トップインタビュー

松下電器産業(株)専務取締役
パナソニックAVCネットワークス社
社長

大坪文雄 氏
Fumio Ohtsubo

 

3Dバリューチェーンの
インフラが確立
新たな成長フェーズに入る



「破壊から創造へ」を掲げて大変身を遂げた松下電器。同社では破壊の過程を終えて、創造のステップを突き進む。躍進するパナソニックのAV、PC、ネットワーク商品を担当するパナソニックAVCネットワークス社は「3Dバリューチェーン」コンセプトを掲げて新たな価値創造の連鎖を積極的に展開する。同社の大坪文雄社長にドメイン体制になってからの新たな動きと今後の戦略を聞いた。

3Dそれぞれが頑張りながら
セグメント全体にまたがった
付加価値提案をしていきます

これから大事なことは
最終消費者を視点に置いた
経営ができるかです。

3Dバリューチェーンを
構成するインフラが確立

―― パナソニックAVCネットワークス社(以下PAVC社)では3Dバリューチェーンを核にした事業展開をされています。まずその現状から伺わせてください。

大坪 松下電器では2003年1月に新たにドメイン制を発足させました。これにあわせてPAVC社では3Dバリューチェーンコンセプトを打ち出しました。それからほぼ一年経過しましたが、着実に事業環境やわれわれの経営基盤が整ってきました。 この3Dとは、SDメモリーカード、DVD、DTV(デジタルテレビ)の3つのDを表していますが、その中核になる半導体メモリーカードのSDメモリーカードの普及が急速に進んでいます。当社では月産300万枚の月産能力を持っていますが、全然足りません。 セキュアで、大容量、高転送速度しかもコンパクトなSDメモリーカードがブリッジメディアになって、デジタルスチルカメラやD・snapが育ってきました。携帯電話でもSDがどんどん採用されるようになってきました。 SDメモリーカードがブリッジメディアになって様々な商品が繋がっていくという「SDワールド」の構築が進んでいます。 D・snapはそこから生まれた新しいコンセプトの商品ですし、デジタルスチルカメラへの分野にも参入しました。デジタルスチルカメラでは松下電器は最後発ですが、当社の光学技術と電子技術を活用して、いいポジションを獲得しています。 DVDもポストVHSということで、非常に大きな広がりになってきました。

―― デジタルテレビでは昨年新たに「ビエラ」という新しいブランドを導入されました。

大坪 3Dの中で最も大きなものは薄型テレビです。ブラウン管からフラットパネルへと革命的な転換が進んでいる中で、地上放送のデジタル化が始まりました。ソフトのインフラが変わる時に、ハード面でもキーデバイスが大きな技術革新を遂げるということで、非常に大きなビジネスチャンスの到来です。 SD、DVDそしてデジタル放送に合わせたフラットパネルのデジタルテレビという3Dが、それぞれの商品分野で広がりを見せていますが、さらにそれらが繋がってバリューチェーンを形成してきています。 プラズマテレビや液晶テレビにはSDスロットがついています。DVD録画機のDIGAにもSDスロットがついています。まだまだ小規模ですが、パナソニックのパソコンにはDVD・RAMのドライブがついています。もちろんLUMIXやD・snapの記録メディアはSDカードです。 このように3Dバリューチェーンを構成するインフラが確立してきました。AVメーカーでは2003年から始まった地上デジタル放送を追い風として、2004年度から成長フェーズに入っていくことは間違いありません。

ドメインとセグメントで
有機的な活動を展開

―― 中村社長は「破壊は終わった。いよいよ創造の四合目くらいに届いてきた」と言われています。松下電器の大きな変革の中で、PAVC社が大きな牽引役になりましたね。

大坪 かつての事業部制から新しいドメイン制に変革された時に、PAVC社の母体に大きな変化はありませんでした。そればかりでなく、プラズマパネルを担当していたディスプレイディバイス社とPAVC社が経営的に統合しました。これによってプラズマを中心にAVCの事業をさらに成長させやすいような形でドメインになりましたので、われわれがそれなりの役割を担わないと破壊から創造へのステップにはいきません。まだ自信を持って言える段階ではありませんが、そういう意味では多少は貢献できたかなと思います。

―― PAVC社は民生分野だけでなく、業務用の世界でも貢献されていますね。

大坪 PAVC社の事業の基本はテレビ、ビデオ、オーディオあるいはDVDといった民生用が主体ですが、AV用の業務用カメラや放送用の設備も担当しています。また、パソコンでも企業向けのビジネスをさせてもらっています。 そうしたベースに加えて、新しいドメイン制ではPAVC社以外にPCC(パナソニックコミュニケーションズ梶j、PMC(パナソニックモバイルコミュニケーションズ梶j、PSS(パナソニックシステムソリューションズ社)、PAS(パナソニックオートモーティブシステムズ社)などがAVCネットワークやデジタルAVにかかわるひとつのセグメントにまとめられています。 つまりわれわれはドメインの一つのトップであると同時にセグメントの一員でもあります。この考え方が浸透していますので、民生から官庁やインダストリーへといったビジネス形態も非常にスムーズに展開できるようになっています。

―― 特にパナソニックブランドでは、生産サイドと販売サイドとの連携が非常にスムーズにとれていますね。

大坪 昨年のドメイン制の導入以前に、中村社長の大英断でPM(パナソニックマーケティング)本部が設立されています。私が自分で言うのも変ですが、それ以前の松下の事業部は、プロダクトアウトの典型のような組織でした。 とにかくものを企画、開発、設計してコストを合わせて作る。営業の人も事業部の一員として信頼し心も通じ合っていましたが、追い詰められてくると売れない責任を営業に転嫁するようなことがあったかもしれません。 ところが、PM本部ができたことによって、営業の人たちがPM本部という組織に移りました。PM本部の実行部隊長は牛丸さんであり、その上には戸田さんがいるということで、ドメインと対等の立場で議論するようになりました。それが、今の国内のパナソニック商品の活力の源になっていると思います。 商品を開発する段階で売価や商品のコンセプトについてお互いのイメージをあわせる。また商品をマーケットに導入する時にどんな宣伝広告活動をとるのか、そのコンセプトは開発のときにお互いにイメージをあわせたコンセプトどおりのものになっているのかなどについてコミュニケーションが非常にうまくいくようになりました。

―― 商品の導入時期についても大きくかわりましたね。

大坪 世界同時発売、同時垂直立ち上げという言葉を使っていますが、春にポイントを絞り込んで、国内でも海外でも一気に商品を投入するようになったことも大きな変化でした。 事業部門とマーケティング部門が分かれることによって、そういう大きなキーワードについて対等な立場で議論をしながら、本音でコンセンサスを得て経営できるようになってきたように思います。 牛丸本部長からよくメールは来ますし、電話もかかってきます。私たちも困ったことがあるとすぐに電話をして相談します。お互いに非常にいい関係にあることを実感しています。

若手のエネルギーと
やる気が会社を活性化

―― 以前、大坪さんがオーディオ事業部長になられた時もそうでしたが、今回の中村社長の大改革でもずいぶん若手に活躍の場を与えられましたね。

大坪 私がやったことはオーディオの一事業部の話です。中村社長がやっていることはもっと大きなスケールです。ただ、若い人に活躍の場を与えるという意味では共通点があるかもしれません。私自身の経験を含めて感じることは、若い人のエネルギーややる気が会社の活力を生み出すことは間違いありません。 ただ、これはベテランが活力を失っていいということではありません。見識や経験、あるいはある分野におけるスペシャリティーやその人が築き上げてきた業界での人脈など、その人たちが業務を通じて得てきた良さをどう発揮してもらうかは、私たちの役割だと思います。

―― AV製品ではデジタル化によって技術の融合が急速に進んでいます。

大坪 私が松下電器に入社した1970年代末から80年代初めにかけて、オーディオではラジカセを中心に東南アジアメーカーの台頭が始まった時代でした。当時の松下電器には、ラジオ事業部、録音機事業部、東京ステレオ事業部、ステレオ事業部とオーディオ関係の事業部が4つありました。松下電器が事業部制を敷いた当初は技術の融合が起こる以前の時代でしたから、それぞれの事業部でやるべきものがはっきりしていました。そこでNo.1を目指すという動機付けをすれば動いた時代でした。 ところがその後ラジオと録音機がだんだん融合してきて、ラジオ事業部はカセット付きラジオを、また録音機事業部はラジオ付きカセットを手がけ始めました。今で言うラジカセを両方の事業部でやり始めたわけです。これはおかしいということで、ラジオと録音機が合併してゼネラルオーディオ事業部になりました。その時に、ステレオ事業部と東京ステレオ事業部と2つあるというのもおかしいので、ステレオ事業部に一本化しました。 さらにその後、カセットデッキを媒介にゼネラルオーディオとステレオ事業部が融合してきました。それが合体して今のPAVC社のコアのひとつになっています。そこにビデオと光ディスクが合体してきました。メディアもあります。 過去からも技術の融合に合わせて事業部の事業範囲を組み替えてきました。しかし、技術体系がアナログからデジタルに切り替わってきたことによって、さらに様々なものが融合していく方向に向かっています。その時に単に融合するだけでビジネスチャンスが増えるかというと、必ずしもそうではありません。守るべき単品もありますし、技術が融合した新しい商品も生まれてきます。

―― そういう中で出てきたコンセプトが3Dバリューチェーンですね。

大坪 バリューチェーンというところがポイントです。SD、DVD、DTVそれぞれが頑張りながら、それらのネットワークも進めています。そこでは携帯電話や車、システムソリューションなどといった松下電器の中でAVCネットワーク分野を担当するセグメント全体にまたがった新たな付加価値提案になっていくでしょう。

SDワールドの確立が
ユビキタスへの第一歩

―― ユビキタス社会に向かっていると言われていますが、今後どのような形で消費者の生活の中に入り込んでいくと考えられますか。

大坪 いつそういう時代になるかについては非常に難しい問題ですが、そういう方向に行くと思います。 ただ、地上デジタル放送が始まった時点では消費者からコールセンターに来る質問は、自分の地域は地上デジタルが受信できるかとか、いつから受かるのかとか、アナログのテレビを持っているとどうなるのかとかいった基本的な質問が大半です。 これがビジネスの現実だと思います。ですから巷で言われているようなユビキタスという言葉を頭に置いたような商品はそう簡単には立ち上がらないと思います。

―― スタンドアローンの機器に慣れ親しんできた消費者は、一足飛びにそこまでいけないということですね。

大坪 たとえばルミックスで撮ったSDカードをビエラのSDスロットに差していただくと、今撮った写真を大きな画面でみることができます。しかもリモコンひとつで簡単にズームアップすることもできます。こういうことが消費者から見た時に一番わかりやすいネットワークです。ユビキタスなどという難しい言葉を使うよりも、ルミックスで撮ったSDをビエラに差してくださいというのが一番わかりやすいように思います。 DVCで撮ったムービーもDV端子付きのDIGAに入れていただくと、すぐにテレビで見ることができます。E200では携帯電話でEPGを使って録画予約をできます。これも実際にやってみると非常に簡単で便利だという評価を多くいただいています。また、ビエラシリーズには全部Tナビがついていますので、郵便番号を入れていただくと自宅周辺のピザ屋にオーダーできたり、本も買えるということで大変便利です。 ユビキタスをビジネスとして考えると、まずSDメモリーカードやDVDなど物理的なメディアに対して、様々な機器でお互いに記録したり再生したりすることができるようなインフラを作っていく。これが一番堅実なアプローチではないかと思います。また、ネットワーク化という点では、Tナビや携帯電話からの予約などホームネットワーキングやIPネットワーキングのコンセプトを具現化したAV機器をすでに商品化しています。 パナソニックでは、SDやDVDのブリッジメディアでネットワークのコンセプトを確立していく一方で、携帯電話からの録画予約やTナビのようなコンセプトでホームネットワーキングやIPのネットワークのコンセプトを提案していきます。これらの事業が進化した結果として、2006年度以降には、ユビキタスという言葉のイメージに近づいていくように思います。

―― その時にAVCネットワークというセグメント全体での連携が非常に重要になってきますね。

大坪 PAVC社が進めているネットワークのコンセプトを車や携帯電話などとどうネットワークしていくのか、システムソリューションのドメインと一緒になって何ができるか、あるいはもっと進んだコンセプトはないかなどといったことが今後どんどん出てくると思います。そういうことが相乗されてはじめて、パナソニックらしい真のユビキタスが出てくると思います。 後発参入ながら成功した 半導体メモリーとデジカメ

―― 国内ではパナソニックのシェアが急速に高まってきていますが、ワールドワイドではいかがですか。

大坪 日本の消費者は新規性の高い商品を積極的に評価されますので、国内ではプラズマテレビや液晶テレビなどといったPAVC社の主要商品のシェアが急速に上がってきたという実感はあります。ただ、世界的に見るとカラーテレビの市場で液晶やプラズマは、まだほんの十数%の販売台数にすぎません。 今後のグローバル成長戦略には、国内の成功事例をいかにして世界のマーケットに展開していくかがひとつの大きなポイントになっていきます。

―― 液晶テレビに情報機器メーカーが参入するなど、従来の家電メーカー同士の競争から、環境が変わってきています。これについてはいかがですか。 

大坪 パナソニックPAVC社という立場で考えると、同じような事業構造を持たれている家電メーカーが今後も競合の中心になっていくと思います。ただエレクトロニクス業界は、いつも新しいコンペティターがどんどん入ってくる業界です。これはわれわれの経営環境として受け入れざるを得ません。そういう意味では、われわれも新しいところにどんどん参入しています。 たとえばデジタルスチルカメラでは、すでに多くのメーカーがあったところにパナソニックが3年前に参入しています。

―― 半導体メモリーも後発で参入されましたが、ここ1〜2年でSD陣営が急激に増えてきましたね。

大坪 SDもコンパクトフラッシュやスマートメディア、メモリースティック、マルチメディアカードなどといった既存の半導体メモリーカードがあったところに松下が後から参入しました。 SDメモリーカードの最大の特徴はセキュアであることです。いかにしてコンテンツのセキュリティーを守るかということは、コンテンツを出す側にとっても絶対に重要なことになります。さらに大容量で高転送速度、切手サイズのコンパクトさというSDの良さを、世界中のメーカーにプロモーションをかけて広めてきました。 SDメモリーカードの普及にあたっては、あらゆるメーカーの意見を聞くという非常にオープンなアソシエーション構造にしていますのである意味では大変です。しかし、それだけオープンな活動をしたことによって多くのメーカーに採用していただくことができました。 その一方でSDメモリーカードを使える商品化にも積極的に取り組んできました。半導体メモリーカードを最も多く使うものはデジタルスチルカメラです。そこで、パナソニックブランドでデジタルスチルカメラに参入し、既存の商品カテゴリーではムービーにどんどんSDをつけました。薄型テレビやDVDレコーダーへのSDスロットの装備もどんどん進めてきました。こうしたこともSDメモリーカードが成功できた要因だったと思います。 最終消費者を視点に置いて 超製造業を実現させていく

―― 世界的にプラズマテレビが大きく伸びています。今年から来年にかけてどの程度の生産計画を持たれていますか。

大坪 まだ計画段階できちんと固まった数字ではありませんが、パナソニックブランドで2005年には150万台〜200万台程度をやりたいと思っています。 生産拠点は今のところは大阪の茨木にある第一工場と、つい先日オープンした上海の二つですが、さらに茨木地区に第二工場を建設し終わりました。これが3月から4月にかけて本格生産に入り、2004年の生産能力は42V型換算で4万台程度になると思います。この工場の生産能力自体は8万台ありますので、できるだけ早くそこまでもっていきたいと思っています。

―― マーケットでの松下への評価が急速に上がってきています。

大坪 企業の評価の仕方にはいろいろあります。環境でも先進の松下でありたいと思いますし、技術革新でも先進の松下でありたいと思っています。もちろん今の事業でグローバルでNo.1になりたいということもあります。そして、最終的には、松下の企業価値や株価がどんな数字で現れてくるかが一番大事なことだと思います。 そのためには3Dバリューチェーンコンセプトをもっと発展させていかなければいけません。まだまだ松下が復活したとか、AVCはこれでいいとか言えるような状況ではありません。 

―― 最後に今後の経営上のテーマを伺わせてください。

大坪 松下電器では超製造業を目指しています。この言葉に象徴されているように、これからは単純に物を作って従来の流通や営業システムに乗せてということは通用しないと思います。製造業の上についている“超”という字の意味は、流通の皆様方との仕事の仕方、あるいはサプライチェーンマネージメントにおけるリードタイム、流通を含めた販売組織とわれわれの生産組織の間でのコミットメントなどいろいろな意味で従来なかった新しい視点が求められています。  要はいかに最終消費者を視点に置いた経営ができるかということです。

 

◆PROFILE◆

Fumio Ohtsubo

1945年9月5日生まれ。大阪府出身。71年3月関西大学大学院工学研究科機械工学専攻。71年4月松下電器産業(株)入社。95年7月 オーディオ事業部長。98年6月 取締役、AVC社副社長、オーディオ・光ディスク事業担当。00年6月 常務取締役、ネットワークグループ担当。02年6月 常務取締役、AVC社社長兼AVCネットワーク事業グループ長、蓄積デバイス事業担当。03年1月 常務取締役、パナソニックAVCネットワークス社社長、蓄積デバイス事業担当。03年6月 専務取締役。