「Senka21」1月号<新春特別対談 Part.2>ホームシアターの未来像を語る−前編
鹿井氏と山之内氏、対談の模様(左) 「Senka21」1月号は好評発売中 |
日本オーディオ協会会長・鹿井信雄氏 ×オーデイオビジュアル評論家・山之内 正氏
今後の展開が期待されるマルチチャンネルの可能性
<山之内> 今、映画のお話が出ましたが、ハイビジョン放送で映画を見た時に、音はまだいろいろ解決し、向上させる余地があるかもしれません。ただ、映像に関しては、やはり紀行番組や自然を収録した番組も素晴らしいですし、また、映画のフィルムの質感をたたえたビデオの映像には、映画の力強さといいますか、芸術としての映画というものの強さを、ハイビジョンの映像を見ると改めて実感しますね。
<鹿井> 映画というのは実際にそれをつくった人たちの創作の世界です。その画像を表現するのも、人間の情感に対してより強くアピールできるように表現していますし、仮想現実をもって表現するわけです。それから音も、音像をつかまえることの狙いを持って音を脚色して、組入れてくるわけです。ですから、ある意味でいうと、受ける側の情感を主体にして創り出された人工の世界なのです。
<山之内> おっしゃるとおりですね。
<鹿井> ところが今度は、ハイビジョンのオペラ、あるいは実際にシンフォニーをどういうふうに鳴らし聞かせるかという領域は、またちょっと違います。それは音再現の忠実度とリアリティーがどういうふうに感じられるかという問題なのです。ステレオ派の方々は、楽器のリアリティーといった問題から、忠実度のないAVシアターにはいろいろ問題があるというご意見もあります。だけれども、今シアターを追い掛けていきますと、やはり幻想の世界に入っていってしまいます。その間にもう一つマルチチャンネル的な、それぞれの楽器やパートの音にスピーカーを割当てきちっと再現するような世界があるのではないかとの提案もありまして、このエリアはまだディスカッションの域に入っていません。これからスタートだというふうに感じます。
<山之内> 一つには、マルチチャンネルの収録方法がまだ確立していないということがあります。
<鹿井> マルチチャンネルというのをどういうふうに定義するかが、非常に大きい課題だと思います。
<山之内> それ自体がそうですね。
<鹿井> ですから、1楽器、1スピーカーにして鳴らすという完全なマルチチャンネルもあるわけです。そうすると、自分のところで仮に第1バイオリンと第2バイオリン、あるいはビオラとバイオリンを、場所を入れ替えて鳴らすこともできる。そうしたマルチチャンネルのアプローチの仕方と、そうではなくて、いわゆるサラウンド的な意味でのマルチチャンネル的な歩み方と、そういうものを全体に含めて、果たしてこれからどうなっていくのかということが、今後の楽しみですね。
<山之内> 大きな楽しみですよね。最近特に感じていますが、マルチチャンネルでDSD収録されたものを聞いていると、これまでよりも音楽の本質に私たちが近づいてきているような感覚を持つことがあります。これまでは、例えば残響の音と一緒になってしまって目立ちにくく、ビオラなど内声部の楽器があまり聞こえていなかったのが、マルチチャンネル収録にすることによって、リアチャンネルに残響が回るようになりました。そうすると、オーケストラの中で重要な和音を支えていた楽器が浮かび上がってきたり、実に音楽が生き生きと聞こえてくる。これはすごいことだなと思いました。それと同時に、実は演奏している人たちも、例を挙げれば、ベルリンフィルの今常任になりましたサイモン・ラトル。この指揮者も非常にスコアに対して忠実であると同時に、隅々に至るまでもきちっと音楽を構築していく指揮者だと思いますが、そういうつくり方と、マルチチャンネルで録音して、私たちが家庭でも楽しめるようになってきた世界と、何かどこかで通じるような気がしています。
ホームシアターは具体的な生活のイメージが普及の鍵
<鹿井> 音楽の質といいますか、われわれが再生して聴くものの質は、非常に高くなってきたと思います。
<山之内> ええ。この辺が、今おっしゃったように、シアターと音楽の表現の間で非常に重要な位置をこれから占めていくようになるとしたら、本当に、メディアだけで楽しむだけではなくて、映画館、コンサートホールなど現場の音、臨場感を知らなければいけませんね。
<鹿井> そうですね。自分が現実に、例えばコンサートに行って、そこで感じたものが、果たして家でどれだけ再現できるのかという話がとても重要だと思います。そういう経験を重ねて評価力を上げていくような努力をしていかなければなりません。
<山之内> デジタルというと、普及を優先した技術と捉えられることもありますが、実はその一方で、デジタルハイビジョンもそうですし、マルチチャンネル録音もそうだと思いますが、クオリティーを志向するという側面があります。これまで表現できなかったことに、私たちが家庭でも接することができるようになる技術なんです。「A&Vフェスタ」が様相を新しくして大成功を収めましたが、実は私もあの会場ではホームシアター相談員として、様々な相談を受けていました。これまでオーディオエキスポ等で多くのお客様にご来場していただきましたが、今回とても強く感じたことは、例えばご夫婦でいらっしゃったり、若い方であったり、これまでいらっしゃらなかったお客様にご来場いただいたことです。そんなお客様がどういうご質問をされるかなと思ったら、本当にホームシアターに興味をお持ちなのです。その方々はオーディオやビデオに今までマニアックに接してきた方ではありません。けれど非常に興味があるのでやってみたい、とりあえず何をそろえればいいのですかとか、そういった質問が随分多かったですね。「A&Vフェスタ」は、今映像の中心を占めているDVDというメディアを媒介にして、大きく方向転換がなされました。それが大きな成功を収めた一つの理由と見ていいのでしょうか。
<鹿井> 大型の量販店さんの売り場の再現では、全くお客様の興味は湧きません。もっと新しいもの、ユニークに感じるような展示を大きな一つの指針とすることで、お客様の中でも、新しい技術の体験に非常に感銘を受けたのではないかと思います。もう一方で、ホームシアターというものは果たしてどういうものなのか。家にはありませんし、お店に行って聴こうとしても、理想的な形では並んでいません。それを聞ける場所として、しかも比較できる場所として、非常に有意義に働いたのではないかと思います。
<山之内> 連日相談に来られる方も大変多くて、一時は列もできるほどでした。プロジェクターの中にDVDも入っているとお考えの方もいらっしゃって、改めて私たちがこれから丁寧に啓蒙していかなければいけないと思いました。私なんかはつい誰でも分かっていると思ってしまいますが、2004年は、ホームシアターも大きな飛躍の年になりますから、できるだけ多くの方に、理解していただけるように心掛けていきたいですね。
<鹿井> ホームシアター、ホームシアターとよく言われますが、ホームシアターって何なんだと、それも自分の生活にとって何なんだということは、ほとんどの方が未だよく分かっていません。実際には、先進的な方が使っておられるのを見て、その生活を自分の生活に取り入れてみようかという発想でだんだん市場が膨らんでいくわけです。いくら宣伝をしても、それぞれの人が自分の生活がどう変わるのかが描けなければ、広がっていかないと思います。性能の説明やデザインの奇麗さ加減の説明をしても、購入にはつながらない。お客様がどういう人かをきちんと捉えて、そこに対するプレゼンテーションや情報提供をしなくてはいけないということ。それが一つは15年かかる話になるわけです。テレビの場合は100%普及商品です。デジタルへの切り替えが15年かかるとすると、2011年は、7〜8年たった頃にあたり50%しか進んでいないことになります。日本は4800万世帯に、1億台のテレビがあります。年間のテレビの総需要が800・900万台です。このうち年間400万台から500万台のテレビがデジタルになると15年かかるわけです。それでは、ホームシアターは始まってから何年経つでしょうか。
<山之内> 実質的に言えば、スタートを切ったところですよね。
<鹿井> ホームシアターというのは、テレビがありますから、何かもう一つの導入する理由を自分で探さないと、なかなか入れないですよね。むしろ、そういうイノベーター層と言われる人が何を楽しんでいるかを、実際によく理解できていない人たちに、具体的なイノベーターの人達の生活を見せることが大事だと思います。もっとホームシアターのファンを増やして、お互いの意見の交流ができるようになっていくことが、本当は非常に大事なのだと思います。アメリカの家庭では週に1、2回、会社や近所の人で集まってホームパーティーを開きます。そこでよそのうちの生活を一緒に楽しむ機会があります。オーディオにしても、ホームシアターにしても、広がりやすい状態にあると思います。日本人はどうしてもクローズです。だから、日本の場合はそうした情報発信が、非常に少ないですね。
<山之内> 環境の違いと言ってしまえば、話が終わってしまいますが、日本の環境に合わせた工夫なり、商品の開発が必要ではないでしょうか。それから、今のお話を伺っていて、一つの鍵だなと私が思ったのが、ソフトです。何を見るか。どう楽しむのか。そこがしっかり確立できれば、それを一つのコアにして、人のつながりも生まれてくる。これまであまり家庭を軸にした人とのつながりはなかった方たちの間にも、映画や音楽が媒介し、交流が生まれれば素晴らしいことですね。
<鹿井> やはりソフトウエアは非常に大事だと思います。ソフトウエアがあって初めて広がるキーが出来てくる。私が一番気になっているのは、商品企画をしている人たちの視点が「どういうふうにお客様に販売するか」という方向を向いてしまっていることなのです。お客様のライフスタイルに必要なエンターテインメントをどのようにしたら展開できるのかという方向にない。販売の競争に勝つかどうかという話だけになってしまっています。
<山之内> その結果、機能を追求する方向にいってしまう。企画をされる方は、自分自身で映画なり音楽なりを本当にもっともっと楽しむ姿勢が必要でしょうね。
<鹿井> お客様の生活をよく知るということ。それに対して何をすればお客様に貢献できるのかという視点でアプローチをかけていくことです。
<山之内> 年末、非常に強力な映画のタイトルが発売を控えています。「この映画を見たいから、ホームシアターを導入したい」という方も随分いらっしゃいます。原点と言いますか、“この映画を見たいから”“この音楽を聴きたいから”というあたりから、商品企画も原点に帰って、実際にお客様に満足してもらえるような商品づくりをするべきでしょうね。
<鹿井> そう思いますね。やはり映画を見るにはこうあるべきだと。映画でも、種類によってこう違うというふうなものが皆さんに分かればいいと思います。今のホームシアターが一般の方にとってどういうものであったら、購入してもらえるだけの魅力あるものになるのか。そこがまだちょっと掴めていないのではないでしょうか。
(Senka21編集部)