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公開日 2023/12/01 12:25

ベルリン・フィル来日公演レポート。説得力のある響きでペトレンコとの緊密な関係性を示唆

首席指揮者に選んだ理由の一端を垣間見る
山之内 正
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■キリル・ペトレンコが初来日。ベルリン・フィル日本ツアー鑑賞レポート



4年ぶりに来日したベルリン・フィルが計10公演に及ぶ大規模なツアーを終えた。今回は首席指揮者で芸術監督のキリル・ペトレンコが同行しての初来日という重要な節目に重なり、大きな期待を集めたツアーである。筆者は11月19日の大阪公演と26日の東京公演に出かけ、今回のツアーのためにベルリン・フィルが満を持して準備した2つのプログラムを聴いてきた。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演の模様

結論から言うと、どちらのコンサートも期待を上回る充実した演奏を堪能することができ、特にサントリーホールで行われた26日の演奏会では、2015年にベルリン・フィルがペトレンコを首席指揮者に選んだ理由の一端を垣間見ることができたような気がする。そこに焦点を合わせ、プログラムAの鑑賞レポートをお届けしよう。

プログラムAはモーツァルトの交響曲第29番とベルクの3つの小品にブラームスの交響曲第4番という構成。ちなみにプログラムBはマックス・レーガー「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」とR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」で、今回の日本ツアーはすべてドイツとオーストリアの作品で統一していることがわかる。重厚で骨太な響きが期待できるベルリン・フィルらしい選曲である。

柔らかく温かみのある弦楽器の音色に魅了されながらモーツァルトの第1楽章を聴いていると、ピアノとフォルテの対比がけっしてぶっきらぼうにならず、旋律の最後を若干のゆとりをもって収め、次のフレーズに自然につないでいくことに気付いた。第3楽章のトリオの旋律も同じ。まるでオペラの二重唱で相手の反応を見ながら一瞬の「ため」を作るようなつなぎ方だ。ごく僅かな揺らぎなので音楽の流れが停滞することはなく、むしろ自然な起伏が心地よく感じられる。演奏のなかからごく自然に「歌」が聴こえてくるのは、オペラの経験が豊富なペトレンコならではだ。

ベルクは編成が最大限に拡大する。管楽器は4管編成となり、打楽器奏者だけで8名の大所帯、巨大な木製ハンマーも見える。ベルクはおそらくマーラーの交響曲第6番を意識してこの作品を書いたのだろう。この大編成の管弦楽を駆使した複雑な構造は3曲目の行進曲で頂点に達し、弦と木管の断片的な旋律や打楽器の攻撃的なリズムが交錯して重層的な響きが生まれる。終始笑顔で振っていたモーツァルトのときとは別人かと思えるほどペトレンコの表情は厳しくなり、タクトの動きも鋭角的で敏捷きわまりない。

そのテンションの高さをオーケストラ全員が共有し、鋭く俊敏な音で応える。打楽器が刻む複雑な音形がここまで他の楽器と噛み合ったこの作品の演奏は聴いたことがなく、作品の真価をあらためて気付かされた思いだ。直近で聴くハンマーの打撃音は腹に響き、重圧がこたえる。今回は舞台下手側LAブロックの座席だったので、打楽器群に間近で接することができたのだ。

■ハイライトは精密なアンサンブルを聴かせるブラームス



最後のブラームスはまさにこのコンサートのハイライト。やや速めのテンポながら骨格は堅固で揺らぎがなく、アンサンブルは精密でハーモニーを充実させる内声の動きもすべてを見通せる。第2楽章も最後の弦の重層的な響きを頂点として、分厚いのに混濁のないハーモニーがホール全体を満たす。この第2楽章終結部から第3楽章になだれ込むあたりから演奏の温度感は一気に上昇。音量の絶対値が一段階上がってティンパニと金管楽器のアタックは強靭そのもの。ホール最後部まで一瞬で到達するスピードと浸透力の強さが気持ちよく、聴きながら思わず口元が緩んでしまった。

第4楽章のパッサカリア(シャコンヌ)はすべての変奏の性格を的確に描き分けるペトレンコの意図が明確に伝わってきた。特定の旋律のアーティキュレーション(強弱などの表情)を演奏者全員が共有できるように身体の動きや指先の動きを工夫して、ペトレンコがイメージした通りの音がオーケストラから返ってくる。もちろん、集中度の高い濃密なリハーサルを繰り返したことは明らかだ。弦楽器が全員で演奏するピチカートはこれまで聴いたどの演奏よりも分厚く、音が遠くまで伸びていた。演奏会から1週間経ってもその高揚した空気が鮮やかに蘇ってくる。

ペトレンコの指揮はデジタル・コンサートホールで何度も見ているし、ベルリンのフィルハーモニーでも聴いている。だが、舞台横から間近に見ると、表情の変化はもちろんのこと、腕や指先の細かい動きがよくわかるし、そのきめ細かい指示を受けて演奏者が瞬時に反応する様子も同時に目に入る。指揮者とオーケストラの相互作用を目と耳で同時に体験するのはとても刺激的で、興味深かった。

来日前に行われたインタビューで、ペトレンコは自らのアイデアをオーケストラのメンバーと共有することを重視し、最終的に舞台の上で説得力のある響きが生まれるような演奏を目指したいと話していたが、今回はまさにその狙いが実を結んだ形で、稀に見るほど一体感のある演奏を体験することができた。作品への真摯な取り組みと、オーケストラのメンバーとのコンセンサスを大切にする姿勢。ベルリン・フィルの奏者たちが8年前にペトレンコを選んだのは、そこに理由があったのではないだろうか。ペトレンコとベルリン・フィルの関係は、いままさに緊密さの頂点を迎えようとしている。

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