試聴・文/藤岡 誠 Makoto Fujioka

Signature Diamond。たしかにポストに似た形状と言えなくもない

東京インターナショナルオーディオショウの二日目のことだった。土曜日の昼下がり。例年のように様々なカタログを手に持つ姿を見受ける。中にはブランド名入りの手提げ袋の中に信じがたいほど詰め込んでいる初老の人物もいる。若いカップルも少なくないし、ご夫婦での来場も多い。

各回の通路を歩く人々が少なくなる時間帯もあるが、多少の差はあってもブースのドアを開けると試聴者で一杯である。私自身もいくつものブースを担当しているのでブース間を頻繁に移動する。

エレベーターには数人の先客。そこへ私。何となく挨拶されてしまって、こちらも丁寧に返礼したのだが私は彼らと面識はない。若干の気まずさが心の中に漂った。「どこかで会ったことがあるのか?」と瞬間的に記憶を辿る。そして彼らの会話が耳に入ってきた。

「さっきのB&Wはポストみたいなかたちだった。そう思わなかった?」
「ほんと、もしも赤の仕上げだったらまさしくポストだ」
「それってSignature Diamondのこと? あれは変わったデザインだ」
「そう、あれはペアで2,600,000円だそうだ」
「税込みで?」
「いや違う。2ウェイとしては凄く高い。しかし。さすがに良く鳴っていたと思うよ。ただ、店長が言っていたけど、買う場合はオーダーシートがあって、必要事項を記入して注文するらしい。受注生産じゃないけど受注配分性みたい。店としての商売上はややこしいようだよ」

ほんのわずかな時間だったが、会話の内容から察すると、どうやらオーディオ販売店のスタッフらしい。エレベーターから出た私には、キーワードとして“ポスト”という言葉が妙に強く残された。

実は私はB&Wの40周年記念モデルとしての「Signature Diamond」は一度しか実機に触れていない。総代理店であるマランツに空輸されてきたばかりで、正式な報道資料もできていない頃である、スケジュールを調べてみると10月1日であった。東京インターナショナルオーディオショウ開催の四日前だ。当然、同ショウでのデモンストレーションが意識されていた。Signature Diamondという記念モデルが存在するという話は知っていたが、実機を見て聴いて、なるほどいかにもB&Wらしいと思った。

筐体はマトリックス構造で、強度アップと定在波の排除が目的になっている
神奈川県川崎市にあるマランツの試聴室にそれはあった。たしかに他に類型のないプロポーションであることは事実で、従来からのスピーカーシステムの形態、姿かたちからはみ出ており、まさしく独創的。

「ポストみたいなかたち」という印象は、言われてみれば遠からずと感じるが、歴代のB&Wのスピーカーシステムにおけるデザインを知っていれば、いかにもB&Wらしい、と思うはずである。

たとえばアルト・サキソフォンのような形態の「Emphasis」、そしてオリジナル「Nautilus」はカタツムリ状の姿かたちで、いずれも私達のスピーカーシステムの形態に関する既成概念を根本から覆すに十分なものであり、大きな衝撃を与えられたものである。これらの、いささか飛びすぎた外観を修正し、Nautilusの開発で得られたノウハウを注入したのが「Nautilus 800シリーズ」で、修正したとはいえ並の姿かたちではなかった。そしてこれを母体としていっそうの完成度を持たせたのが現行の800シリーズであり、ダイヤモンド・ドーム・トゥイーターを上位機種に搭載。形態ばかりでなくユニットについても開発の先端に位置していることを知らしめた。

また、キャビネットの飛躍的な強度アップと定在波の排除を目的とした「マトリックス構造体」も、見えない技術、見えない“デザイン”と言うこともできる。さらに付け加えれば、「Silver Signature」や「Signature 30」も社歴の節目ごとに生産され、デザインと技術双方の様々なアプローチを知ることになった。従って、決して唐突な出現ではない。

そして今回のSignature Diamond。聞くところによれば、これら記念モデルはいずれも、ケネス・グランジ卿(工業デザイナー)とジョン・ディブ博士(B&Wの音響技術者)が共同開発しているという。この2人のコラボレーションは、方向性として“革新”以外の何者でもない。一歩も二歩も先を見つめている。

形態と音について触れれば、Signature Diamondは、「家庭内に入り込もうとしているスピーカーシステム」だと私は思う。決してオーディオマニアを対象とはしていない。マニアは案外に保守的であって、この姿かたちに馴染もうとはしないだろう。音質や音調、分解能、透明度、さらに周波数レンジ(特に低域方向の伸張と量感)という項目から言えば、801Dあたりと比較しても同じ土俵で語るわけにはいかない。それは当然であろう。18cm口径のウーファーとキャビネット容積を考慮し、2ウェイ構成を見据えれば当たり前である。

しかし、Signature Diamondには節度がある。姿かたちに類型がなく、第一印象は思わずうなってしまうが、システムとして大げさではない。音ではなく“音楽を聴く”という日常の中での佇まいとして、とても新鮮なイメージを私は持つ。“家庭用超高級機”がここに誕生したのだと思う。

藤岡 誠 Makoto Fujioka

大学在学中からオーディオ専門誌への執筆をはじめ、40年近い執筆歴を持つ大ベテラン。低周波から高周波まで、管球アンプからデジタルまで、まさに博覧強記。海外のオーディオショーに毎年足を運び、最新情報をいち早く集めるオーディオ界の「百科事典」的存在である。歯に衣を着せず、見識あふれる評論に多くの支持者を得ている。アマチュア無線を長年の趣味としており、極めて若いコールサインを持っているのが自慢。