薄型平面ディスプレイの時代を迎え、東芝はいち早くメタブレインプロという映像エンジンを開発した。映像信号処理からパネル制御を含む総合的なデジタル回路であり、その能力の高さは業界屈指と誰もが認めた。しかしその驚異的な回路の能力をもってしても、すぐさま東芝のテレビが最高画質の地位に登りつめることはなかった。ときに息を呑むほどに美しいショットを見せることはあるのだが、暗部の多いショットで充分なコントラストが得られず、青のかぶりが気になってしまう傾向が見られた。テレビ設計陣は黒輝度が低く、しかも黒の明るさにムラのない、120Hz駆動パネルの完成を待ち望んだ。 東芝はパネルメーカーを支援し、辛抱強くその性能向上を働きかけた。一年、二年――。パネルは段階を踏んで性能を上げてきた。黒輝度が下がりコントラストが向上した。その段階でメタブレインプロは真価を発揮し始めたが、最良のコントラストに漕ぎつけるにはもう一段の輝度アップが必要と思われた。
当時のレグザに対して「美しい画を見せてくれるが、コントラス優先の映画プロモードで見ると画が暗く、力感が足りない」と、筆者は何度となく指摘した。「映画プロモード」はブラウン管時代以来、テレビ設計陣が何百本という映画を観、フィルム映像の特性を研究し、テレビ映像技術との整合性を追求した結果、ようやく手にした得がたいノウハウである。そのノウハウがいま一歩発揮できないもどかしさ。それは筆者に指摘されるまでもなく、技術者のものでもあったろう。 |
||||||||||
|
||||||||||
しかし、世界の映画表現をリードするハリウッドの懐は深い。フィルム表現の深さを身につけた監督や撮影監督たちは、フィルム特性のすべてを使い切って映像を作ろうとする。大きなテーブルを広げて、表現の幅を拡大したいのである。巨匠クラスでいえば、スコセッシ、スピルバーグ、イーストウッドしかり。彼らの作品をテレビで100%表示することは、いまも難しい。その困難さを理解し、自分たちの作るテレビで何とか応えたいと努力したのが「映画プロモード」に携わった東芝の技術者なのである。 | ||||||||||
Z3500の試聴を重ねた後、私は設計陣を前に、思わず「映画プロモードの復活」と感想を述べた。これまでだって懸命に努力してきたことを承知の上でいうのだが、それは東芝の復活を意味していた。誰もがその凄さを認めるメタブレインプロ回路を有しながら、製品としては最高画質を標榜できない悔しさをついに乗り越えたと思った。
そのときZ3500は『オール・ザ・キングスメン』(スティーヴン・ザイリアン監督)のオープニングショットを映し出していた。カメラはベッドに横たわったジュード・ロウの顔を俯瞰でとらえ、ゆっくりとトラックバックする。カラーを極力抜いたモノクロに近い映像。かなりナロウなコントラストながら、力感がぎりぎり保たれる顔の明るさ。暗い色だがうっすらと赤味を感じさせる枕。見事な階調の表示。この映画の映像は、逆光を絶妙に使って人物を浮き立たせ、顔の明暗を少し深く取ってハイコントラストに仕上げる設計をしている。色は肌の質感をうっすらと残す程度に薄められ、原色系の色が浮いてくることはほとんどない。しかし暗部の微妙な色合いや黒は非常に重要な要素だ。肌色が残る程度にまで色は抜かれるが、肌色を構成する赤や緑は最暗部で若干だが残る。それを黒くつぶすようでは「映画プロモード」とはいえない。この暗部はそれが表示されるだけのやわらかさがなければならない。色として残らなくとも輝度の階調が残らなければ、映像全体のコントラストがきつい印象になり、撮影者の意図が阻害される。Z3500の映画プロモードはその意図をしっかりと描写し続けたのである。 |
||||||||||
Z3500の主観的な記述はこのぐらいにして、この映像を作り上げている技術を設計陣に代わって簡潔に紹介しよう。まずは「パワー質感リアライザー」と名付けられた技術が凄い。『オール・ザ・キングスメン』で私を感嘆させた描写は、すべてこの技術によるのではないかと思わせるほどだ。肌色を含む中間色が沈み込まないようコントロールする技術である。同じ技術は輝度にも活かされ、雪景色のようなハイライト映像、夜景の暗部映像にも使われており、その映像検出の的確さには唸らされる。逆光映像や暗い背景に埋もれがちな黒髪の階調描写にもこの技術が使われ、綿密かつ自在なアルゴリズムが働く。
加えてこの映像検出技術は「パワー・ディテールリアライザー」ともなり、ヒストグラムを使ったダイナミックシャープネスという技術をも生み出している。その効果はフィルム映像の暗部解像度の甘さにも効くようで、暗部のS/Nの良さとすっきりしたエッジに反映しているようだ。もちろんその効果は暗い映像ばかりでなく明るい映像にも効いているので、ビルの窓、木立の葉のそよぎなどに著しい。ただしその効き目が過度になると映画撮影者の意図に反するときもあるので、映画プロモードでは節度を保っている。 |
||||||||||
東芝の新しいテレビディスプレイZ3500は、エポックメイキングな製品になったと思う。冒頭で私は「実力のレグザ」を「人力」と読み替えたが、ここで改めて「実力」と置き換えよう。このキャッチフレーズは決して東芝の独りよがりではなく、ついにZ3500が実力を備えたことを示しているからである。この記事で私は「映画プロモード」だけを取り上げたが、日常視聴に使われるであろう「テレビプロモード」も申し分のない映像になっていると思う。 家庭用テレビディスプレイとして最高の映像検出技術を持ち、それによってダイナミックに最適映像を作り出すことにかけて、東芝がトップランナーの位置に躍り出たことを誰よりも喜びたい。 |
||||||||||
|
||||||||||
|
||||||||||