庵 吾朗氏が中心となって立ち上げた輸入代理店
レコードの音の奔流に身を委ねる愉悦。タクトシュトックの試聴室を訪問
■1年半の構想を経て、新たに試聴室を構築
2021年に新たに立ち上がったオーディオの輸入商社、タクトシュトック。ハイエンド・オーディオ市場で長いキャリアを持ち、吹奏楽団の指揮者としても活躍する庵 吾朗氏が中心となって立ち上げた会社である。同社の試聴室が新たに東京都多摩市に誕生したということで、その取材に伺った。
試聴室は京王永山/小田急永山駅から車で数分程度の住宅街のなかにある。高さは3m程度、広さはおおよそ20畳程度のゆったりした部屋に、FINK teamのスピーカー「BORG Episode2」が静かに置かれている。
「試聴室の構想は1年半くらい前から考えていました。試聴室を作るためには、確保できる広さや高さももちろんですが、防音や建坪率なども考えて土地を探さないといけないのでなかなか大変でした。ですが、なんとか良いご縁がありまして土地を見つけ、自宅兼試聴室として新たに構えました」と庵氏は試聴室新築の苦労を振り返る。
タクトシュトックの取り扱い製品は幅広い。スピーカーブランドとしてFINK team、epos、ジャーマン・フィジックスの3ブランド。さらにアナログブランドのヴァルテレ、レコードクリーナーのキース・モンクス。アンプ関連に強いスロバキアのカノア。ネットワーク関連機器のエディスクリエーション。それに自社のアクセサリーブランドとしてTAKTLINKも展開している。新しい試聴室は、それらの製品の検証はもちろん、評論家やショップへの披露、お客さまへの試聴会などに活用されていく。
試聴室の壁は、全面エスカート製の吸収/拡散パネルで構成されており、ブラウンで統一されたシックな空間。スピーカーの奥側の壁や四隅にもエスカート製の特別な拡散パネルと柱状チューニングアイテムが配置されている。取材時は試聴室が完成して1か月程度で、まだまだルームチューニングは実験中。「なるべく四角い、ごく普通の部屋で、どうすればいい音を追求できるかを考えているのです」と庵さん。取材時には、両側の壁の一次反射の位置に天井まである長い布を貼って音響をコントロールしていた。
電源はEMC設計にお願いし、家庭用の分電盤とは別に、オーディオ専用に電源を引き独立したブレーカーを設けている。電源の強化はまさにオーディオの要であり、その点は抜かりない。
■ただただ音の奔流を身を委ねる愉悦
パワーアンプはカノアの真空管アンプ「VIRTUS M1」をモノラルで使用、プリアンプも同社の「HYPERION P1」である。ヴァルテレのアナログプレーヤー「SG-1PKG」を組み合わせて音を聴いた。
ヨルシカのシングル「ブレーメン」では、人の血の通ったぬくもりのあるヴォーカルの色鮮やかさに息を飲む。楽器の肉厚感、中域の音の濃さは格別で、良質なオーディオでレコードを楽しむ愉悦に時間を忘れる。
深町純が若い頃に録音した「Introducing Jun Fukamachi」では、2chのステレオ再生にもかかわらず音が聴き手の周りをぐるぐる回るのが感じられて非常に驚いた。空間オーディオが話題の昨今ではあるが、ここまでの立体的、躍動的な表現が2本のスピーカーで実現できるのかと、ステレオの表現力の幅広さに感嘆する。
最大の衝撃はアバド&ロンドン・フィルの「ストラヴィンスキー:春の祭典」だろうか。ストラヴィンスキーのこのタイトルは、日本語では「春のお祭り」のようにも受け取れるが、原題はsacrifice、つまり “犠牲” 的なニュアンスのある言葉。このFINKのスピーカーからは、楽曲に秘められた残虐性が見事に発露され、人の心に傷跡を残すような暴力性もまた芸術の力であると改めて思い知らされる。
取材時には、付属のモータードライブ「tempo」から交換することでさらなるアップデートとなる「imeperium」モータードライブを使用。近日国内発売予定の新製品である。
ちなみにケーブル類もヴァルテレで統一されている。国内では現状取り扱いはないが、実はヴァルテレは「ケーブル」からスタートしたブランドだそうだ。ロクサンに在籍していたトラジ・モグハダム氏が、ロクサンではできなかったことのひとつにケーブル開発があり、その研究からスタート。アナログプレーヤーはその知見を生かして生まれたものだそうだ。
ソウルノートのSACDプレーヤーからジョン・ウィリアムズ&サイトウキネンオーケストラの「インペリアル・マーチ」。まさにサントリーホールの客席で聴いているかのような熱量の高さに飲み込まれる。音の塊がストレートに耳、そして肌をくすぐる。どんな音なの、それを言葉で伝えなければ、と必死に分析を試みる冷静なわたしを嘲笑うように、音楽の恍惚が脳を揺さぶる。
はっきり言えば、現代的な意味での高解像度、高分解能、ハイスピード、という音ではない。だが音楽の熱量をダイレクトに伝えるパワー感にあふれ、この部屋の主が間違いなく音楽を溺愛あるいは偏愛していることが伝わってくる。聴こえる音を分析することにばかり一生懸命になっていないか、己の音楽との向き合い方を改めて問うてくる。音楽をただただ浴びるように感じること、それこそがオーディオの悦楽ではなかったかと突きつけてくる。
部屋の主は今度はSpotifyで「ヴィンランド・サガ」「86 -エイティシックス-」などいくつかのアニソンを再生してくれた。アニソン、とひとくくりに語られがちだが、その物語性の高さ、音による情景描写の豊かさにはあらためて感激した。庵さん自身も、「アニソンをもっといい音で楽しめる提案、感動を深めるお手伝いを仕掛けたいんです」と熱い展望を語る。
今回はアナログを中心に試聴したが、タクトシュトックではこのところエディスクリエーションのネットワーク関連アクセサリーが非常に好調とのこと。特に、8月の香港オーディオショウで発表された「Fiber Box3」と「Silent Switch OCXO 2」は、クロックを同期させる新しいアイデアで、「これまでのネットワークオーディオの音質をまたひとつ引き上げるものになりそうです」と自信を見せる。
試聴室は、専門店等経由による予約制でお客様にも公開しているという。気になる製品をじっくり聴きたい、手持ちのレコードで音質を確認したい、といった対応にも応えてくれるという。
タクトシュトックの取り扱い製品は、ただただいい音の奔流に身を任せたい、そんな人にこそ感じて欲しい音でもある。
関連リンク