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(株)ケンウッド 河原春郎 氏 事業構造の転換を果たし、 ケンウッドの再建が順調に進んでいる。 新商品の開発や事業そのものの
オーディオ事業を ―― まず最初に社長としてケンウッドにこられた時の印象をおきかせください。 河原 昨年の5月末に突然、ケンウッドの社長を頼まれた時には、まさかと思いました。この業界のことはいろいろ勉強していましたので、大体の様子はわかっていました。当時、当社が債務超過であったことは、もちろん分かっていましたが、ビジネスそのものは、キャッシュフローも良くて、とてもいい会社だと思っていました。ブランドは大変素晴らしいですし、社員の人たちも非常にしっかりしています。ただ、過去のいろいろな負の蓄積が体力を超えてしまっていたために、経営的に持ちこたえきれなかったということでした。ですから、なんとかそこを処置すれば、復活するだろうという確信は最初からありました。 ―― 従来の企業再建では、成熟事業分野を分離して成長性の高い事業分野に特化する手法が一般的でした。ところが、河原社長は成熟産業としてのカー、ホームなどのオーディオや無線を、事業再建の柱に据えて、世の中を驚かせました。 河原 成長事業は新しく立ち上げていくわけですから、自動車で言えばアクセル踏み込んで加速しているような状態です。これはガソリンを大量に使いますので、よほど体力がないと持ちません。一方、成熟事業は巡航速度で走っているわけです。少し速度が落ちても軽くふかせば上がってきます。 私は成熟事業の魅力を非常に強く感じています。市場の成長性が見込めないので、競争相手は次々と撤退しています。そこに勝負をかければ一気にシェアを広げることが可能です。赤字続きだったホームオーディオ事業は、その最も代表的なもので、非常に魅力的な事業です。当社の財産は高度な音質技術ですが、音質エンジニアを育てるには大変長い時間がかかります。他社が同じようなエンジニアを育てようとしても、すぐにはできません。またホームシアターの普及も追い風になります。 従来、日本の経営者は、ハイテクを核にした成長性の高い事業がいいと思い込んできたように思います。ところがハイテク成長事業はライバル企業が多く、しかも市況や市場の景気に大きく振られます。半導体がその典型です。 今の日本の産業は成熟事業になっているものが大半です。したがって高度成長期とは経営の発想を変えなくてはいけません。過去の高度成長時代の成功体験が今の時代に合わなくなってしまった部分が出てきているからです。 高度成長期と成熟期では、企業再生の方法は違います。今回の再建にあたっては、単にケンウッドの再建ということだけではなくて、成熟産業が多い日本の産業が復活していくための例題として取り組んでいきたいと思っています。 DESと第三者割当増資で ―― 事業構造の改革と併せて、財務構造も大きく変えられましたね。 河原 日本の大半の企業は、事業資金を銀行などの金融機関から借りて賄ってきました。いわゆる借金経営です。ところが、今のような時代になると銀行も体力が落ちていますので、貸付先の業績が悪くなると、すぐに回収に動きます。借入金を原資にした経営では、元本を回収されたらひとたまりもありません。 これに対して、株式などの資本市場から集めた資金は、業績が悪くなったからといってすぐに回収されることはありません。長期投資の原資は資本金で集めなければいけないというのがアメリカなどのグローバルな経営の原則です。 高度成長期では銀行からの借入金を常に借り換え続けることができたので、本来は借入金であるにもかかわらず、あたかも資本金のような使い方をすることができました。また、インフレの時代は設備などの資産を借金で買っても、資産の価値が上がっていくので、元本の返済には困りませんでした。これが日本の高度成長時代を支えてきましたが、今のようなデフレの時代には、資産価値が下がって元本を割ってしまいます。その時に借入金を回収されると、ビジネスで儲けたお金を借金の返済に回さざるを得ず、せっかく稼いだお金を次の事業の再投資に使えません。これが、今、日本で起きている深刻な問題の構造的な原因です。 以前の当社はその典型みたいなものでした。借金が多く、いろいろ手を出して失敗した結果、赤字を積み上げて債務超過に陥っていました。したがって再建にあたっては、一刻も早くこの財務構造を変えていくことが不可欠でした。 ―― 財務構造の改善でも、新しい手法を用いられましたね。 河原 デットエクイティースワップ(DES)と第三者割当増資によるフレッシュマネーの導入を組み合わせて資本を増強しました。この2つを同時に行ったのは、日本で初めてだそうです。DESでは、借入金が株式に変わりますので、資本構造が一変します。当社は国内で16社もの金融機関から貸付を受けていましたので、全社からの合意を得ることは至難の業でしたが、皆様からのご理解を得て実現することができました。 新しい投資家からの資金導入にあたっては、今後の事業そのものの見通しが問題になりました。結果的に当社の事業の将来性が高いという評価を得ることができて、20億円あまりの新規のフレッシュマネーを投入していただけました。その結果、債務超過を解消でき、財務構造を健全化していくための道筋が見えてきました。 ―― 事業分野や財務構造の変革とあわせて、同時に大胆なリストラも実施されましたね。 河原 これは時間をかけられない問題でしたので、6月27日に社長に就任した2週間後の7月11日にアクションプランをまとめて、すぐ実行に移しました。昨年3月時点では、連結で8820人の従業員がいましたが、今年の3月までにその40%ほどにあたる約3900人減ります。工場も3つ閉めましたが、その結果、生産が逼迫したかというと、そうではありません。撤退した事業もありますから、すべてが余剰だったということではありませんでしたが、それだけ効率が悪かったということです。 ホームシアター分野を強化 ―― カー、ホーム、無線と事業を3つの分野に絞り込まれたわけですが、携帯電話事業への対応は早かったですね。 河原 携帯電話事業は競争が厳しいだけでなく、メーカーにとって非常にリスクの高い事業です。1モデルの開発費が30〜50億円もかかりますが、商品ライフは半年しか持ちません。仮に50万台の計画を立てて、10万台しか売れなければ、残りの40万台は捨てることになります。当社の体力では、こういう事業には耐えられませんので、撤退することを決めました。 ―― 今後のコア事業のひとつの柱としてのホームオーディオでもラインナップを整理されましたね。 河原 特に大きな問題は海外市場を中心に展開していたミニシステムでした。これは日本ではあまり見られませんが、ラジカセを大きくしたマイクロコンポのようなもので、アジアを中心に大変流行しました。商品の購買層は若者層で、あまり高いものは買えません。当社もそこに注力していましたが、競争が激しく値段がどんどん下がってきて、お金をつけて売っているような状態になっていましたので、この分野から撤退しました。 収益構造の改善という点では、これが非常に大きく効いています。これは日本市場だけですが、ラジカセなども同じで、大変厳しいビジネスでした。 ―― ホームシアターが大きな市場に成長してきましたが、この分野への取り組みはどうされるのでしょうか。 河原 ホームシアターは、アメリカやヨーロッパ市場でトップシェアを争っていますが、国内にはほとんど持ち込んでいませんでした。少し前まではある量販店さんなどに行っても、当社のコーナーがないような状態でした。当社はピュアオーディオで一世を風靡した成功体験を持っていたことから、そこがケンウッドの仕事だというふうにみんな信じてやっていました。その結果、ホームシアターの分野に出遅れて、結果としてお店でのプレゼンスがなくなっていました。 私は、当社にきた時からホームシアターに力を入れようと言い続けてきました。最近では店頭のコーナーの一角を占めるようになってきて、ようやく店頭でのプレゼンスが出てきました。 リストラは実施すればすぐに効果が出ます。しかし、新商品の開発や、事業そのものを立て直すには時間がかかります。ですから何段構えもの手立てが必要です。 ―― 3本柱のひとつとしてのカーオーディオ事業が順調ですね。 河原 カーオーディオは当社の売上げの半分以上を占めるほどの大黒柱に育ってきましたが、これはホームの経験があったからできたことです。ホームオーディオによって培われてきた音質技術こそが、当社のコアコンピタンスです。 ―― ホームオーディオの分野では、スピーカーでも新製品を出されましたね。 河原 スピーカーもフロア型のものがありませんでしたので、アメリカで販売していた製品をベースに、日本向けにアレンジしてスタートを切りました。国内ではフロア型スピーカーはしばらく出していませんでしたが、海外市場では展開していましたので蓄積は十分にあり、早期に対応することができました。ピュアオーディオの分野では、昨年10月にマイクロコンポのSK―3MDに加えて、SK―5MD、さらにSK―7PROというハイエンド寄りの製品も出しました。ピュアオーディオの需要は、かなりホームシアターに入れ替わってきています。そういう環境の中で、当社では少し開発時期の古いモデルですが、K,sという非常にハイエンドのピュアオーディオを今でも売っています。こういう分野も我々のアイデンティティーとしてきちんと展開していきたいと思っています。 ビジネスには、その芯になる 新しい時代の商品として ―― 新しい分野への取り組みという点ではいかがでしょうか。 河原 ホームシアター、ピュアオーディオを主力にしながら、次に力を入れていくものとして、ネットオーディオがあります。アメリカでは「ソブリン(SOVEREIGN)」という新しいハイエンドブランドを発表して、今年ですでに2年目になります。 ソブリンは、非常にハイエンドな商品群で、家庭内LANを経由してどの部屋でも楽しめるという考え方を持っています。また、カーオーディオとの連動も可能で、ソブリンで作ったディスクを車内に設置された「ミュージックケグ(MUSIC KEG:音楽の樽という意味)」と呼ばれるオーディオステーションに挿入することによって、車内でも楽しむことができます。 この開発には過去3年間で12億円をかけてきました。ソブリンを構成するDAVアンプやDVDプレーヤーなどは、すべて「アントレ」と呼ばれるコンピューターをハブとしてコントロールされます。 また、ソブリンを特徴付けるもののひとつに「DVDメガチェンジャー」があります。これは一台のDVDプレーヤーに400+3枚のディスクが入るもので、インターネット経由で、ディスク情報を見ながら見たいディスクを選択することができます。一種の家庭内ジュークボックスのようなもので、業界ではじめての製品です。このDVDメガチェンジャーをさらに最大3台まで組み合わせることによって、1200枚のDVDをストックしておき、それをいつでも引き出せるシステムを、今年1月にラスベガスで開催されたCESで発表しました。 ソブリンシリーズは、今のところアメリカだけでしか発売していません。ハイエンド商品ですので、爆発的に売れるような性格のものではありませんが、当社の新しい方向を示す商品として、ぜひ世界に広めていきたいと思っています。 ネット関係はセキュリティーの問題やダウンロードの規制が国ごとに違いますので、アメリカで販売しているものをそのまま日本に持ってくるわけにはいきません。この調整に少し時間がかかりますが、ケンウッドブランドの先進性を一度アピールしたいということで、日本市場でもできるだけ早く導入したいと思っています。 ケンウッドらしい商品を ―― 商品作りの面で組織も変更されるのでしょうか。 河原 商品の魅力とコスト競争力のを高めることによって、ホームエレクトロニクス事業を本格的に立て直すために、新しい組織を作りました。 商品面でのケンウッドらしさをできるだけ早く復活させるために、ホームエレクトロニクス事業部の中に、ジャパンプロジェクト、USAプロジェクト、ユーロプロジェクトという3つのプロジェクトを立ち上げました。各プロジェクトでは、商品企画からマーケティング、技術、エンジニアリング、品質管理、トータルでの損益責任までのすべてを担当して、それぞれのマーケットにあった製品を開発していきます。 また、3月1日に生産革新推進本部という組織を発足させました。これは私自身が推進本部長になって、コストと棚卸資産の削減をしていきます。KENWOOD・Quarter・QCD Revolutionというキャッチフレーズを掲げています。Qはクオリティー、Cはコスト、Dはデリバリーの略です。目標は、不良率、固定費、注文から出荷までのリードタイムをそれぞれ4分の1にすることで、これによって全体で30%のコストダウンと棚卸資産の半減を目指しています。 ―― オーディオをコア事業のひとつにされることは我々も大賛成です。社員の皆さんの士気はいかがですか。 河原 当社の社員はみんなオーディオが好きで、ケンウッドのブランドに愛着を持っています。ただ、ここ数年、どちらかというと売上げやコストダウンが求められて、技術者たちは本来の腕を振るう機会に恵まれていませんでした。その彼らが、今回、音で会社の将来を切り開いていけるということで、大変意欲的に取り組んでくれています。 ビジネスをやるためには、その芯になる能力が何なのかをはっきりさせないといけません。形だけ作っても魂が入りません。当社のオーディオのコアコンピタンスは音質です。そして、長年のプロがいることが財産です。その人たちにもう一度、脚光をあてていきたいと思っています。今年の3月1日に音質研究室を作り、彼らを音質マスターとして、きちんと処遇していこうと思っています。 カー、ホーム、無線事業を ―― 3年後のケンウッドの姿をどのように想定されているのでしょうか。 河原 私は着任早々に「新鮮な驚きと感動で人々に幸せな気持ちを創ろう」というビジョンを掲げました。モバイル&ホームマルチメディアという、まさに21世紀の初頭に最も期待を持てる事業分野において、世界でもっともプレゼンスのある企業を目指して事業展開を図っていきます。モバイル&ホームマルチメディアシステムの分野でリーディングカンパニーとしてのポジションにありながら、フラッグシップモデルもラインナップして、ブランドイメージを定着させていく。こういう会社を、今後3年以内に再構築するのが大きな目標です。 今、全社的に中期計画の策定に取り組んでいるところですが、3年後には、再建の成果を出し切っていきたいと思います。経営的には、復配できるようにすることなどがありますが、商品面では、ホーム事業が本格的に黒字化し、ブランドにふさわしい業界での位置付けをもう一度取り戻していきたいと思っています。 たとえばホームシアターは、アメリカやヨーロッパでは、トップシェアを争っています。カーオーディオ事業のシェアは、ヨーロッパでナンバーワン、アメリカでは2位です。こういうトップブランドとしての基盤をさらに強化していきます。マーケットはまったく異なりますが、無線機器もプロフェッショナルな通信の世界で、世界シェアナンバー2です。これら3つのナンバー1やナンバー2のビジネスをコアに再建を完了して、確固たる企業基盤を整備していくことがこれからの3年間の最大のテーマです。 昨年は、リストラを行いましたので売上げは落ちますが、事業構造が大幅に改善されました。これをベースに、大きな成長を求めるのではなく、コア事業の中でステディーな成長を図って利益をきちんと出していきたいと思っています。 新しい要素や商品を提案して ―― 最後に読者の皆様にメッセージがありましたらお願いします。 河原 まず第一に、業界そのものを盛り上げていきたいと思っています。成熟した事業で一番重要なことは、お客様にとって魅力のある新しい要素や商品を提案し続けていくことによって、その事業分野を活性化させていくことです。 オーディオは世界の市場で日本がまだ主導権を握っている分野です。将来もこの分野で日本がリーダーシップをとっていけるように、業界でお互い切磋琢磨していきたいと思います。 当社の場合、一般的なオーディオメーカーに比べ、今後のモバイル&ホームマルチメディア製品のシステム化に重要な役割を担う無線通信分野のコアテクノロジーを保有しています。 今後、こうした得意技術と組み合わせていくことによって、コンポやカーナビといった単品ではなく、これらをシステム化して、お客様にとってより有用で付加価値の高い製品を生み出して生きたいと思っています。 新しい分野としては、もっと広い意味でのエンターテインメントのサービスも提供していきたいと思っています。 たとえば、ソニーさん、パイオニアさん、シャープさんと当社の4社で、エニーミュージックという音楽のプロバイダービジネスを旗揚げしました。また、カーマルチメディアの衛星放送にも出資するなど、モバイルのサテライトにも取り組んでいます。そういう新しい分野にも関わりをもちながら、業界全体を盛り上げていきたいと思っています。
◆PROFILE◆ 1939年3月9日生まれ、1961年3月東京大学工学部電気工学科卒業、1961年4月(株)東芝入社、1996年6月同社取締役、1997年6月同社常務取締役、1998年6月同社上席常務、2000年6月同社顧問、2000年7月リップルウッド・ジャパン・シニア・アドバイザー、2002年6月(株)ケンウッド代表取締役社長(現任)、2002年7月(社)電子情報技術産業協会理事 |