一般ユーザーへの影響は
iOSの安全性は守られるのか?EU地域で変わりゆくApp Storeの現状
アップルは今年の1月25日に、欧州連合(EU)に加盟する27か国で施行されたデジタル市場法(DMA)を順守するためとして、App Store以外のサードパーティによる代替アプリマーケットからiPhoneにアプリを提供できる新しい選択肢に関する具体的な発表を行った。EU地域でアプリを開発するデベロッパ、iPhoneを利用するユーザーはどのような影響を受けるのか。取材によりわかったことも含めて情報を整理しよう。
アップルは3月初旬を目処に、iPhoneのユーザー向けに次期iOS 17.4を提供予定だ。EU地域に生活するiPhoneユーザーに限り、iOS 17.4をインストールするとApp Store以外のアプリマーケットからiPhoneにアプリをインストールしたり、App Storeでの有料アプリ、アプリ内で課金されるコンテンツをデベロッパのアプリ内で、Apple Pay以外の決算手段が選べるようになる。
またデフォルトのウェブブラウザもSafari以外のアプリにより簡単に変更できるようにもなる。
加えて、デベロッパがそれぞれのアプリからゲーム配信やミニゲーム、チャットボットなどのコンテンツを供給して、有料課金コンテンツについてはアップルのアプリ内課金システムを通じて提供できることも新たな変更点として挙げられる。こちらはEU域内に限らず、iOS 17.4以降からワールドワイドに展開される新機能だ。デベロッパの対応が済み次第、楽しめるようになるだろう。
iOS 17.4の提供後、EU域内ではデベロッパが代替アプリマーケットからiPhone向けのアプリを提供できるようになる。ユーザーはiPhoneの設定でアプリデベロッパを承認した後、外部の代替アプリマーケットが運営するウェブサイトからマーケットプレイスアプリをインストールする。
具体的にどんなサービス、アプリが立ち上がるのか現時点ではまだ分からないが、次期iOSのアップデート後から早晩その影響が顕在化するはずだ。
アップルは自社のApp Store以外のアプリストアから、iPhoneやiPadに対応するアプリやサービスを追加できる「サイドローディング」を認めてこなかった。同社はその理由として、サイドローディングを悪意ある者が不正に利用することで、ユーザーのプライバシーを侵害する大きなリスクが生まれ、やがては国家の経済安全保障、サイバーセキュリティにも歪みをもたらす可能性があることを指摘してきた。
対する欧州委員会はアップル、アルファベット(グーグル)、アマゾンに代表されるIT大手6社をゲートキーパーとして指定した上で、「EU域内市場でIT大手による支配的な地位の乱用を防ぐため」としてDMAを2022年11月1日に施行。2024年3月までにDMAが定めたルールに沿った対応を、アップルなど6社に求めてきた。
代替アプリマーケットからのサイドローディングによるアプリ導入ができるようになると、今後はiPhoneの使用環境に未曾有のリスクがつきまとうようになるのだろうか。
実際のところは、“悪意ある者” による攻撃が野放しになることはなさそうだ。というのも、アップルは先に行ったプレス発表の中で「EU域内のユーザーに対して起こりうるリスクへの対策を軽視しない」というスタンスを打ち出している。その上でアップルは、EU域内においてDMAを遵守する形を採りつつ、App Storeを今後もユーザーが安心して利用できるようにいくつかの新しいテクノロジーに基づく仕組みを導入するからだ。
例えば、代替アプリマーケットを通じて提供されるiOSアプリについても、開発するデベロッパに対してアップルが「Notarization(公証)」という基本審査を受けることを求めていく。例えば公証の審査の中には、既知のマルウェアやウィルスを自動チェックによりスキャニングする安全確認のプロセスが入る。
さらに現在App Storeに公開される全てのアプリに対して実施されている、エキスパートによるApp Reviewと同等の “人間による審査” も行う。アップルのエコシステムにおける整合性・一貫性を確保し、不適切なコンテンツが提供されるリスクを未然に回避するための基本水準の取り組みは、今後もiPhoneで利用できるすべてのアプリについて同様に実施される。
しかしながら、外部のデベロッパが代替アプリマーケットの中で提供するコンテンツの基準、ビジネスのルールに対してアップルが口を挟むことはない。例えば仮に、代替アプリマーケットを利用するユーザーが「一度決めた決済手段を変更できない」「サブスクリプションコンテンツを解約する方法が複雑」といった弊害が起こることも考えられる。少なくとも、これまでのApp Storeで慣れてきた使い勝手が変わる可能性が高いことは覚悟しておくべきだ。
一方の “コンテンツの基準” についても、App Storeで配信されるiPhone向けのコンテンツではあり得なかった、ショッキングな内容を含むものが代替アプリマーケットでは許可される場合もある。
もちろん、代替アプリマーケットを運営するプラットフォーマーが独自のポリシーに従った厳正なセキュリティチェックやユーザーのプライバシーを守るための施策を実施することも期待できるだろう。ユーザーに対するサポートや返金等のリクエストにも真摯に対応しない限り、そのサービスプラットフォームが成功することも考えにくい。
アップルは、今後EU域内のデベロッパが開発したアプリのディストリビューション手段をApp Store、代替アプリマーケットのどちらか、またはその両方から選べる仕組みもつくる。当面は使い慣れたApp Storeによるディストリビューションシステムを選択するというデベロッパも、おそらくは少なくないはずだ。
現在、App Storeで配信されている有料アプリ、アプリ内課金の売上が発生した場合、デベロッパはアップルによる統合型決済システムを使わなければならない。その際には取引条件として手数料の負担も伴う。EU域内ではこのルールが改変される。
大きく変更される点は、外部の決済サービスプロバイダー(PSP)を使う代替オプションが選べるようになることだ。あるいは現在も一部のサービスで実施されている、デベロッパの外部ウェブサイトでの決済、プロモーションや割引きなどの情報通知も引き続き認められる。
有料コンテンツを提供する一部のデベロッパは、App Storeのプラットフォームが今後も担保されるよう、アップルがテクノロジーの開発やツールを提供することに対する対価を支払うことが求められる。これが「コアテクノロジー手数料」というものだ。
コアテクノロジー手数料はiPhone向けにアプリを公開するすべてのデベロッパが支払の対象になるわけではない。「年間100万件のインストールを超える有料コンテンツ」を提供している、大規模なデベロッパであることが基準線とされている。これを超えると、1件のアカウントに対して「1年・1度・50セント」のコアテクノロジー手数料をアップルに支払うことになる。
アップルの試算によると、EU域内ではコアテクノロジー手数料を負担することになるデベロッパは全体のおよそ1%未満になるという。また、本手数料はデベロッパがNPO、政府官公庁、教育機関である場合は免除される。
前段話題にした代替アプリマーケットが認められることに伴い、デベロッパがコアテクノロジー手数料のほかにアップルに対して支払うコミッションは、アップルのシステムについて追加で何を利用するかによって変動する。
例えば大規模なデベロッパの場合、有料アプリやアプリ内課金が発生した際に販売価格の30%の手数料が求められてきた。一般には “アップル税” とも呼ばれているコミッションは、標準レートが17%に引き下げられる。アップルは2021年1月から、App Storeにおける年間収益が100万ドル(約1億3000万円前後)の小規模なデベロッパについては、そのビジネスを支援するためとして手数料を15%とする「App Store Small Business Program」を実施している。その手数料も10%に変更する。
アップルの統合型決済を使う場合は3%の手数料負担が発生する。これを外部PSPによる決済、または外部ウェブサイトへのリンクによる決済処理に置き換えたデベロッパは支払いを免除される。
筆者は以前、App Storeでアプリを提供する国内の小規模開発事業者を取材した際に、デベロッパから「アプリの開発からサービスの運営をほぼ一人でやっているので、本来であれば沢山の顧客を獲得して販売管理を徹底することは困難。アプリが売れるほどに大きくなる負担の一部を、App Storeのプラットフォームを利用することによって回避できることから、プロダクトの開発に注力できる。これは大きなメリットである」という声を聞いた。
アップルはデベロッパ向けに開設するウェブのサポートページに、上記のようなオプションを選んだ場合に発生する手数料を試算するための見積もりツールを公開している。代替アプリマーケットがデベロッパ向けに提案するサービスの内容を踏まえて、iPhoneのユーザーにもベストな提供手段を比較検討できる環境も整った。
EU域内でiPhoneを使う一般のユーザーは、App Storeの周辺で変更された新たな仕組みをよく知った上で、代替アプリマーケット等のサービスを取捨選択するための情報を必要とするだろう。アップルはApp Storeのプライバシーとセキュリティを保護するために同社として行う取り組みと、ユーザーが利用可能なオプションに関してまとめた資料を今後オンラインに公開するとしている。EU域内に限らず、すべてのiPhoneユーザーにとってデバイスとサービスを安全に活用するために有益な情報になると思う。
日本の政府機関である内閣官房 デジタル市場競争会議(DMCH)もEUにおけるDMAの動向を見ながら、今後日本国内でもiPhoneユーザーがApp Store以外の他社による代替アプリマーケットも使えるように法案を定めてこれを義務付けようとしている。3月以降、EU域内でアップルが実施する施策が、デベロッパの開発環境やユーザーの体験をどのように変えていくのか、影響に注目しながら慎重な判断を下す必要があるのではないだろうか。
■EU域内でApp Store・ブラウザ関連の機能を変更
アップルは3月初旬を目処に、iPhoneのユーザー向けに次期iOS 17.4を提供予定だ。EU地域に生活するiPhoneユーザーに限り、iOS 17.4をインストールするとApp Store以外のアプリマーケットからiPhoneにアプリをインストールしたり、App Storeでの有料アプリ、アプリ内で課金されるコンテンツをデベロッパのアプリ内で、Apple Pay以外の決算手段が選べるようになる。
またデフォルトのウェブブラウザもSafari以外のアプリにより簡単に変更できるようにもなる。
加えて、デベロッパがそれぞれのアプリからゲーム配信やミニゲーム、チャットボットなどのコンテンツを供給して、有料課金コンテンツについてはアップルのアプリ内課金システムを通じて提供できることも新たな変更点として挙げられる。こちらはEU域内に限らず、iOS 17.4以降からワールドワイドに展開される新機能だ。デベロッパの対応が済み次第、楽しめるようになるだろう。
■代替アプリマーケットを許可。iOSの安全性は担保されるのか
iOS 17.4の提供後、EU域内ではデベロッパが代替アプリマーケットからiPhone向けのアプリを提供できるようになる。ユーザーはiPhoneの設定でアプリデベロッパを承認した後、外部の代替アプリマーケットが運営するウェブサイトからマーケットプレイスアプリをインストールする。
具体的にどんなサービス、アプリが立ち上がるのか現時点ではまだ分からないが、次期iOSのアップデート後から早晩その影響が顕在化するはずだ。
アップルは自社のApp Store以外のアプリストアから、iPhoneやiPadに対応するアプリやサービスを追加できる「サイドローディング」を認めてこなかった。同社はその理由として、サイドローディングを悪意ある者が不正に利用することで、ユーザーのプライバシーを侵害する大きなリスクが生まれ、やがては国家の経済安全保障、サイバーセキュリティにも歪みをもたらす可能性があることを指摘してきた。
対する欧州委員会はアップル、アルファベット(グーグル)、アマゾンに代表されるIT大手6社をゲートキーパーとして指定した上で、「EU域内市場でIT大手による支配的な地位の乱用を防ぐため」としてDMAを2022年11月1日に施行。2024年3月までにDMAが定めたルールに沿った対応を、アップルなど6社に求めてきた。
代替アプリマーケットからのサイドローディングによるアプリ導入ができるようになると、今後はiPhoneの使用環境に未曾有のリスクがつきまとうようになるのだろうか。
実際のところは、“悪意ある者” による攻撃が野放しになることはなさそうだ。というのも、アップルは先に行ったプレス発表の中で「EU域内のユーザーに対して起こりうるリスクへの対策を軽視しない」というスタンスを打ち出している。その上でアップルは、EU域内においてDMAを遵守する形を採りつつ、App Storeを今後もユーザーが安心して利用できるようにいくつかの新しいテクノロジーに基づく仕組みを導入するからだ。
■iPhoneで使えるすべてのアプリに引き続き審査を実施
例えば、代替アプリマーケットを通じて提供されるiOSアプリについても、開発するデベロッパに対してアップルが「Notarization(公証)」という基本審査を受けることを求めていく。例えば公証の審査の中には、既知のマルウェアやウィルスを自動チェックによりスキャニングする安全確認のプロセスが入る。
さらに現在App Storeに公開される全てのアプリに対して実施されている、エキスパートによるApp Reviewと同等の “人間による審査” も行う。アップルのエコシステムにおける整合性・一貫性を確保し、不適切なコンテンツが提供されるリスクを未然に回避するための基本水準の取り組みは、今後もiPhoneで利用できるすべてのアプリについて同様に実施される。
しかしながら、外部のデベロッパが代替アプリマーケットの中で提供するコンテンツの基準、ビジネスのルールに対してアップルが口を挟むことはない。例えば仮に、代替アプリマーケットを利用するユーザーが「一度決めた決済手段を変更できない」「サブスクリプションコンテンツを解約する方法が複雑」といった弊害が起こることも考えられる。少なくとも、これまでのApp Storeで慣れてきた使い勝手が変わる可能性が高いことは覚悟しておくべきだ。
一方の “コンテンツの基準” についても、App Storeで配信されるiPhone向けのコンテンツではあり得なかった、ショッキングな内容を含むものが代替アプリマーケットでは許可される場合もある。
もちろん、代替アプリマーケットを運営するプラットフォーマーが独自のポリシーに従った厳正なセキュリティチェックやユーザーのプライバシーを守るための施策を実施することも期待できるだろう。ユーザーに対するサポートや返金等のリクエストにも真摯に対応しない限り、そのサービスプラットフォームが成功することも考えにくい。
アップルは、今後EU域内のデベロッパが開発したアプリのディストリビューション手段をApp Store、代替アプリマーケットのどちらか、またはその両方から選べる仕組みもつくる。当面は使い慣れたApp Storeによるディストリビューションシステムを選択するというデベロッパも、おそらくは少なくないはずだ。
■デベロッパが支払う手数料の体系が変わる
現在、App Storeで配信されている有料アプリ、アプリ内課金の売上が発生した場合、デベロッパはアップルによる統合型決済システムを使わなければならない。その際には取引条件として手数料の負担も伴う。EU域内ではこのルールが改変される。
大きく変更される点は、外部の決済サービスプロバイダー(PSP)を使う代替オプションが選べるようになることだ。あるいは現在も一部のサービスで実施されている、デベロッパの外部ウェブサイトでの決済、プロモーションや割引きなどの情報通知も引き続き認められる。
有料コンテンツを提供する一部のデベロッパは、App Storeのプラットフォームが今後も担保されるよう、アップルがテクノロジーの開発やツールを提供することに対する対価を支払うことが求められる。これが「コアテクノロジー手数料」というものだ。
コアテクノロジー手数料はiPhone向けにアプリを公開するすべてのデベロッパが支払の対象になるわけではない。「年間100万件のインストールを超える有料コンテンツ」を提供している、大規模なデベロッパであることが基準線とされている。これを超えると、1件のアカウントに対して「1年・1度・50セント」のコアテクノロジー手数料をアップルに支払うことになる。
アップルの試算によると、EU域内ではコアテクノロジー手数料を負担することになるデベロッパは全体のおよそ1%未満になるという。また、本手数料はデベロッパがNPO、政府官公庁、教育機関である場合は免除される。
■アップルの決済システムはオプションに。いわゆる“アップル税”は引き下げる
前段話題にした代替アプリマーケットが認められることに伴い、デベロッパがコアテクノロジー手数料のほかにアップルに対して支払うコミッションは、アップルのシステムについて追加で何を利用するかによって変動する。
例えば大規模なデベロッパの場合、有料アプリやアプリ内課金が発生した際に販売価格の30%の手数料が求められてきた。一般には “アップル税” とも呼ばれているコミッションは、標準レートが17%に引き下げられる。アップルは2021年1月から、App Storeにおける年間収益が100万ドル(約1億3000万円前後)の小規模なデベロッパについては、そのビジネスを支援するためとして手数料を15%とする「App Store Small Business Program」を実施している。その手数料も10%に変更する。
アップルの統合型決済を使う場合は3%の手数料負担が発生する。これを外部PSPによる決済、または外部ウェブサイトへのリンクによる決済処理に置き換えたデベロッパは支払いを免除される。
筆者は以前、App Storeでアプリを提供する国内の小規模開発事業者を取材した際に、デベロッパから「アプリの開発からサービスの運営をほぼ一人でやっているので、本来であれば沢山の顧客を獲得して販売管理を徹底することは困難。アプリが売れるほどに大きくなる負担の一部を、App Storeのプラットフォームを利用することによって回避できることから、プロダクトの開発に注力できる。これは大きなメリットである」という声を聞いた。
アップルはデベロッパ向けに開設するウェブのサポートページに、上記のようなオプションを選んだ場合に発生する手数料を試算するための見積もりツールを公開している。代替アプリマーケットがデベロッパ向けに提案するサービスの内容を踏まえて、iPhoneのユーザーにもベストな提供手段を比較検討できる環境も整った。
■EUにおける変化の影響には今後も要注目
EU域内でiPhoneを使う一般のユーザーは、App Storeの周辺で変更された新たな仕組みをよく知った上で、代替アプリマーケット等のサービスを取捨選択するための情報を必要とするだろう。アップルはApp Storeのプライバシーとセキュリティを保護するために同社として行う取り組みと、ユーザーが利用可能なオプションに関してまとめた資料を今後オンラインに公開するとしている。EU域内に限らず、すべてのiPhoneユーザーにとってデバイスとサービスを安全に活用するために有益な情報になると思う。
日本の政府機関である内閣官房 デジタル市場競争会議(DMCH)もEUにおけるDMAの動向を見ながら、今後日本国内でもiPhoneユーザーがApp Store以外の他社による代替アプリマーケットも使えるように法案を定めてこれを義務付けようとしている。3月以降、EU域内でアップルが実施する施策が、デベロッパの開発環境やユーザーの体験をどのように変えていくのか、影響に注目しながら慎重な判断を下す必要があるのではないだろうか。