独特な世界観を深く探訪
ハイレゾで聴く井上陽水、ワン&オンリーな「色気と艶」がいっそう魅力的に
井上陽水の過去作25アルバムについて、ハイレゾ/サブスプリクション配信が一挙解禁された(関連ニュース)。さて、井上陽水の音源がハイレゾでリリースされることの意味、ハイレゾならではの魅力とは何なのだろうか? 小原由夫氏が考察する。
私はもう既に長い間、井上陽水の音楽をLPやCDで楽しんできたが、それでも今回の一連のハイレゾ作品の大部分は、きっとまた購入するのだろうなぁと思っている。なぜならば、あの魅力的かつ個性的な色気と艶のある声が、ハイレゾで一段と活きると確信しているからだ。
もちろんそう思うのにはきちんと根拠がある。今回の一挙25タイトル配信に先立つこと2年あまりの一昨年のアルバム『UNITED COVER 2』が、既に96kHz/24bitで配信されており、その心地よいサウンドに一時ハマって何度もリピート、ヘビロテした時期があるからだ。
今回改めて井上陽水の音楽の世界観とハイレゾの相性を考えた時、真っ先に浮かんだ前述の声の色気や艶については後程触れるとして、私は『サウンドのゴージャスさ』をまず挙げておきたい。
3作目『氷の世界』辺りから陽水の作品には、名うてのスタジオミュージシャンがバッキングを務めるようになった。同作では、キーボード/シンセサイザーに深町純や松岡直也、ギタリスト高中正義、ベーシスト細野晴臣、ドラムスに林立夫や村上秀一が参加している(他に録音された英国のミュージシャンが数名参加)。
近年の吹き込み(一部はコンサートツアーも同行)メンバーを見ても、山木秀夫(ドラムス)、美久月千晴(ベース)といった、当代随一といっても過言でないリズム隊がサポートしている。
そうした一流ミュージシャンの卓越した演奏の細部やニュアンスは、ハイレゾというハイスペックなフォーマットによってさらにリアルに再現される。
ハイレゾとの好相性その2は、陽水独特の詞の世界をより深く探訪できることだ。もともと「内容(意味)がわからない」傾向が強いのが陽水の歌詞の特徴といえるが、支離滅裂ともいえる情景やシニカルな心情を綴った、意味不明、理解不可能な歌詞が、ハイレゾによって一段と聴きとりやすくなるような気がするのである。
前述『氷の世界』に収録されている陽水最大のヒット曲にして名曲「氷の世界」では、極寒でテレビが故障し、色再現がおかしくなったことを、醜い娘が魅力的に映ったと喩えて歌う。そんなヤワなテレビがあるわけはないし、醜い子がどう映ったら魅力的に見えるのか、私にはさっぱりわからない。しかし、あの鋭角なリズムに乗って一気呵成に歌は突っ走る。
また、アルバム『バレリーナ』に収録されているタイトル曲「バレリーナ」では、「斬新なパラソル」の後に、ワンセンテンスを挟んで「単純なカラフル」と出てくる。詞が描くシチュエーションとは無縁のこの一節は、まさしくゴロ合わせであり、俗にいう『韻を踏む』表現であるわけで、その独特の奇妙な世界観がハイレゾという情報量豊富な“器に盛り付けられる”ことでどう展開されるかを期待する陽水ファンは、決して少なくないのではと私は踏んでいる。
そして、いよいよ本題、陽水の声が持つワン&オンリーな『色気と艶』である。それは、最大のヒットシングル「いっそセレナーデ」や、夏の定番曲「少年時代」の、あの粘りのある、それでいてまったく粘着質でないイントネーションと光沢感に顕著にうかがえる。
さらに、発音/発声時の子音の弱さが歌唱の滑らかさや濃密さにつながり、それがハイレゾによって一段と稠密になりディテールが浮き上がってくるように感じられるのである。
おそらくこうした質感の印象は、今回マスタリングを手掛けたテッド・ジェンセンの手腕に負うところが大きそうだ。そう、今回の25タイトルは、そのすべてをテッド・ジェンセンが手掛けたという点も私には驚きだった(もっとも、近年の陽水のほとんどのアルバムはジェンセンが関わっているのだが)。
米NYのマスタリングスタジオ「STERLING SOUND」所属のチーフ・エンジニアであるジェンセンは、世界中で最も忙しいマスタリングエンジニアと言われている(イーグルス『ホテル・カリフォルニア』やビリー・ジョエル『ストレンジャー』の作品で高く評価された)。
かつてはハイエンド・オーディオメーカーにて技術者としての経歴も持つジェンセンは、とりわけ音質にうるさいマスタリングエンジニアとしてオーディオマニアからも一目置かれる存在だ。
今回のジェンセンの仕事は、ヴォーカルの処理ひとつとっても、伴奏から際立たせたり、バンドとの一体感を重視した楽器的扱いだったりと、オリジナルのミックスを尊重しつつ、各々の時代の陽水の “声” の触感(歳を重ねるごとで現われてきた微妙な変化)を大事にしたマスタリングになっている印象である。
まだ私も、あれこれ聴いている真っ最中だ。何せ半世紀に及ぶ音楽活動を網羅する、全25タイトル! その世界観をハイレゾでじっくりと味わいながら楽しみたい。
私はもう既に長い間、井上陽水の音楽をLPやCDで楽しんできたが、それでも今回の一連のハイレゾ作品の大部分は、きっとまた購入するのだろうなぁと思っている。なぜならば、あの魅力的かつ個性的な色気と艶のある声が、ハイレゾで一段と活きると確信しているからだ。
もちろんそう思うのにはきちんと根拠がある。今回の一挙25タイトル配信に先立つこと2年あまりの一昨年のアルバム『UNITED COVER 2』が、既に96kHz/24bitで配信されており、その心地よいサウンドに一時ハマって何度もリピート、ヘビロテした時期があるからだ。
今回改めて井上陽水の音楽の世界観とハイレゾの相性を考えた時、真っ先に浮かんだ前述の声の色気や艶については後程触れるとして、私は『サウンドのゴージャスさ』をまず挙げておきたい。
3作目『氷の世界』辺りから陽水の作品には、名うてのスタジオミュージシャンがバッキングを務めるようになった。同作では、キーボード/シンセサイザーに深町純や松岡直也、ギタリスト高中正義、ベーシスト細野晴臣、ドラムスに林立夫や村上秀一が参加している(他に録音された英国のミュージシャンが数名参加)。
近年の吹き込み(一部はコンサートツアーも同行)メンバーを見ても、山木秀夫(ドラムス)、美久月千晴(ベース)といった、当代随一といっても過言でないリズム隊がサポートしている。
そうした一流ミュージシャンの卓越した演奏の細部やニュアンスは、ハイレゾというハイスペックなフォーマットによってさらにリアルに再現される。
ハイレゾとの好相性その2は、陽水独特の詞の世界をより深く探訪できることだ。もともと「内容(意味)がわからない」傾向が強いのが陽水の歌詞の特徴といえるが、支離滅裂ともいえる情景やシニカルな心情を綴った、意味不明、理解不可能な歌詞が、ハイレゾによって一段と聴きとりやすくなるような気がするのである。
前述『氷の世界』に収録されている陽水最大のヒット曲にして名曲「氷の世界」では、極寒でテレビが故障し、色再現がおかしくなったことを、醜い娘が魅力的に映ったと喩えて歌う。そんなヤワなテレビがあるわけはないし、醜い子がどう映ったら魅力的に見えるのか、私にはさっぱりわからない。しかし、あの鋭角なリズムに乗って一気呵成に歌は突っ走る。
また、アルバム『バレリーナ』に収録されているタイトル曲「バレリーナ」では、「斬新なパラソル」の後に、ワンセンテンスを挟んで「単純なカラフル」と出てくる。詞が描くシチュエーションとは無縁のこの一節は、まさしくゴロ合わせであり、俗にいう『韻を踏む』表現であるわけで、その独特の奇妙な世界観がハイレゾという情報量豊富な“器に盛り付けられる”ことでどう展開されるかを期待する陽水ファンは、決して少なくないのではと私は踏んでいる。
そして、いよいよ本題、陽水の声が持つワン&オンリーな『色気と艶』である。それは、最大のヒットシングル「いっそセレナーデ」や、夏の定番曲「少年時代」の、あの粘りのある、それでいてまったく粘着質でないイントネーションと光沢感に顕著にうかがえる。
さらに、発音/発声時の子音の弱さが歌唱の滑らかさや濃密さにつながり、それがハイレゾによって一段と稠密になりディテールが浮き上がってくるように感じられるのである。
おそらくこうした質感の印象は、今回マスタリングを手掛けたテッド・ジェンセンの手腕に負うところが大きそうだ。そう、今回の25タイトルは、そのすべてをテッド・ジェンセンが手掛けたという点も私には驚きだった(もっとも、近年の陽水のほとんどのアルバムはジェンセンが関わっているのだが)。
米NYのマスタリングスタジオ「STERLING SOUND」所属のチーフ・エンジニアであるジェンセンは、世界中で最も忙しいマスタリングエンジニアと言われている(イーグルス『ホテル・カリフォルニア』やビリー・ジョエル『ストレンジャー』の作品で高く評価された)。
かつてはハイエンド・オーディオメーカーにて技術者としての経歴も持つジェンセンは、とりわけ音質にうるさいマスタリングエンジニアとしてオーディオマニアからも一目置かれる存在だ。
今回のジェンセンの仕事は、ヴォーカルの処理ひとつとっても、伴奏から際立たせたり、バンドとの一体感を重視した楽器的扱いだったりと、オリジナルのミックスを尊重しつつ、各々の時代の陽水の “声” の触感(歳を重ねるごとで現われてきた微妙な変化)を大事にしたマスタリングになっている印象である。
まだ私も、あれこれ聴いている真っ最中だ。何せ半世紀に及ぶ音楽活動を網羅する、全25タイトル! その世界観をハイレゾでじっくりと味わいながら楽しみたい。