公開日 2017/12/14 15:53
【対談】オーディオは本当に進歩したのか<第2回> 哲学者・黒崎政男氏と宗教学者・島田裕巳氏が語る
SOUND CREATE LOUNGEの話題のイベント「オーディオ哲学宗教談義」
今夏、東京・銀座のオーディオショップ「SOUND CREATE」の試聴室「SOUND CREATE LOUNGE」にて、『オーディオは本当に進歩したのか』ということをテーマに、哲学者・黒崎政男氏、宗教学者・島田裕巳氏による対談イベント「オーディオ哲学宗教談義」が行われた。先日、本サイトでアップした第1回のレポートに続き、第2回のレポートをここにお届けしたい。
SPレコードからLPレコードへ
SOUND CREATEスタッフ 第2回目となるこの企画、今回はJBL D44000 Paragon(以下パラゴン)と蓄音器をご用意しました。SPレコードからLPレコードへ、その中でもモノラルからステレオへという変遷を聴きながら、お二人にお話しいただきます。
パラゴンは1957年に発売されましたが、当機は1960年代初頭のもの。日本には1964〜1965年に入ってきていますが、それ以前のものということです。キャビネットはパーチクルボードと米松のミックス。1100台のうち初期に作られた2%のものが米松だけで作られていますが、米松オンリーでは響きすぎてよく鳴らなかった。しかし、このアイコニックなデザインといい、キャビネット内部の作りといい、かなり斬新なものですし、何かを変えればきっとすごいことになる……と考えたのではないでしょうか。その後、キャビネットは米松とパーチクルボードとのミックスとなりました。当時のパーチクルボードは、「丈夫で堅牢」の最先端。今でいうカーボンのような存在でした。最新技術を取り入れたそのパーチクルボードの密度がパラゴンの1100台の間で変遷していくのですが、このパラゴンはそのミックス度が一番いいと言われている頃のものになります。
ウーファーは、元々のオーナーが入れ替えていて150-4Cを搭載しています。
アンプはオクターブのV110SEを用意しました。リンのKLIMAX LP12ではステレオのレコードを、モノラルレコードはRCAヴィンテージのターンテーブルにオルトフォンのモノラルカートリッジを組み合わせてかけていきたいと思います。
黒崎先生は、四季折々の恒例になっているNHKラジオ『教授の休日』で、蓄音器特集をされていらっしゃいますね。蓄音器の詳細は先生から伺えますでしょうか。
黒崎 私、蓄音器が好きでして。今日は1930年代頃のイギリス・グラモフォンHMV102というものを用意しました。ポータブル型の傑作器で、これまで残っているポータブルの中で一番音がいいだろうと思います。当時はお金持ちがピクニックに持っていったんですね。電気を使わず、ぜんまいを巻いてターンテーブルを回します。サウンドボックスに針をつけますが、針は一回一回使い捨てます。この物理的振動がアルミの板を震わせて音になり、ラッパから出てきます。単純にラッパになっているだけなんです。サクソフォンとかトランペットみたいに。
1曲かけてみましょうか。私がクラシック音楽で初めて感動したのは、カザルス演奏のバッハ「無伴奏チェロ組曲」でした。それが高校生のときにチェロを始めるきっかけになりました。もちろん当時は復刻版のLPで聴いていました。これは1936年〜39年ごろに録音されたもので、バッハのバイブルといいますか、いまに至るまでずっと影響を与え続けている演奏です。私は高校時代LPレコードの復刻版を聴いていて、その後30年経てSPレコードで聴くようになりました。オリジナルに戻ったというわけです。これは小ぶりの蓄音器だし、この会場は大きいし、このパラゴンが非常に素晴らしいこともあって、ちょっとかわいそうなんですけれども、きっといい音がすると思います(笑)。それでは、6番のジーグを聴いていただきます。
〜SP・カザルス『バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番ジーグ』試聴〜
黒崎 独特の実在感がありますよね。78回転なので33回転よりおおよそ3倍も早い。当然音もよい。それでこの臨場感になっているのかと思います。
では、もう一曲だけSPレコードをかけましょう。ティノ・ロッシというシャンソン歌手の『さくらんぼの実る頃』という曲を。ティノ・ロッシはレコードを1億枚売ったと言われています。1億枚ですよ!? 2000曲ものレパートリーがあって、「プチ・パパ・ノエル」は世界で3000万枚売れた。これからかける曲は、映画『紅の豚』の劇中で加藤登紀子さんが歌って有名になりましたが、私はそのはるか昔からこの曲が好きでした。コラ・ヴォケールが歌って日本でも流行ったんですけれども、ティノ・ロッシが歌うのもなかなか良いのです。
SPレコードは、10インチだと約3分。どうしたって向かい合って聴きます。でもCDになると、聴いているうちに他のことをやり始めて、いつの間にか終わっている(笑)。「3分を巻いてかけるぞ」「針も替えたぞ」というこの手間こそ、音楽が「私のものになる」気がしますね。ファイルで流しても、なんだか自分のものになった気がしないんです。1938年の盤です。お聴きください。
〜ティノ・ロッシ『さくらんぼの実る頃』SP盤を試聴〜
黒崎 なかなかいいですよね。SP時代のあとは、「曲が長く入る」「再生が楽になる」ということはあるけれども、音楽体験はSP時代が最高であると思います。ただ、曲は50年代以前のもので、どうしても古くなってはしまうんですけれど。このイベントの標題に話を結びつけるなら、オーディオというのは進歩していないよなぁ、という感じがします(笑)。SPレコード蓄音器のご紹介でした。
次はLPレコードですね。このパラゴンの音が凄すぎちゃって、蓄音器にとって今回はとんでもない対抗相手となりました。島田さんにとってパラゴンは馴染み深いということでしたね。
島田 通っていたジャズ喫茶にありました。パラゴンに初めて出会ったのは1970年くらい。私は都立西高校という吉祥寺に近い高校に通っていました。高校生はお金がないので、特に土曜日なんかにご飯を食べずに吉祥寺まで歩いて行って、ジャズ喫茶でジャズを聴くというのが習慣でした。吉祥寺には、当時、寺島靖国さんの「メグ」、「ファンキー」、それから「A&M」という店と、3軒くらいありました。通っていた頃、その内の「ファンキー」にパラゴンが入りました。前回も話しましたが、小説家の桐野夏生さんが当時「メグ」でアルバイトされていて、「ファンキー」に行くとパラゴン、「メグ」に行くと桐野さん…… 、そういう時代でした。
一同(笑)
島田 その頃聴いていたのが、マイルス・デイヴィスの『ビッチェス・ブルー』。電気になって初めてのアルバムは『イン・ア・サイレント・ウェイ』でしたけれども、一番大ヒットしたので、『ビッチェス・ブルー』を聴いてみましょう。1969年の作品です。
黒崎 パラゴンの音ですね。
島田 私にとって「ファンキー」の音ですよ。
〜LP・マイルス・デイヴィス『ビッチェス・ブルー』試聴〜
島田 先日、このSOUND CREATE LOUNGEで試しに聴かせてもらったときに、高校生から大学生の頃に聴いていたのはまさにこういう音だったな、と思いました。この前もお話ししたんですけど、ジャズを聴き始めたきっかけは、植草甚一さんのチャールス・ミンガスの『直立猿人』という曲についての紹介を読んだことでした。ポピュラー雑誌に寄稿されていたのですごく短いんですけど、人間が立って歩き始めたところの歴史をミンガスが演奏しているんだと書かれていて、すごく惹かれました。それでジャズというものはどういうものかなと聴き始めたんです。当時はラジオで聴くわけです。しかし『直立猿人』は一向にかからない。代わりに先述したマイルスの電気モノとかが当時新しい音楽として勃興しているという情報が入ってきました。ジャズ評論家たちが非常に興奮しているのがラジオでもわかるんですよね。ジャズ喫茶では、毎回のようにこれがかかっていました。いつでも聴けたので、このレコードを買ったことがなかったんです。ここにある盤は最近買いました。ジャズ喫茶でよく聴いていたので、他のオーディオで聴くよりもパラゴンの方が僕にとってはしっくりくるんです。
ただパラゴンが発売された1957年あたりはオーディオ的には非常に微妙な時期でした。ステレオ盤というものが、まだ出ていません。ステレオ録音自体はあったようですけれど、誰もが聴いているというのはもう少し後の時代でした。その頃はだいたいモノラル録音、あるいはモノラル/ステレオ、両方の録音があるという時代です。その前年、1956年というのは、ジャズを聴いている人たちにとって、印象深い年でした。考え方によってはジャズが最高だった年といえるわけです。
『ビッチェス・ブルー』は69年に録音された作品ですけれども、その13年前の56年には当然マイルスも電気楽器は使っていない。アコースティックで、しかも録音はモノラルでした。そんな時代にマラソンセッションをやって、5月と10月の2日間でほぼワンテイクで演奏して、それが後に4枚のレコードとしてリリースされました。レコード会社は商売がうまくて、それを毎年1枚ずつ出していました。そのうちの1枚をかけてみましょう。
黒崎 プレスティッジ時代のことですね。ブルーノート・レーベルに移ろうとした時まだ4枚分の契約が残っていたので、マラソンセッションを敢行したという……。マイルスがミュートを使い始めている頃ですね。
島田 では、56年、マイルス・デイヴィスの『ワーキン』です。
〜マイルス・デイヴィス『ワーキン』試聴〜
黒崎 素晴らしいですね。
島田 今日使っているアナログプレーヤーはリンのLP12ですが、その中でも最上位機のものになります。うちもLP12ですが、ここまでは音は良くないです(笑)。
黒崎 この音の良さは、ルディ・ヴァン・ゲルダーの音の録り方だと思います。彼はジャズの名盤のほとんどを手がけていますね
島田 ブルーノート時代の録り方とはちょっと違う感じです。
黒崎 そうですね。彼はこの後、アルフレッド・ライオンと仲が良かったのがきっかけでブルーノートに移籍しますね。ここにあるソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』もヴァン・ゲルダー。これもすごく音が良い。
〜ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』試聴〜
黒崎 いま聴いたのは、RCAの放送局用のターンテーブルと真空管アンプとパラゴン、真空管アンプは現代のものですが、50年代当時でもおおよそこのような音で聴けたことがうかがえますよね。相当すごい音が聴けていたわけです。
島田 56年というのはジャズ最良の年。今の2つの盤もそうですけれど、セロニアス・モンク『ブリリアント・コナーズ』とか、アート・ペッパーが復活して吹き込んだものとか、とにかく探してみるといろいろあるんですよね。暇なときに録音順に一度リストを作ったことがあるんですけど、ひとつ悲劇的なことがあるんです。なんだと思います?
黒崎 悲劇的。何でしょう?
島田 6月26日のクリフォード・ブラウンの事故死です。亡くなるのが、このサキソフォン・コロッサスが録音された一週間後なんです。もしこのアルバムを作った時期と、ブラウンの死が逆になっていたら、たぶんこれ、名盤にならなかったと思います。
黒崎 でも、『サキソフォン・コロッサス』に、クリフォード・ブラウンは出ていないですよね。
島田 マックス・ローチとクリフォード・ブラウンは、ブラウン・ローチ・クインテットでやっていて、そこにソニー・ロリンズも入っていたんですよ。同じ年の9月にサド・ジョーンズのアルバムにマックス・ローチが出ているんですけど、えっこれがマックス・ローチ? という、ものすごく元気のない演奏をしている。おそらく時期が逆になっていたら、ソニー・ロリンズのこの演奏は絶対になかったというようなことなんです。
SPレコードからLPレコードへ
SOUND CREATEスタッフ 第2回目となるこの企画、今回はJBL D44000 Paragon(以下パラゴン)と蓄音器をご用意しました。SPレコードからLPレコードへ、その中でもモノラルからステレオへという変遷を聴きながら、お二人にお話しいただきます。
パラゴンは1957年に発売されましたが、当機は1960年代初頭のもの。日本には1964〜1965年に入ってきていますが、それ以前のものということです。キャビネットはパーチクルボードと米松のミックス。1100台のうち初期に作られた2%のものが米松だけで作られていますが、米松オンリーでは響きすぎてよく鳴らなかった。しかし、このアイコニックなデザインといい、キャビネット内部の作りといい、かなり斬新なものですし、何かを変えればきっとすごいことになる……と考えたのではないでしょうか。その後、キャビネットは米松とパーチクルボードとのミックスとなりました。当時のパーチクルボードは、「丈夫で堅牢」の最先端。今でいうカーボンのような存在でした。最新技術を取り入れたそのパーチクルボードの密度がパラゴンの1100台の間で変遷していくのですが、このパラゴンはそのミックス度が一番いいと言われている頃のものになります。
ウーファーは、元々のオーナーが入れ替えていて150-4Cを搭載しています。
アンプはオクターブのV110SEを用意しました。リンのKLIMAX LP12ではステレオのレコードを、モノラルレコードはRCAヴィンテージのターンテーブルにオルトフォンのモノラルカートリッジを組み合わせてかけていきたいと思います。
黒崎先生は、四季折々の恒例になっているNHKラジオ『教授の休日』で、蓄音器特集をされていらっしゃいますね。蓄音器の詳細は先生から伺えますでしょうか。
黒崎 私、蓄音器が好きでして。今日は1930年代頃のイギリス・グラモフォンHMV102というものを用意しました。ポータブル型の傑作器で、これまで残っているポータブルの中で一番音がいいだろうと思います。当時はお金持ちがピクニックに持っていったんですね。電気を使わず、ぜんまいを巻いてターンテーブルを回します。サウンドボックスに針をつけますが、針は一回一回使い捨てます。この物理的振動がアルミの板を震わせて音になり、ラッパから出てきます。単純にラッパになっているだけなんです。サクソフォンとかトランペットみたいに。
1曲かけてみましょうか。私がクラシック音楽で初めて感動したのは、カザルス演奏のバッハ「無伴奏チェロ組曲」でした。それが高校生のときにチェロを始めるきっかけになりました。もちろん当時は復刻版のLPで聴いていました。これは1936年〜39年ごろに録音されたもので、バッハのバイブルといいますか、いまに至るまでずっと影響を与え続けている演奏です。私は高校時代LPレコードの復刻版を聴いていて、その後30年経てSPレコードで聴くようになりました。オリジナルに戻ったというわけです。これは小ぶりの蓄音器だし、この会場は大きいし、このパラゴンが非常に素晴らしいこともあって、ちょっとかわいそうなんですけれども、きっといい音がすると思います(笑)。それでは、6番のジーグを聴いていただきます。
〜SP・カザルス『バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番ジーグ』試聴〜
黒崎 独特の実在感がありますよね。78回転なので33回転よりおおよそ3倍も早い。当然音もよい。それでこの臨場感になっているのかと思います。
では、もう一曲だけSPレコードをかけましょう。ティノ・ロッシというシャンソン歌手の『さくらんぼの実る頃』という曲を。ティノ・ロッシはレコードを1億枚売ったと言われています。1億枚ですよ!? 2000曲ものレパートリーがあって、「プチ・パパ・ノエル」は世界で3000万枚売れた。これからかける曲は、映画『紅の豚』の劇中で加藤登紀子さんが歌って有名になりましたが、私はそのはるか昔からこの曲が好きでした。コラ・ヴォケールが歌って日本でも流行ったんですけれども、ティノ・ロッシが歌うのもなかなか良いのです。
SPレコードは、10インチだと約3分。どうしたって向かい合って聴きます。でもCDになると、聴いているうちに他のことをやり始めて、いつの間にか終わっている(笑)。「3分を巻いてかけるぞ」「針も替えたぞ」というこの手間こそ、音楽が「私のものになる」気がしますね。ファイルで流しても、なんだか自分のものになった気がしないんです。1938年の盤です。お聴きください。
〜ティノ・ロッシ『さくらんぼの実る頃』SP盤を試聴〜
黒崎 なかなかいいですよね。SP時代のあとは、「曲が長く入る」「再生が楽になる」ということはあるけれども、音楽体験はSP時代が最高であると思います。ただ、曲は50年代以前のもので、どうしても古くなってはしまうんですけれど。このイベントの標題に話を結びつけるなら、オーディオというのは進歩していないよなぁ、という感じがします(笑)。SPレコード蓄音器のご紹介でした。
次はLPレコードですね。このパラゴンの音が凄すぎちゃって、蓄音器にとって今回はとんでもない対抗相手となりました。島田さんにとってパラゴンは馴染み深いということでしたね。
島田 通っていたジャズ喫茶にありました。パラゴンに初めて出会ったのは1970年くらい。私は都立西高校という吉祥寺に近い高校に通っていました。高校生はお金がないので、特に土曜日なんかにご飯を食べずに吉祥寺まで歩いて行って、ジャズ喫茶でジャズを聴くというのが習慣でした。吉祥寺には、当時、寺島靖国さんの「メグ」、「ファンキー」、それから「A&M」という店と、3軒くらいありました。通っていた頃、その内の「ファンキー」にパラゴンが入りました。前回も話しましたが、小説家の桐野夏生さんが当時「メグ」でアルバイトされていて、「ファンキー」に行くとパラゴン、「メグ」に行くと桐野さん…… 、そういう時代でした。
一同(笑)
島田 その頃聴いていたのが、マイルス・デイヴィスの『ビッチェス・ブルー』。電気になって初めてのアルバムは『イン・ア・サイレント・ウェイ』でしたけれども、一番大ヒットしたので、『ビッチェス・ブルー』を聴いてみましょう。1969年の作品です。
黒崎 パラゴンの音ですね。
島田 私にとって「ファンキー」の音ですよ。
〜LP・マイルス・デイヴィス『ビッチェス・ブルー』試聴〜
島田 先日、このSOUND CREATE LOUNGEで試しに聴かせてもらったときに、高校生から大学生の頃に聴いていたのはまさにこういう音だったな、と思いました。この前もお話ししたんですけど、ジャズを聴き始めたきっかけは、植草甚一さんのチャールス・ミンガスの『直立猿人』という曲についての紹介を読んだことでした。ポピュラー雑誌に寄稿されていたのですごく短いんですけど、人間が立って歩き始めたところの歴史をミンガスが演奏しているんだと書かれていて、すごく惹かれました。それでジャズというものはどういうものかなと聴き始めたんです。当時はラジオで聴くわけです。しかし『直立猿人』は一向にかからない。代わりに先述したマイルスの電気モノとかが当時新しい音楽として勃興しているという情報が入ってきました。ジャズ評論家たちが非常に興奮しているのがラジオでもわかるんですよね。ジャズ喫茶では、毎回のようにこれがかかっていました。いつでも聴けたので、このレコードを買ったことがなかったんです。ここにある盤は最近買いました。ジャズ喫茶でよく聴いていたので、他のオーディオで聴くよりもパラゴンの方が僕にとってはしっくりくるんです。
ただパラゴンが発売された1957年あたりはオーディオ的には非常に微妙な時期でした。ステレオ盤というものが、まだ出ていません。ステレオ録音自体はあったようですけれど、誰もが聴いているというのはもう少し後の時代でした。その頃はだいたいモノラル録音、あるいはモノラル/ステレオ、両方の録音があるという時代です。その前年、1956年というのは、ジャズを聴いている人たちにとって、印象深い年でした。考え方によってはジャズが最高だった年といえるわけです。
『ビッチェス・ブルー』は69年に録音された作品ですけれども、その13年前の56年には当然マイルスも電気楽器は使っていない。アコースティックで、しかも録音はモノラルでした。そんな時代にマラソンセッションをやって、5月と10月の2日間でほぼワンテイクで演奏して、それが後に4枚のレコードとしてリリースされました。レコード会社は商売がうまくて、それを毎年1枚ずつ出していました。そのうちの1枚をかけてみましょう。
黒崎 プレスティッジ時代のことですね。ブルーノート・レーベルに移ろうとした時まだ4枚分の契約が残っていたので、マラソンセッションを敢行したという……。マイルスがミュートを使い始めている頃ですね。
島田 では、56年、マイルス・デイヴィスの『ワーキン』です。
〜マイルス・デイヴィス『ワーキン』試聴〜
黒崎 素晴らしいですね。
島田 今日使っているアナログプレーヤーはリンのLP12ですが、その中でも最上位機のものになります。うちもLP12ですが、ここまでは音は良くないです(笑)。
黒崎 この音の良さは、ルディ・ヴァン・ゲルダーの音の録り方だと思います。彼はジャズの名盤のほとんどを手がけていますね
島田 ブルーノート時代の録り方とはちょっと違う感じです。
黒崎 そうですね。彼はこの後、アルフレッド・ライオンと仲が良かったのがきっかけでブルーノートに移籍しますね。ここにあるソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』もヴァン・ゲルダー。これもすごく音が良い。
〜ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』試聴〜
黒崎 いま聴いたのは、RCAの放送局用のターンテーブルと真空管アンプとパラゴン、真空管アンプは現代のものですが、50年代当時でもおおよそこのような音で聴けたことがうかがえますよね。相当すごい音が聴けていたわけです。
島田 56年というのはジャズ最良の年。今の2つの盤もそうですけれど、セロニアス・モンク『ブリリアント・コナーズ』とか、アート・ペッパーが復活して吹き込んだものとか、とにかく探してみるといろいろあるんですよね。暇なときに録音順に一度リストを作ったことがあるんですけど、ひとつ悲劇的なことがあるんです。なんだと思います?
黒崎 悲劇的。何でしょう?
島田 6月26日のクリフォード・ブラウンの事故死です。亡くなるのが、このサキソフォン・コロッサスが録音された一週間後なんです。もしこのアルバムを作った時期と、ブラウンの死が逆になっていたら、たぶんこれ、名盤にならなかったと思います。
黒崎 でも、『サキソフォン・コロッサス』に、クリフォード・ブラウンは出ていないですよね。
島田 マックス・ローチとクリフォード・ブラウンは、ブラウン・ローチ・クインテットでやっていて、そこにソニー・ロリンズも入っていたんですよ。同じ年の9月にサド・ジョーンズのアルバムにマックス・ローチが出ているんですけど、えっこれがマックス・ローチ? という、ものすごく元気のない演奏をしている。おそらく時期が逆になっていたら、ソニー・ロリンズのこの演奏は絶対になかったというようなことなんです。
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