【インタビュー】ビックカメラ・ドットコムが目指すものとは?「お客様にとって家族のような身近な存在に」
トップインタビュー:ビックカメラ幹部に訊くEC戦略
リアル店舗と連携した強みを持つビックカメラのEC事業。非家電分野の拡充、効率アップを実現する物流改革、送料無料の導入、キャッシュレス決済の拡充など、その存在感をさらに高めている。高齢化や物流問題などの社会環境が取り巻くなか、今後のEC市場をどのように展望し、ビックカメラ・ドットコムの強みを磨いていくのか。昨年9月にEC事業部長に就任した畑中英治氏に話を聞く。<インタビュアー 音元出版 代表取締役・風間雄介>
株式会社ビックカメラ
執行役員 EC事業部長 兼 株式会社ビックカメラ楽天代表
畑中 英治氏
プロフィール/2003年4月 株式会社ビックカメラ入社、2015年9月 コジマ物流室長(出向)、2018年1月 物流部部長、2021年9月 執行役員ロジスティクスサービス部長、2024年9月 執行役員EC事業部長(現職)
高齢化に伴う買い物難民の増加はECにとっての商機
ーー コロナの5類移行後、ECバブルもはじけて落ち着きましたが、現在のECを取り巻く環境についてどのようにご覧になられていますか。
畑中 日本にはさまざまな社会課題がありますが、大きなダウントレンドとして挙げられるのが人口動態の変化です。なかでも注視すべきは「労働人口の減少」と「高齢化」。前者については物流にも大きなインパクトを与えることから、ECにとってはチャンスになると捉えています。
将来的にECを展望する上で背景にあるのが二つ目の高齢化です。昨年、私にとって衝撃的だったニュースが、毎日新聞が富山県内での配送を休止したこと。新聞が47都道府県すべてに対する情報提供を止めてしまうという、もはや当たり前と思っていたことを疑わなければならない世の中であることを改めて思い知らされました。
都市部に人が集まるため、地方の人口減少はさらに加速しています。高齢化が進み、高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違える事故の記事も目にするようになりました。高齢化が加速して運転免許を返上する人が増えると、買い物のための交通手段がなくなり、より不便になってしまいます。今後、“買い物難民”がさらに増え、近い将来の大きな国内課題になると思います。
買い場を失う世界観を目の前にしたときに、そこではデジタルでリーチできるものがないと、お客様を引き込むことはできなくなります。ビックカメラは都市部を中心とした出店で、ターミナルの集客基盤は強力な一方、店舗がないような商圏をどのように開拓していくかが課題であり、当社のECサイトをご利用いただくことで、“不便さ”を“便利”に変えていくことができると考えます。地域にはそれぞれ必ず特徴があり、そこを捉えて展開していくことが大切です。

65歳以上の高齢者人口は2013年に3,186万人、4人に1人が高齢者となりました。2030年にはおよそ3人に1人が高齢者となると予測されています。一方ではまた、10年後、20年後を見据えて、所得が増える今の20代・30代・40代といった働き盛りの世代に対しても、ビックカメラが選ばれる存在でなければなりません。
お客様にとって家族のような存在のECサイトになる
―― これからのEC事業についてどのようなビジョンをお持ちですか。
畑中 さまざまな経営課題に対し、会社にはパーパスがありますが、EC事業部としての普遍的なスローガンが必要と考え、「お客様にとって家族のような存在のECサイトになる」というメッセージを掲げました。
家族のような存在で常に身近で便利な総合通販サイトになる。毎年いろいろな経営課題に直面したとしても、それは間違いなく普遍的なテーマになります。日常にビックカメラがあるような世界観を将来的には実現していきたいですね。誰もがスマートフォンを持ち歩いているわけですから、いわば、ポケットにビックカメラを持ち運べる時代です。そこにはいろいろ可能性があります。
―― まるで“家族のような”身近な存在ですね。
畑中 朝起きたら天気予報を確認するように、“モノを買う”という心理の前にビックカメラが寄り添っている。何気ない日常で意識することなく、気になった際の検索に、スマホでビックカメラのアプリやビックカメラのECサイトに触れてしまうような世界観をイメージしています。
取扱商品も“家電屋”というイメージから良い意味でも脱却し、コンセントに刺さらない非家電製品も取り扱いが増えています。ティッシュペーパー、トイレットペーパー、洗剤などの日用品にペットフード、医薬品などもあり、物流センターでも家電製品より日用品の方が取り扱いは多くなっています。ここ5年ぐらいで本当に大きく様変わりしています。
ECでは、見て触れるリアル店舗の場として最大の価値がある店舗に対する導線を強化し、一方では、当社への集客のトリガーとして、顧客基盤を強靭化する役割も担っています。デジタルには多岐にわたる戦略がありますが、購入する場所を選択するのはお客様です。ECと店舗を差別しているのはあくまで事業者側の都合に過ぎません。それぞれのチャネルでサービス格差があってはならないし、同じ顧客体験、同じ購買体験が得られる形にしていかなければなりません。

宮嶋 ECではまた、店舗の在庫や展示の有無を確認することができるサービスも提供しています。例えば、出かけた街にある大型ビジョンで、人気商品を紹介するコンテンツが流れているのを見かけて、「この商品を見てみたい」「試してみたい」と思ったとき、ビックカメラのアプリで確認して、近くのに店にあるから見に行ってみようといった体験を提供することが可能です。店舗の在庫を取り置きすることもできます。
畑中 一方、店舗では電子プライス(棚札)を採用しており、お客様が商品を買おうとしたときに、電子プライスをスマホのアプリでスキャンすれば、レビューをその場ですぐに確認することができます。

社会トレンドをしっかりと捉えた上で、10年後、20年後にどういう世界になるのか仮説を立てながら、EC事業をこれからどのように成長させていくのかを、昨年9月のEC事業部長着任以来ずっと考えています。
「購入する」という意識の前の存在としてありたい
―― EC事業部長ご就任前は、ロジスティクス部門を担当されていらっしゃいました。リアル店舗・ECともにサービスにおける重要な位置付けになります。
畑中 2021年に自動化設備を導入し、生産性向上を実現するために、定点ピッキング「GDP(グッズ・ドゥ・パーソン)ロボット」の導入や自動梱包機等、ロボティクスとテクノロジーを融合した機能を物流センターに導入しました。労働力を低減し、人件費のコストパフォーマンスという観点から生産性は大きく向上しました。上流の商品販売が優れていても、ロジスティクス機能が充足していなければ、安定した価値提供が難しくなります。
―― 送料にもかなり踏み込んだ戦略を推進されています。
畑中 2020年10月にコスト最適化を目的に、購入金額2,000円以上は無料に切り替えました。結果として、オーダー当たりの平均単価が上がりました。様々な要因がありますが、ひとつとして2,000円以上購入しようという心理がお客様に働いたかもしれません。売上げそのものは客単価が上がったために維持できましたが、お客様の数が増えず、成長が鈍化してしまいました。
新型コロナでは巣ごもり需要が増え、ECバブルとも言われました。新型コロナが5類に移行するとお客様の数も落ち着き、事業成長の角度は予定通りに大きく伸びなくなりました。そのときに、これからどう成長させるのかは非常に難しいものでした。
そのような状況のなか、お客様からの期待に応えるため、昨年9月のEC事業部長に着任したタイミングで「送料無料」を導入しています。早くお客様にお伝えしたかったので、ECサイトにもトップページの一番上に「送料無料」とメッセージを掲げるなど、認知活動も強化したところ、開始から1カ月も経過するとお客様も増えてきました。
ただし、送料無料には課題もあります。一部、新規のお客様の初回は“お試し体験”で、大型の家電を購入される方は少ないかもしれません。お試し買いとして「消しゴムでも買ってみようか」「ペットフードを買ってみようか」といった購入心理で、自ずと客単価は下がります。しかし、そこでユーザビリティを上げ、お客様にご満足いただくことができれば、利用回数を増やすことでLTV(顧客生涯価値)を上げることができます。

―― 数多くの決済手段に対応されている点も目を引きます。
畑中 業界トップレベルだと思います。「ポイ活」という言葉もよく耳にするようになりましたが、ここ数年でいろいろな決済手段が増え、各々の決済ベンダーのポイント経済圏が確立されています。そうした経済圏のお客様にリーチすることができれば、顧客基盤をさらに強化することができると考えます。
お客様のなかには、メインとされる決済手段があると思います。決済手段を多様化して対応の幅を広げることは、新規のお客様も含め、ビックカメラをまた利用していただくことにつながる大きなメリットになると考えています。
―― 決済手段の中にあるペイディやメルペイなどの分割払いは、若い方が多く利用されている印象を受けます。
畑中 クレジットカードを持つことにアレルギーのある方、キャッシュ主義の方などいろいろなニーズに対応していくことが必要です。クレジットカードを持てない若年層を取り込む上からは、分割という支払い方法を可能とするのはひとつの大きなポイントになります。高額な商品を購入するにあたって、分割決済は助かりますよね。
「購入する」という意識の前の存在としてありたいと考えています。とても不思議な感覚になりますが、まさに日常にビックカメラがあるという世界観ですね。
パーソナライズ化がさらに適切な提案を可能にする
―― 今後、EC化比率の低い高額商品をどのように増やしていくか、伸ばしていくかというテーマについてはどのようにお考えですか。
畑中 まず言えるのは、ビックカメラはロジスティクスのラストワンマイルにおけるBtoCサービスにおいて、物流子会社「ビックロジサービス」が、お客様のニーズに合わせてフレキシブルに対応しています。店舗で購入する場合とほぼ変わりのない配送時のサービスで、業界最高水準の顧客体験を提供できると自負しています。配送・設置を委託する各協力会社とのパートナーシップは強固な関係を築いており、ロジスティクスの大きな強みです。

ビックカメラと言えばやはり「家電」をイメージされますから、インターネットで大型家電を購入するとなれば、そのときの安心感は何事にも代えがたいもの。実際に大型家電の売上構成比が上がってきているのも、やはりそこが大きいと思います。客観的に一消費者の立場になって考えてみても、家電を主としないサイトで大型家電を買うことは、アフターサービスを含めとても不安ではないでしょうか。
宮嶋 同じ大きさの冷蔵庫を購入したのに搬入できない、古い冷蔵庫が引き上げられないといったケースが見受けられます。リフォームや家具の移動で搬入経路が変わってしまっていることに、お客様は気づいていないかもしれません。こうした場合にもしっかり対応することができます。

畑中 フィジカルな世界ですが、テクニカルな人材・最高のおもてなしの心を持った配送員が揃っていて、ここは、ビックカメラのラストワンマイルの大きな強みとなります。
―― 今後の抱負をお聞かせください。
畑中 2012年にコジマに出向し、キャリアの3分の1をコジマで過ごしています。ビックカメラに戻ってきたのは2018年。コジマにいた最後の一年に初めてロジスティクスに携わり、2018年からはグループのサプライチェーンや物流の最適化に取り組んできました。事業側に携わるのは本当に久しく、毎日が刺激的です。お客様のニーズに沿った適切なタイミングで価値提供を行い、かつリアル店舗との連携を強化することにより、お客様の日常に対して、格別な感動体験を提供します。
日常にビックカメラがありふれているような世界観やデバイスでビックカメラを持ち運ぶ考え方においては、中期経営計画での実現に向けたひとつの重要な要素として「パーソナライズ」が挙げられます。適切なタイミングでオファーができるようになることで、一人一人にビックカメラが寄り添う世界が実現できるからです。
―― パーソナライズ化に生成AIを組み入れていく考えはありますか。
畑中 検討はしています。AIの無限大の可能性をどのように評価していくのかがポイントです。業務効率化を主とした内部視点や、様々なコミュニケーションやアウトプットを実現し得る可能性が非常に魅力的です。
バックオフィスの効率化はもちろん、お客様からの問い合わせに対し、生成AIでシームレスな会話によりサポートすることもできます。近い将来、デジタル領域において、お客様とのコミュニケーションですら実現可能な技術もあることから、今後の成長に期待しています。
―― “家族のような存在”として、ビックカメラ・ドットコムのこれからの進化に目が離せないですね。
畑中 事業成長を支える物流デザインに長らく携わり、昨年9月にEC事業部長として着任し、これまでは外から見ていたECに対する見方も少し変わりました。正直まだフィットできていないところもありますが(笑)、申し上げてきたような世界観の実現へ向け、ワクワクしながら志高く取り組んで参ります。
―― 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。