xMEMS以外にもう一社存在するMEMSスピーカーサプライヤー
MEMSスピーカーの知られざる伏兵。半導体サプライヤー「USound」の隠れた実力は?
■MEMSスピーカーのサプライヤー「USound」とは?
最近のイヤホン技術ではMEMSスピーカーが話題となっている。Noble Audioは矢継ぎ早に3機種もMEMSスピーカー搭載のイヤホンを発売し、超弩級のイヤホンシステム・ブリスオーディオの「冨嶽」やNUARLの開発中の完全ワイヤレスイヤホン「Inovator」にもMEMSスピーカーが搭載される予定だ。
しかしながら現在これらで使用しているMEMSスピーカーはxMEMS社製のユニットに限られている。
MEMSスピーカーのサプライヤーとしてはxMEMS社の他には大手としてもう一つUSound社が存在している。USound社の開発状況はほとんど知られていない。
そこで、USound社でのイヤホン向けMEMSスピーカーの現状を探るために日本の代理店を尋ねてみた。
実は日本のUSound社の代理店は複数ある。今回はUSound社とコンタクトをとり、野村事務所を紹介していただいた。野村事務所はもともと石油精製関連製品のライセンスを行う商社で、具体的には油種を分ける触媒などを扱っているとのことだ。MEMSスピーカーは新規事業開発の一環として、ユニークな半導体分野として選定して取り扱いを始めたとのこと。
この背景にはMEMSスピーカー技術のニーズが10年も前に国内にすでにあったからだという。その時点でMEMSマイクはすでに飽和状態にあったので、MEMSスピーカーに着目したとのこと。USound社はその時点ですでに動作可能なMEMSスピーカーを持っていたと言うことが理由で、それから代理店として活動しているそうだ。
USound社のMEMSスピーカーも基本的にはxMEMS社のMEMSスピーカーと同じ動作原理だ。シリコンウエハーから切り出してICチップのように製造する点も同じである。ただしUSound社のMEMSスピーカーの振動板の形状はH型をしていてxMEMS社のものとは異なる。これは振動板の面積を比較的広く取っているからという理由によるものだという。
■Faunaのオーディオグラスに採用実績あり
USound社のMEMSスピーカーには大きく分けると「Ganymede」という矩形のタイプと「Conamara」という円形のタイプがある。
MEMSスピーカーは高い電圧をかけて振動板を動かすことで音を出すが、このためには昇圧アンプが必要である。xMEMSではaptosという昇圧アンプを用意しているが、USoundでも同様な「Liner Audio ASIC amp」という小型の昇圧アンプを用意している。USoundのMEMSスピーカーは比較的低い電圧でも動作できるということだ。
現在までに製品になったものとしては「Faunaオーディオグラス」がある。これは私が一番初めにMEMSスピーカーに着目した製品だが、USoundのユニットだということはこの取材で初めて分かった。ただし現在は提携していないということだ。Faunaオーディオグラスはダイナミック型を低域ドライバーとしたハイブリッド形式でMEMSスピーカーを高域用に使用している。
試聴してみると現在流行のフルオープンタイプのイヤホンに似た出音で、低域はさすがに出にくいが中高音域は美しい音を楽しめる。
■USound社リファレンスのイヤホン「Oberon」の音質をテスト
USound社のワイヤレスイヤホンでは製品としては出ていないが、メーカーが参考目的で製作したリファレンスイヤホンが存在する。
リファレンスイヤホンとしては、完全ワイヤレスイヤホンの「Oberon」とOTC補聴器の「Anthe」の2モデルが用意されている。両方とも「Conamara(UA-C0601-2F)」MEMSスピーカーユニットをシングルのフルレンジドライバーとして搭載しているが、注目すべき点は両方ともANCが搭載されているということだ(ただしOberonは搭載されているが非稼働)。
MEMSスピーカーは能率が低いのでシングルフルレンジとして使用した場合にはANCが搭載できないと言われているが、USoundではANCを搭載しているのは注目すべき点だろう。USound社はMEMSスピーカー専業のメーカーでMEMSマイクは製造していない。そのため双方ともマイクは他社製のMEMSマイクを搭載している。
まず完全ワイヤレスイヤホンの「Oberon」を試聴した。音はワイドレンジで高域から低域まで均質にとても音質が良い。高音域の音が澄んでいて美しい点はMEMSスピーカーらしいが、低域の量感もたっぷりとあり、鋭く引き締まっている。
中音域のヴォーカルは少し温もりがあって聴きやすい。MEMSスピーカーというとチップが音を出すイメージから冷たい音を想像するかもしれないが、そうしたことはない。xMEMSのフルレンジユニットである「Montara」を試聴したときも、やはり同様に少し温かみがある音を感じた。
解像力は極めて高く、女性ヴォーカルがため息をつくような消え入る音も極めて鮮明に聴き取れる。全体的に音質レベルはとても高く、現在のハイクラス価格帯の完全ワイヤレスイヤホンと比べても劣ることはないと感じた。これでANCユニットが稼働していればかなり競争力はあるだろう。
■補聴器でもMEMSの明瞭度の高さが味わえる
次はOTC補聴器の「Anthe」を試してみた。ちなみにOTC(Over the counter)補聴器とは米国の言葉だが、本来は処方が必要な補聴器が処方なしに店頭で買える安価で簡易的な補聴器のことをいう。ソニーやゼンハイザーが参入し、最近ではアップルがAirPods Pro 2のファームウエア・アップデートにより参入したことで注目されている分野だ。またAntheはリスニング用の完全ワイヤレスとしても考慮されているそうだ。ゼンハイザーの「Conversation Clear Plus」に近いコンセプトと言えるだろう。
音楽モードで音楽を聴くと、Oberonほどではないが普及クラス程度の完全ワイヤレスの音質で楽しめる。明瞭感が高いのはやはりMEMSスピーカーならではだ。
ANCをオンにすると周囲のノイズがかなり消える。外音取り込みモードにすると、環境音がとても明瞭に聴こえてくる。これは個人向けに調整が必要だと思うが、話し声はうるさいほどで、試聴しながらメモを取るためキーボードを叩くカタカタという音もかなり鮮明に聴き取れた。
■今後のMEMS対応製品の登場にも期待!
この他にはマグネットを持たない非磁性という性質を応用してMRI用のヘッドホンというのが開発されているようだ。
また有線イヤホンとしてはSoranikというブランドから「MEMS-2」という製品がすでに販売されている(国内未導入)。これはiFi audioのMEMS対応ヘッドホンアンプにより駆動することができる。価格はUSD$1,200というハイエンドイヤホンだ。MEMS-2は面白いことにxMEMSとUSoundのドライバーを両方搭載している。やはりMEMSスピーカーという新しいデバイスを手にして、メーカーも試行錯誤をしているのだろう。
野村事務所はまずはOTCヒアリングエイドを手がけて、業界の足がかりにしたいということだ。今後の展開にも期待したい。