本年度のオーディオ銘機賞で製品特別賞を受賞したKEFのMuon。英国高級車の技術を活用した真空成型による有機的で美しいフォルムももちろんだが、そこにはKEFの培ってきたあらゆる技術が最高の形で応用されている。

中心となるのは独自の同軸ユニットUni-Qだが、ウーファーやミッドレンジの素材や駆動回路の設計にも長い経験と精密な解析技術が投影されているといわなければならない。そこにはユニットからキャビネットまで全てを自社生産できる体制の強みが、遺憾なく発揮されているといっていい。

 
KEF「Muon」のデザインは、世界的に著名なインダストリアルデザイナー、ロス・ラブグローブ氏が担当した   ミラノのサローネでもMuonが出展され、その美しい筐体デザインに注目が集まった

Muonの開発は、KEFの全ラインアップに大きな進化をもたらした。フラッグシップReference(Muonは別格である)やXQシリーズもそうだが、新たにリファインされたiQシリーズも、そうした進化の恩恵に浴している。その進化の様子を少し見てみることにしたい。

KEFの根幹技術として、同軸ユニットUni-Qがある。同軸スピーカーは特にKEFに限ったものではないが、トゥイーター部とウーファー部の干渉を抑えながら、ディスパージョン(拡散角)を広げレスポンスを伸ばしてきたことが、Uni-Qの技術といっていい。このテクノロジーはMuonに搭載されたオースティンUni-Qで新次元に達したが、その発想を受け継いでiQシリーズにも新しいUni-Qが開発された。

 
新たなiQシリーズのラインナップ。奥:左からiQ90/70/50/30/10 手前:iQ60c   新iQシリーズの設置イメージ。なお、新iQシリーズは基本色としてブラックアッシュ、ダークアップル、アメリカン・ウォルナットの3色を用意。ほか、特製の突き板仕様としてライトオークとウォルナットの2色もラインナップされる

新開発のUni-Qドライバーを搭載する

 

このユニットはトゥイーター部にタンジェリン・ウェーブガイドを装備し、広い拡散性を得ていることが大きな特徴だ。タンジェリン・ウェーブガイドは、リングの中心から放射状に、ちょうどミカンの中身のような形で曲線の桟が出ている。これによって音波の形成をコントロールし、最適な拡散性を得る仕組みである。振動板は19mmの楕円アルミドームで、強力なネオジウムマグネットによる磁気回路で駆動され、40kHzに及ぶ高域特性を獲得している。そしてこのウェーブガイドを装着することで、ウーファー部とのつながりがいっそう滑らかになり、均一なレスポンスを実現する。

ウーファー部は口径16.5cmで、ポリプロピレンコーンにチタンコーティングを施している。軽量なうえコーティングによって強度を増し、反応の速さによってトゥイーターとの間に違和感を生じない。さらに磁気回路にはファラデーリングを装備し、渦電流を排除して極めて歪みの少ない特性を獲得した。

 
新Uni-Qドライバーに搭載されたタンジェリン・ウェーブガイド   新開発のデュアル・コンポジットコーンウーファー

このUni-Qユニットでほとんどの帯域をカバーしていることにも注目したい。フロアスタンディングタイプには同口径のウーファーも搭載されているが、どちらかというとサブウーファーに近い扱いといえる。1基のユニットで広いレンジが確保できることが同軸タイプの利点だが、Uni-Qではそれをいっぱいにまで拡大して使用しているのがわかる。

その16.5cmウーファーは、振動板にデュアルコンポジット・コーンを採用。中央には比較的大口径のセンターキャップを備え、強力なマグネットとファラデーリングによって低歪率でパワフルな駆動を可能としている。Uni-Qの低域を補いながら、ハイスピードなレスポンスによってクリアな音調を妨げることがない。そして現代のスピーカーとしては高能率であることも見逃せない。それだけ反応が鋭敏で、微小レベルでの再現性が確保される。

キャビネットは背面を絞ったティアードロップ型で、側面は緩くカーブしている。内部定在波を解消するとともに、構造全体に強度を与え、不要共振を排除する形状である。このキャビネットとユニットを最適なバランスで結合することができるのも、一貫した自社生産が可能なKEFの優位性といっていい。

 

3ウェイ4ドライバーのフロアスタンディング型スピーカー「iQ90」
ここではフロアスタンディングのiQ90とブックシェルフのiQ30を聴いてみたい。いずれもそれぞれのタイプを代表するモデルである。

iQ90はUni-Qに16.5cmウーファー2基を加えた3ウェイ。バスレフポートはウーファーそれぞれに対して別々に設けられ、チューニングも調整されている。キャビネット内部はラビリンス・ダンピングシステムという構造に形成され、定在波を解消して明快な再現性を確保する。能率は91dBを獲得し、反応の速さを裏付けた形だ。

KEFの音は、明瞭さのために低音を犠牲にしない。ことにフロア型では豊かな量感を伴った低音が全体を支えているが、濁ってだぶついた低音とは無縁である。立ち上がりが速く動きが軽快で、ダブルウーファーにありがちな位相の乱れも感じない。そしてUni-Qを含めた4基のユニットが、ほとんど一体のように動く。レスポンスに継ぎ目がなく、広いレンジのどこにも凹凸を感じさせない滑らかな音調が実現されている。

ジャズのウッドベースやキックドラムが、にじみなく深い低音を明確な音程と音色で描き出されるのを聴くと、その再現性がよくわかる。フュージョン系で使われる打ち込み系やエレキベースでも、極めて深いところまで沈んで余裕がある。逆にボーイソプラノや女声アカペラでは、澄み切った声の質感と広々とした余韻が伸び伸びと再現される。声に棘がなく、厚手の肉質感も持ちながら透明で静か。そして一人々々の存在感もくっきりしている。オーケストラでは各楽器の緻密な表情とトゥッティの瞬発力がともに鮮やかだ。

ブックシェルフのiQ30でも、こうした再現性に変化はない。Uni-Qユニット1基であるだけに、点音源のフォーカスのよさがいっそう際立つ。低音にも不足はなく、よほど特別なソースでなければ十分なはずだ。アカペラの出方などフロア型と同等だし、室内楽の精密な空間性も情報量の豊富さと正確さを物語っている。そしてオーケストラでは意外なほどのスケールと奥行の深い音場に驚かされることになる。コストパフォーマンスが異例に発揮された完成度というべきである。
 
2ウェイ2ドライバーのブックシェルフスピーカー「iQ30」   フロア型では、ほかにiQ50とiQ70も用意されている

 

 
iQ90  

iQ30

形式:3ウェイ4ドライバー
周波数特性:33Hz〜40kHz
出力音圧レベル:91dB
外形寸法:220W×942H×327Dmm
質量:16.3kg
  形式:2ウェイ2ドライバー
周波数特性:45Hz〜40kHz
出力音圧レベル:89dB
外形寸法:220W×365H×327Dmm
質量:6.45kg
 
KEF JAPAN  http://www.kef.jp/
 
井上千岳
Chitake Inoue

東京都大田区出身。慶應大学法学部・大学院修了。有名オーディオメーカーの勤務を経て、翻訳(英語)・オーディオ評論をはじめる。神奈川県葉山に構える自宅視聴室でのシビアな評論活動を展開、ハイエンドオーディオはもちろん高級オーディオケーブルなどの評価も定評がある。