新製品批評
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続いて画質面だが、透過型液晶プロジェクターの抱える課題はコントラスト比の不足であるととらえ、それを乗り越える手段としてパナソニックが以前から研究を進めてきた「ダイナミックアイリス」という技術を本製品ではじめて採用した。従来製品においても、映像の内容によってランプ光量の制御と信号上のゲイン制御を併せて行うという手法は用いてきたが、AE700ではその手法を更に進化させ、ランプ光量を調節するドア型羽根絞り機構の制御とガンマ制御を映像の内容に連動させる「ダイナミック制御」にまで踏み込んだのである。

念のために記すが、この絞りは一般的なカメラのレンズ絞り(プロジェクターの一部製品にも用いられている)とは異なり、ランプの光を調節するためのものである。

どちらでも結果は同じじゃないかと思われるかもしれないが、レンズ絞りは各種の光学的収差や被写界深度などに影響を及ぼす。そのことは少し写真を勉強した人ならすぐに理解するだろう。

加えてレンズ内あるいは外部に設けた円形絞りを動画サイクルで必須の1/60秒以内でダイナミックに動かそうと思えば、耐久力などメカニズムの点でひじょうに高度な配慮をしなければならず、かつ完全には不安を払拭できない。

そうした諸々の点を考慮に入れてパナソニックが選択した方法が、ランプ前に観音開き形状で設置するドア型絞りだったのである。

映画の忠実な再現には黒の表現力が重要。TH-AE700はAI技術により、シーンの明るさに合わせてランプ光量とガンマデータを制御するとともに、光学システムに搭載したシーン連動型絞り機構「ダイナミックアイリス」でランプの光を調節。黒を沈め2000対1もの高コントラストと1000ルーメンの明るさを実現した。左はその機構図。映像と連動して、アイリス(絞り)を1/60秒ごとに調節する

ダイナミックアイリス以外の注目映像技術
●シネマカラーマネージメント
次項で詳述
●ダイナミックシャープネスコントロール
隣接する画像の輝度の違いに応じて、縦横と斜めの輪郭部を違和感なく補正。ノイズの増幅を抑え、鮮鋭感のある自然な映像を再現する
●デジタルシネマリアリティ
映像ソースに最適なプログレッシブ処理(2-3プルダウン)を行い、にじみや色ズレを抑えたオリジナルに忠実な映像を再現する
●RGB10bitフルデジタル処理&デジタルガンマ補正

オリジナルの映像信号を損なわないRGB10bitフルデジタル処理と、0.1%精度でのガンマ補正により、10億7千万色もの色表現と、1024の階調表現を可能にした
●ハイビジョン液晶パネル
ハイビジョン映像に対応したトータル約276万ドット(1280×720×3枚)のワイド液晶パネルを採用。DVDのプログレッシブ映像も高画質に映し出せ、DVD本来の美しい映像が楽しめる。その他、地上・BS・110度CSデジタル放送をはじめ、ブルーレイディスクに録画したハイビジョン映像もありのままの画質で再現できる
●スムーススクリーン

スムーススクリーンとは水晶複屈折の技術を応用し、画素をスクリーン上に隙間なく配置するもの。画素間に生じる黒いラインを低減し、映画フィルムのような滑らかな映像を再現する

しかし、その絞りを1/60秒で多段階に制御する機構を開発してからが苦労の連続であった――と筆者は推測する。

刻々と変化する映像に即し、ガンマ制御とも連動して最大のコントラストを作り出すことはできる。しかし、映像の変化に即応するだけだと、カット(ショット)ごとに、あるいは同じカットでも被写体が動いたり大きさが変わったりするたびにコントラストが変化してしまい、電圧が不安定な照明のように明るさがふわふわと煽るようなことになってしまうからである。

そのようなことにならないようにするためには、高度な画像認識技術が必要になる。ただ、現状の技術レベルでは、信号だけを見て映像の内容を完全に把握することはできない。とすれば、ただひたすら多くの映像を見て、そのヒストグラムや平均輝度をデータ化し、その変化の仕方にルールのようなものがないかを割り出すしかない。それをもとに制御のプログラムを作るのである。そしてその巧拙がダイナミックアイリスの真価を決めることになるだろう。

翻ってAE700のダイナミックアイリスの効果を見たとき、私はその控えめな効き方に好感を持った。

ある一定の黒を基準にして、それを維持しながらも暗部階調を極力殺さないようにする努力がなされているのである。全体には暗いなかに白い衣装を着た人物がいるようなショットにおいても、そのサイズによっては白が強調される場合があるものの、おおむねは極端に走ることなく、暗部階調とのバランスが保たれるような制御設定がなされている。

筆者の勝手な推測だが、社内ではもっと極端に、店頭比較などで誰にでも分かるレベルにまで効果を上げた方がいいという意見も出たのではないかと思う。しかし、わざわざハリウッドのカラーリストにまで協力を請うたのであるから、プロが評価できるコントラストを作りたいという設計者の意向が尊重されたことをここは喜びたい。

ちなみに、これはついでにいうほど軽い事柄ではなく、もっと重要な要素なのだが、AE700は入力信号からガンマ補正を含むすべての信号処理を10bitのフルデジタル処理で通しており、それが豊かな階調再現に大きく寄与している。

なお、AE700ではハリウッド画質ともいうべき「シネマ1」という表示モード以外に、アクション映画やアニメなどをしゃきっとした鮮やかな映像で楽しむ「シネマ2」モード、古い名画やテクニカラーの色調を再現するような「シネマ3」モードを設け、表現能力の幅を広げている。

話をダイナミックアイリスに戻すが、その効果は単にショットやシーン全体のコントラスト感を良くするのみならず、映像の尖鋭感向上というおまけまでもたらしている。

グラフィカルな映像を映し、スクリーンに目を近づけて見たときの解像力が向上したわけではないのだが、映画のような動画映像を通常の視聴距離で見たとき、ダイナミックアイリスによるコントラスト改善が被写体を立体的にし、それが映像全体の尖鋭感アップをもたらすのである。PCの写真レタッチソフトなどが使っている「アンシャープマスク」の効果に近いエンハンス力といえよう。

またダイナミックアイリスは、従来のプロジェクターならくすみがちであった暗めの赤や青に力を与える効果も持っている。具体的は、暗い臙脂色や群青色のベルベット、サテンなどのドレスが持つゴージャスな華やかさが描出できるようになったということである。もちろんそれはドレスに限ったことではないので、読者の好きな映画で確認してもらいたいと思う。