2010年01月18日
山之内正のデジタルオーディオ最前線

第1回:なぜいま「デジタルファイルミュージック」なのか? 山之内 正

■手軽さをとって音楽の感動を捨てていないだろうか?

いつでもどこでも多くのお気に入りを持ち歩けるようになり、音楽は身近なものになっている
音源がデジタル化されたあと、パソコンとインターネットが普及したこの10年ほどの間、音楽と私たちの距離はとても身近になった。好きな曲を何千曲も持ち歩けるなど、少し前まで想定していなかった環境が現実になっている。

一方、たしかに身近にはなったが、クオリティはどうだろうか。昔よりも音が貧弱になってしまったということはないだろうか。技術は進化しているはずなのに質は低下するという逆行現象が、身近な音楽の世界で実際に起きているのだ。

音が悪くなっている原因は2つ考えられる。オリジナル音源ではなく、MP3など圧縮したデータを使っていることと、パソコンやポータブルプレーヤーなど、制約のある環境で再生していることだ。

音源がデジタルだから耳障りなノイズは出ないし、そこそこの迫力もあるかもしれない。だが、音楽に本来そなわるパワーやエモーショナルなサウンドがどこまで再現できているかというと、かなり疑わしい。便利さを手に入れたのと引き換えに、「本物の感動」という、一番大切なものを失いかけているのだ。

失われてしまった本来の価値を取り戻すためにはどうすればいいのだろうか。もちろん、良い音を蘇らせるとはいえ、一度手にした便利さはそのまま手放したくない。そんなに都合良く事が運ぶのかと思われるかもしれないが、やり方さえ間違えなければ、確実に実現することができる。ポイントは次の3点だ。

1.圧縮音源を使うのをやめるか、できるだけ圧縮率の小さい音源を聴く。
2.パソコンを使う場合は可能な限りピュアな信号を取り出す。
3.再生するアンプやスピーカーと、その操作性にこだわる。


この3つのポイントを軸にして、パソコンを核にしながら音の良い音楽再生を実現するためのノウハウや情報を提供していくことが本連載の目的だ。もちろん、パソコンを核にするとはいっても、コンピューターを改造したり、特別なマシンを購入するといった方法は考えていない。主役は音楽とオーディオ機器であり、再生システムのなかでは、パソコンは脇役に過ぎないからだ。

パソコンを賢く利用し低価格でいい音を実現する

オーディオの常識では考えられないような低価格の製品でも圧倒的な高音質を実現できる可能性があることは、パソコンを核に音楽再生を楽しむメリットの一つだ。パソコンだけで再生した場合は最低水準の貧弱な音にしかならないが、適切な周辺機器を組み合わせ、オーディオシステムに組み込むことによってクオリティが一変し、高級オーディオ顔負けの音が出てくることもありうる。

いまの話が大げさなたとえでないことを理解するには、音楽の製作現場でコンピューターが不可欠なツールになっている事実を思い出すだけでよい。録音やマスタリングの現場で活躍するコンピューターの重要性は、録音やマスタリングとは逆のプロセス、つまり家庭での音楽再生環境にもそのまま当てはまる。使い方さえ間違えなければ、パソコンは音楽再生の強力なツールになりうるのだ。コンピューターとデジタルミュージックの関係がハイファイの視点から注目を集めている背景には、そんな事情がある。

3つの原則を具体化するためにこれからどんなソフトやハードを紹介していくのか、ここで大まかな設計図を描いておくことにしよう。

■これからの連載の流れ

PCを核に、音質をグレードアップするさまざまな機器を紹介する
圧縮音源と距離を置くことは、いまの環境ではそれほど難しいことではない。CDのリッピングにはALAC(=Apple Lossless)やFLAC(=Free Lossless Audio Codec)などのロスレスコーデックを使えばよいし、配信音源も従来に比べて圧縮率の小さいデータを入手しやすくなった。

音楽配信のデファクトスタンダードであるiTunes Storeでは256kbpsのAACのiTunes Plus仕様の曲が高い比率を占めているし、CDと同等またはそれ以上のマスター音源をそのまま配信するレーベルも増えてきた。パソコンやポータブルプレーヤーの保存容量が急速に大きくなっているので、ロスレスや低圧縮率の音源を保存しても容量をあまり気にしなくて済むという事情もプラスにはたらいている。

パソコンからピュアな音楽データを取り出す方法はいくつかあるが、使いやすさとクオリティの両面から薦められるのはLANとUSBの2つである。前者を利用するオーディオ機器としてネットワーク対応のストリームプレーヤーがあり、後者はUSB-DACを利用する手法が一般的だ。それぞれ複数の製品が発売されており、代表機種をいくつか紹介する。

3番目のテーマはアンプやスピーカーなど、具体的なオーディオ機器に関わってくる。パソコン音源と組み合わせるからといって特別なルールを設ける必要はないと思うが、サイズ、デザイン、操作性の3つは重要なポイントになるだろう。

3つの原則を具体化する方法のなかには、ハードウェアの追加や変更が必要なものもあるが、ソフトウェアを入れ替えたり、設定を変更するだけで済むものもある。また、ハードウェアにはそれなりの費用がかかるが、ソフトウェアのなかには無料で入手できるものも少なくない。

この連載では高級オーディオはできるだけ除外し、低価格だが音の良い製品を紹介する予定だが、だからといってクオリティ面での妥協はしたくない。「パソコンにしては良い音だ」という条件付きではなく、あくまでもピュアオーディオ基準での高音質を目指す。それが不可能ではないことを、実例を挙げながら次回から実証していきたい。


【執筆者プロフィール】
山之内 正 Tadashi Yamanouchi
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、東京フィルハーモニー交響楽団の吉川英幸氏に師事。現在も市民オーケストラ「八雲オーケストラ」に所属し、定期演奏会も開催する。