ゼンハイザーのヘッドホンの現在のラインナップはダイナミック型オープンエアータイプ以外にも広範囲に及んでおり、インナーイヤー型やカナル型はもちろん、ノイズキャンセリングタイプの充実ぶりも見逃せない。同社の製品は一貫してナチュラルで音楽性豊かなサウンドを追求しており、現在でもその志向は不変である。
|
||||||||||||||||
ゼンハイザーがイヤーモニターと呼ぶIEシリーズの最高峰モデルが「IE8」だ。構造はダイナミック型で形状はいわゆるカナルタイプ、耳への確かなフィット感と、軽い装着感を両立させており、いうまでもなく優れた遮音性を発揮する。外装は落ち着きのあるブラック仕上げを採用、付属のキャリングケースも高級感がある。
機能面での最大の特徴は、左右ユニットそれぞれに低音の特性をコントロールする調整機構を内蔵していることで、使用環境や好みに合わせて低音の量感を調整することができる。IEシリーズの中で、このバスコントロール機構を採用しているのはハイエンド仕様の本機のみなので、低音の量感にこだわる音楽ファンはぜひマークしておきたい。 低音の調整範囲はかなり広範囲に及び、フラットな特性から、中低域〜低域を強調する設定まで連続的にコントロールすることができる。 低音のコントロール機構は、ドライバーユニット背面のダイヤルを付属のツールで回して操作する方式。変化量はかなり大きく、後の音質インプレッションで詳しく紹介するように、大きな効果を確認することができた。
付属イヤーピースは、サイズと形状のバリエーションが豊富な計10種類を用意しているので、選択の自由度はかなり高い。カナル型は装着感の良否が評価を決定的に左右するので、様々なサイズ、形状のイヤーピースが用意されていることは安心につながる。さらに専用の樹脂製イヤーフック(耳掛け)も付属し、好みに応じて使い分けることが可能だ。 筆者はイヤーフックを使用せず、耳の上側から装着するスタイルで違和感なく使用することができた。圧迫感がなく、長時間使い続けてもストレスを感じることはなかった。ケーブル長はやや長めの1.2mだが、ドライバーユニット装着部分が着脱式なので、交換にも対応する。ケーブルは目立ちにくいグレー仕上げ、適度な太さでしなやかさがあり、衣服などに触れたときのノイズはほとんど気にならない素材だ。 キャリングケースはやや大きめのサイズのハードタイプ。ケーブルを巻き付ける部分もあり、本体やコネクターを保護する効果が期待できそうだ。
|
||||||||||||||||
まずはボーカル。エルヴィス・コステロの『ノース』とリッキー・リー・ジョーンズの『Pop Pop』を聴く。編成がシンプルな曲ほど、IE8の素直なバランスと情報量の豊かさが際立ち、特に声そのものの魅力を深く引き出してくることに強い印象を受けた。コステロのボーカルは低音に豊かな厚みがある一方で、微妙なニュアンスも曖昧にせず、囁くようなフレーズまで温度感と適度なテンションを失わない。R.L.ジョーンズも一番高い音域まで刺激的な硬さとは無縁で、このアルバムに一貫して流れる温かいタッチを忠実に再現した。 どちらもブレスや子音を強調する演出とは対極の自然なサウンドだが、唇の破裂音やギターの弦に当たる爪の音など、音色の一部をなす重要な成分を漏らすことはない。そうした音も、聴こえてきて欲しいバランスでしっかり再生してくるので、臨場感があるし、テンポ感はあくまで前向きだ。その絶妙なさじ加減に、ゼンハイザーの豊富な経験が生きていると感じた。
ジンマン指揮チューリヒトーンハレ管弦楽団のマーラーで聴いたオーケストラのスケールの大きさは、筆者の想像を大きく超えていた。ダイナミックレンジがあまりに大きい録音なので、普段はカナル型など小型のヘッドホンで聴くことはほとんどないのだが、このIE8は別だ。低音楽器は、IE8のバスコントロール機構を約1ステップ上げただけで十分すぎるぐらいの量感があり、意外なほどの重量感がある。さらに、同機構で低音を上げても、いかにも強調感のある低音ではなく、音色と質感をキープしたベースの音が楽しめることが嬉しい。 カナル型ヘッドホンは豊富な情報量の半面、低音の量感が不足しがちな製品が少なくないのだが、IE8にはその心配は不要だ。低音に強いこだわりのある音楽ファンでもこのバランスなら不満を感じることはまずないだろう。低周波の騒音に包まれた航空機内などの環境でもプラス側に回し切って使うことはほとんどないと思うが、その場合でもバスドラムやベースが不自然な音色にならないことは特筆してよい。ゼンハイザー伝統の澄んだ音色に加えて、力感と厚みのある低音をプラスしたIE8のサウンドは、技術の着実な進化を実感させるものであった。
|
||||||||||||||||