ほぼ全公演を1000円でオンライン配信
“低コスト”で“持続可能”なオンラインライブ配信をいかに実現するか? 東京・春・音楽祭の取り組み
毎年3月末から開催される「東京・春・音楽祭」は、桜満開の上野公園を中心に、世界各国のクラシックの名手が集まるクラシックの一大音楽祭である。今年の春祭は、ほぼ全公演を1000円でオンライン配信を行うという画期的な取り組みをおこなっている。
東京・春・音楽祭のスポンサーを務めるのは日本のインターネット産業を牽引してきたインターネット・イニシアティブ(IIJ)。同社は数年前から「コンサートの高音質な配信」に力を入れており、春祭を舞台にさまざまな実証実験をおこなってきた。2015年にはコルグ・ソニーと共同したDSD5.6MHzのリアルタイム配信を実施、2016年以降はいくつかの公演をPrimeSeatを活用し無料で配信してきた。
しかし、昨今のコロナ禍の直撃を受け、音楽祭は規模の縮小を余儀なくされてしまった。外国人アーティストの来日が困難でスケジュールを立てづらいことに加え、収容できる客席の数を減らすなどの対応が必要となったからだ。
しかしその状況を逆手に取り、これまでは実験的に無料で行ってきたオンライン配信を、「有料公演」として成立させようという取り組みを、2021年より大きく強化している。
2021年は、複数の4Kカメラを設置し、専門のディレクターがスイッチャーで切り替えるといったかなり大掛かりなシステム構築を行い、ユーザーからも好意的な反響を得られたという。だが、このやり方では「コスト」がかかりすぎてしまい、継続的なオンライン配信において大きな枷となってしまうということが懸念されていた。
ライブのオンライン配信の市場はコロナ禍による“巣篭もり”需要の後押しも受け、2020年内は推計448億円(ぴあ総研調べ)にのぼり、この数字はさらに増え続けていると予測されるが、配信にかかるコストが興行主体にとっては大きな負担となる一方で、チケット代はコンサートと同等では購入者の納得が得られにくい事情もある。
そのためIIJは、「なるべく低コストを目指しながらも、リスナーに満足いただける体験を提供する」(ネットワーク本部 岡田裕夫氏)ことをテーマとして掲げ、配信システムの構築を再検討したという。
昨年は上野の東京文化会館の一室に配信ルームを設け、IIJの配信スタッフが詰めて配信をおこなっていたが、今年は「リモート」での配信システムに切り替え。飯田橋にあるIIJの本社の一室、小会議室ほどの広さの部屋を配信ルームとし、ここからすべての配信をおこなっている。
コンサートホールの現場に必要な機材は、男性一人で持てるサイズのボストンバッグに収まる。パナソニックのリモート4Kカメラ1台とネットワークにつなげるための多機能ルーター、そして録画用のカメラのみ。カメラを規定位置にセットし、ほとんど「プラグ&プレイ」で配信準備が整うようなシステムを構築した。ネットワークや配信に対する専門的な知識がなくても、配信の準備ができるということが目標となっている。
ネットワークには、4Kクオリティについてはフレッツ光の「IPv6の折り返し通信」を利用、HDクオリティはインターネット回線の他、ニュースやスポーツ中継などにも活用される「LiveU」を活用し、IIJモバイルやドコモ等のモバイル回線も利用して飯田橋の配信ルームまで届けられる。なおLiveUは5Gにも対応しているということだが、コンサート会場が5Gの入りにくい環境であったため、今回は5Gの使用は見送られたという。
このやり方で配信することによって、コンサート会場に1名、リモートの配信ルームにチェック係が1名、回線のフォローに1名と、最小3人で配信が実現できるようになっている。
このように機材を簡略化したことで、演奏者自身も演奏に集中しやすいという声もあったという。カメラが入ることで、どうしてもアーティストの集中力を阻害してしまうこともあり、実際にその理由で配信が中止となった公演もある。だが、今回は「本当に配信されていたの?」とアーティスト自身が驚くほどのスムーズな環境が構築できたという。
また、クラシックのライブ配信ということもあり、通信のバッファは多少余裕を持たせて配信されているという。たとえばスポーツ中継などではよりリアルタイム性が要求されるが、クラシックの配信ではそこはあまりシビアでない反面、音が途切れることのストレスの方がよほど大きい。IIJの社内の配信ルームと、別部屋に置かれた一般家庭を想定したモニターでも見比べたが、おおよそ数十秒程度の遅延はあるように感じられた。しかし、これはオンラインコンサートという体験においてはまったく問題にならないだろう。
日本国内のクラシックのコンサートチケットは高額になりがちである。そういった「特別な体験の日」であることの重要性もあるが、たとえばヨーロッパでは教会でのコンサートは無料やそれに近い金額で見られるものもあるし、ウィーンのムジーク・フェラインのコンサートでも、立ち見ならば数ユーロという場合もある。
ヨーロッパにおけるクラシック音楽祭は、そういった市民生活のすぐそばに根ざして発展してきた経緯もある。まったく同じ状況を日本で再現することが必ずしも望ましいとは言えないが、1公演1000円という価格で配信が実現できることで、よりクラシック音楽を身近に感じられる可能性に期待が広がる。
IIJとしても、今後このシステムをさらに拡張し、さらなる公演数の拡大や、あるいはスポーツ中継などにも応用できる方法を模索していきたいとしている。
東京・春・音楽祭のスポンサーを務めるのは日本のインターネット産業を牽引してきたインターネット・イニシアティブ(IIJ)。同社は数年前から「コンサートの高音質な配信」に力を入れており、春祭を舞台にさまざまな実証実験をおこなってきた。2015年にはコルグ・ソニーと共同したDSD5.6MHzのリアルタイム配信を実施、2016年以降はいくつかの公演をPrimeSeatを活用し無料で配信してきた。
しかし、昨今のコロナ禍の直撃を受け、音楽祭は規模の縮小を余儀なくされてしまった。外国人アーティストの来日が困難でスケジュールを立てづらいことに加え、収容できる客席の数を減らすなどの対応が必要となったからだ。
しかしその状況を逆手に取り、これまでは実験的に無料で行ってきたオンライン配信を、「有料公演」として成立させようという取り組みを、2021年より大きく強化している。
2021年は、複数の4Kカメラを設置し、専門のディレクターがスイッチャーで切り替えるといったかなり大掛かりなシステム構築を行い、ユーザーからも好意的な反響を得られたという。だが、このやり方では「コスト」がかかりすぎてしまい、継続的なオンライン配信において大きな枷となってしまうということが懸念されていた。
ライブのオンライン配信の市場はコロナ禍による“巣篭もり”需要の後押しも受け、2020年内は推計448億円(ぴあ総研調べ)にのぼり、この数字はさらに増え続けていると予測されるが、配信にかかるコストが興行主体にとっては大きな負担となる一方で、チケット代はコンサートと同等では購入者の納得が得られにくい事情もある。
そのためIIJは、「なるべく低コストを目指しながらも、リスナーに満足いただける体験を提供する」(ネットワーク本部 岡田裕夫氏)ことをテーマとして掲げ、配信システムの構築を再検討したという。
昨年は上野の東京文化会館の一室に配信ルームを設け、IIJの配信スタッフが詰めて配信をおこなっていたが、今年は「リモート」での配信システムに切り替え。飯田橋にあるIIJの本社の一室、小会議室ほどの広さの部屋を配信ルームとし、ここからすべての配信をおこなっている。
コンサートホールの現場に必要な機材は、男性一人で持てるサイズのボストンバッグに収まる。パナソニックのリモート4Kカメラ1台とネットワークにつなげるための多機能ルーター、そして録画用のカメラのみ。カメラを規定位置にセットし、ほとんど「プラグ&プレイ」で配信準備が整うようなシステムを構築した。ネットワークや配信に対する専門的な知識がなくても、配信の準備ができるということが目標となっている。
ネットワークには、4Kクオリティについてはフレッツ光の「IPv6の折り返し通信」を利用、HDクオリティはインターネット回線の他、ニュースやスポーツ中継などにも活用される「LiveU」を活用し、IIJモバイルやドコモ等のモバイル回線も利用して飯田橋の配信ルームまで届けられる。なおLiveUは5Gにも対応しているということだが、コンサート会場が5Gの入りにくい環境であったため、今回は5Gの使用は見送られたという。
このやり方で配信することによって、コンサート会場に1名、リモートの配信ルームにチェック係が1名、回線のフォローに1名と、最小3人で配信が実現できるようになっている。
このように機材を簡略化したことで、演奏者自身も演奏に集中しやすいという声もあったという。カメラが入ることで、どうしてもアーティストの集中力を阻害してしまうこともあり、実際にその理由で配信が中止となった公演もある。だが、今回は「本当に配信されていたの?」とアーティスト自身が驚くほどのスムーズな環境が構築できたという。
また、クラシックのライブ配信ということもあり、通信のバッファは多少余裕を持たせて配信されているという。たとえばスポーツ中継などではよりリアルタイム性が要求されるが、クラシックの配信ではそこはあまりシビアでない反面、音が途切れることのストレスの方がよほど大きい。IIJの社内の配信ルームと、別部屋に置かれた一般家庭を想定したモニターでも見比べたが、おおよそ数十秒程度の遅延はあるように感じられた。しかし、これはオンラインコンサートという体験においてはまったく問題にならないだろう。
日本国内のクラシックのコンサートチケットは高額になりがちである。そういった「特別な体験の日」であることの重要性もあるが、たとえばヨーロッパでは教会でのコンサートは無料やそれに近い金額で見られるものもあるし、ウィーンのムジーク・フェラインのコンサートでも、立ち見ならば数ユーロという場合もある。
ヨーロッパにおけるクラシック音楽祭は、そういった市民生活のすぐそばに根ざして発展してきた経緯もある。まったく同じ状況を日本で再現することが必ずしも望ましいとは言えないが、1公演1000円という価格で配信が実現できることで、よりクラシック音楽を身近に感じられる可能性に期待が広がる。
IIJとしても、今後このシステムをさらに拡張し、さらなる公演数の拡大や、あるいはスポーツ中継などにも応用できる方法を模索していきたいとしている。