トップインタビュー
まず、商品力が大事。
そして、売れるための仕掛け作りがいのち
松下電器産業(株)
パナソニックマーケティング本部 本部長
牛丸 俊三 氏
Shunzou Ushimaru
いかにお店の平均単価を上げるか
いかに店頭での回転率を上げるか
これをいつも考えています
VHSで作り上げた日本発の
デファクトスタンダードを
DVDでも再現していきたい
情熱を持って
相対することによって
人はエネルギーが沸いてきます
先日発表された今9月期決算で見事にV字回復への道を歩み始めた松下電器だが、中でも、強力な商品の投入と強力なマーケティング戦略の展開によってパナソニックブランドの商品が特に好調だ。パナソニックマーケティング本部長として同社のマーケティングチームを指揮する牛丸俊三氏に話を聞く。
インタビュー ●音元出版社長 和田光征
最初に取り組んだことは
自由闊達な風土と組織作り
―― 牛丸さんが本部長に就任されてから、たいへん強力なマーケティングを展開されていらっしゃいます。先日発表された9月期の中間決算ではそれが見事に花開いたと思います。最初に牛丸本部長の組織運営に対するお考えをお聞かせください。
牛丸 企業という組織にとってリーダーがきわめて重要な要素だと思います。それとともに個々人の資質や、従業員がどれだけチャンピオンになってくれるかということも大切です。私がこの組織を作り上げるにあたって最も気を配ったことは、いかに優秀で情熱を持ったチャンピオンエンプロイーを増殖していくかということでした。そういう人がたくさんいればいるほど、その職場が強くなっていきます。企業は人が動かすものですから、そういう人たちがいないと自分が目指すところにいけません。そのためには、全員が自由な発言や思い切ったことができる組織であることが必要です。そこで、担当、主任、主事、副参事、課長、参事職、統括部長などという形になっていた従来の多層階組織を廃止して、担当とチームリーダー、グループマネージャー、そして私という4つの階層だけという非常にフラットな組織にしました。その結果、非常に生き生きとした組織になって、多くのチャンピオンエンプロイーが生まれてきました。
実際に仕事を進めていく上では、私よりも現場に近い人の方が知識も豊富ですし、能力も高いと思っています。ですから、彼らに仕事を任せるしかありませんが、そのためには従業員といかにコミュニケートしていくかが大切です。マーケティング本部の定例の社内会議は月一回だけで、それ以外は私の会議スケジュールはほとんどありません。必要に応じて次から次へとみんなが私の部屋にきて話をしていきます。そうやってコミュニケートしていきながら、チャンピオンエンプロイーの人たちに仕事を任せています。私の仕事は従業員の提案に対するエンドースメント(お墨付き)を与えることです。
私の言うチャンピオンエンプロイーとは、自分が実現したいことに対して周囲を巻き込みながらリーダーシップをとって情熱的に、突き進んでいく従業員のことです。
―― ジャックウエルチの本で、ベストプレーヤーがいてこそ戦略戦術が功を奏していくということを読んだことがありますが、まさにそういう環境ですね。商品的にも市場創造型の商品がタイムリーに出てきましたので、チャンピオンを作りやすい環境にありましたね。
牛丸 マーケティング本部はセールスとマーケティングの会社です。いかにして市場に商品を導入し、流通に買っていただき、エンドユーザーに対する回転率を高めていくかという流れを仕掛けていく。そして、そのフィードバックの中から、次の商品提案をしていくのがこの組織体の仕事です。実績が上がっていけば、仕事がどんどんやりやすい環境になっていきます。今年は非常にラッキーなことにほとんどの商品カテゴリーで打つ手、打つ手が決まってきました。商品グループや商務グループ、コミュニケーショングループ、営業グループなど、いろいろな部門のベクトルがひとつの方向に揃っています。今まで様々な職場を経験してきましたが、すべてのグループでベクトルがこれだけ揃っているケースはあまりなかったように思います。もちろん計画を立てる段階では喧々諤々の議論はありますが、いつも全体の中で自分が何をしなければいけないかということを全員が共有しあって周りの人の動きを見ながら活動しています。
周囲の人はすべてお客様
カスタマーケア運動を展開
―― いい意味でお互いに刺激し合ってそれぞれを高めているということですね。素晴らしいですね。
牛丸 私がかつて在籍したいろいろな部署でやってきた活動のひとつに、カスタマーケア運動があります。これは、カスタマーとはいったい何か。カスタマーが欲しているものは何か。内なるカスタマーと外なるカスタマーに対して、どんなサービスを提供していくかということについてのプロセスマネージメントを実践してきました。カナダとイギリスでやったときもそうでしたが、これをやると職場が非常にエキサイティングな状態になってきます。
日本でカスタマーというとエンドユーザーや販売店など直接商品を買ってもらう人に限定しがちですが、お客様にはいろんなセグメントがあります。たとえば、和田さんは今の私にとって一番大切なお客様です。社内の従業員も私にとってはお客様です。社長や専務も私のお客様です。社内のお客様もあれば、社外のお客様もあります。
―― カナダではどういうふうにやられたのでしょうか。
牛丸 組織が大きくなったり歴史が長くなると組織の中に垣根ができがちです。役職をかさにきて威張る人や、他の部門とコミュニケートしない人、あるいはお客様に対してきちんとしたサービスをしていない人が出てきますが、そういうことを排除する文化を社内に作っていかなければいけません。そのためには、まずトップがコミットすることが必須です。それぞれの部門のボードメンバーと合宿を何回も繰り返して、会社の抱えている問題点、真のカスタマーはどこに存在しているのか、そして、カスタマーケア運動では何をしなければいけないのかとかいうことの議論を何度もやりました。その上で中期的なターゲットを設定しました。ここまでがフェーズ1です。
次に、従業員にカスタマーとは一体何か、カスタマーケア運動にはこういう意味があるという意識付けのための導入プログラムを組みました。そして、内部のカスタマーに対して、職場や会社の中の問題を洗い出しました。ここまでがフェーズ2です。フェーズ3では、いよいよ、われわれはカスタマーケアを実践する会社なんだということを外部のカスタマーに対して宣言しました。これをやると、ありとあらゆる問題が出てきて、成功したときのエキサイトメントがすごいですね。
―― 全社員がいい方向に向けて燃えていなければいけないということですね。
牛丸 先ほども申し上げましたように、外部のお客様には販売店もあれば、販売会社もあります。そして最終的に製品を買っていただくエンドユーザーがいらっしゃいますが、それぞれのステージでサービスの提供の仕方が異なります。この運動を進めていく上で最も大切なことは、トップマネージメントが本当にそれを信じて、あきらめずにやるというコミットメントです。本人が信じていなくて、口先だけでやれといわれても従業員はついてきません。
組織の集約とフラット化で
市場に接近した動きを実現
―― マーケティング本部が本社のある大阪ではなく、東京に設けられました。これによってどういう効果がありましたか。
牛丸 昨年5月東京に引っ越してきたことも、この職場の自由闊達な雰囲気を作っている大きな要素だと思います。大阪を離れたことによって松下電器の中の一ビジネスユニットということではなくて、まったく新しいインデペンデントな企業を興すんだという、アントレプレナーシップの雰囲気が満ち溢れているように感じます。
―― 外から見ていてもそれは感じます。中村社長が就任されて以来、松下電器の大改革を進められてこられましたが、非常にいい形になってきたように思います。
特にこの半期は選択と集中が明確になされていて非常に強いマーケティングを展開されているという印象を受けます。生販もきちんとされて品切れによる売り損じも防がれています。売れる商品を明確に打ち出して、それを作る方と上手に連携されている。理想的な動きになっているように思います。
牛丸 実際には品切れ商品もいくつかありますが、昨年までとは質が違います。まず昨年とは比較にならないほどの数量が各カテゴリーでそれぞれ増えているということです。それからもうひとつ大きく変わった点は在庫責任を持つということです。従来の国内営業部は事業部営業が主体で、商品を仕入れるということをしていませんでしたので、営業部隊としての在庫の意識が希薄でした。
新しい組織では、営業・宣伝・広報・商品企画・仕入れなどパナソニック製品のマーケティングに関わるすべてをこのひとつのコンパクトな組織の中に集結しましたのでずいぶんやりやすくなりました。また、宣伝についても広報、WEB、販促と連動し、どのタイミングでどういう宣伝をするかを決めています。
先ほどもお話しましたように組織もできるだけフラットにしました。その結果、市場に接近し、素早い動きができるようになりました。
―― 商品企画や発注についても関連会社を含めて、非常に細かく行われているというお話をうかがっていますが。
牛丸 ムービーやDVDレコーダーなど各商品グループのメンバーがこの本部にいますが、その人たちがそれぞれチャンピオンになって素晴らしい仕事をしてくれています。彼らは今まで購買を経験したことのない人たちですが、あっという間にプロフェッショナルになって、四六時中マーケットの情報を掴みながら年間52回、週単位で事業部に発注しています。しかも、在庫が計画以内にピタッと収まっています。商品の回転率が上がりましたのでキャッシュフローがとても良くなりました。また、滞留在庫が非常に少なくなって、30日以内のフレッシュな在庫のウェイトが非常に高くなった結果、拡売費や店頭での処分費用も減って収益面でも貢献しています。
厳しい流通環境の中で
高くても売れるパナソニック
―― 御社には多様な流通形態がありますね。系列店もありますし、一方では巨大な流通がどんどん力をつけてきて地方の拠点にも進出しています。価格に強いところがますます強くなっていく一方で、地域に密着したお店の強さも目立ちますね。
牛丸 今年はわれわれにとってラッキーでした。PDPやDVDのような高額商品が爆発的に売れています。しかも上級機が良く売れる。地域専門電気店さんが大変伸びている一方で、量販店さんも伸びています。テレビや冷蔵庫のように取り付けが必要で故障したら困るような商品は地域電気専門店さんの得意分野で、プラズマの販売に非常に力が入っています。一方、量販店さんには平均単価の落ち込みに対する危機感が強い。PDPやDVDのような高額商品は単価アップにつながりますが、特にパナソニックの商品は高付加価値の製品が多く売れています。たとえば、プラズマでは、チューナーが別ボックスの37インチもありますが、価格が高いにもかかわらず42インチのチューナー内蔵型の方が圧倒的に売れています。厳しい流通環境の中にあって、高くても売れる商品をわれわれが提供できているということで、量販店さんからも強いサポートを受けています。
一部の新聞では「松下はなりふりかまわず、マーケットシェアを取りにいっている」という意地の悪い書き方をされて非常に困っています。そんなことは微塵も考えていませんし、社内でもそんな話をしたことは一度もありません。われわれがいつも考えていることは、いかにお店の平均単価を上げていくか、いかに店頭での回転率を上げていくか、そのために市場に対し、いかに新しい価値を提案していけるかです。そしてわれわれも流通の方と一緒になって活動していこうということです。
成熟分野でも大きく伸張
トータルでパワーアップ
―― PDPやDVDなど付加価値の高い市場創造型の商品をすべてのジャンルで投入されているのは御社だけですからね。
牛丸 昨夜もある販売店さんの幹部の方に、高付加価値商品を販売していくための仕掛け作りやスピードなど、今まで考えられなかったほどのパワーコミュニケーションができる会社になったとおっしゃっていただきました。非常にありがたいことだと思っています。
―― 予想以上の売れ行きとのことですが、流通からの要求はもっと多いでしょう。
牛丸 中村社長からは在庫切れを撲滅しろと言われますが、全員が神様でない限り削減することはできても撲滅することはできませんと答えています。まず商品アイテム数が何千とあります。それから、今期の4 │9月の実績では、ハイビジョンテレビが昨年の2・6倍、プラズマは6・2倍。DVDレコーダー2・5倍、ミニコン1・8倍、ムービー2・7倍、電話が7・2倍など、同じカテゴリーでも昨年とは比較になりません。しかもDVDレコーダーで使っているシステムLSIのように2年前に仕込みをしておかなければいけない部品もあります。それで百発百中とはいきません。
―― 興味深いのは、プラズマやレコーダーだけではなく、オーディオも2倍近く伸びている点ですね。新規の成長商品群だけではなくて既存の商品群も伸びているということは、まさに、パナソニックのトータルの力が強まってきたということですね。
牛丸 特定のカテゴリーだけが引っ張っているわけではなくて、いろんなカテゴリーにわたって良くなってきました。これは単に商品が強いとか、他社よりもコストパフォーマンスがいいということだけで実現できることではありません。回転率を上げるための仕掛け作り、効果的でタイミングのいい広報活動や宣伝活動、店頭販促、精度の高い商品の発注など、いろいろな角度から詰めていかないとヒット商品は生まれません。こういう仕掛け作りが結果につながっているということです。マーケティング本部が発足した当初は、新聞社など一部のマスコミには工場と喧嘩するのじゃないかとか、工場に牛耳られてしまうのではないかとかいろいろ言われましたが、今、工場とマーケティング本部は非常にクリエーティブでいい関係になっています。パナソニックマーケティング本部ができてから、非常に丁寧にしかも早く商品を導入してもらえるようになった。回転率も上げてくれたということで、工場の人たちがわれわれに敬意を払ってくれています。
イージーネットワークの世界を
実現するSDメモリーカード
―― 年末年始商戦でのパナソニックの展開はいかがでしょうか。
牛丸 PDPを中心とした大画面ディスプレイとDVDの普及が最重要テーマです。
今年の4〜9月の工業会のメーカー別出荷実績では金額で前年比101%でした。その中で伸びたのはDVDなど一部の商品で、他の商品はほとんど落ちています。この年末についてもその傾向は変わらないと思います。すぐには景気や失業率が改善されることも期待できません。ただ、その中でいくつかの大きな変化が起きています。ひとつはテレビの文化が変わっていくということです。大画面化・高画質化・薄型化がものすごい勢いで進んでいて、平均単価が大幅に上がっています。テレビをバックアップするものとしてのビデオの文化も変わってきました。テープからディスクへ、アナログからデジタルへの急速な変化です。松下が作り上げたVHS文化は、メイドインジャパンのデファクトスタンダードとして全世界に広がりましたが、DVDでもこれを再現したいと思っています。
それから、SDメモリーカードを強力に訴求していきたいと思っています。SDメモリーカードは、メモリーカードの世界ですごい勢いでシェアアップが進んでいます。私は「イージーネットワークの世界」と言っていますが、デジタルを簡単に楽しむためのブリッジメディアとしてSDメモリーカードは大変便利です。たとえばDVDレコーダーのDMR|HS2では、SDカードを差し込むだけで、パソコンを介さずにデジカメで撮ってきた映像を楽しむことができます。
プリンターのAV10でもPCを介さずに、デジカメのSDカードを差し込むだけで撮ってきた写真を印刷したり、ケーブル1本でテレビにつないで見ることができます。
SDカード用のスロットをもったテレビやプラズマ、プロジェクター、プリンターなどの製品が今後どんどん出てきます。いろいろな機器にSDカードが使えるようになれば、パソコンがなくてもデジタルAVを簡単に楽しむことができるようになります。いわゆるデジタルデバイドを感じさせないような世界を作り出していけるということです。また、デジタルがわかっている人にとっても、オンザゴーで、いろんなところで使うことができるようになります。
―― 昨年の本誌のインタビューで、お客様はつないで楽しんで欲しい。販売店はつないで儲けて欲しいと言われていました。
牛丸 ホームシアターシステムを年末までに2モデル追加投入して全部で3モデルにします。来年はもっとブラッシュアップしていくつもりです。海外も含めて今まではサラウンドシステムの添付率が少なかったんですが、少しづつ増えています。お客様は大画面テレビは音も良いと思われていますが、AV機器の中でテレビほど困った代物はありません。高いお金を払って大画面テレビを買われたお客様には音に対して不満が残ってしまう。サラウンドシステムの添付率を高めることで、お客様の不満を解消して大画面の魅力を存分に楽しんでいただくことができます。つないで楽しむという点では、デジカメやプリンターもそうです。ユビキタスとか何とか難しい言葉でしゃべるのではなくて、もっとわかりやすい形でエンジョイしていただきたいと思います。そして流通の皆様方にも儲けていただきたいと思っています。
―― 次々といい商品が出てくると、それをどうやってお客様に提案していくかということが大切になってきます。販売店は商品を並べて終わりということではなくて、10年くらいのスパンで、いつ、どういう商品をお客様の家に入れていくかということをデザインしてあげなければならないということを私は常々申し上げています。
牛丸 そうですね。そうしていかないと、このデフレ経済の日本の中でなかなか生き残っていけないですよね。
女性がAV機器を選択
拡大するAV機器市場
―― 来年には、国内のDVDの販売台数がVHSと逆転しそうですね。
牛丸 2004年にはDVD全体の需要が500万台、うち300万台以上がレコーダーになると思います。私の妻とレンタルビデオ屋さんにいくと彼女はまずDVDのコーナーにいくんですね。理由を聞くと画質がいいというのですよ。家庭の主婦が画質のことを言う。時代が変わったと思いますね。
量販店の店頭でもお母さんと娘さんがプラズマを見て、これじゃないと駄目だという。そうするとお父さんは買わざるを得ないんですね。こんな光景を何度も見たことがあります。日本では女性がAV機器に対して主導権を握るようになってきましたが、これには2つの理由があるように思います。ひとつは、ばらばらになった家庭の中が大画面のプラズマが入ることによって、家族がそこに集まってくるということ。そして女性が本来求めている美しい画面が非常に薄いディスプレイで楽しめる。これが支持されている理由です。これはいいことだと思いますね。そういう意味ではマーケットが非常に拡大してきています。
―― 昔のオーディオでは考えられなかった世界ですね。かつてテレビが家に初めて入った時には、家族がみんな居間に集まりましたが、プラズマが登場したことによって、再びそんな感じが起きているような感じがします。
牛丸 以前、和田さんにインタビューされたときに申し上げた家庭のリユニオン化が起きているということだと思います。昨年の夏、ショップ店さんでそういう現象が特に強かったですね。田舎のお爺ちゃん夫婦の家に息子夫婦が孫を連れて帰ってくる。その前にプラズマを付けてくれというのがたくさんあって大変でした。当時は物が全然足りませんでしたが、お爺ちゃんやお婆ちゃんはもっと孫に頻繁に帰ってきて欲しいわけですよ。息子夫婦はまだお金がないからプラズマはなかなか買えない。でも、その時に田舎のお爺ちゃんのところにいけばプラズマがあってゲームができたりすれば、お爺ちゃんのところにいこうよということになりますよね。
―― これだけ高価な商品でありながら、ユーザーに喜ばれる商品はなかなかありませんね。
牛丸 新聞社などのマスコミからは1インチ1万円の時代はいつくるかというステレオタイプの質問ばかりする人が多いんですが、そんなことじゃないんですよ。たしかにプラズマは高い。でもね、それがこれだけヒットするということを考える必要があると思います。もちろん安いに越したことはないかも知れませんが、安くなければユーザーが動かないということでは決してありません。
―― 価格を下げると画質も悪くなってしまいます。こういう商品は高くても画質がしっかりしていればいいと思います。
牛丸 安すぎたら人間が粗雑になりますね。日本はそういう国ではないと思います。生糸を生み出した国、絹織物の国、毛織物の国、それから金細工の国じゃないですか。日本のお客様は何も安いものだけを求めているわけではありません。自分の生活のレベルをもっと高めたいと思われている方がたくさんいらっしゃいます。プロジェクターのAE200と300を同時に出したら高画質タイプのAE300の引きがものすごく強い。安いものよりはいいものをという日本人の良さがここに出ていると思います。本当にいいものをしっかり選択して買っていただける。日本人はそういう価値観のわかるインテリジェンスを備えた国民です。ですから、われわれメーカーとしてもしっかりしたものを売っていきたいですね。
安物しか売れない国になったら寂しいですよ。そういう意味ではわれわれメーカーの責任は大きいと思います。
顧客のセグメントを絞り込み
ターゲットマーケティングを徹底
―― 今、団塊の世代が市場で非常に大きな役割を担ってきています。彼らは映画で育った世代で、特に女性に映画好きの方が多い。一方で、団塊のジュニアが30代にあがりつつあります。いろいろ調査をしてみるとこの30代の購買力が非常に大きいという結果が出ています。なぜかというと親からの援助があるんですね。子供が生まれたり、家を建てるときに親からの援助がある。ですから生活をエンジョイできるものに対しては高額商品でも簡単に買えるんですね。特にDVDは、この年代層の7割から8割もが欲しいというデータが上がってきています。団塊の世代にあたる50代とそのジュニアの30代がこれから非常に重要な市場になっていくと思います。
牛丸 団塊ジュニアの人たちは意外とブランド指向なんですよね。
―― ただ、そのブランドに対する見方が変わってきています。たとえばプラズマのような新しい商品はテレビの延長線上でブランドを判断していません。
牛丸 そうですね。その世代の人たちは非常に良く勉強しています。今ヒットしている商品に非常に敏感です。
セグメントによってブランドのイメージはずいぶん違いますね。
―― 年齢が下がっていくほどそうですね。40歳代以上の人が持っているブランドイメージと30歳代以下の人とではずいぶん違います。
牛丸 われわれの調査でもそうですね。今、オーディオでPM57MDがたいへんな勢いで売れています。パナソニックブランドのオーディオ製品がここまで売れるというのは、まさにそういう意味だと思います。
―― ユーザーの指向するところに商品がピタッと合っているということでしょうね。この層のユーザーはクリエーティブに楽しみたいとか、デザインも含めて自分がどう楽しみたいかということを基準に商品を選択しています。決してブランドだけで選択しているわけではないですね。
牛丸 そうですね。PM57MDは少々高くても5枚チェンジャーで、しかもそれが5倍速でMDに録音できるということで売れています。どこに顧客層があるかということをきちんと絞り込んだターゲットマーケティングが大切ですね。そういう意味では「ようこそプラズマリゾートへ」という宣伝が、今年の宣伝の中で一番クオリティーが高かったといろんな方から言われます。あの宣伝では、女性がご主人と一緒に日常の生活から脱却してきれいな世界に行きたいという願望をうまく伝えることができたように思います。プラズマリゾートはまさにそういう人たちがターゲットです。
今後の課題はチャンピオンの輩出
と継続的なヒット商品の創出
―― お客様のセグメントに合わせたマーケティングをやっていかないと、結局どのセグメントもとれなかったということになってしまいますね。
牛丸 われわれは総合ラインナップメーカーですから、いろんなことを考えながら商品企画をやってかなければいけないという難しさがあります。最近、よく新聞記者の人たちから、パナソニックが成功したのはわかったけど今後の課題は何かと質問されます。パナソニック全体での課題はたくさんありますが、マーケティング本部に限ると2つです。ひとつは、ここの従業員がますますチャンピオンになっていくような世界を作っていきたいということです。それぞれの部門のプロフェッショナルで、なおかつ情熱を持って仕事をやってくれる人をいかにこのパナソニックマーケティング本部の中から継続的に輩出していけるか、全員がモチベーションを持って、常に自分自身の向上を求めて仕事に取り組んでいくということです。
もうひとつは、われわれはメーカーですから、いかにしてヒット商品を継続して出し続けていけるかということです。今、売れている商品を超える強い商品を継続的に出していくということが大切です。その2つが課題ですと、いつもハンで押したような答え方をしています。そこでボタンの掛け違いが起こるとどんな企業でも駄目になってしまうと思います。
―― 今、売れている商品の続きを作るのではなくて、まったく新しい世界を作っていくようなものを出していかないと落ちていきますね。
牛丸 今年発売したDMR │HS2には、PCスロットがビデオの前にポンと付いてパソコンなしで楽しめるということで、業界が驚いたと思います。気がついてみたら、こんな簡単に楽しめるものはないと。そういう発想ですよね。それから、PDPではチューナー外付けが当たり前だった時に本体に内蔵したこともそうです。商品企画にはそういうエキサイトメントが必要ですね。
―― インターネットの普及が始まった95年以前と以後では、まるっきり世界が変わりました。彼らはPCを手足のように使っています。今、言われたような製品を最も欲しがっているのはまさにこの人たちです。
牛丸 そうですね。ただ、いかにPCを手足のように使いこなす時代になっても、人間の感情はフェース・トゥー・フェースでないと伝わらない。情熱を持って相対することによって、人のエネルギーが湧き出てきます。常に相対してコミュニケーションしていくこと。いつの時代にあってもこれが私は一番大切だと思います。
PROFILE
Shunzou Ushimaru
1944年5月5日生まれ。長崎県出身。1968年入社後、ほとんど海外勤務。国内事業部担当、およびカナダ、イギリスでは現地法人の社長を歴任。2000年より国内営業担当。趣味はオペラ鑑賞、映画鑑賞、スキューバダイビング他。