文/山之内 正 Tadashi Yamanouchi

Signature Diamondの独創性は、2人の人物の理想を現実にする過程で生まれていった。ダイアモンドトゥイーターを組み合わせる2ウェイ構成を採用するなど、スピーカーとしての基本コンセプトは、B&Wで20年にわたってスピーカー開発を手がけてきたジョン・ディブ博士が決めた。一方、デザインの基本は著名なインダストリアル・デザイナーのケネス・グランジ卿が担当。この2人のコラボレーションの結果、この稀有なスピーカーが生まれることになったのである。

B&Wの音響デザイナー、ジョン・ディブ博士 世界的な工業デザイナー、ケネス・グランジ卿

あまり知られていないが、この2人の共同作業はすでに25周年記念モデル、30周年記念モデルの開発時から始まっているし、ケネス・グランジがB&Wのスピーカーデザインを最初に手がけたのはそれよりも前の1976年、DM6が誕生したときにさかのぼる。長期間にわたる共同作業が生んだ信頼関係があってこそ、今回の大胆なプロジェクトが成功したのであろう。ちなみにDM6はB&Wが開発した家庭用スピーカーの先駆けというべき存在で、その流れは現在の600シリーズにも脈々と受け継がれている。

ジョン・ディブは根っからのエンジニアであると同時に、音楽をこよなく愛する人物である。大型モデルからコンパクトな製品まで数多くのスピーカー開発に関わり、研究レベルの基礎的な技術開発でも多くの成果を挙げている。家庭用スピーカーは点音源に近い2ウェイが最適というのが持論で、その思想を実際のスピーカーにも着実に反映させてきた。

キャビネットは曲面だけで構成されている。デザイン的な優美さを演出するだけでなく、強度が高く、回折が起こりにくいなど音響的なメリットも計り知れない

ケネス・グランジは、これまでやりたいと思っていてもなかなか実現できなかった例として、スピーカーキャビネットを曲面だけで構成することを挙げている。たんなる直方体の箱ではなく、リビングの空間に溶け合うように曲面を活用した造形にこだわる。それは外見の美しさにつながるだけでなく、音響的にも理想的な成果を生むことが期待される。近年、精密な立体加工技術が利用できるようになり、グランジの理想がようやく現実のものになったのである。

曲面で構成されたキャビネットには回折が起こりにくく、強度の面でも箱構造とは比較にならないほど強く、共振しにくい構造を作ることができる。このキャビネットの独自性が、Signature Diamondの再生音を非凡なものにしている大きな要因の一つであることは間違いないだろう。

WAKAMEカラー。見る角度によって様々な表情が浮かび上がる

Siginature Diamondの仕上げの美しさは、実物を見なければ本当に理解することは難しいかもしれない。写真でも艶やかな光沢の具合を想像することができるが、実際のフィニッシュは写真以上に塗装に立体感があり、深みがそなわっている。ミニマリスト・ホワイト仕上げはほとんどすべてのモダンなインテリアと調和する次元の高い透明感があり、WAKAME(わかめ)は音響機器としてはトップレベルの高級感を漂わせ、和風の落ち着いた空間にも似合いそうだ。特にWAKAMEは不規則な縞模様が光の具合で微妙に浮かび上がり、不思議な雰囲気をたたえている。

いずれも360度、どの角度から見てもデザインに隙がなく、スピーカーターミナルの金具も目に触れない位置に隠されている。離れて見れば均整の取れたバランスの美しさがあり、近付いて手に触れてみれば、美術品のような美しさにため息が出る。

ウーファーユニットにはプロテクターとして機能するグリルが付属するが、音を聴くときは、このグリルは取り外すのが基本。ケブラーコーン独特のイエローとクロームめっきされたフェイジングプラグを露出させ、目と耳で楽しむというのが、本機の音を味わう正しいスタイルである。

山之内 正 Tadashi Yamanouchi

神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。