App Storeの手数料でSpotifyと係争
Apple Musicは本当に「フェアじゃない」のか? Spotifyの主張、 EUの制裁を考える
EU(欧州連合)に加盟する27カ国の代表からなる欧州委員会が、アップルによるアプリサービス「App Store」に、音楽配信に関連する自社サービスを優遇し、他社サービスとの公平な競争を阻む仕組みがあるとして、近くアップルに多額の制裁金を課すと複数のメディアが報じている。
App Storeに対しては、欧州スウェーデンに拠点を構える音楽配信サービス大手のSpotifyが2013年頃から欧州委員会を通じて複数回の係争を行ってきた。同社はアップルがApp Storeでアプリを配信するデベロッパの一部に対して課している手数料に対して、これをアップルの音楽配信であるApple Musicを優位に立たせるための「差別的な税金」であるとの主張を続けている。
アップルは外部のデベロッパに対して、App Storeで有料のアプリを配信したり、IAP(アプリケーション内決済システム)を通じてアプリ内課金を行う際に一定額の手数料を求めている。App Storeには有料アプリや課金サービスにより発生した決済とそれに派生する処理を、各デベロッパーに代わってアップルが行うシステムがある。アップルは「安全でシームレスなユーザー体験を確保するために、テクノロジーの開発やツールを提供することへの対価としての手数料」であるとしており、同社による説明はの正当性がこれまで一貫して認められてきた。
かつてデジタル音楽ファイルは「端末にダウンロードして聴く」スタイルが一般的だった。2010年前後からスマートフォンが広く普及したこともあり、PCやソニーの"ウォークマン”のようにネットワーク接続の機能を持つオーディオプレーヤーを使って、音楽をストリーミング再生で聴くライフスタイルが広く浸透した。Spotifyは定額制で"聴き放題”の音楽系サブスクリプションサービスを世界中に広め、デジタル音楽文化の成長に貢献してきた立役者だ。
Spotifyと同じく世界中の多くの地域に展開する音楽系サブスクリプションサービスには、ほかにもApple Music、Amazon Music、YouTube Music、DEEZER、Tidalなどがある。多くの競合がひしめき合う中で、Spotifyの認知度とシェアはトップクラスだ。デジタルコンテンツを専門とする調査会社のMIDiAが独自に行ったリサーチの結果によると、Spotifyのシェアは2022年時点で30%を超えているという。
SpotifyはApp Storeでアプリを提供し、アップルが築いたエコシステムの中で現在もサービスを広く提供している。2024年現在、iPhoneやiPad、MacにApple TV、Apple Watchなどアップルの各ハードでネイティブアプリを使って音楽再生が楽しめる環境がある。アプリの最新バージョンもApp Storeを通じて逐次ユーザーに提供されている。
Spotifyが、他社の音楽配信サービスと大きく異なる点のひとつが「決済手段」だ。iPhoneなど、アップルのデバイスで有料の「Premiumプラン」に申し込む場合、いったんSpotifyのウェブサイトに移動して有料プランに登録してから、再度iPhoneアプリからログインし直し、サービスを利用する流れになる。
背景には、アップルが日本の公正取引委員会による調査結果を受けてApp Storeのガイドラインを見直し、「リーダーアプリ」の提供をオープンにしたことがある。リーダーアプリを開発するデベロッパに対して、ユーザーのアカウント管理や決済をアップルのIAPを使わずに行える仕組み>が2022年以降に設けられた。現在、iOS版のSpotifyアプリは「リーダーアプリ」として提供されている。
リーダーアプリとは、デジタル化された雑誌や新聞・書籍、音楽や動画のコンテンツビューワーのことを指す。デベロッパはリーダーアプリを活用し、ユーザーを自らのウェブサイトに誘導して、IAP以外の課金システムを使って有料コンテンツへのサインアップを促すことができる。SpotifyがiOS向けのアプリを無料で提供し、IAPによるアプリ内課金を行わない限り、先に触れた「手数料」は発生しない。アップルのデバイスでSpotifyのプレミアムサービスを利用するユーザーは、Spotifyが決めた規約に準ずる形で、各種のサービスやサポートを受けることになる。
複数の関係者によるとSpotifyは直近、欧州委員会を通じて、同社がApp Storeの仕組みで利用しているリーダーアプリの仕組みについて「ユーザーに伝える方法に制限があり、Apple Musicと比べ、フェアな競争を行える環境が整っていない」として、アップルへの訴えを起こしたようだ。
だが、実際にはiOS版Spotifyのアプリでプレミアムプランに申し込もうとすると、アプリの画面には詳細なガイダンスが表示される。筆者が確認する限りでは、ソーシャルサービスやオンライン広告による宣伝について、Spotifyが特別な制約を受けている印象はない。
Spotifyをはじめ、App Storeでサービスを提供するデベロッパーは、毎年Apple Developer Programの年間登録料をアップルに支払っている。その金額は個人のデベロッパーが99米ドル、100名以上の従業員を持つ組織は299米ドルだ。
無料のリーダーアプリを通じてサービスを提供する限り、アップルに対する手数料も発生しない。仮に、今回の欧州委員会を通じたアップルへの申し立てを行っている企業の中にSpotifyがあるとすれば、いまメディアが伝えているアップルが課せられるペナルティの「根拠」は、やや薄弱であるように思う。
間もなくアップルが提供開始を予定する次期iOS 17.4では、EU地域に生活するiPhoneユーザーに限り、App Store以外のアプリマーケットからiPhoneにアプリをインストールできる仕組みが導入される。
デベロッパーは開発したアプリの供給手段をApp Store、代替アプリマーケットのどちらか、またはその両方から選べるようになる。また、App Storeで配信されている有料アプリ、アプリ内課金の売上が発生した場合、デベロッパーはアップルによる統合型決済システムではない、外部の決済サービスプロバイダー(PSP)を使う代替オプションが選べるようにもなる。
本件については筆者が寄稿したコラムで詳しく解説している。
EU域内でApp Store上でのビジネスを展開するデベロッパーが、代替アプリマーケットを使ってサービス提供する方法を選択し、さらに年間100万ダウンロード以上のアプリサービスを運営する企業である場合は「コアテクノロジー手数料」をアップルに支払う必要がある。こちらも詳細は筆者のコラムか、またはアップルがデベロッパー向けに公開している解説を参照してほしい。
Spotifyは現在、iOS版アプリを上述の「リーダーアプリ」として提供している。リーダーアプリのデベロッパは、EU域内で次期iOS 17.4が提供された後もコアテクノロジー手数料を支払う対象にはならない。
仮にSpotifyが代替アプリマーケットを使う道を模索しているのであれば話は変わるが、今後もリーダーアプリとしてiOS版のSpotifyを提供するのであれば、条件は現状のままだ。EU域内のiPhoneユーザーは従来通りSpotifyのサービスが使えるし、SpotifyはApple Developer Programの小額な年間登録料をアップルに支払えばよいことになる。
なおアップルの試算によると、EU域内ではコアテクノロジー手数料を負担することになるデベロッパーは、iPhone向けアプリを提供するデベロッパー全体のおよそ1%未満になるという。本手数料はデベロッパーがNPO、政府官公庁、教育機関である場合は免除される。
筆者もいちiPhoneユーザーとして、今後もApp StoreとSpotifyの双方が安心・安全に楽しめるサービスとして使えることを願うばかりだ。
■App Storeでも音楽配信サービスのアプリが人気
App Storeに対しては、欧州スウェーデンに拠点を構える音楽配信サービス大手のSpotifyが2013年頃から欧州委員会を通じて複数回の係争を行ってきた。同社はアップルがApp Storeでアプリを配信するデベロッパの一部に対して課している手数料に対して、これをアップルの音楽配信であるApple Musicを優位に立たせるための「差別的な税金」であるとの主張を続けている。
アップルは外部のデベロッパに対して、App Storeで有料のアプリを配信したり、IAP(アプリケーション内決済システム)を通じてアプリ内課金を行う際に一定額の手数料を求めている。App Storeには有料アプリや課金サービスにより発生した決済とそれに派生する処理を、各デベロッパーに代わってアップルが行うシステムがある。アップルは「安全でシームレスなユーザー体験を確保するために、テクノロジーの開発やツールを提供することへの対価としての手数料」であるとしており、同社による説明はの正当性がこれまで一貫して認められてきた。
かつてデジタル音楽ファイルは「端末にダウンロードして聴く」スタイルが一般的だった。2010年前後からスマートフォンが広く普及したこともあり、PCやソニーの"ウォークマン”のようにネットワーク接続の機能を持つオーディオプレーヤーを使って、音楽をストリーミング再生で聴くライフスタイルが広く浸透した。Spotifyは定額制で"聴き放題”の音楽系サブスクリプションサービスを世界中に広め、デジタル音楽文化の成長に貢献してきた立役者だ。
Spotifyと同じく世界中の多くの地域に展開する音楽系サブスクリプションサービスには、ほかにもApple Music、Amazon Music、YouTube Music、DEEZER、Tidalなどがある。多くの競合がひしめき合う中で、Spotifyの認知度とシェアはトップクラスだ。デジタルコンテンツを専門とする調査会社のMIDiAが独自に行ったリサーチの結果によると、Spotifyのシェアは2022年時点で30%を超えているという。
SpotifyはApp Storeでアプリを提供し、アップルが築いたエコシステムの中で現在もサービスを広く提供している。2024年現在、iPhoneやiPad、MacにApple TV、Apple Watchなどアップルの各ハードでネイティブアプリを使って音楽再生が楽しめる環境がある。アプリの最新バージョンもApp Storeを通じて逐次ユーザーに提供されている。
■Spotifyも含まれるiOS版「リーダーアプリ」の仕組み
Spotifyが、他社の音楽配信サービスと大きく異なる点のひとつが「決済手段」だ。iPhoneなど、アップルのデバイスで有料の「Premiumプラン」に申し込む場合、いったんSpotifyのウェブサイトに移動して有料プランに登録してから、再度iPhoneアプリからログインし直し、サービスを利用する流れになる。
背景には、アップルが日本の公正取引委員会による調査結果を受けてApp Storeのガイドラインを見直し、「リーダーアプリ」の提供をオープンにしたことがある。リーダーアプリを開発するデベロッパに対して、ユーザーのアカウント管理や決済をアップルのIAPを使わずに行える仕組み>が2022年以降に設けられた。現在、iOS版のSpotifyアプリは「リーダーアプリ」として提供されている。
リーダーアプリとは、デジタル化された雑誌や新聞・書籍、音楽や動画のコンテンツビューワーのことを指す。デベロッパはリーダーアプリを活用し、ユーザーを自らのウェブサイトに誘導して、IAP以外の課金システムを使って有料コンテンツへのサインアップを促すことができる。SpotifyがiOS向けのアプリを無料で提供し、IAPによるアプリ内課金を行わない限り、先に触れた「手数料」は発生しない。アップルのデバイスでSpotifyのプレミアムサービスを利用するユーザーは、Spotifyが決めた規約に準ずる形で、各種のサービスやサポートを受けることになる。
■制裁金の根拠は薄弱
複数の関係者によるとSpotifyは直近、欧州委員会を通じて、同社がApp Storeの仕組みで利用しているリーダーアプリの仕組みについて「ユーザーに伝える方法に制限があり、Apple Musicと比べ、フェアな競争を行える環境が整っていない」として、アップルへの訴えを起こしたようだ。
だが、実際にはiOS版Spotifyのアプリでプレミアムプランに申し込もうとすると、アプリの画面には詳細なガイダンスが表示される。筆者が確認する限りでは、ソーシャルサービスやオンライン広告による宣伝について、Spotifyが特別な制約を受けている印象はない。
Spotifyをはじめ、App Storeでサービスを提供するデベロッパーは、毎年Apple Developer Programの年間登録料をアップルに支払っている。その金額は個人のデベロッパーが99米ドル、100名以上の従業員を持つ組織は299米ドルだ。
無料のリーダーアプリを通じてサービスを提供する限り、アップルに対する手数料も発生しない。仮に、今回の欧州委員会を通じたアップルへの申し立てを行っている企業の中にSpotifyがあるとすれば、いまメディアが伝えているアップルが課せられるペナルティの「根拠」は、やや薄弱であるように思う。
■EU域内で変わるApp Storeのルールを整理する
間もなくアップルが提供開始を予定する次期iOS 17.4では、EU地域に生活するiPhoneユーザーに限り、App Store以外のアプリマーケットからiPhoneにアプリをインストールできる仕組みが導入される。
デベロッパーは開発したアプリの供給手段をApp Store、代替アプリマーケットのどちらか、またはその両方から選べるようになる。また、App Storeで配信されている有料アプリ、アプリ内課金の売上が発生した場合、デベロッパーはアップルによる統合型決済システムではない、外部の決済サービスプロバイダー(PSP)を使う代替オプションが選べるようにもなる。
本件については筆者が寄稿したコラムで詳しく解説している。
EU域内でApp Store上でのビジネスを展開するデベロッパーが、代替アプリマーケットを使ってサービス提供する方法を選択し、さらに年間100万ダウンロード以上のアプリサービスを運営する企業である場合は「コアテクノロジー手数料」をアップルに支払う必要がある。こちらも詳細は筆者のコラムか、またはアップルがデベロッパー向けに公開している解説を参照してほしい。
Spotifyは現在、iOS版アプリを上述の「リーダーアプリ」として提供している。リーダーアプリのデベロッパは、EU域内で次期iOS 17.4が提供された後もコアテクノロジー手数料を支払う対象にはならない。
仮にSpotifyが代替アプリマーケットを使う道を模索しているのであれば話は変わるが、今後もリーダーアプリとしてiOS版のSpotifyを提供するのであれば、条件は現状のままだ。EU域内のiPhoneユーザーは従来通りSpotifyのサービスが使えるし、SpotifyはApple Developer Programの小額な年間登録料をアップルに支払えばよいことになる。
なおアップルの試算によると、EU域内ではコアテクノロジー手数料を負担することになるデベロッパーは、iPhone向けアプリを提供するデベロッパー全体のおよそ1%未満になるという。本手数料はデベロッパーがNPO、政府官公庁、教育機関である場合は免除される。
筆者もいちiPhoneユーザーとして、今後もApp StoreとSpotifyの双方が安心・安全に楽しめるサービスとして使えることを願うばかりだ。