開発の原点は“ユーザーの声”にあった
“ウッド”素材によるサウンドは大きな進化を遂げた − JVCのインナーイヤホン「HA-FX700」開発者インタビュー
ウッドドーム振動板という画期的かつビクターらしい技術が投入されたHP-FX500。群雄割拠のイヤホン市場においても、オーソドックスな高音質と木材らしい響きを兼ね備えた音は高く評価され、そのポジションを確固たるものとしている。
本機の発売から約2年を経て、上位機種HA-FX700がラインナップに追加された。基本コンセプトはもちろん受け継ぎつつ、音質面でさらなる高みを目指した新たな意欲的なモデルである。その開発を率いたビクター技術部の内田裕氏、ならびに商品企画室の澤田孝氏にお話を伺う機会を得た。
−−まずはHA-FX700の開発をスタートさせた経緯からお聞かせいただけますか。
澤田氏:世界で初めてウッドドーム振動板を搭載してハウジングも木材で作り上げたHP-FX500は、私たちの予想を超える売れ行きとなりました。同時に、ハガキやウェブを通してお客様からのご意見を多数いただきまして、その声が開発の原点となりました。
−−具体的にはどのような要望があったのですか。
澤田氏:1万円を超えるイヤホンをご購入されるお客様というのは、やはり耳が鋭くこだわりの強い方々です。FX500の音を好評価していただいた上で、「高域をさらに伸ばせないか」「広がりや量感を増してほしい」など、具体的なご意見を頂戴しました。
−−それに応えようとしたことがHA-FX700の開発にとってのスタート地点なのですね。
澤田氏:そうです。FX500の良さを認めていただいた上で、そのさらに上を望んでくださるお客樣の声に押されたというところが大きいです。
−−開発開始から完成までにはどの程度の期間を要しましたか。
澤田氏:本格的な商品化スタートからということでは1年程度ですね。でもFX500の発売直後からお客様の声は届いておりましたので、当時から検討は進めていました。
−−ではその技術的なところをお聞きいたします。FX500から進化した点で、いくつか大きなポイントはありますか。
内田氏:大きくはユニットが全くの新規設計であることと、デュアルハイブリッド構造の導入です。
−−ユニットのポイントを教えてください。
内田氏:まずウッドドームユニットの口径を8.5mmから10mmにまで拡大しました。そこに積層するウッドドーム振動板の表面積としてはおよそ2倍になっています。
−−振動板の実物を見比べさせていただくと、たしかに面積が拡大したことは一目瞭然ですね。
内田氏:お客様からいただいた低域の伸びや広がりを求める声に応えるために、ウッドドーム振動板の面積を大きくしました。装着感との兼ね合いを考え、限界まで大きくし、ウッドドームユニットの口径は10mmとなりました。
−−特に大型化にあたって工夫された点はありますか。
内田氏:ウッドドーム振動板の形状を一般的な、いわゆる「砲弾型」ではなく「円錐型」にしています。振動板の面積が広がったために、従来の形状では強度が確保できず、歪みを生じることがありました。どのような直径と形状がベストであるのか、シミュレーションと試作を繰り返して、現在のものにたどり着きました。
−−振動板に使われている木材の具体的な種類は何でしょうか。
内田氏:樺(カバ)材です。振動の伝搬速度や内部損失などの音響特性から、この素材を選んでいます。
−−ところでユニットの径を大きくするとなると、従来機種の設計やパーツは全く流用できなくなってしまうのでしょうか。
内田氏:それはその通りです。正直に言えば「そこまでする(ユニットの径を大きくして全体を完全新規設計する)必要はあるのか」という議論もありました。ですが最終的には、ウッド振動板の第二世代としてFX500を明らかに上回る音を実現しなければならないということで、踏み切りました。
−−なるほど。ではもうひとつの重要なポイントであるデュアルハイブリッド構造とはどのようなものですか。
内田氏:比重の大きいブラス(真鍮)製のリングを置くことで、ユニットの振動をがっちりと受け止めて、振動板のエネルギーをロスなく送り出すのがハイブリッド構造です。FX500ではユニットの背面のみにブラスを配置していましたが、今回は前面にもブラスを配置してエネルギーの逃げをさらになくし、振動板のエネルギーをより素直に前に出しています。
−−ブラスという素材を選んだ理由はどこにありますか。
内田氏:比重が最適だったことです。もっと重い素材にすればさらにがっちりと振動を受け止められるのですが、イヤホン自体があまりにも重いと使いにくいですよね。
−−そうですね。さて、そういった新技術を盛り込んだ上で、最終的な音決めはどのように行っていったのでしょうか。
内田氏:楽器ひとつひとつの音色や響き、余韻まで余すところなく伝えるために、幅広いジャンルの音楽の試聴と、製品の試作を繰り返して評価を重ね、試行錯誤の末に音決めを行いました。
−−細かな音質の調整は、具体的にはどのような手法で行うのですか。
内田氏:構造図を見ていただくとわかると思うのですが、本機には多くの音質調整用のパーツが組み込まれており、それぞれに役割があります。ですから例えばですが、「高域の感触がちょっと違うからこのパーツの厚みを変えてみるか…」といったような調整が可能になります。もちろん振動板自体を調整することもありました。
−−ルックス的にも大きな要素となっているウッドハウジングですが、このパーツでポイントとなる点はどこにありますか。
澤田氏:ユニットの径が大きくなっていますので、段差を設けたり、アールを大きく取るなどして耳への収まりを向上させ、装着感を高めるようにデザインしています。デザイナーはクラリネットなど木管楽器をイメージしたそうです。
−−製品の使い勝手に影響する細かな部分についてですが、例えばケーブルの長さというのはどうやって決定されましたか。
澤田氏:お客様ごとにご意見が異なるところなので難しいポイントでした。FX700については最終的にFX500と同じ長さ(0.8m+延長ケーブル)にしています。
−−上着やジーンズ、ショルダーバックのポケットに入れるとケーブルが余らずにちょうどよい感じですね。カナル型イヤホンで装着感と音質の両方を左右するイヤーピースについては何か変更はありますか。
澤田氏:シリコン製のベーシックなものについては変更ありませんが、低反発素材のものは、従来よりも少し大きめのサイズのチップを追加して、同梱しました。当社としては従来のサイズでほとんどのユーザーの方にフィットすると考えていたのですが、FX500に寄せられたご意見で「低反発素材のイヤーピースが小さくて耳に合わない」という声もありましたので。
−−今回の開発ではFX500ユーザーの声が各所で鍵になっているのですね。ウッド振動板シリーズの今後というのは何かお考えですか。
澤田氏:お客様のご要望とそれに応えられる技術的な背景が整ったタイミングで、次のモデルを構想していくことになると思います。
本インタビューを読んでいただければ、「HA-FX700」はとにかく「HP-FX500」を購入した方々からの期待に応えるべく生み出された上位モデルであるということがおわかりいただけるだろう。そのため、本機のサウンドはFX500の延長線上にある、豊かな響きと音像の明瞭さを兼ね備えており、その強みはそのままに中低域の厚みや太さをさらに増した。例えばウッドベースはボディの容積(大きさ)をより強く感じさせる。女性ボーカルとの相性の良さにもさらに磨きがかかった。
個性的な技術で王道の高音質を実現するこのシリーズ。先発のHP-FX500と合わせて各価格帯での有力な選択肢になるだろう。
本機の発売から約2年を経て、上位機種HA-FX700がラインナップに追加された。基本コンセプトはもちろん受け継ぎつつ、音質面でさらなる高みを目指した新たな意欲的なモデルである。その開発を率いたビクター技術部の内田裕氏、ならびに商品企画室の澤田孝氏にお話を伺う機会を得た。
−−まずはHA-FX700の開発をスタートさせた経緯からお聞かせいただけますか。
澤田氏:世界で初めてウッドドーム振動板を搭載してハウジングも木材で作り上げたHP-FX500は、私たちの予想を超える売れ行きとなりました。同時に、ハガキやウェブを通してお客様からのご意見を多数いただきまして、その声が開発の原点となりました。
−−具体的にはどのような要望があったのですか。
−−それに応えようとしたことがHA-FX700の開発にとってのスタート地点なのですね。
澤田氏:そうです。FX500の良さを認めていただいた上で、そのさらに上を望んでくださるお客樣の声に押されたというところが大きいです。
−−開発開始から完成までにはどの程度の期間を要しましたか。
澤田氏:本格的な商品化スタートからということでは1年程度ですね。でもFX500の発売直後からお客様の声は届いておりましたので、当時から検討は進めていました。
−−ではその技術的なところをお聞きいたします。FX500から進化した点で、いくつか大きなポイントはありますか。
内田氏:大きくはユニットが全くの新規設計であることと、デュアルハイブリッド構造の導入です。
−−ユニットのポイントを教えてください。
内田氏:まずウッドドームユニットの口径を8.5mmから10mmにまで拡大しました。そこに積層するウッドドーム振動板の表面積としてはおよそ2倍になっています。
−−振動板の実物を見比べさせていただくと、たしかに面積が拡大したことは一目瞭然ですね。
−−特に大型化にあたって工夫された点はありますか。
内田氏:ウッドドーム振動板の形状を一般的な、いわゆる「砲弾型」ではなく「円錐型」にしています。振動板の面積が広がったために、従来の形状では強度が確保できず、歪みを生じることがありました。どのような直径と形状がベストであるのか、シミュレーションと試作を繰り返して、現在のものにたどり着きました。
−−振動板に使われている木材の具体的な種類は何でしょうか。
内田氏:樺(カバ)材です。振動の伝搬速度や内部損失などの音響特性から、この素材を選んでいます。
−−ところでユニットの径を大きくするとなると、従来機種の設計やパーツは全く流用できなくなってしまうのでしょうか。
内田氏:それはその通りです。正直に言えば「そこまでする(ユニットの径を大きくして全体を完全新規設計する)必要はあるのか」という議論もありました。ですが最終的には、ウッド振動板の第二世代としてFX500を明らかに上回る音を実現しなければならないということで、踏み切りました。
−−なるほど。ではもうひとつの重要なポイントであるデュアルハイブリッド構造とはどのようなものですか。
内田氏:比重の大きいブラス(真鍮)製のリングを置くことで、ユニットの振動をがっちりと受け止めて、振動板のエネルギーをロスなく送り出すのがハイブリッド構造です。FX500ではユニットの背面のみにブラスを配置していましたが、今回は前面にもブラスを配置してエネルギーの逃げをさらになくし、振動板のエネルギーをより素直に前に出しています。
−−ブラスという素材を選んだ理由はどこにありますか。
内田氏:比重が最適だったことです。もっと重い素材にすればさらにがっちりと振動を受け止められるのですが、イヤホン自体があまりにも重いと使いにくいですよね。
−−そうですね。さて、そういった新技術を盛り込んだ上で、最終的な音決めはどのように行っていったのでしょうか。
内田氏:楽器ひとつひとつの音色や響き、余韻まで余すところなく伝えるために、幅広いジャンルの音楽の試聴と、製品の試作を繰り返して評価を重ね、試行錯誤の末に音決めを行いました。
−−細かな音質の調整は、具体的にはどのような手法で行うのですか。
内田氏:構造図を見ていただくとわかると思うのですが、本機には多くの音質調整用のパーツが組み込まれており、それぞれに役割があります。ですから例えばですが、「高域の感触がちょっと違うからこのパーツの厚みを変えてみるか…」といったような調整が可能になります。もちろん振動板自体を調整することもありました。
−−ルックス的にも大きな要素となっているウッドハウジングですが、このパーツでポイントとなる点はどこにありますか。
澤田氏:ユニットの径が大きくなっていますので、段差を設けたり、アールを大きく取るなどして耳への収まりを向上させ、装着感を高めるようにデザインしています。デザイナーはクラリネットなど木管楽器をイメージしたそうです。
−−製品の使い勝手に影響する細かな部分についてですが、例えばケーブルの長さというのはどうやって決定されましたか。
澤田氏:お客様ごとにご意見が異なるところなので難しいポイントでした。FX700については最終的にFX500と同じ長さ(0.8m+延長ケーブル)にしています。
−−上着やジーンズ、ショルダーバックのポケットに入れるとケーブルが余らずにちょうどよい感じですね。カナル型イヤホンで装着感と音質の両方を左右するイヤーピースについては何か変更はありますか。
澤田氏:シリコン製のベーシックなものについては変更ありませんが、低反発素材のものは、従来よりも少し大きめのサイズのチップを追加して、同梱しました。当社としては従来のサイズでほとんどのユーザーの方にフィットすると考えていたのですが、FX500に寄せられたご意見で「低反発素材のイヤーピースが小さくて耳に合わない」という声もありましたので。
−−今回の開発ではFX500ユーザーの声が各所で鍵になっているのですね。ウッド振動板シリーズの今後というのは何かお考えですか。
澤田氏:お客様のご要望とそれに応えられる技術的な背景が整ったタイミングで、次のモデルを構想していくことになると思います。
本インタビューを読んでいただければ、「HA-FX700」はとにかく「HP-FX500」を購入した方々からの期待に応えるべく生み出された上位モデルであるということがおわかりいただけるだろう。そのため、本機のサウンドはFX500の延長線上にある、豊かな響きと音像の明瞭さを兼ね備えており、その強みはそのままに中低域の厚みや太さをさらに増した。例えばウッドベースはボディの容積(大きさ)をより強く感じさせる。女性ボーカルとの相性の良さにもさらに磨きがかかった。
個性的な技術で王道の高音質を実現するこのシリーズ。先発のHP-FX500と合わせて各価格帯での有力な選択肢になるだろう。