- ソースは何か、どう操作するか
お客様の嗜好を捉え商品に活かす
- パイオニア(株)
- 常務執行役員 ホームAV事業部長 兼 プロSV事業部担当
- 井下 源氏
Gen Inoshita
厳しい構造改革を終え、成長に向けての新たなスタートを切ったパイオニア。注目のオーディオ事業では、AVレシーバーを核とした展開を図りつつ、ホームオーディオの新たな楽しみを積極的に提案していく。力強くまい進する同社の方向性について、井下氏に聞く。
オーディオの復活は我々の使命
新提案で様々な商品を展開していく
クラブの世界で体感した
全身で音楽を感じる凄さ
── まずはご経歴を紹介していただけますか。
井下 私は前職で別のメーカーにおりましたが、パイオニアに入社してプロ用機器を手がけるプロSV事業部に所属しました。アナログレコードからCDにメディアが変化する中、16年ほど前にDJ用のCDプレーヤー「CDJ」を初めて世に出したのです。これは今も全世界のクラブやトップDJの方々、一般コンシューマーの方から絶大な支持を得ています。
私自身はオーディオマニアでありアナログ派ですから、当初は可聴範囲内の周波数しか入っていないCDの音をなかなか受け入れられないところがありました。しかしDJ機器の関連でクラブに行き、音楽を身体で聴くということを実感しました。クラブで演奏されるハウスミュージックというものは、だいたい1分間に120のビートを刻む120bpmで、胎内で聴くリズムに通じるのですね。母親がリラックスしているときの脈が1分間に約60回、動脈と静脈を合わせて胎内では120回のビートが聴こえるということで、それが音楽の基本であると言われています
ニューヨークのあるクラブでは、音や床の振動など、空間全体が胎内のような状態を体験できるのです。そういったところではライティングやスモークにもお金をかけ、音、光や映像、振動、霧の冷たさや匂いまでも音楽とともに全身で味わうことができます。大変なカルチャーショックを受けました。
DJの事業を2年半ほどやった後はAV事業の企画部長になり、PDP、ビデオ、オーディオを担当しました。当社はオーディオメーカーとして出発しましたが、PDPやDVDの事業が本格化するとともにそちらに精力を注ぎ込みオーディオの売上げが減少していました。これをもう一度復活させたいと当初から思っていたのです。
前職で量産系の経営などを体験した私は、大きな赤字を出すPDP事業は続けられないと判断し、社長と共にどうやってこれをソフトランディングさせるかという算段をしておりました。しかし現実的には一刻の猶予もなく、その手当に注力して何とか黒字に持って行くため皆さんに苦労をおかけしました。構造改革は前期の末までにほぼ終わらせましたが、オーディオに関しては前期の10月頃に本格的に再スタートさせ、現在1年が経ったというところです。
今のライフスタイルに合う
オーディオの形を提案する
── オーディオ事業について、方向性をお聞かせいただけますか。
井下 私自身もそうですが、機器の前の一番良い場所に構えて音楽を楽しむという、ハイファイの音を求められる方は当然おられます。これまで同様に、そういったオーディオファンの方々を大事にして参りますが、一方で違う音楽の聴き方もありますね。たとえば我が家の子供達はPCで音楽を聴いています。音楽自体が生活の一部となり、いつでもどこでもBGMとして心を安らげてくれる。今はそういう聴き方をする時代になっているのだと思います。
パイオニアは今までリビングやオーディオルームで音楽を楽しむことを提案してきましたが、これからは24時間聴きたい時に聴きたい場所で、たとえば個室でも台所でも風呂場でも心を安らげてくれる空間を提案していきます。そこで「ユーザーごとのライフスタイルに適した音の楽しさ提案」を方針として掲げ、他社との差別化を図りたいと考えています。こういった取り組みで音楽を聴くシーンを拡げるとともに、顧客層を拡大していきます。昨今のお客様が音楽ソースをどうやって入手し、どうやって聴いておられるか。その変化の過渡期にある今、iPodやiPhoneもCDと同様の音楽ソースだと考えます。
ソースというものは従来のようにCD、DVD、BDというようなメディアとして完成された形ではなく、これからはネットを含め入手したデータをストックするものということになります。それがiPodやiPhoneということであれば、それらは棚に並べられたCDのコレクションと同じです。ではどうやってそれを再生するか、どうすればユーザーにとって使い勝手がよいかということです。iPodやiPhoneは、それ自体が操作性のよいリモコンになるわけです。わざわざケーブルでオーディオ機器につなぐより手元に置いた方がいい。ソースは何か、どうやって操作するか、それを考えるとこれからは昔の感覚ではいけません。そうしたことをしっかりと考えながら商品をつくって参ります。
このたび発表した新商品はそうしたことを踏まえ、次世代に向けたニュースタイルオーディオという考え方ですが、次はミニコンポを復活させたいと思っております。かつて子供達が皆持っていたような、部屋に置きたくなるオーディオ、そしてただいい音を聴くというだけでなく、もっとアクティブに音を楽しむというものを考えております。
AVレシーバーを核に
新提案で事業を推進
── 御社のオーディオ事業では、AVアンプを核とした戦略を推進しておられます。こちらについてもお聞かせください。
井下 事業の核として収益をけん引する商品も必要であり、パイオニアにとってのそれはAVアンプ、つまりAVレシーバーです。アメリカやヨーロッパではAVレシーバーで音楽や映像が楽しまれており、これをもう一度トップにするため、レシーバーNo.1プロジェクト≠2年ほど前から推進しています。今アメリカでNo.1につけるかというところまで来ており、ヨーロッパでも来年にはトップにするつもりです。国内のホームシアター市場では、高級クラスで1?2位のところにいます。単独で訴求していたAVレシーバーで、スピーカーと組み合わせたセット販売を推進し、徐々に浸透してきたところです。
しかし私がAVレシーバーを家に持ち帰ろうとしたところ、「折角きれいにしているリビングに、何故こんなに無骨で大きなものを置かなくてはならないの」と妻に言われたことがあります。またヨーロッパを始め世界中いろいろなところでも家庭内の決定権はほとんど奥様方にあり、AVレシーバーは受け入れられにくいですね。そこで、もう少し女性に受け入れられるようなスタイルの新しいAVレシーバーを提案する予定で、来期には発表したいと考えております。
── 国内でのAVアンプという名称は、一般ユーザーにとっては難しいもの、大きくて扱いづらいものの代名詞ですね。オーディオビジュアルのすべてのソースを取り扱うという意味でも、「AVレシーバー」というジャンルを再構築するべきかもしれません。今後の訴求についてはどうお考えですか。
井下 昨今では私自身、インターネットラジオのよさをあらためて実感しています。アンテナを気にせずにこれだけきれいな音で楽しめる、その便利さをぜひ一般のご家庭でもっと楽しんでいただきたいと思っております。また同様にiPodやiPhoneなど身近な音源もAVレシーバーを通じて楽しめるということも、積極的に訴求して参ります。
組み合わせるスピーカーについても、床面積のあまり大きいものは奥様方に嫌われます。そこで当社では、CEATECにも出展した薄型のスピーカーユニット(HVTスピーカー)を核にしたホーム関連のシステムを導入して行きます。この薄型スピーカーは非常に小さいものでありながら、無指向性で大変いい音が出るというもので、新しく提案するAVレシーバーと組み合わせて市場での差別化を図りたいと思っています。
またひとつ気づいたことがあります。プロSVでの経験ですが、カリスマDJの方々が世界中で宣伝してくださったことで、パイオニアの商品はトップ層からコンシューマーの方々に広く浸透しました。そこでAVアンプも同様の手法で一般のお客様に伝播しようとしたのですが、まったくそうはいかなかったのです。
私も子どもの頃、畳の上に置かれた大きな箱のようなオーディオに親しんで来ましたが、かつてのオーディオファンはその頃の体験に憧れをもち、上を目指して機器を買い替えてきたわけです。その機器で聴いた時抱いた総毛立つほどの感動、これがあってこそ次へ進もうと思うものですね。ですから我々は、エントリークラスの頃からパイオニアの商品でいい音の感動を覚えていただき、もっと感動を受ける音を聴きたいという思いを抱いて欲しいと思うのです。
そうなったときは、フラグシップモデルの「SC-LX90」もいつか買おうと思っていただけるような商品としてお客様の意識に残ることができるでしょう。エントリー層の方々にAVレシーバーがいかに魅力あるものと思っていただけるか、そこにぶつける商品も必要ですし、業界全体での訴求も必要だと思います。
テレビとシアターシステム
店頭での同時展開を推進
── 薄型テレビの販売台数は今年2000万台にも達すると言われていますが、このユーザーたちがホームシアターを指向する可能性が大いにあります。
井下 海外ではテレビとホームシアターが店頭で一緒に展開されていますが、国内では今のところそれぞれ区切られた展開になっているようです。我々は数年前にKUROのコーナーづくりとして、PDPとシアターの同時提案をさせていただきましたが、今後薄型テレビがホームシアターと一緒に売られるという状況は世界中でますます顕著になって来ると考えます。テレビは薄型になるにつれいい音を出すのが困難になりますし、コンテンツも非常に高画質になってきましたから、それに対する音のもの足りなさをユーザーご自身が感じるはずです。
当社が中国で協業している家電量販店の蘇寧電器集団さんが、パイオニアブランドのテレビを現地で発売されていますが、一緒にホームシアターやオーディオ機器を展示、販売していただいています。また他の国でも、テレビメーカーさんと組むなどいろいろなことを行っています。テレビとのマッチングは戦略としても非常に大切なところであり、今後も推進していきたいと思います。
ホームシアターも業界では今9.1chというところまで来て、アンプの出力もかなり高くなりましたが、これを一般家庭でフルに鳴らすことは困難です。ヨーロッパでも昨今では5.1chより2.1chの方が増えていますね。これには奥様方の要望もありますが、5.1chを設置できるのは特殊な家であり、やはり2.1chで疑似サラウンドというところが一般のご家庭にマッチしていると思います。さらに我々は部屋の一カ所だけでなく、どんな場所でも同じように臨場感が得られるというものをつくりたいと考えます。
またAVレシーバーは先進国だけで浸透しているものであり、今後新興国でどう展開していくかというところも課題となります。ここは早いうちに戦略を立てたいと考えております。AVレシーバーを含め、オーディオの復活は我々の使命だという思いで取り組み、中期計画の中で様々な商品を提案して参りたいと思います。