評論家・生形三郎氏による業界展望
<2024年オーディオ業界提言>省スペースとクオリティの両立は重要な鍵。市場の要となるミドルクラスの充実にも期待
■コロナ特需の収束や物価高騰の影響も響くオーディオ市場
悲運としか言いようのない出来事からのスタートとなってしまった2024年。被災された方々や事故に遭われた方に心よりお悔やみ申し上げるとともに、一日も早く安息の日々が訪れることを心より祈念いたします。
恒例となったこの年頭企画では、2023年のオーディオ市場を振り返りつつ、今後の展望や期待を述べてみたい。昨年は、新型コロナウイルスの影響からようやく脱する光明が見える一方で、さまざまな物の値段が上昇し、オーディオ機器の価格も上がらざるを得ない状況が続いた。円安の影響で輸入商社は大変な苦境に立たされていると拝察する。
一方で国内ブランドの高額製品や輸出は伸びているという話も耳にするが、それでも原材料等の高騰で厳しい開発環境にあることは変わりないであろうし、そんな中での奮闘に感謝申し上げたい。販売店からは、新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行にともなって、来客や販売がアウトドア趣味に流れてしまったようだという声も聞こえてきた。
コロナ禍初期の特需が過ぎ去り厳しい状況に戻っているようだが、いずれにせよ、年齢別人口の推移に伴う変革期にあるオーディオ市場において、従来のオーディオファイルに対してはもちろんのこと、新たなユーザーへの訴求力ある製品展開が求められていることに変わりはないだろう。
■クオリティを確保しつつ省スペースにも応えるミドルクラス
そんな状況の中、昨年はどのような製品が出てきたのかを振り返ると、もっとも印象的だったのは、ミドルクラスの充実ぶりだ。マランツ「50シリーズ」、オーラデザイン「VA 40 rebirth」、デノンのネットワークプレーヤー「DNP-2000NE」、後述するアナログプレーヤーなど、これまでの蓄積を昇華した、オーディオ機器としての充分な音質クオリティと、装置としての操作性やデザイン・質感が高次に達成された、完成度高いモデルが多数登場した。
ポジション的に、ミドルクラスこそオーディオの魅力をバランスよく享受できる存在であるし、エントリーからのステップアップ、そして、ハイエンドへの橋渡し役として、まさに市場の要となるラインアップであるので、この充実は大変頼もしいものだ。
先述した価格の問題はもちろん、とりわけ、オーディオシステムのクオリティは確保したいが、スペースファクターやハンドリングは向上させたい、という昨今のベテランユーザーの要求に応えられられるものとしても、今後のニーズが一層高まるジャンルだろう。もちろん、開発サイクルのタイミング的なものもあろうが、ウルトラハイエンド機がこぞって登場した2022年のあとの流れとして、今後の機運を象徴する出来事と感じた。
■新たな訴求力の鍵となるストリーミングサービス
先述した新たな訴求力の筆頭として挙がるのは、やはりストリーミングサービスだろう。高音質で音楽を楽しめるロスレス・ストリーミングサービスとして、日本国内サービスインが発表されている「Qobuz」の正式スタートが待ち遠しいところだが、ネットワークを用いた高音質な音楽再生の手段として、これがもっとも期待される形ではないだろうか。
だが、再生操作には残念ながら課題も多い。ディスク再生同等の確実性や容易性が獲得できないと、やはり本質的な意味では完成された音楽再生ツールとは呼べないであろうし、一般的な範囲での普及は見込めない。それだけに、ストリーミングサービスにはアプリケーションも含めた完成度の高い操作性を求めたい。
Apple MusicにしろAmazon Musicにしろ幅広く世に浸透しているサービスは、あくまでスマートデバイスを主体として完結させることを念頭にしており、どうしてもオーディオ機器と相容れないのが、歯がゆいばかりである。
一方でストリーミングサービスは、プラットフォーム提供側あるいはアーティストサイドの事業により、楽曲が突然配信停止になってしまうこともある。そのリスクも踏まえた上で、お気に入りの音楽についてはフィジカルメディアあるいはデータ音源として所有する、といった自衛の手段も必要になってくるだろう。
■リビングのスペースを有効活用できるHDMI搭載機
オーディオコンポーネントへのストリーミング再生機能の実装に伴って一層進んでいるのが、HDMI入力機能の搭載だろう。昨年の新製品ではラックスマンのネットワークトランスポート「NT-07」、マランツ「CD 50n」、テクニクス「SU-GX70」、ティアック「AI-303」、デノン「DNP-2000NE」、ヤマハ「R-N2000A」及び「R-N1000A」など、実に数多くの製品が一挙登場した。
スペースファクターや機能の統合性ということを考えれば、リビングのテレビボード周りのスペースを有効活用できるこれら製品はまさにうってつけなのだろう。
このトレンドの火付け役とも言える「NR1200」を生み出したマランツブランドは、近年その売上げを大きく伸ばしているといい、まさにこの分野の製品は、市場拡大の鍵を握る存在と言えるだろう。とりわけ、アンプ内蔵のレシーバー製品だけでなく、「CD 50n」や「DNP-2000NE」、そして「NT-07」など単体のコンポーネントにまで搭載が広がったことにより、今後一層オーディオファンへの訴求力も高められていくと推察する。
■レコードメディアは音楽文化の継承に必要不可欠
そして、アナログ関連、すなわちレコード再生分野は、引き続き活況を呈しているようだ。無論、昨今のレコード人気の全てがオーディオ市場に直接反映されているとは到底言えないだろうが、オーディオファンのアナログ人気も含めて、これだけ注目を浴び続けることの理由の一つに、やはり「音楽との向き合い方」があることは間違いないだろう。
単純に、レコードに初めて接する若年層が抱くファッション的な格好の良さももちろんあるし、デジタルとは異なる音質の魅力も大いにあるといえるが、それ同等に、アナログな再生方法や媒体ゆえに、結果的に音楽だけに向き合う時間が作れること、それが個々人にとっての豊かな時間に繋がっているからこそ、これだけの支持を得られているのだろうと筆者は考える。
私自身も、2023年はレコードをよく買った年であった。数年前から、80年代前後の日本の音楽が世界的に再発掘され評価を得ており、その流れに乗った海外レーベルが企画した日本の音楽のリイシュー盤も何枚か購入したが、やはり当時の音楽の本質を楽しむ上で、レコードメディアは欠かせない存在だと痛感する。音楽文化の継承という意味でも、レコードは必要不可欠なメディアだといっても過言ではないだろう。
それだけに、Bluetooth接続であってもその入り口となってくれるエントリーなプレーヤーが多く登場することは喜ばしいことであるし、その先への道筋として、デノンの伝統的アーム技術を用いて生み出された「DP-3000NE」や最新技術を反映させたダイレクトドライブ機「SL-1200GR2」は頼もしいものだ。
■これからのオーディオ機器に求められるもの
最後に、大きな課題として、エントリークラスの不在が挙げられるだろう。これは冒頭に述べた価格上昇の根源でもある原材料費等さまざまなコストの高騰によって、もはや大変苦しい状況であることは明白だ。しかしながら、これからオーディオをはじめたい、あるいは低コストでも確かなサウンドで音楽を楽しみたい、というユーザーに対してこれら製品の存在は欠かすことができない。さすがに5万円以内というのは難しくとも、もう少し製品に多様性が欲しい。
このクラスの存在理由は音質クオリティだけではないはずだ。例えば、ポータブルオーディオを得意とするShanlingが、トップローディングのCDプレーヤー「EC3」や、バッテリー駆動のCDプレーヤー「EC Mini」などをリリースしてきた。昨年レギュラーモデルが登場したオーディオテクニカのサウンドバーガー「AT-SB727」もバッテリー駆動であるが、これらの製品は、音質や価格だけでなく、装置としてのデザインや存在感、そして、音楽との関わり方にこそ、その魅力がある。
レコード人気の大きな要素のひとつも、先述した音楽との関わり方が見直されているからこそのはずであるし、近年世界的にも再評価を得ているというCDメディアに対しても、ストリーミング時代だからこそ、単曲はなくひとつのアルバムとして音楽を楽しんだり、ジャケットやブックレットがあってはじめて一つの作品を立体的に体験可能という、そのパッケージングの持つ魅力に再びスポットが当たっているのであろう。
そういった意味では、優れたデザインでCDジャケットを楽しめるkm5のポータブルCDプレーヤーシリーズ「Instant Disk Audio」がコンセプトとするような、「音楽の中身」や「音」だけでなく音楽作品パッケージや音楽再生行為自体を楽しむような要素は、新たなユーザー層への大きな訴求力となりうるのではないだろうか。
無論、すべてのジャンル製品に求めることではないが、これからのオーディオには、単に音楽を奏でる装置としてだけでなく、より立体的に音楽という文化を享受し人々を豊かにさせるツールとしての役割も期待したい。
以上、筆者もいちユーザーとして、本年も多くの魅力的なオーディオ製品と出会えることを心より楽しみにしているし、その魅力を読者の方々にしっかりとお伝えできるよう尽力する所存だ。