもっているアメリカの会社と組みまして、昨年から本格的に巻き返しを図っています。ヨーロッパではシェアトップをとった地域もあり、海外については好調です。国内は残念ながら苦戦していますが、来期には新製品を投入し、巻き返しを図りたいと思っています。 ―― コミュニケーション関連商品はいかがですか。 塩畑 おかげさまで、こちらは安定して高収益を維持しています。昨年の5月にアメリカのZetronという無線システム事業会社を子会社化し、その効果も出始めています。無線機器事業については、ますます盤石になってきたと考えています。 ―― そしてホームオーディオについてもいろいろと改革されました。来期のご成長が期待されます。 塩畑 2002年に再建に着手した当時、いちばん収益面で苦戦していたのがホームオーディオと携帯電話機でした。そして従来のやり方では乗り切れないという状況の中で、携帯電話機の開発・生産から撤退することを決めました。そしてホームオーディオでも抜本的な構造改革に取り組みました。国内に重点を置き、商品や販売チャネルを見直して、800億あった売上げを100億ほどにしぼったのです。 今期からは、海外についても再びケンウッドブランドを浸透させるため、品揃えの充実を図り、販売チャネルも掘り起こして、拡大の方向にもっていこうと思います。 ―― 一方で、日本ビクターさんとの資本業務提携というニュースがありました。具体的には早ければ今年の10月頃ホールディング会社が設立されるということですが、事業体とのシナジー効果を、どのようなかたちで図られるおつもりでしょうか。なぜ日本ビクターさんと提携されたのかというところから、あらためてお聞かせいただけないでしょうか。 塩畑 ホームオーディオやカーオーディオは成熟産業です。パイが小さくなっていく中にあって、メーカーの数が多ければ食い合いが生じます。そういう中にあっては、業界再編が有効だという考え方が当初からありまして、他社との提携も含めてあらゆる方法を検討してきました。専業メーカーが単独で生き残るには非常に厳しい状況の中で、日本ビクターとも話をさせていただいたわけです。 当社はカーオーディオと無線とホームオーディオの3本柱で展開しておりますが、ホームとカーで売上げの3分の2を占めます。日本ビクターも同じ分野を手がけており、一緒にやることによって大きなシナジー効果を生み出せると判断しました。 また、当社には日本ビクターにない無線があり、日本ビクターには当社にない映像分野があります。こういった中で、それぞれの開発負担を軽減しながら、新しい方向性の商品開発ができないかということで、昨年の10月にJ&Kテクノロジーズという技術開発の合弁会社を設立したわけです。 ―― J&Kテクノロジーズは、現在どのような動きをされていますか。 塩畑 130名ほどの従業員が両社から出向して、いろいろな共同開発テーマに取り組んでいます。カーナビゲーションが第1のテーマになりますが、これはご存じのように開発コストが非常にかかります。これを共同で開発することによって負担を減らすという効果がありますが、順調に立ち上がっています。 ―― ホールディング会社設立と同時に事業活動が活発になられるであろうことと、これまで両社がさまざまな整理整頓を行ってこられたことがひとつのいい形となるという印象があり、期待も集まります。 塩畑 経営統合に向けて、2つのステップがあります。第1ステップでは、当社と当社の筆頭株主であるスパークス・グループが一緒に、日本ビクターの株式を第三者割当で引き受け、資本提携を結びました。当社が200億円で、スパークスが150億円の出資を行いました。そして第2ステップは、最短では10月というタイミングで経営統合に踏み切りたいと考えています。当初からの話し合いで、経営統合にあたっては、日本ビクターが取り組んでいる構造改革の成果を確認することになっております。それはお互いやるべきことはやった上で、いい形になりましょうということです。 ―― ケンウッドはカーオーディオのブランドも強いと思いますが、特に国内のホームオーディオブランドとして強い存在感をもっています。来期からのホームオーディオについてのご計画をお聞きしたいと思います。 塩畑 国内のホームオーディオ市場には、今2つの流れがあると思っています。1つは高級ハイファイオーディオの復活、そしてもう1つはDAPの普及です。私どももこういった変化に対応した商品を展開しておりまして、今後もこの2つの流れに沿った戦略をとっていこうと考えています。 そういった中で、まずは商品の数を従来以上に充実させていこうと思います。それとともに、私どもは「シームレス・エンターテイメント」と言っていますが、ピュアオーディオとポータブルオーディオ、つまり記録メディアとしてHDDやフラッシュメモリーをもつDAPをつなぐということ、それらのコンテンツをベースにして、いつでもどこでもいい音で好きな音楽を楽しめるということを実現したいと考えています。当社はそういった意味で、ポータブルオーディオもホームオーディオもカーオーディオも、すべて手がける強みをもった数少ないオーディオ専業メーカーだと思います。この強みを活かしながら商品を拡充し、シームレス化への対応もますます進めていきたいと思います。 また当社は高音質を追求するにあたって、「原音再生」という基本コンセプトをもっていますが、そういった意味でもいい商品を出していきたいと思います。商品ラインアップとしてはエントリーモデルを起点に、高価格帯までアプローチしていきたいと考えています。同時にエントリーモデルやDAPのシームレス化を進めて、若年層の方にもいい音に親しんでいただき、ハイファイの方へ少しずつでもシフトしていただけるような形にして、相乗効果も期待したいところです。 ―― DAPの普及をピュアオーディオにとって嘆かわしいと受け取るか、潜在需要を掘り起こすものと判断するかで次のステップが違ってきます。DAPのユーザーも音のよさを求めていながら、それを体感できる場所がないというのが現状です。大きな潜在需要を抱えながら、それをまだどうすることもできないというのがマーケットの実情だと思います。 ホームオーディオにおける課題のひとつに流通の問題があります。メガ量販のシステムに入ってしまうと、一気に価格破壊を起こしてしまいます。新しい、そういうシステムに左右されない仕組みは必要です。 たとえば付加価値をきちんと訴求できる売り場づくりを提案し、台数ではなく一定以上の価格を保ったかたちで流通のシステムを展開されているメーカーもあります。こういった仕組みづくり、チャネルづくりは、専業メーカーさんにとって重要なことだと思います。また、それは流通の側でも求められていることではないでしょうか。価格一辺倒でない商品訴求を通じて、いい意味で利益をとる商売の仕組みづくり、メーカーと流通の双方にメリットのある売り方が必要だと思います。 塩畑 価格のくずれないいい商品をつくるということが、まずメーカーにとって第一の使命だと思います。今のご販売店とメーカーの関係をみていますと、必ずしもおっしゃるような状況にはないように思います。当社もKシリーズという高級オーディオをもっていますが、試聴もできないまま価格の訴求をされるような環境の中では展開が難しい商品です。私どもも丸の内にショールームをもっていますが、そういう風にお客様が音を聴ける機会をつくる努力は欠かせません。 Kシリーズは、昨年セパレートタイプの「K1000シリーズ」を出しました。オーソドックスなCDプレーヤーとレシーバー、スピーカーのシステムですが、これは将来的にシステムを拡張できるという形でもあります。たとえばCDプレーヤーの代わりにハードディスクオーディオを組み合わせることもできますし、お客様のお手持ちのスピーカーを活かしながらシステムを構築することもできます。 販売チャネルについては、商品戦略を一昨年から切り替えてきた中で、商品が変わればチャネルも変わるという発想で再構築を進めてきました。 Kシリーズでは700というシリーズを展開して3年が過ぎましたが、卸値は変わっていません。こういう商品をビジネスの軸として、商品戦略を練ってきました。また昨年はUDシリーズという、Kシリーズのイメージを踏襲しつつ、SDカード対応、USB端子搭載というモデルも発売しました。一方でKシリーズでは、音質を追求したEsule(エシュール)というハイエンドモデルも販売しています。 こういった付加価値訴求のできる商品というのは、ご販売店にとってもメリットのある商品ではないかと思います。またEショップ限定モデルも展開していますが、こういったさまざまなチャネルミックス、プロダクトミックスといった方法は、価格や量で訴求する世界から一歩距離を置いたやり方として有効ではないかと考えています。今後も、現状の中で私ども自身が変わりながら、これからの時代にふさわしい方法を模索していきます。 ―― これから商品が充実し、いよいよ御社の真価が発揮されることになりそうです。今後もますます期待しております。本日はありがとうございました。 ◆PROFILE◆ 塩畑 一男
氏 Kazuo Shiohata |