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連載
極 kiwami 〜魅惑の響きを求めて
貝山知弘氏は、オーディオ/ビジュアルの「極」を求め続け、第一線で活躍する評論家のひとりである。その探究はハード面はもちろんのこと、音楽/映画自体の本質にも迫ろうとするものだ。
早稲田大学卒業後、東宝に入社し13本の劇映画を製作。その後独立し、フジテレビ/学研製作の国民的映画『南極物語』(1983年公開)のチーフプロデューサーを務めた経歴を持つ氏のビジュアル評論には、“映像とはストーリーや登場人物の機微を表現するもの”という、独自の視点が活かされている。
氏がオーディオに目覚めたきっかけは、少年時代に始めたアンプの自作。神田や秋葉原のパーツ屋を巡り、製作に熱中したという。アナログレコードやCD、SACDのみならず、一昨年にはLINNの「KLIMAX DS」を購入し、ネットオーディ オもスタート。常に新しいものを吸収し、今なお貪欲により良い音を求め続けている。
また、私が非常に心に残っていることがある。《ボワ・ノワール》に新しくアキュフェーズの「DP-900」と「DC-901」を導入し、満足の行く音が完成したから、とお誘いをいただきお宅へうかがった時のことだ。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」(氏が子供の頃から好み、終戦の日にも聴いた特別な思いのある曲だという)を聴かせていただいた。「春の祭典」は、非常に複雑なオーケストレーションと、暴力的なまでの変拍子で織りなされている曲だ。冒頭の、大編成オーケストラの各楽器が異なる調性で全く違うニュアンスのメロディーを演奏する、原始の春に芽吹く生命の咆哮のような部分、それぞれのパートをクリアに描き分けつつもバラバラにならず、溢れる音楽のエネルギーを鮮明に伝えてくれるシステムの力に驚くとともに、私が「ああ、これぞ」と思ったのは、試聴室の椅子の傍らに置かれた註が加えられた英語の曲目解説と、譜例が細かく載った文献だった。ただ音楽を音として享受しハード面の充実に没頭するだけではなく、構造や作曲背景など作品そのものの奥深くまで理解し味わい尽くそうとする姿に、氏の飽くなき探求心、そして音楽、オーディオへの深い愛を感じさせられた。それは「音楽を聴く楽しみとオーディオする楽しみは表裏一体のもの」と語る氏の言葉にも表れている。
本連載では、探究を続け多くの製品に接してきた貝山氏が出会った、オーディオ/ビジュアルの「極」を体現する製品/作品をご紹介していく。氏が見つけた至高の世界に、あなたもどうか触れてみてほしい。
(ファイル・ウェブ編集部/小澤)
■貝山知弘氏が語る、音楽とオーディオと私
− 現在の視聴室のリファレンスシステムを教えてください。
貝山知弘の視聴室は《ボワ・ノワール》。
意味は「黒い森」。全体に黒を基調にした視聴室である。
- 【ステレオ再生システム】
- SACD/CDトランスボート:アキュフェーズ DP-900
- CDトランスポート:フェーズテック CT-1
- DAC:アキュフェーズ DC-901
- DAC:ORPHEUS ONE SE
- アナログプレーヤー:テクニクス SL-1000Mi3D
- トーンアーム:テクニクス EPA-100MK2
- アナログプレーヤー:Michell ENGINEERING Orbe SE
- トーンアーム:オーディオテクニカ AT-1503MK・
- カートリッジ:マイソニック・ラボ UltraEminentBC
- カートリッジ:マイソニック・ラボ EminentGL
- 昇圧トランス:マイソニック・ラボ STAGE1030
- フォノイコライザー・アンプ:PASS Laboratories Xono
- ディスク・クリーニング・マシーン:Hannl MeraEL
- プリアンプ:アキュフェーズ C-3800
- パワーアンプ:テクニカルブレーン TBP-Zero(2基)
- スピーカー・システム:フォステクス G2000(2基)
- CDトランスポート:フェーズテック CT-1
- 【ネットワークオーディオシステム】
- ネットワークプレーヤー:リン KLIMAX DS(グレードアップ済)
- DSDレコーダー:KORG MR-2000S
- 【サラウンド再生システム】
- BDレコーダー:パナソニック DMR-BZT9000
- BDレコーダー:ソニー BDZ-AX2700T
- ユニバーサルプレーヤー:デノン DVD-A1UD
- マルチチャンネル・プリアンプ:デノン AVP-A1HD
- マルチチャンネル・プリメインアンプ:ソニー TA-DA5700ES
- パワーアンプ(フロント用はTBP-Zeroを流用)
- パワーアンプ(センター):アキュフェーズ M-6000
- パワーアンプ(サラウンド):アキュフェーズ P-4100
- スピーカー:フォステックス G2000(5基:内2基はステレオシステムと共用)
- スピーカー(フロントハイ):フォステクス GX100MA(2基)
- スピーカー(サラウンドバック):フォステクス NF-1A(アンプ内蔵2基)
- プロジェクター:三菱 LVP-HC900D
- プロジェクター:EPSON ET-TW4500
- プロジェクター(3D用):三菱 LVP-7800
- アイソレーション・トランス:中村製作所製多数
- BDレコーダー:ソニー BDZ-AX2700T
− これらの機器は、どんな音を聴き、どんな映像を観るために選ばれたのですか?
かってある音楽雑誌の発行を手伝った時に「あなたにとって音楽とは?」という端的な質問をぶつけ巻頭言とすることを考えついた。三島由紀夫氏は「音楽は魅惑だ」と言い、谷川俊太郎氏は「音楽は予言だ」と答えた。見事である。二人の対照的な答えは、感性と知性の間にあるさまざま理由を包括しているのだ。私がオーディオ機器やビデオ機器に没入した理由も同じ解釈ができる。魅惑を感じるにはバランスの整った美しい音や映像が必要で、それを損なう違和感が生まれぬようにすることが大切だ。また、音楽作品や映画作品の奥にある予言や暗喩を感知するためには、細部まで見通せるクリアーな音質や画質が必要となる。
− オーディオに目覚めたきっかけは、どんなことでしたか。
父が僧侶だった私は、寺の行事のためのアンプを造ってはばらしていた。その頃は単に造ることが好きだったのだ。しかし、2A3プッシュプルのアンプを造ったことがきっかけで、音質本位の追求を始めた。最初は負帰還をかけていたが、先輩のMさんに「負帰還は音が悪いよ」と言われ、それを外してみた。その時聴けた自然な響きが音質への興味を駆り立てたのだ。
− 映画にのめりこんだきっかけは何だったのでしょうか。
たしか高校2年生の時、ローレンス・オリヴィエ主演のイギリス映画『ハムレット』を観て感激したことがきっかけとなった。
− 一番古い記憶に残った音楽を教えてください。
敗戦の日に聴いたラロのスペイン協奏曲。もちろんSPでソリストはジャック・チボー。濃厚なスペイン色の曲が魅惑的だった。
− 強い影響を受けた映画を教えてください。
『アラビアのロレンス』は生理的に影響する映画の力を知った(喉が乾き切った)。毀誉褒貶の激しい主人公を描いた勇気ある企画が魅力的だった。『2001年宇宙の旅』は映像と音楽の関わりあいに「華」を感じた。宇宙空間の暗闇を見て自然に泣いていた。『血とバラ』ロジェ・ヴァディムは好きな監督。耽美的な女吸血鬼の描写は秀逸であった。
− 強い影響を受けた音楽は?
ヴァイオリニスト二人の演奏。戦後初めて来日したアイザック・スターンがアンコールで弾いたシマノフスキーの『アルトゥーザの泉』精細でテンションの高い演奏だった。ヒラリー・ハーンが2000年にサントリーホールで演奏したショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲(ヤンソンス指揮/ベルリンフィルハーモニー)。テンションの強い演奏に惹きつけられた。
− オーディオで心掛けていることとは?
《ボワ・ノワール》は一日にしてならず。現在,聴いている音は「わた史」(自分の体験)と切り離せぬもので、年月と共に少しずつ練り上げていったものだ。しかしそれほど昔でもない。現在の住まいを建てたのが26年前で、本格的なオーディオルームの造作を始めたのはこの時からだった。その方針を一言で言えば「響きの豊かな空間」の構築。以前の家にあったオーディオルームでは部屋の音響特性を整えようと悪戦苦闘したがそれが結実したことはなかった。過度の吸音処理が豊かな音楽の響きを殺してしまっていたのだ。
私の目を覚ましてくれたのはある製品との出会いだった。それは、当時の大場商事が扱っていたQRDという音響パネルだ。初めて聴いたのはあるユーザーのオーディオルームで、そこにはマニアの垂涎の的となっている製品が並んでいた。メインのスピーカーはB&Wのノーチラス。しかし私がこの部屋で注目したのはそうした機器よりも見事に整った部屋自体の響きだった。
部屋の設計と工事を行なったのはヨーロッパでも著名なスタジオ・エンジニアリングの技術者だったが、いままで馴染んできた吸音本位のスタジオやモニタールームとは異なり、豊かな響きを活かしながら響きを整えていることに感激した。私は取材しながら、この響きを自分の部屋に持ち込めないかと考え始めた。
一度、方針が決まればそれに徹するのが私の気性。早速QRDの音響バネルを《ボワ・ノワール》に持ち込みテストしてみたがその効果は絶大だった。最初は後面の壁いっぱいにパネルを導入したのだが、そこからは、いままで聴くことができなかった豊かな響きが得られたのだ。結局前面の壁にも、左右の壁にも天井にも部所に合わせたパネルを設置することとなった。この工事はプロに頼むのがいいと思ったが、なにせ高価なバネル。結局全ての工事を自分でする破目となったが、そこで得られた具体的な知識や工事のこつは、労力や時間とは変えられぬものがあった。このように少しずつ諦めずに一つ一つ手作業をこなしていった結果は、音質にはっきりと現れる。わたしにとっては、音楽を聴く楽しみとオーディオする楽しみは表裏一体のものなのだ。