第20回東京国際映画祭が閉幕 - イスラエル人監督の『迷子の警察音楽隊』が大賞受賞
10月20日から東京渋谷と六本木の2会場を中心に開催されていた東京国際映画祭(TIFF) が28日、各賞を決定し、閉幕した。
TIFFは1985年から開催され、今回で20回目。経済産業省やフジサンケイグループの肝いりで開始され、現在は映画・放送業界人を主とするユニジャパン(財団法人日本映像国際振興協会)と、第20回東京国際映画祭実行委員会が主催している。共催は経済産業省、東京都、(社)映画産業団体連合会。世界12大国際映画祭のひとつで、映画上映以外に映画配給の交渉をおこなう映画マーケットやゲーム、アニメ、漫画などを含むコンテンツ産業に関わるフェスティバル、秋葉原エンタまつりなども同時に開催されている。
今回は326本の映画が上映され、劇場動員数は68705人となった。
28日、渋谷のBunkamuraで閉会式と、各賞受賞セレモニーが行われ、その後、関係者の記者会見が開かれた。
今年のコンペティション部門では、世界各地の500本以上の応募作から15本を上映した。コンペ部門の大賞、サクラグランプリを受賞したのは、イスラエルーフランス映画の『迷子の警察音楽隊』。アラブ文化センターから招待されたが、間違ってイスラエルのある街に来てしまったエジプト警察の音楽隊と、彼らを泊めることにした現地のイスラエル人たちが、アラブとユダヤという垣根を少しずつ超えていく様子を、淡々と、そこはかとないユーモアを交えて描いた。砂漠の中の町に音楽隊が到着する冒頭のシーンから、映画の舞台が日本の風土とかけ離れていることが分かるが、日常の中の人情の機微は世界共通だと感じさせる。
受賞記者会見で、受賞の理由について聞かれたエラン・コリリン監督は、「受賞は光栄で誇りに思う。撮影はイスラエル在住のユダヤ人とパレスティナ人の混合チームで行った。私自身は映画を作る人間で、この映画がどうして受賞したか、見てどう思うかは観客にまかせたい。どうして世界でこの映画が受け入れられているかの答えはなかなか見つけられない」と、感激しつつも言葉少なく述べた。職人肌の監督らしい。
一方、主演俳優をつとめ、部下を仕切る愛想のない仕事人間だが、実はチェット・ベーカーを愛する人間味を秘めた初老の男を好演したサッソン・ガーベイは「この映画は、今、世界で人々が求めているお互いを思いやる心を描いているところが良かったのではないかと思う」と、監督に代わって回答。審査委員長の国際的大プロデューサー、アラン・ラッド・Jrは、「今回の映画祭は良い作品がそろっており、各委員が作品についていろいろな議論を行った。しかし、けんかすることはなく審査はすすみ、特にこの作品は審査員全員が見た後で、とても良い作品だと思った。政治を語ることもなく、見た人に自分の考えを押しつけて洗脳しようともしない。人々がどのように生存しているのか、世界のどんな状況でもありうる人間の感情を描いている」などと語った。
本作品は、12月末からお正月映画として一般公開が予定されている。
また、審査員特別賞を受賞したのは、中国の『思い出の西幹道(仮題)』。北京電影学院で映画美術を専攻した李継賢(リー・リーシアン)監督が学生時代からの構想を13年間かけて実現。西幹道は舞台となる中国北部の街だ。
「白いキャンバスに絵を描くように映画を作った」と監督。監督と共に来日した出演女優、シェン・チアニーは、「まだ駆け出しの私が、この映画で東京にいるというだけでも驚きで光栄だ」と述べたが、スレンダーな美貌で、中国からの新しいスターとなるかもしれない魅力を秘めていると感じられた。
今回コンペで唯一のプレミア作品で最優秀監督賞を受賞したピーター・ハウィットは、役者から監督に進出して成功。英国映画トップ10に2作品がランクインしているヒット・メーカー。今回の映画『デンジャラス・パーキング』では、成功して欲望のままに生きるアルコール中毒の映画監督の役を自らが演じている。監督は「スチュアート・ブラウンの原作は、ある一人の男が自分の弱さを見つめ、それをダークでシュールな手法で描いている。私はこの原作に感じ取ったスピリットを忠実に表現したかった。これは私の作った映画、これから作る映画の中で最も正直な映画で、思うことを正直に描いた。それが東京で評価されて、プレミアをここにして本当に良かったと思う」と語った。
観客が選ぶ観客賞には、ドイツの『リーロイ!』が選ばれた。黒人ドイツ人青年を好きになったガールフレンドの兄弟が極右主義者だったという設定をコメディタッチで描く。「人種差別を描いてエンターティメントにするのは難しいし、それをねらってもいない。ドイツではホロコーストについての展示や学校での教育など、差別や人種問題については、その悪い面をシリアスに徹底的に教育される。私は偏見というものは誰もがもっているものだと思う。それを笑いながら考えてみてほしかった」とアルミン・フォルカース監督。
他にコンペ部門では、最優秀女優賞にインド映画『ガンジー、わが父』のシェファリ・シャー、最優秀男優賞にはポーランド映画『トリック』の主役の子役、ダミアン・ウルが受賞。
最優秀芸術貢献賞には、あるホテルでの人間模様を全編ワンカットで撮影したイタリア映画『ワルツ』が受賞した。
最新日本映画を紹介する、日本映画・ある視点部門では、作品賞を若松孝二監督の『実録・連合赤軍ーあさま山荘への道程』が受賞。若松監督は「文部省助成金も断られ、映倫ともけんかをしたが、ここで選んでくれて感謝している。この映画は3時間以上あるが、連合赤軍を語るには、ただ表面的な事件として描くのではなくて、“どうして、なぜ”というそこに至る歴史をきちんと描かないといけない。以前『突入せよ』という映画を見てすごく腹がたち、この映画を撮ろうとずっと考えていたのだが、ようやくお金のめどがたって作ることができた。スポンサーはいない。自主映画だ。この映画に出ていることは山荘の中にいた人に直接取材したもので、90パーセント真実だ。絶対おもしろいですからぜひ見て欲しい」とアピールした。
ある部門、特別賞には森岡利行監督が、実の伯父である伝説のボクサー、森岡栄治を描いた『子猫の涙』が受賞。記者会見では「伯父は2回戦で目が見えなくなっていたが、TBSと3年間で16試合の契約金が支払われていたので、それでも試合に出ていた」という爆弾発言も飛び出した。
他に、アジア部門では最優秀アジア映画賞に「シンガポール・ドリーム」、アジア映画賞スペシャル・メンションに「ダンシング・ベル」が選ばれた。
また、TIFF20回記念で特集された「映画が見た東京」では、戦後から現在までの東京を舞台とした映画50本を上映。「戦争の終わり、復興の始まり」から「東京ミッドナイトシネマテーク」まで、ジャンルを問わずに集められており、なかには東京都が委託しながらお蔵入りになって放映されなかった土本典明監督のドキュメンタリーや、東京を異邦人の目で描いた傑作ドキュメンタリー「サンソレイユ」など、なかなか上映されない珍しい映画が上映され、好評を博していた。
第20回東京国際映画祭についての詳細は以下の公式サイトへ。
http://www.tiff-jp.net/ja/tiff/outline.html
(取材・文 山之内優子)
TIFFは1985年から開催され、今回で20回目。経済産業省やフジサンケイグループの肝いりで開始され、現在は映画・放送業界人を主とするユニジャパン(財団法人日本映像国際振興協会)と、第20回東京国際映画祭実行委員会が主催している。共催は経済産業省、東京都、(社)映画産業団体連合会。世界12大国際映画祭のひとつで、映画上映以外に映画配給の交渉をおこなう映画マーケットやゲーム、アニメ、漫画などを含むコンテンツ産業に関わるフェスティバル、秋葉原エンタまつりなども同時に開催されている。
今回は326本の映画が上映され、劇場動員数は68705人となった。
28日、渋谷のBunkamuraで閉会式と、各賞受賞セレモニーが行われ、その後、関係者の記者会見が開かれた。
今年のコンペティション部門では、世界各地の500本以上の応募作から15本を上映した。コンペ部門の大賞、サクラグランプリを受賞したのは、イスラエルーフランス映画の『迷子の警察音楽隊』。アラブ文化センターから招待されたが、間違ってイスラエルのある街に来てしまったエジプト警察の音楽隊と、彼らを泊めることにした現地のイスラエル人たちが、アラブとユダヤという垣根を少しずつ超えていく様子を、淡々と、そこはかとないユーモアを交えて描いた。砂漠の中の町に音楽隊が到着する冒頭のシーンから、映画の舞台が日本の風土とかけ離れていることが分かるが、日常の中の人情の機微は世界共通だと感じさせる。
受賞記者会見で、受賞の理由について聞かれたエラン・コリリン監督は、「受賞は光栄で誇りに思う。撮影はイスラエル在住のユダヤ人とパレスティナ人の混合チームで行った。私自身は映画を作る人間で、この映画がどうして受賞したか、見てどう思うかは観客にまかせたい。どうして世界でこの映画が受け入れられているかの答えはなかなか見つけられない」と、感激しつつも言葉少なく述べた。職人肌の監督らしい。
一方、主演俳優をつとめ、部下を仕切る愛想のない仕事人間だが、実はチェット・ベーカーを愛する人間味を秘めた初老の男を好演したサッソン・ガーベイは「この映画は、今、世界で人々が求めているお互いを思いやる心を描いているところが良かったのではないかと思う」と、監督に代わって回答。審査委員長の国際的大プロデューサー、アラン・ラッド・Jrは、「今回の映画祭は良い作品がそろっており、各委員が作品についていろいろな議論を行った。しかし、けんかすることはなく審査はすすみ、特にこの作品は審査員全員が見た後で、とても良い作品だと思った。政治を語ることもなく、見た人に自分の考えを押しつけて洗脳しようともしない。人々がどのように生存しているのか、世界のどんな状況でもありうる人間の感情を描いている」などと語った。
本作品は、12月末からお正月映画として一般公開が予定されている。
また、審査員特別賞を受賞したのは、中国の『思い出の西幹道(仮題)』。北京電影学院で映画美術を専攻した李継賢(リー・リーシアン)監督が学生時代からの構想を13年間かけて実現。西幹道は舞台となる中国北部の街だ。
「白いキャンバスに絵を描くように映画を作った」と監督。監督と共に来日した出演女優、シェン・チアニーは、「まだ駆け出しの私が、この映画で東京にいるというだけでも驚きで光栄だ」と述べたが、スレンダーな美貌で、中国からの新しいスターとなるかもしれない魅力を秘めていると感じられた。
今回コンペで唯一のプレミア作品で最優秀監督賞を受賞したピーター・ハウィットは、役者から監督に進出して成功。英国映画トップ10に2作品がランクインしているヒット・メーカー。今回の映画『デンジャラス・パーキング』では、成功して欲望のままに生きるアルコール中毒の映画監督の役を自らが演じている。監督は「スチュアート・ブラウンの原作は、ある一人の男が自分の弱さを見つめ、それをダークでシュールな手法で描いている。私はこの原作に感じ取ったスピリットを忠実に表現したかった。これは私の作った映画、これから作る映画の中で最も正直な映画で、思うことを正直に描いた。それが東京で評価されて、プレミアをここにして本当に良かったと思う」と語った。
観客が選ぶ観客賞には、ドイツの『リーロイ!』が選ばれた。黒人ドイツ人青年を好きになったガールフレンドの兄弟が極右主義者だったという設定をコメディタッチで描く。「人種差別を描いてエンターティメントにするのは難しいし、それをねらってもいない。ドイツではホロコーストについての展示や学校での教育など、差別や人種問題については、その悪い面をシリアスに徹底的に教育される。私は偏見というものは誰もがもっているものだと思う。それを笑いながら考えてみてほしかった」とアルミン・フォルカース監督。
他にコンペ部門では、最優秀女優賞にインド映画『ガンジー、わが父』のシェファリ・シャー、最優秀男優賞にはポーランド映画『トリック』の主役の子役、ダミアン・ウルが受賞。
最優秀芸術貢献賞には、あるホテルでの人間模様を全編ワンカットで撮影したイタリア映画『ワルツ』が受賞した。
最新日本映画を紹介する、日本映画・ある視点部門では、作品賞を若松孝二監督の『実録・連合赤軍ーあさま山荘への道程』が受賞。若松監督は「文部省助成金も断られ、映倫ともけんかをしたが、ここで選んでくれて感謝している。この映画は3時間以上あるが、連合赤軍を語るには、ただ表面的な事件として描くのではなくて、“どうして、なぜ”というそこに至る歴史をきちんと描かないといけない。以前『突入せよ』という映画を見てすごく腹がたち、この映画を撮ろうとずっと考えていたのだが、ようやくお金のめどがたって作ることができた。スポンサーはいない。自主映画だ。この映画に出ていることは山荘の中にいた人に直接取材したもので、90パーセント真実だ。絶対おもしろいですからぜひ見て欲しい」とアピールした。
ある部門、特別賞には森岡利行監督が、実の伯父である伝説のボクサー、森岡栄治を描いた『子猫の涙』が受賞。記者会見では「伯父は2回戦で目が見えなくなっていたが、TBSと3年間で16試合の契約金が支払われていたので、それでも試合に出ていた」という爆弾発言も飛び出した。
他に、アジア部門では最優秀アジア映画賞に「シンガポール・ドリーム」、アジア映画賞スペシャル・メンションに「ダンシング・ベル」が選ばれた。
また、TIFF20回記念で特集された「映画が見た東京」では、戦後から現在までの東京を舞台とした映画50本を上映。「戦争の終わり、復興の始まり」から「東京ミッドナイトシネマテーク」まで、ジャンルを問わずに集められており、なかには東京都が委託しながらお蔵入りになって放映されなかった土本典明監督のドキュメンタリーや、東京を異邦人の目で描いた傑作ドキュメンタリー「サンソレイユ」など、なかなか上映されない珍しい映画が上映され、好評を博していた。
第20回東京国際映画祭についての詳細は以下の公式サイトへ。
http://www.tiff-jp.net/ja/tiff/outline.html
(取材・文 山之内優子)