【特別企画】シングルBAらしいクリアさと中低域を両立
NuForceに何があった? 新イヤホン「HEM1」がエントリー機の定番になりそうな高音質
この曲のベースは、実際にはもっと低い帯域に沈み込む音色で鳴らすのが正確な再生だとは思うが、現実問題としてシングルBAでそれは難しい。ならば次善の選択は、ベースらしい膨らみやドライブ感を演出するローミッドを軽くプッシュし、その存在感をほどよく強めることだ。
チューニングとしては王道の一つだが、シングルBAで音色や全体のバランスを維持したままそれを実現することは簡単ではない。先程説明した技術的な要素だけではなく、チューニングを行った開発チームのセンス、さじ加減の巧さもあってこそだろう。
また、ドライバーに何かしらの負荷をかけてチューニングしているとなると、その負荷にまさに「負けて」しまい、特に音の立ち上がりが乱れたり、もたついたりしそうなものだ。しかしこのモデルはベースもバスドラムも自然なアタックを確保。これもさじ加減の巧さのおかげだろうか。十分な効果を得られつつ目立つ悪影響は出ない、絶妙の負荷ポイントを見つけ出したものと思われる。
他の楽曲での特筆点もいくつか挙げておこう。ペトロールズ「表現」とジミ・ヘンドリックス「Stone Free (from "Valleys Of Neptune")」に共通する印象として、エレクトリックギターの音色をパキッと硬質な感触をしっかり出す方向で表現してくれた点がある。これは各ギタリストが録音した本来の感触におそらく近く、好印象だ。
とはいえ、さすがにシングルBAなので万能ではないという例としては、ペトロールズ「表現」とRobert Glasper Experiment「I Stand Alone」での重みや厚みの印象。バンドサウンドにしてもヒップホップ系のサウンドにしても、リズムの重量感、ディープなローエンドの再現性はさすがに万全ではない。
また、完全にすっきり系の個性を持っているので、こういったスモーキーな空気感というか薄暗い照明感というか、大人っぽい味わい深さみたいなものの表現は得意ではないとも感じる。
一方で、現代的なクリアさやスピード感のサウンドとは実に相性が良い。例えばアニメのOPテーマによくあるハイスピードハイテンション高密度な曲、その速さと情報量への対応力だ。
具体例としてMay'n「Belief」では、ドラムスの抜けっぷりとベースのローエンドの整理のおかげで音場に不要な余韻が残らず、その余裕と中高域のシャープさが合わさり、どれだけ音が詰め込まれている場面でもそれぞれの音が埋もれない。ブレークでは楽器の音がピタッとキレてくれ、一人残る声のリバーブの印象がより強まる。アップテンポでドライブしててキメが多い曲との相性は見事なものだ。
最もシンプルなドライバー構成の一つ、シングルBA。そのチューニング、音作りには侘び寂びさえ感じることもある。しかしこの「HEM1」のサウンドは好ましい意味で、侘び寂びなんてものはさっぱり感じさせない、素晴らしく爽快なものだ。
このわかりやすく気持ち良いサウンドは、エントリークラスでは特に大きな強みになるはずだ。日本市場を十分にスタディーしたこのモデルで「NuForceのイヤホン」は遂に、日本でもイヤホン分野での定評を得ることになるだろう。
(特別企画 協力:バリュートレード)