実売5万円程度のカナル型イヤホン「TripleFi 10」が売れている。Ultimate Earsといえばプロミュージシャン向けのカスタムモニターでトップシェアを誇る業界では言わずと知れたブランドだが、「TripleFi 10」はそのUltimate Earsがコンシューマー向けに開発した最高峰のイヤホンである。驚くべき性能の高さがウェブや専門誌で話題となりカナル型ハイエンドモデルのスタンダードとなりつつある本機だが、09年より取扱いをロジクールに移管し、さらなる躍進が期待される。PHILE WEBではヘッドホン愛好家として知られるライターの佐藤良平氏を迎え、改めて「TripleFi 10」の実力を検証してみた。 |
レポート/佐藤良平
「TripleFi 10」は高級イヤホンで高い評価を得ているUltimate Earsの製品群でも最高級に位置するモデルだ。ドライバはアーマチュア方式で、片chあたり3基ずつ、左右合計で6基を搭載する。1基あれば低域から高域までバランス良くカバーできるダイナミック型と違って、アーマチュア型は充分な帯域を1基だけで確保するのが難しい。従って、アーマチュア型で本格的なハイファイ対応を目指すなら、最低でも低域用と高域用の2基を実装する2ウェイ構成が前提となる。
本機では中低域用のドライバーを2基に増やし、片chあたり3基という贅沢な構成を採用した。理論的にはドライバーの数を4基・5基と増やし、さらなる高性能を追求することも可能だろうが、イヤホンの場合は筐体のサイズに自ずと限度がある上、パーツ数の増加に伴って不具合が起こる確率も高くなるので、そうした解決策は合理的と言いがたい。その意味で、本機は「現実的に実現可能な範囲内で最高の製品を作ろう」という開発者の姿勢が表れた作品であり、彼らの意思が充分に達成されたことは音を聴けばすぐに判る。
■TripleFi 10のドライバー構造
高音域専用の小型アーマチュアを1基、中低域専用の中型アーマチュアを2基搭載することで広い周波数特性を確保している |
再生音はいたずらに帯域の広さを誇示するようなバランスにしていないので、ちょっと聴いただけだと高域の伸びや低域の迫力が不足しているように感じるかも知れない。国内メーカーのイヤホンは高域や低域を極端に強調した音作りのモデルが多いため、そういった音質傾向に馴染んだ耳には刺激の足りない、ぬるい音に聞こえる可能性がある。しかし、さまざまなソフトを使って時間をかけて試聴すれば、本機の実力が明らかになる。
音は非常に情報量が多く、色付けが少ない。表現が伸び伸びとしており、イヤホンに多く見られる詰まった感じや、どこか無理をしているような必死さは見当たらない。かといってモニター系の製品にありがちなとにかく全てをさらけ出すような殺伐とした投げ出し方をするのではなく、民生用の機器に求められる「音楽を楽しく聴かせる能力」を兼ね備えている。筆者はそれを「わずかな甘味」と評している。
試聴前はドライバー構成の複雑さから高域と中低域の整合がうまくいっているか懸念していたが、実際に聴いてみるとつながりが極めて自然で、クロスオーバー周辺の周波数特性のガタつきやドライバー2種のキャラクターの差異は殆ど感じ取れない。まさに3基のドライバが一体となって鳴っている印象であり、感銘を受けた。ネットワークを形成するアナログ回路の練り込みや、高域と中低域を独立して伝達するデュアルボア構造(同社が特許を取得)、アコースティック・フィルターなどを組み合せた総合力の成果と考えられる。
音場はこれまでイヤホンで体験したことがないほど広く、前後・左右とも広大だ。オーバーヘッド型ヘッドホンに引けを取らない。とりわけ耳の位置より後方へ音場が展開する特性は独特で、音声にサラウンド処理を施したように聞こえるソフトもある。
本機がすごいのは、CDとSACD(スーパーオーディオCD)の音質差を克明に描き分ける能力を持っている点だ。これはイヤホン一般にとって至難の技であり、そこまでの性能は求めないのが普通である。SACDソフトを連続して聴いた後で普通のCDに戻ると、明らかな物足りなさを感じる。高域の天井の高さ、潰れや歪みの少なさがきちんと表現できている(この点からも「ハイ落ちだ」との感想は誤りだと知れる)。
しかし、それよりも目立つのは音場の密度の差、空気感を再現する力だ。これは大型ヘッドホンでもなかなか難しい。本機の性能の高さを証明する要素として高く評価できる。その一方、ソースやハードの限界を正確に指摘できるポテンシャルを持っているゆえに、本機の高性能を十全に活かすには一体どこで何を聴いたら良いのか?という素朴な疑問も出てくる。圧縮音源にはオーバークォリティだと言う他ない。音質面で釣り合いを取ろうとするなら、本機の大きさには不似合いな大型ヘッドホン・アンプも視野に入ってくる。
高域と低域が不要に持ち上がっていない特性なのが幸いして、リスニングが長時間に及んでも耳にストレスを与えにくい点は高く評価したい。これはプロが音響制作の現場で使うイヤホンを作り続けてきた同社ならではの気遣いだろう。一度この快適さに慣れてしまうと、他のモデルには手を出しづらくなる。いつまでも聴いていたくなった。
装着にははじめは試行錯誤が必要だ。本来の性能を発揮してくれるポイントを探り当てるまで、やや手間がかかる。イヤーピースは小さめの方が耳の奥まで届くので、耳孔が大きい人でも小さいサイズを試してみると良い。装着が完全に行われると、遮音性はとても高くなる。目の前で普通に喋っている人の声が聞き取りにくいレベルだ。コードが本体に接合する手前の数センチのみ内部にワイヤーが仕込んであり、耳の上にかけた後で耳たぶのカーブに合せてカールしておけば、あとはぴったりとフィットする。
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「TripleFi 10」の装着方法はプロのイヤーモニター同様、コードを耳にかけて装着するのが一般的だが(左)、右のように通常のイヤホンのように装着することももちろん可能。本機の実力を体感するために最適なポイントを探りだそう |
コードは形状にあわせて形を変更できるワイヤーが入っているイヤーループデザインを採用。耳の形状にあわせて調整し固定することができる |
コードは見た目が太く感じられるが、使用時に煩わしさを覚えることはなかった。筆者はイヤホンのコードが全般的に細すぎて不安に感じているので、本機ぐらいの太さだとかえって安心できる。コードは特殊なコネクタを介して本体と接続しているため、必要に応じて着脱や交換が可能だ。しかし、コネクタ周りが小さくて構造が精妙であるため、抜き差しを不用意に繰り返すと破損する惧れがある。そのため、スペアのコードは小売店での一般販売を取り止め、ユーザーに説明して諒解を得た上で限定的に頒布しているという。
付属品は価格に相応しい充実ぶりだ。イヤーチップはコンプライフォームチップ2サイズを含む5組から選べる。堅固なメタル製ケースが頼もしい。
また、本体の仕様が同じでiPhoneのハンズフリー通話に対応しTripleFi 10viも用意されている。
TripleFi 10の付属品 |
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イヤーチップはシリコン製(S/M/L各2個)とコンプライフォームチップ(4個)を付属する |
(左から)クリーニングツール、サウンドレベルアッテネータ、1/4アダプタジャック |
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プレミアムメタルケース |
延長ケーブル |
Ultimate Earsの起源となったのは、世界的な人気を誇るロックバンド、ヴァン・ヘイレンでドラマーを務めるアレックス・ヴァン・ヘイレンだ。巨大なライヴ会場ではPA(観客に向けた音響設備)の音量があまりに大きすぎて、ステージ上のミュージシャンは自分が出した音を把握するのが困難になる。当時アレックスが使っていたインイヤ型ヘッドフォンでは、外部からノイズが侵入して自身の演奏音との区別がしにくく、音量を上げがちになるため耳を傷める危険も深刻だった。
そこでアレックスはバンド付きの音響エンジニアであるジェリー・ハービーに相談し、ハービーは使い物になるインイヤ型モニターヘッドフォンの製作に着手した。1995年のことだ。現在と違って当時はイヤフォンに使える技術やパーツが乏しく、ハービーはヴァン・ヘイレンの公演で訪れた世界各地で部品を調達して開発を進めた。その結果、片chに2基のドライバを具えた2ウェイ構成、オーダーメイドの筐体、低歪で高忠実度な特性を持つ「世界初のインイヤ型"スピーカー"システム」が完成した。 アレックスが喜んだのを見て、ハービーと奥方ミンディは「他にもこれを欲しがるミュージシャンがきっと大勢いる」と考え、夫婦でUltimate Earsを設立した。彼らの製品はたちまち業界内で評判を呼び、プロがステージ上で使うモニター用イヤフォンの分野で実に75%というシェアを獲得して市場を制覇した。
2004年になると、同社はiPodなどのデジタルプレーヤーやPC、家庭用オーディオ機器のユーザーに向けた製品の販売を始めた。プロ用モデルと同じパーツを採用し、デザインも踏襲している。デジタル音源を聴きやすい音質に最適化して提供するのが同社製品で最大の特色だ。2005年には、より多くのユーザーに適合するキットを具えたユニバーサルフィットモデルを初めて発表。2008年に世界最大の周辺機器メーカーLogitech(日本社名:ロジクール)の傘下に入り、現在に至っている。
<Ultimate Ears製品を愛用している著名人はこちらでチェック>
(※リンク先は英文サイトになります)
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執筆者プロフィール |
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佐藤 良平
1964年、秋田市生まれ。音楽ソフトの品質に特化して研究を続けている、世界的に見ても珍しい文筆業者。「季刊オーディオアクセサリー」(音元出版)、「ヘッドホンブック」(音楽出版社)など多数の雑誌やウェブで活躍している。リマスターCDやSACD、サラウンドの動向に詳しい。過激なヘッドフォン中心主義者でもある。 |
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