杉本氏  私は今から約25年前に旭化成エレクトロニクス(略称:AKEMD)に入社しまして、最初はAD コンバーターから始まりましたが、その後DA コンバーターの開発に携わり、この間約20年、製品数にして50以上に関わって来ました。最初の製品はAK4328というモデルでしたが、キャリブレーションの精度が高く、計測機の分野でも高い評価をいただきました。その後、BS放送が始まったこともあり、徐々に車やセットトップボックスなどの分野でも力を付けてきまして、「AK4397」から本格的にピュアオーディオの分野で注目をいただいていることを実感しています。

藤岡氏 杉本さんが直接的に今のお話にあったデバイスを担当した時期というのは、ちょうどCDプレーヤーが出て数年後の世界で、オーディオ業界もさることながら、折から各種各様な放送機器のたぐいもデジタル化が激しく進行している時代ですよね。やりがいがあったんじゃないかと思います。以前、ピュアオーディオ向けDAコンバーター「AK4397」を取材させてもらった時にも訊ねたことですが、デバイスは一般のユーザーとは接点のほとんどない世界ですよね。つまり、御社にとってのエンドユーザーとは、デバイスを採用される各メーカーであるかと思います。普段デバイスをつくられている時には、どうしてもメーカーの意図を製品に反映させることを中心に考えていらっしゃるのでしょうか。


旭化成エレクトロニクス(株)設計開発センター ミックスドシグナルユニット オーディオ第3グループ長
杉本哲郎氏

杉本氏 やはりメーカーの機器に効率よく搭載していただくため、どうすればデバイスを“小さく”できるかばかりを考えていましたね。少しでもスペースに余裕があれば「どうやってそこを埋めようかな」と考えてしまいますね。LSIを設計してプロットアウトしたときに、ギチギチに埋まっていると安心するんです。

藤岡氏 そうでしょうね。でも今後は脳裏の一部にちょっとで良いので、エンドユーザーの期待もイメージしていただけると良いかもしれませんね。

杉本氏 その通りだと思います。私の実感として、最近やっとエンドユーザーの求めるものに気持を向ける余裕ができてきたかなと感じています。それはAK4397を開発している時に、周囲から「デバイスを小さくするな」と指摘を受けたことがきっかけにもなりました。オーディオの良いデバイスをつくるためには、もっとのびのびと開発することも大切だと感じています。

野木氏  私は1990年に入社して、ずっと半導体に携わっています。最初はコーデックやADにも少し関わりましたが、その後は杉本と一緒にDAコンバーターの開発に専心しています。

杉本氏 私がデジタルで、彼はアナログという役割分担になっています。

野木氏 私はまだ相変わらずポカをやっていますけれども、最近ではDAコンバーターのアナログ部分の開発には、ほぼ全て関わってきています。

藤岡氏 「ポカをやってる」とおっしゃいましたが、半導体の世界でのポカって、例えばどういうことになんでしょうか(笑)。

野木氏 一番単純なものでは、デバイスが“期待どおりに動かない”ということですね。またアナログですと、作ってみたら歪みが悪かったり、といったことでしょうか。

藤岡氏 そんなことは大したポカじゃないじゃないですか(笑)。アナログアンプをやっていても、低音が出ないとか高音が歪んでいるとか良くあることです。「ポカ」という意味では、似たようなものですね。ただ、肉眼では見えない世界であるということ、そこが違う。


旭化成エレクトロニクス(株)設計開発センター ミックスドシグナルユニット オーディオ第3グループ 主幹技師
野木昭彦氏

野木氏 そうですね。もしできるのならば電子に化けて開発中のデバイスの中に入って、どこが悪いのかなど見に行くことができたらいいだろうなと、時々思います(笑)。この仕事をやっていて、一番喜びを感じる時は、設計が終わって、工場でつくられた試作品を簡単な評価ボードに搭載した後に、電源を入れてサイン波が出るかどうかですね。基本的なファンクションができていることが分かれば、それが一番うれしいです。

藤岡氏 確かに半導体を開発する仕事での、達成感とはそういうものなのかもしれませんね。どのメーカーが採用してくれて、開発者の思い通りに使いこなしてくれるかは、その後の話ですからね。逆にメーカーがデバイスをあまりにも使いこなせていないのを見つけた時には、がっかりしませんか。

杉本氏 私の立場では採用していただけるだけでもうれしいことですが、一方で、私たちの知らないところで使われていることも結構あるようです。

藤岡氏 確かにそういうこともあるかもしれないですね。ただ、たとえ開発設計者が知らなかったとしても、その最終製品が市場で高く評価されていれば、やはりそれはそれで喜びの一つになっていくのではないかと思いますが。

杉本氏 それはうれしいですね。




藤岡氏 そして佐藤さんはメーカーの開発担当の方々と、杉本さん、野木さんをはじめとした旭化成エレクトロニクスの開発設計者をつなぐ立場にいらっしゃるということですね。

佐藤氏 そうですね。技術営業的なポジションから、メーカーのニーズと当社の設計スタッフをつなぐ役割を担当しています。私は自分の仕事について、当社のデバイスが持つ能力を正確に把握した上で、そのポテンシャルを引き出し、顧客に使ってみたいと思ってもらうことだと考えています。


旭化成エレクトロニクス(株)マーケティング&セールスセンター オーディオ事業グループ
佐藤友則氏

藤岡氏 最近は御社のオーディオ製品のブランド「Audio 4 Pro」は順調に推移していますか。

佐藤氏 おかげさまで国内、海外のハイエンドメーカーにAK4397をご採用いただき、認知度も好調に高まっていると実感しています。今回ご紹介させていただくAudio 4 Pr の最新 DA コンバーターも、当社製品の魅力を実感していただける新たな注目モデルになると期待しています。

藤岡氏 国内の、あるいは海外も含めて、オーディオグレードのDAコンバーター製品が採用しているチップの種類は意外に多くないように感じます。メーカーの側にはもっとフレキシビリティがあって良いと思うし、もちろんコストの壁はあるにせよ、もう少し臨機応変にバラエティに富んだ製品を提案できれば、メーカーとしての主義主張、あるいはエンジニアの意識や機械の設計意図というものがハッキリと見えてくるのではないかと思います。この点について、旭化成エレクトロニクスの皆さんはどう考えていますか?

佐藤氏 私もやはり藤岡先生と同じように感じていました。私は当社に入社して以来、音質に定評のある日本のメーカーとしてAKEMDの製品力とブランド力をさらに高めたいという意志を持って仕事をしています。また旭化成エレクトロニクスには、品質に優れたバラエティ豊かな製品を開発していく実力があると自負しています。

藤岡氏 確かに現在、日本の半導体のメーカーで、DAコンバーターなどオーディオ用のデバイスを開発しているメーカーは本当に少なくなりました。現在では本当にどの製品を見ても、同じブランドの中での最新デバイスを採用できたかどうか、という話になってしまっていて、これが私の中で何となく、心のおりのように残っているんですよ。もっと様々な製品が出てきて、機械の中に自由に使われるようになってくれば、オーディオの楽しみ方も変わってくるんじゃないかと思います。その中でAKEMDがオーディオ製品を熱心に開発されている姿勢を、私たちオーディオファンはひじょうに頼もしく感じますね。だからこそ、AK4397を初めて聴かせてもらった時に、これはオーディオ用DAコンバーターとして大きくブレイクする可能性があるぞと直感したものです。今後AK4397を低価格で提供していくという考えはありませんか。

佐藤氏 その考えはありません。私たちが今、Audio 4 Proというブランドをどう育てて行きたいのかという明確な意志が大切だと考えているからです。エソテリックの「D-05」でご採用いただいたという実績から生まれたブランドイメージを絶対に落としめたくなかったこともあります。AK4397は絶対に値段を下げないで売る製品にしていこうという意志が、今の私たちにはあります。

藤岡氏 なるほど。
旭化成エレクトロニクスが選りすぐりのオーディオブランド製品のみに冠するハイエンドの称号とも呼べる“Audio 4 Pro”のブランドロゴ (クリックで拡大) 昨年のオーディオ銘機賞2007では栄えある「特別賞」を受賞したオーディオDAC「AK4397」。世界初の32bitフル対応を実現し、大いに注目を浴びたAKEMDのフラグシップ (クリックで拡大)