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公開日 2023/10/12 12:00

ベルリン・フィル4年ぶり来日に向け芸術監督 キリル・ペトレンコが会見。選曲意図など説明/ウクライナ情勢への言及も

オンライン会見を実施
山之内 正
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ベルリン・フィルが4年ぶりに来日し、全国6都市で計10回の公演を行う。コロナ後にようやく実現した重要なツアーということに加え、今回の来日公演には特別な意味がある。2019年に芸術監督に就任したキリル・ペトレンコがベルリン・フィルを率いて来日する初めての機会なのだ。

2019年よりベルリン・フィルの芸術監督となったキリル・ペトレンコ

その重要な日本ツアーに向けて行われたオンライン共同会見において、公演プログラムの選曲の意図、芸術監督就任4年目を迎えたベルリン・フィルとの緊密な関係、日本の音楽ファンとの新たな出会いへの期待など、熱い思いを語ってくれた。

−−今回の日本公演のプログラムBは8月26日にベルリンで行われた2023年シーズン開幕公演と同じ曲目です。このプログラムをそのまま日本に持ってくることにした理由を教えてください。また、《英雄の生涯》の独奏を弾くコンサートマスターは誰に決めましたか。

ペトレンコ 全体的なことからお話すると、今回、私とベルリン・フィルがシンフォニーのプログラムで一緒に日本に行けることを本当に喜んでいます。以前バイエルン州立歌劇場公演で訪れたことがありますが、その時の記憶は素晴らしいもので、日本に魅了されました。前回は東京だけでしたが、今回は大阪など5つの都市を訪れる予定で、それぞれの都市でその土地のみなさんに出会えること、その土地ならではの文化を知ることができるのが楽しみでワクワクしています。私にとって「教養の旅」となるでしょう。

シーズン開幕公演のプログラムを考える際はオーケストラにとって重要な作品を選ぶように心がけています。これまでもマーラー、ブラームス、ベートーヴェンの交響曲など、私たちのオーケストラにとって核となるレパートリーのなかから選んできました。これまで歴史的に繰り返し演奏し、オーケストラの血のなかに埋め込まれているような作品を選ぶように心がけています。

今回の《英雄の生涯》もそんな作品のひとつで、ベルリン・フィルと初めて日本に行くのであれば、ぜひこの曲を持っていきたいと考えました。というのも、この曲は演奏者たちがすべてを出すことができる作品だからです。一人ひとりの奏者が自分ができることのすべてを出すためのプラットフォームを与えてくれるのです。R.シュトラウスは、どこでどの楽器をどのように使えばよいのかをよくわかったうえでこの作品を作っています。また、きらびやかで華々しく、R.シュトラウス自身を物語るような作品でもあります。

プラグラムB後半で演奏するレーガーの《モーツァルトの主題による変奏曲》は、現代では演奏機会があまり多くありませんが、かつては頻繁に演奏されていました。レーガーが生きていた当時はR.シュトラウスと同等の作曲家とされ、いわばR.シュトラウスのライバルというべき作曲家だったのです。

おそらく日本のお客さまもあまり聴いたことがないのではと思いますが、作曲家として見事な作品を残しており、今回お聴きいただく《モーツァルトの主題による変奏曲》も本当に素晴らしい作品で、オーケストラにとってもたいへんに演奏効果の高い変奏曲です。今回レーガーを選んだのは、ひとつのプログラムのなかで後半のR.シュトラウスとコントラストをなす作品と考えたからです。R.シュトラウスとレーガーの作品の間に生まれる緊張関係が最後の《英雄の生涯》において解消される。それを意識して今回のプログラムを選びました。

独奏パートを誰が弾くかということですが、これを明かすことは私には許されていません(笑)。とはいえ、コンサートをご覧になったら、みなさんとても誇りに思うことは間違いありません。

4年ぶりの来日となるベルリン・フィル

−−プログラムAのブラームスの交響曲第4番は、マイニンゲン歌劇場のオーケストラがブラームス自身の指揮で初演した作品です。このオーケストラはペトレンコさんもかつて振っていました。ブラームスの4番についての思いやマイニンゲン時代に得たものについて教えてください。

ペトレンコ それについては話が長くなりそうですが(笑)、なるべく短くまとめたいと思います。ブラームスだけでなく、R.シュトラウスとレーガーもマイニンゲンに縁のある作曲家です。ブラームスは当時マイニンゲンの首席指揮者だったハンス・フォン・ビューローととても親しくしており、彼が交響曲第4番の世界初演を委託されました。そしてビューローに続いてこのオーケストラを率いたのがR.シュトラウス、さらにその後でレーガーが数年間このオーケストラを率いていました。

私が特にインスピレーションを得たのは、マイニンゲンのアーカイヴに保存されている古い楽譜です。第4番の初演が行われたときに使われていたパート譜が実際に残っているんですね。そのパート譜はその後も長く使われていたもので、最初のパート譜はレーガー自身によるデュナミークなどの書き込みが残っています。レーガーは前任者であったビューローのことを考え、ブラームスのことも考えつつ、自らの考えをパート譜のなかに書き込んでいるのです。このような古い楽譜を研究することが私にとっては重要で、また興味深い営みでもあります。そこから得たたくさんのインスピレーションをぜひ日本に持っていきたいと思いますし、実は日本に行く前にもう一度マイニンゲンに足を運んで楽譜を研究したいと思っています。

−−プログラムAのベルク、プログラムBのレーガー、この二人の作曲家はペトレンコさんが2019年にベルリン・フィルの芸術監督に就任するときの記者会見でいくつか強調された柱のひとつでした。マーラーやベートーヴェンに力を入れることに加えて、まだあまり知られていないドイツ・オーストリア音楽の再評価を迫るということとつながるという意味です。特にレーガーは今年ラフマニノフと同じく生誕150周年を迎えるのに、完全に忘れられていますね。これについてどう思われますか。

ペトレンコ みなさんご存知の通り私はラフマニノフも大好きですよ(笑)。私が今回このプログラムを選んだことにはもちろん意図があります。ベルリン・フィルと初めて日本に行くにあたって、今回はいわゆるドイツ・オーストリアの古典派、ロマン派の音楽ばかりを集めました。モーツァルト、ベルク、ブラームス、R.シュトラウス、そしてレーガーです。非常に幅広いラインナップになっていて、人気作品もあればレーガーのようにあまり知られていない曲もあります。

ベルクの名は有名でが、この作品は理解が難しいということもあり、演奏の機会は少ないです。その意味ではこの作品を日本に持っていくのは少し勇気のいることでもありました。無調の音楽で、まだ12音には至っていませんが、シェーンベルクの伝統に連なっています。編成が大きく、マーラー以外は使わない楽器も登場します。

たとえばマーラーが交響曲第6番で使ったハンマーをベルクは行進曲で使っています。そしてベルクは間違いなくマーラーの大規模な交響曲を引き継ぐ存在だと私は思います。とりわけ行進曲では、これは黙示録的な様相を呈している音楽ですが、現代の私たちが置かれている世界情勢を見わたしたとき、こんなに今日的な音楽はないと思うほどです。いま人類にとって悲惨な出来事がたくさん起きていますが、それが音楽のなかから聴こえてきます。とても難しい作品ですが、それをあえて日本に持っていきたいと思いました。

−−プログラムAにはモーツァルトの交響曲が入っています。ペトレンコさんはあまりモーツァルトを指揮していない印象があるのですが、今後モーツァルトをたくさん演奏していくような心境なのでしょうか。

ペトレンコ その通りです。定期的にモーツァルトを取り上げたいと思うのですが、私たちのオーケストラは編成が大きく、なるべく多くの奏者に演奏してほしいということで、大編成の曲が優先される傾向があります。一方、私はマイニンゲン、ベルリン、ミュンヘン州立歌劇場で特定のモーツァルトのオペラ作品を振ってきました。《ドン・ジョヴァンニ》、《フィガロの結婚》、《コジ・ファン・トゥッテ》は複数の歌劇場で繰り返し演奏しています。バイエルン州立歌劇場では《皇帝ティートの慈悲》も指揮しました。そして、モーツァルトのオペラ言語から交響曲へのアプローチを私自身が見出しています。これまでそれほど多くは取り上げていませんが、ベートーヴェンやハイドンと並んでモーツァルトも重要なレパートリーと考えているので、積極的に取り組みたいと思います。

−−ベルリン・フィルの現在の状況についてお訊ねします。カラヤンの時代は指揮者とオーケストラの間には上下関係がありました。それを対等の関係に変えたのがアバドで、ラトルもそれを引き継いだように思えます。バイエルンのオペラのリハーサルなどを拝見すると、ペトレンコさんはさらにそれを一歩進めて全員がコンセンサスを作りながらひとつの音楽を作り上げていくようなスタイルを目指しているように思えます。また、そこには楽員の世代交代にも重要な意味があるのでしょうか。

ペトレンコ おっしゃる通りです。私がつねに心がけているのは、オーケストラのメンバーとの関係を築いていくにあたって、コンセンサスのようなものをレパートリーに関して作り上げようということです。もちろん私はたくさんのアイデアを持っていて、それをできるだけ多くのメンバーに伝えようと思っていますが、さらに大事なことはオーケストラのメンバーそれぞれが私が言ったことを納得して受け止めることなんです。

音楽をどのように作っていくかということについて、いろいろな可能性があります。そのなかで私が伝えた可能性が説得力のあるものとして受け入れられることが大事なんです。たとえ自分が思っているのと違うものだったとしても、それが納得できるものとして、説得力のあるものとして受け入れてもらえるのであれば、最終的に舞台上でひとつの意見としてまとまり、演奏にのぞむことができます。もしかするとそこには少し妥協が含まれるかもしれない、フレージングやテンポをどうするのか、私がやりたいと思ったことを一方的に伝えてそれを受け止めるというのではなく、彼ら彼女らがそれに対して納得したうえで、演奏を一緒に作っていくということが大事なんです。

最終的にはひとつの道のりを皆が同じ気持ちで歩んでいくことが大事であって、それはソリスト一人ひとりにとってもそうだし、トゥッティを演奏している人でも、全員が納得して道を歩むことを大事にしています。

そしていま、まさに世代交代が起きています。私が芸術監督を始めた頃は、カラヤンを知っている人たちがまだ何人かいましたが、いま彼らは定年を迎えています。彼らからは私自身も多くのことを学びました。そして、私がアバド世代と呼んでいるメンバーたちはいまとても良い年齢を迎えていて、オーケストラの核をなしています。オーケストラ全体の方向性にとって重要だし、若い人たちにアドバイスを与えるという意味でも大切なポジションにあります。言ってみればオーケストラが受け継いでいくべき遺産だと思います。

さらに、アカデミー出身の若い演奏家たちが入ってきます。彼ら彼女らにとっては私こそが指揮者という存在ですよね。私からも影響を受けていくでしょうし、私も彼らから影響を受けて、一緒にこれからの土台を作っていきます。フレッシュで新しい風を送る人たちに私が伝えたいと思っているのは、リハーサルでどれだけ細かくディテールにこだわって積み重ねていくかということです。リハーサルにおいて、リスクも冒したうえでいろいろなことをやってみる。その世代こそ、私が一番影響を与えられる世代だと思います。このように複数の世代が混在し、互いに良い影響を与え合っていると思います。

−−若い人たちとの共同作業という点で違う角度からもう一つの質問があります。より若い世代と広いレイヤーの音楽家との共同作業として「Be Phil」という新しいプロジェクトが始まります。そこにどんな期待を込めているのですか。

ペトレンコ 私たち自身がツアーに行くだけでなく、私たちの考えや思い、そしてどのように演奏するのかといったことも同じように日本に持っていきたいのです。私たちが行った先で植樹をして、木が根を生やし、しっかりと大地に根ざす。そんなイメージでプロジェクトを進めたいんです。行った先の音楽家のみなさまとの関係を作りたい、とりわけ大勢のアマチュアの音楽家に参加してもらうことで、このプロジェクトは素晴らしさを発揮すると思います。ベルリン・フィルのメンバーと一緒に、職業音楽家ではなくても一緒にひとつのプロジェクトを作り上げていくというのは素晴らしい経験になり、みなさんにとって忘れられない経験になるはずです。ベルリン・フィルが持っている熱と熱狂を伝えたいのです。

−−お父様はウクライナ生まれのヴァイオリニストとのことですが、いまだ解決に至らないなか、新たなコメントをいただくことはできますか。

ペトレンコ 悲劇としか言いようがありません。いま起きていることは二重の意味で私には悲劇的です。というのも父親はウクライナ生まれで、母親はロシア出身です。この2つの出自が私にとっては非常に重要な意味を持ってきました。休暇はウクライナで過ごしましたし、のちにロシアで学び、仕事もしていました。かつては兄弟民族といわれてきた、同じ出自、同じ宗教、同じ歴史をもつ2つの民族であったにも関わらず、一方の主権国家がもう一方の主権国家を襲い、その存在を奪おうとしているのは悲劇以外のなにものでもありません。

そして、私の家系はユダヤ教徒なんです。現在中東で起きていることは、ウクライナと違って主権国家対主権国家という関係性ではありませんが、同じように悲劇的なことなんです。でも最終的には正義が勝つことを信じています。歴史を振り返ってもほとんど場合は正義が勝利を収めていますから。気持ちとしてはユダヤの人たち、ウクライナの人たちを支援したいし、彼らとともにありたいと思っています。

−−最後に日本のファンに向けてメッセージをお願いします。

ペトレンコ 個人的に日本の聴衆のみなさまと再びお会いできることを心から楽しみにしています。日本のみなさんがコンサート中に静かに注意深く耳を傾けてくださることをよく憶えていますが、演奏が終わったときには熱狂的な拍手をしてくださいました。今回、Be Philに参加されるみなさんと会えることもとても楽しみです。このプロジェクトを機にクラシック音楽をもっと楽しんでいただきたいですね。モーツァルト、シュトラウス、レーガー、ベルクなどをもっと聴いて頂きたいし、演奏家のみなさんには演奏会でもっと取り上げていただきたいと願っています。

−−どうもありがとうございました。

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