「ライブストリーミングはプラスアルファの価値を提供できる」
【インタビュー】ジャズピアニスト・大西順子が感じた「無観客ライブ有料ネット配信」の課題と可能性
ジャズピアニストとして、日本のみならず世界でも高い評価を得る大西順子。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークを中心にアーティスト活動を開始し、そのアグレッシブなパフォーマンス、グルーヴ感溢れるサウンドは、聴き手に彩り豊かなインスピレーションを与えてくれる。
一時期の休養を挟みつつも、キャリア30年を超える彼女は、去る6月7日に、新宿PIT INNで無観客ライブを開催、有料のライブストリーミングを行った。ベース井上陽介、ドラム吉良創太の3名によるジャズパフォーマンスは、その映像ストリームのクオリティの高さもあいまって、音楽ファンを喜ばせた(6月30日までアーカイブ購入可能)。
新型コロナウイルス蔓延の影響を受けて、にわかに盛り上がる「有料ライブストリーミング」。無観客ライブを終えた大西順子さんに、その手応えと未来への展望を語っていただいた。
■熱演したあとにシーン。お客さんがゼロは厳しい
ーー先日の新宿PIT INNでの無観客ライブを、オンラインで自宅から鑑賞していました。マルチカメラでの切り替えや、ピアノの指先の動きが見えるなど、普段のライブでは味わえない魅力がありました。無観客ライブというのは今回が初めてでしょうか?
大西 もちろん初めてです。リハーサルでもないし、途中で止まるわけにもいかないし、MCもしなくちゃいけないし、頑張って熱演した割にはシーン、みたいな。空振りしまくって、倒れていくボクサーのような感じ、というのか。共演した3人とも、これは辛いね、という話をしました。
ーーなんと! 現場のミュージシャンにとってはシビアな現場だったのですか!
大西 お客さんがゼロっていうのはないな、って思いました。MCも照れるんですよね。誰もいないところに向かって話すのって。熱演したあとシーンってして、そのあとMCをする恥ずかしさ。もうどうしていいんだか。翌日みんな変な筋肉痛が残っちゃいました。
ーー観客のありなしというのは、演奏にも大きな影響を与えるのですね。
大西 あれが当たり前にはなって欲しくないです。ただ、反省点もいっぱい分かったし、やってみた価値はすごく大きかったです。
ーーライブハウスは非常に厳しい状況が継続しています。
大西 コロナウイルスによる影響というのは、いまでも何が本当だか、分からないですよね。ライブハウスや劇場は自粛する必要がなかったのでは、という意見もあります。ですが何か起こったらやっぱりいけないですし、いまは自粛しなきゃいけない感じですね。
動画配信も多くスタートしていますが、いまだから許されるレベルのクオリティのものもあります。今後新しいサービスとして取り組むならば、まだクオリティが足りていないと思います。それをやっていくためには相当な人員も機材も、またネットワークそのものの強化も必要になってきます。
ーーその一方で、オンラインならではの面白さもあるとは思います。普段見られない視点からが見られることはとても刺激的でした。
大西 余力のある箱やお店にとっては、ライブストリーミングはプラスアルファの価値を提供できます。また、海外の人にも見てもらえる可能性が出てきますね。ですから、たとえば来てくれたお客さんは正規の値段で、オンラインならば半額+投げ銭とか、いろいろなやり方が考えられます。ただ、お客さんは絶対必要です。演者にとって絶対必要です。
■自粛期間中は自宅で練習をしたり、新曲を書いたり
ーー箱の魔力というのもあると思いますが、新宿ピットインは大西さんにとってどんな場所ですか?
大西 どの箱にも、自分が出演した場所には思い入れがあります。場所の雰囲気が好きでこられる方もたくさんいますので、やはりピットインの空気感が伝わると嬉しいですね。まさに「夜の街新宿」ですが(笑)。そう考えて、冒頭に新宿の街の映像を入れました。ピットインさんは昔からPAさんを育てているライブハウスでもあり、音響も結構凝っているんです。ライブレコーディングも長く取り組んでいますね。
ーー今後は箱ごとに配信の個性も出てくるかもしれませんね。
大西 ただ、すべての箱ができるとは思えないので、大きいところ、たとえばジャズ系ならブルーノートさんやビルボードさん、ピットインさんなどは配信を仕掛けていますね。ただ、私たちは正直、地方の個人でやっている小さなお店にすごくお世話になっているので、この状況が続いてしまう場合、どうしたらいいのかな、とは思います。
ーー最も影響を受けているのはそういう小さいお店さんですね。ライブの活動が急になくなってしまった数ヶ月間、どういう活動をされていたのですか?
大西 家にいて、なまらない程度に練習して、余力があれば曲を書いたり、普段通りですね。私はいまは生徒を持っていませんが、生徒がいる人はオンライン授業やったりしているようです。
ーー自分の作品作りにまとまった時間が作れましたか?
大西 そうしようかなと思ったんだけど、実際はグダグダしていました。犬を2匹飼っているのですが、もうあの子たちが私をダメにするの! でもずっと一緒にいすぎて、もうだいぶ私に飽きてきたみたい(笑)。
ーーこの期間中に感じたものが次の作品につながりそうな手応えはありますか?
大西 今回の出来事はあまりにショッキングで、これを何かに活かそうとか、まだそういう余裕もないですね。そこまで考えられません。第二波も不安ですし、今後どうなるんだろうなって思っています。ライブが再開できてもお客さんも怖がって来られないと思うし、不安の方が大きいです。この状況を次の作品にどう活かすかって、まだ到底考えられません。
ーー未来を見通せない息苦しさは、世界中の人が感じているように思います。そんな状況だからこそ音楽の力で勇気をもらう、現地にはいけないけどライブをみて勇気もらった、という方もたくさんいるんじゃないかなと思います。
大西 そう思っていただけるのは大変ありがたいのですが、音楽の力なんかでは救われることのない問題もたくさんあるのです。音楽を聴くことができるだけ余裕がある、そういう人に対してしか発信はできないですね。
■若いミュージシャンにとっては、じっくり練習する時間を作れるいい機会
ーー7月1日にはPIT INNでのライブを収録したアルバム「Unity All」が発売になり、その後ツアーが始まります。
大西 県をまたいでの移動も許可されるようになりましたので、7月1日から大阪で、そのあと名古屋とライブを再開します。それから、19日に東京ブルーノートでもライブをします。こちらはレコ発イベントなので、セクステットプラスと、割と大人数のステージになりますね。ステージ上が「密」にならないようにという配慮も必要です。こちらは配信もやる予定です。
ーー今後の活動としてどのようなことを考えていますか?
大西 いままでライブDVDを作るのはお金がかかるので難しかったのですが、機材を持っていて動かせる人たちがいるのであれば、思っているよりは安く作れる可能性があります。そういったことにも挑戦したいですね。だけど、ライブはライブ、お客さんがいないと成立しません。今回はほんと痛い目を見ました。ライブというのは客が主役なんだなと。
ーー素晴らしいライブというのは、観客も一緒に空間を作り上げていく感じがします。
大西 お客さんが作っている空気の上で弾けることがたくさんあると思いました。ですから、若い人、伸び盛りの人には(無観客ライブは)あまりやって欲しくないんです。小さくまとまってしまうか、しっちゃかめっちゃかになっちゃうかどっちかだと思います。今この実験段階においては、無観客ライブはある程度熟練した人がやった方がいいんじゃないかなと思います。熟練した人たちが痛い目を見て、こうした方がいいんじゃないかああした方がいいんじゃないかって試行錯誤が必要です。
ーーなるほど。
大西 アメリカ人のミュージシャンはプロになるため、シーンにブレイクするための壁が厚いんです。大学を卒業した後など、何年も家にこもって練習したり勉強する時間があるのです。英語で「shed」(シェード)っていうんですが、そういうのが日本にはないんですよね。もちろん中には鳴り物入りで、若い時から天才扱いされて出てくる子もいるんですけど。日本ではまだかなり不勉強、未熟な段階でも、どこかしらのライブハウスに出演など、何かしらの活動ができてしまうので、そこで満足してしまう人が多いように思います。
このコロナの騒動は、若いミュージシャンにとってじっくり練習する時間を作れるいい機会になっているようにも思います。久しぶりに会うと、「あれ、うまくなってるじゃん!」って。なので、いまはぜひ家でじっくりあせらず練習して欲しいですね。
ーー私も気を引き締めて勉強します(笑)。慌ただしい時代ですから、改めて自分と向き合う時間が取れることは、ポジティブな結果に繋がるかもしれません。1日も早く日常が戻り、ライブハウスに自由に遊びに行ける日がくることを心待ちにしています。本日はありがとうございました。
(Photo by 君嶋寛慶)
一時期の休養を挟みつつも、キャリア30年を超える彼女は、去る6月7日に、新宿PIT INNで無観客ライブを開催、有料のライブストリーミングを行った。ベース井上陽介、ドラム吉良創太の3名によるジャズパフォーマンスは、その映像ストリームのクオリティの高さもあいまって、音楽ファンを喜ばせた(6月30日までアーカイブ購入可能)。
新型コロナウイルス蔓延の影響を受けて、にわかに盛り上がる「有料ライブストリーミング」。無観客ライブを終えた大西順子さんに、その手応えと未来への展望を語っていただいた。
■熱演したあとにシーン。お客さんがゼロは厳しい
大西 もちろん初めてです。リハーサルでもないし、途中で止まるわけにもいかないし、MCもしなくちゃいけないし、頑張って熱演した割にはシーン、みたいな。空振りしまくって、倒れていくボクサーのような感じ、というのか。共演した3人とも、これは辛いね、という話をしました。
ーーなんと! 現場のミュージシャンにとってはシビアな現場だったのですか!
大西 お客さんがゼロっていうのはないな、って思いました。MCも照れるんですよね。誰もいないところに向かって話すのって。熱演したあとシーンってして、そのあとMCをする恥ずかしさ。もうどうしていいんだか。翌日みんな変な筋肉痛が残っちゃいました。
ーー観客のありなしというのは、演奏にも大きな影響を与えるのですね。
大西 あれが当たり前にはなって欲しくないです。ただ、反省点もいっぱい分かったし、やってみた価値はすごく大きかったです。
ーーライブハウスは非常に厳しい状況が継続しています。
大西 コロナウイルスによる影響というのは、いまでも何が本当だか、分からないですよね。ライブハウスや劇場は自粛する必要がなかったのでは、という意見もあります。ですが何か起こったらやっぱりいけないですし、いまは自粛しなきゃいけない感じですね。
動画配信も多くスタートしていますが、いまだから許されるレベルのクオリティのものもあります。今後新しいサービスとして取り組むならば、まだクオリティが足りていないと思います。それをやっていくためには相当な人員も機材も、またネットワークそのものの強化も必要になってきます。
ーーその一方で、オンラインならではの面白さもあるとは思います。普段見られない視点からが見られることはとても刺激的でした。
大西 余力のある箱やお店にとっては、ライブストリーミングはプラスアルファの価値を提供できます。また、海外の人にも見てもらえる可能性が出てきますね。ですから、たとえば来てくれたお客さんは正規の値段で、オンラインならば半額+投げ銭とか、いろいろなやり方が考えられます。ただ、お客さんは絶対必要です。演者にとって絶対必要です。
■自粛期間中は自宅で練習をしたり、新曲を書いたり
ーー箱の魔力というのもあると思いますが、新宿ピットインは大西さんにとってどんな場所ですか?
大西 どの箱にも、自分が出演した場所には思い入れがあります。場所の雰囲気が好きでこられる方もたくさんいますので、やはりピットインの空気感が伝わると嬉しいですね。まさに「夜の街新宿」ですが(笑)。そう考えて、冒頭に新宿の街の映像を入れました。ピットインさんは昔からPAさんを育てているライブハウスでもあり、音響も結構凝っているんです。ライブレコーディングも長く取り組んでいますね。
ーー今後は箱ごとに配信の個性も出てくるかもしれませんね。
大西 ただ、すべての箱ができるとは思えないので、大きいところ、たとえばジャズ系ならブルーノートさんやビルボードさん、ピットインさんなどは配信を仕掛けていますね。ただ、私たちは正直、地方の個人でやっている小さなお店にすごくお世話になっているので、この状況が続いてしまう場合、どうしたらいいのかな、とは思います。
ーー最も影響を受けているのはそういう小さいお店さんですね。ライブの活動が急になくなってしまった数ヶ月間、どういう活動をされていたのですか?
大西 家にいて、なまらない程度に練習して、余力があれば曲を書いたり、普段通りですね。私はいまは生徒を持っていませんが、生徒がいる人はオンライン授業やったりしているようです。
ーー自分の作品作りにまとまった時間が作れましたか?
大西 そうしようかなと思ったんだけど、実際はグダグダしていました。犬を2匹飼っているのですが、もうあの子たちが私をダメにするの! でもずっと一緒にいすぎて、もうだいぶ私に飽きてきたみたい(笑)。
ーーこの期間中に感じたものが次の作品につながりそうな手応えはありますか?
大西 今回の出来事はあまりにショッキングで、これを何かに活かそうとか、まだそういう余裕もないですね。そこまで考えられません。第二波も不安ですし、今後どうなるんだろうなって思っています。ライブが再開できてもお客さんも怖がって来られないと思うし、不安の方が大きいです。この状況を次の作品にどう活かすかって、まだ到底考えられません。
ーー未来を見通せない息苦しさは、世界中の人が感じているように思います。そんな状況だからこそ音楽の力で勇気をもらう、現地にはいけないけどライブをみて勇気もらった、という方もたくさんいるんじゃないかなと思います。
大西 そう思っていただけるのは大変ありがたいのですが、音楽の力なんかでは救われることのない問題もたくさんあるのです。音楽を聴くことができるだけ余裕がある、そういう人に対してしか発信はできないですね。
■若いミュージシャンにとっては、じっくり練習する時間を作れるいい機会
ーー7月1日にはPIT INNでのライブを収録したアルバム「Unity All」が発売になり、その後ツアーが始まります。
大西 県をまたいでの移動も許可されるようになりましたので、7月1日から大阪で、そのあと名古屋とライブを再開します。それから、19日に東京ブルーノートでもライブをします。こちらはレコ発イベントなので、セクステットプラスと、割と大人数のステージになりますね。ステージ上が「密」にならないようにという配慮も必要です。こちらは配信もやる予定です。
ーー今後の活動としてどのようなことを考えていますか?
大西 いままでライブDVDを作るのはお金がかかるので難しかったのですが、機材を持っていて動かせる人たちがいるのであれば、思っているよりは安く作れる可能性があります。そういったことにも挑戦したいですね。だけど、ライブはライブ、お客さんがいないと成立しません。今回はほんと痛い目を見ました。ライブというのは客が主役なんだなと。
ーー素晴らしいライブというのは、観客も一緒に空間を作り上げていく感じがします。
大西 お客さんが作っている空気の上で弾けることがたくさんあると思いました。ですから、若い人、伸び盛りの人には(無観客ライブは)あまりやって欲しくないんです。小さくまとまってしまうか、しっちゃかめっちゃかになっちゃうかどっちかだと思います。今この実験段階においては、無観客ライブはある程度熟練した人がやった方がいいんじゃないかなと思います。熟練した人たちが痛い目を見て、こうした方がいいんじゃないかああした方がいいんじゃないかって試行錯誤が必要です。
ーーなるほど。
大西 アメリカ人のミュージシャンはプロになるため、シーンにブレイクするための壁が厚いんです。大学を卒業した後など、何年も家にこもって練習したり勉強する時間があるのです。英語で「shed」(シェード)っていうんですが、そういうのが日本にはないんですよね。もちろん中には鳴り物入りで、若い時から天才扱いされて出てくる子もいるんですけど。日本ではまだかなり不勉強、未熟な段階でも、どこかしらのライブハウスに出演など、何かしらの活動ができてしまうので、そこで満足してしまう人が多いように思います。
このコロナの騒動は、若いミュージシャンにとってじっくり練習する時間を作れるいい機会になっているようにも思います。久しぶりに会うと、「あれ、うまくなってるじゃん!」って。なので、いまはぜひ家でじっくりあせらず練習して欲しいですね。
ーー私も気を引き締めて勉強します(笑)。慌ただしい時代ですから、改めて自分と向き合う時間が取れることは、ポジティブな結果に繋がるかもしれません。1日も早く日常が戻り、ライブハウスに自由に遊びに行ける日がくることを心待ちにしています。本日はありがとうございました。
(Photo by 君嶋寛慶)